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巨獣新世紀 メガファウナ  作者: はくたく
リベルティナ
4/23

カニスルプス


 翔たちは、戦闘時以外は、訓練や座学などをこなしている。

 所属組織の前身は自衛隊だ。百年ほど前に世界政府が誕生し、国防という考え方が意味をなさなくなって、災害出動と要人警護のための組織となっていたのだ。

 それは他国の軍も同じことで、それぞれバラバラに活動しつつ、ある程度連絡は取りあう、という程度であった。

 だが、今から三十年ほど前、突然巨大生物が現れ、世界各地で都市や町を破壊するようになった。

 その際に、災害救助の名目で出動したことで、ふたたび各国の軍や防衛隊の存在意義が増したのであった。

 『特定巨大生物』=『巨獣』専門の駆除実行部隊・Space Vermin Extermination Squad《SVES》が、直訳すると「宇宙有害生物駆除部隊」であるのは、いまだ巨獣がどこからやって来るのか、いったい何由来の生物なのかが、解明されていないためであった。


 彼らの組織は週休三日である。とはいえ、勤務日は二十四時間待機であるから、実質勤務時間は長い。一週間のうち、土日と任意の平日の合わせて三日が休日となっているわけだ。

 巨獣の出現があれば休日でも出動はかかるが、出撃は一か月に一度くらいだ。

 休日といっても、必要なものはネット通販で入手できるから、買い物に出る必要がない。極端に進んだ少子高齢化のおかげで、同世代は地域に数人しかいないから、遊びに出ることもない。外に出たところで、どこまで行っても似たような街並みが続くだけなのだ。

 食事を提供する店もない。

 入手できる食材が限定されすぎていて、様々な料理など提供できないからだ。そもそも食器でいくらでも味を改変できるこの時代、料理自体にも意味がなくなっていた。

 スポーツをやる者もいるが、翔たちにとっては訓練と大差ない。

 大昔の筋トレやランニングと違って、VRを使っての訓練は派手な演出やシミュレーションが当たり前となっているため、ゲーム感覚なのだ。

 非番の日もずっとVR世界で過ごすことも多かったが、翔はそれを退屈と感じたこともなかった。


 一週間後。

 また翔たちに出動命令がかかった。

 長くなってきた日がようやく暮れかかる、六時ごろである。翔たちは、非常警報によって夕食を邪魔される形になった。


「週一で出動ってのは、俺たち初めてじゃないっスか⁉」


 戦闘服のヘルメットを装着しながら翔が言う。

 世界の他の地域では連続出動の実績もあるようだが、日本ではこんな高い頻度で巨獣が出現したことはなかった。


「そうだな。いくら発生頻度が上がってるっていってもな。まあ、先週とはエリアも違うし、偶然だろうが……」


 隊長の剛秀が、首をかしげながら言う。中では最も在籍期間の長い彼も、こんな頻度での出動は経験がなかったのだ。


「指令室‼ 対象は? 装備は?」


『40メートル級の肉食型巨獣・カニスルプスと推定。数は2~5。重戦闘装備でお願いします』


「ちっ……そのサイズだと、たぶんいきなりリベルティナが来るな」


 剛秀の顔には皮肉な笑みが浮かぶ。


「奴と会うのも一週間ぶりですか」


 凱はさっさと重装備用のアンダーアーマーを着込んで、気合を入れている。


「またボケた戦闘しなけりゃ、俺たちの出る幕はねえかもな」


 そう言いながら、翔の脳裏には、一週間前のニナとのやり取りがよみがえっていた。

 あれから一度もチャットしていない。

 ニナからの誘いは何度かあったのだが、理由をつけて断っていた。


(AIだなんて、信じたわけじゃねえ……でも、今は……こんな気持ちじゃ話せねえ)


 そう思った。いつも通りの理知的な雰囲気を装うには、あまりに感情が乱れすぎていたのだ。

 そんな翔の思いなど知るはずもない剛秀が、豪快に笑って右手を挙げた。


「ま、十中八九、今回はサポートだけだ。行くぞ‼」


 翔たちは、輸送用ヘリに乗り込み、出発した。



***   ***   ***



 今回出現した巨大生物・カニスルプスの出現地点は、茨城県であった。先週の戦場、奥秩父とは、たしかに距離も方角も違う。


「派手にやってるな」


 剛秀が言う。

 はるか遠く、すでに夕闇に沈もうとしている筑波山を、巨大な火柱が照らしている。

 あの様子では、周囲数百平方メートルは灰であろう。だが、地図マップ上では、無人の廃墟と耕作放棄地が広がる領域エリアだ。形だけの避難勧告は出ていたが、戦闘への制限は一切かかっていない。


「何やってもいい、ってことっスか?」


「いや、『バイオーム』の辺縁部まで1キロしかない。障壁への影響は考慮してくれ」


 剛秀がマップを確認しつつ言う。

 『バイオーム』とは、生態系保護のために作られた、巨大なドーム状の施設のことだ。

 今回の戦場である筑波山も、西側の半分は太陽光発電施設として開発され、ほぼ太陽光パネルに覆われている。だが、東側エリアはバイオーム内であり、百年前の生態系がそのまま保存されていた。

 バイオーム内は、一切の人間活動が制限されていて、許可を受けた研究者か、特別な資格を持った関係者しか入れない。

 この『つくば・霞ヶ浦バイオーム』は、直径約50キロメートル。

 筑波山東側から、北浦、海岸線の一部を含む。半球状の量子的力場で囲われたドーム内は、光と気体、水分は通すが、それ以外の物質は基本的に出入りできない。

 出入り口は一か所のみ。境界部分に建設された、研究施設を通るしかない。

 バイオームは、日本全体では10か所が設置されている。全世界では千か所以上。面積にして約1000万平方キロ以上だ。

 半球状の巨大なバイオーム設置のために、従来の建造物や施設はおろか、都市まるごと移転や完全退去を余儀なくされた地域もある。それほどまでに、生物多様性の低下が問題になった時期があったということだ。だが、世界人口が大きく減少した現在では、人間活動は低下している。バイオーム外にも自然環境が復活している、と主張する者もいて、バイオームの存在理由を問う声も多かった。


(そういえば先週の出動も、東海バイオームが近いといえば近いか……)


 剛秀は、ふとよぎった想像を、頭を振って打ち消す。


(全国に十か所もあるバイオームだ。近いといえばどこでも近くなる。管理局からもそんな統計は出ていないしな)


 剛秀は自分を納得させようと、改めてマップを確認してみて、息をのんだ。


「どういうことだ……量子的力場に異常?……まさか、巨獣の狙いは、バイオーム……」


 つぶやいた次の瞬間。警報アラートが鳴り響く。

 全員に緊張が走った。

 バイオームが、その存在理由を問われながらも、存続している理由の一つは、病原体の封じ込めなのである。

 地球上の生物多様性が急速に劣化していった時、病原性の強いウイルスや細菌、寄生虫などが繰り返し出現して、何度も世界的感染爆発パンデミックを引き起こした。

 その原因の多くが、野生生物が保有していた病原体であることが分かって、人類はそれまで構想でしかなかったバイオームの建造を、急ピッチで進めることになったという経緯がある。

 人類はそうすることで、伝染性の病気のすべてを克服し、まったく病原体のいなくなった現在の世界に住むようになったのだ。だが、裏を返せば、今の人類は、そうしたものに対する抵抗力をまったく持っていない。

 万が一、バイオームが破壊され、病原体を保有する生物があふれ出して来ようものなら、再び世界的パンデミックが起きるであろう。それこそ、どれだけの被害が出るのか想像もつかなかった。


「バイオームを壊される前に、ぶっ殺しちまえば関係ないっスよ」


 翔はそう言うと、左手に携えたハンドミサイルの発射装置をぽんぽんと叩いた。


「ま、着くまでに、リベルティナが倒してくれちゃってる可能性もありますしね」


「そう願いたいもんだな」


 楽天的すぎる翔の考えに、苦笑いで答えた凱。彼ららしいそのやりとりに、剛秀も苦笑いした。

 三人を乗せた輸送ヘリは、リベルティナが激しい戦闘を繰り広げているつくば市に降り立った。

 着陸地点は、様々な過去の研究施設の遺跡が残されたエリアである。戦場とは数キロ以上離れていたが、剛秀はそこを最終防衛ラインと定めた。

 カニスルプスは動きが素早く行動圏も広い。油断すれば、そこも戦場となりうるエリアであった。

 三人は、それぞれ個人用の空中スクーターにまたがって浮上した。


「でかい。それにえらくとがった顔だな。なんだよあの牙」


 翔がつぶやいた。ヘルメットのバイザーに、拡大された戦場の映像が映し出されているのだ。


「カニスルプスは、戦闘力も高いが知能も高い。リベルティナも苦戦しているようだ。できるだけ遠方から援護射撃するぞ」


「了解‼」


 凱と翔。二人の声が重なる。

 この空中スクーター・通称『ハーピィ』は、バイオームを包む「量子的力場」と同じ原理を応用した「反重力機関」を用いて浮いている。

 ヘリやジェットと比べて速度は出ないものの、それまでのイオノクラフトやローター式ドローンと比べてエネルギー効率が桁違いに良く、重量のある武器や弾薬を積み込むことも可能となっている。

 三機は、戦場を遠巻きに囲むように展開していった。

 先に戦闘を開始していたリベルティナは、たった1頭のカニスルプスに苦戦していた。動きが素早く、攻撃がまるで当たらないのだ。

 それだけではない。

 カニスルプスは額の角から放電する能力があり、金属装甲のリベルティナは、その放電を避ける術が無いようであった。

 稲妻が宙を走るたびに、リベルティナの体からは、薄く煙が上がっている。

 電子部品はもとより、あのイベントでした質問の回答が事実なら、駆動系にも感電の影響はあるだろう。かなりなピンチであると想像できた。


 巨獣の多くは、それぞれ特殊能力を持っている。

 前回戦ったラットゥスは、強靭な前歯で金属すらも削り取ることができる、というだけだった。だが、これまで出現した巨獣の中には、毒のトゲやキバを持つものもいれば、指向性の高周波を発して敵を昏倒させるもの、中には強力な酸を口から吐くものまで確認されていた。


 それにしても、何をてこずっているのか。そう翔は思った。

 いくら電撃を食らっているとはいえ、リベルティナの動きが下手すぎるのだ。せっかくカニスルプスが動きを止めた絶好のチャンスに、攻撃をやめてしまっている。

 小さな丘を背にして踏ん張ったカニスルプスの姿に、妙な既視感を覚えた翔は、持ち場を離れて回り込んだ。


(何か攻撃できない理由でも……あっ⁉)


 カニスルプスが仁王立ちしているその後ろ。林に囲まれた小さなくぼみ。その中にうごめくものを見つけて、翔は息をのんだ。


(子……子供を守ってやがんのか……)


 指令室からの情報では『カニスルプスの数は2~5』。

 その割に、一頭しか敵がいないことに違和感はあった。つまり、あのカニスルプスの幼獣を足したものが、敵の数なのだ。

 ふと、一週間前に聞いたニナの『相手がかわいそうになっちゃって……』という言葉が脳裏をかすめる。


(ニナの言ってた虫とは違う……あんな化け物に情けをかけたら、どんな被害が出るかわからねえ……けど……)


 もしかするとあの時も、ラットゥスの幼獣がいたのかも知れない。

 ならば、リベルティナの操縦者は「へたくそ」なのではない。「優しすぎる」だけなのかもしれない。


(んなワケあるか。もし幼獣を先に殺せば、親が怒り狂って暴れだす可能性がある。だから奴も攻めあぐねているだけだ。まず、親個体をあの山から引き離すのがベストってことに変わりはねえ)


 よく見れば、幼獣のいる丘のすぐ向こうは、バイオームの障壁である。

 あれが壊されて外界とつながるようなことがあれば、前代未聞の大事故となる。

 翔は、大きく弧を描いてリベルティナをかわし、カニスルプスの後方、バイオーム障壁の前に出た。


『翔‼ バイオームに近づきすぎるな‼ 「ハーピィ」の推進機関と障壁の力場が引き合うと、どうなるかわからんぞ‼』


「しかし隊長‼ 俺たちが守らなくちゃいけないのは、その障壁でしょう⁉」


 剛秀からの通信に、翔はそう答えた。


『ちっ……わかった。だが、障壁は目に見えないんだ‼ 常時GPSを確認しつつ戦え‼ 安全距離は500メートル‼』


「了解‼」


 翔はハーピィのアクセルを全開にして、親個体の右後方から鼻先をかすめるようにすり抜けた。

 カニスルプスは急接近してきたハーピィに驚き、全身の毛を逆立てて跳躍した。そして、そのまま空中で一回転する。驚くべき身体能力だ。

 だが、狙い通り、幼獣から引き離すことには成功した。

 翔は、バイオーム障壁と丘の間で、ハーピィに急制動をかけた。

 背後には数体の幼獣。すさまじい跳躍を見せたカニスルプスは、まだ着地していない。

 そしてリベルティナとカニスルプスの延長線上には、バイオーム障壁もない。この位置ならば、リベルティナは思い切った攻撃をかけることができるはずだ。

 状況を察したのか、リベルティナはすかさず右手のレーザーカノンを発射した。

 どれだけ素早くても、空中にいるカニスルプスにはこれを避ける術はない。

 頭部を貫かれ、悲鳴を上げた。そして、そのままもんどりうって地面に激突し、動きを止める。


「よしっ‼」


 思わずそう言って拳を握った翔は、何かの影が自分に落ちるのを感じて首を巡らせた。


(な……なんで……)


 声を上げる暇もなかった。

 そこにあったのは、巨大な口と、長く黄色い牙。


(カニスルプス……? もう一体いたってことか……)


 次の瞬間。翔は、なすすべなくハーピィごとその口に捕らえられ、地面に叩きつけられていた。



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