ふれあいイベント
「……やっぱAIだって」
ディスプレイには、先ほど終えたチャットの一瞬が映し出されている。
柔らかくウェーブした長い栗色の髪。抜けるように白い肌。少し垂れ気味の目と、少女らしくあまり手入れをしていない濃いめの眉毛が、妙にマッチしている。
アップになったニナの笑顔は、まるで天使のようで、どんな男でも心をときめかせるであろう、と翔は思っていた。
それをAIの創り出したCG呼ばわりされたのでは、黙ってはいられない。
「てめえ。ニナのどこがAIだよ。どうしても見たいっていうから見せてやればよ!!」
翔は怒りの声を上げた。
「いやいや、お前が自慢したそうだったからだろ。たしかにめちゃくちゃ可愛いけどさ……」
「だろ?」
「……AIじゃなきゃ説明つかないくらいに」
凱は、そっぽを向いてぼそりと付け加えた。
「……ぐっ……」
翔は言葉に詰まった。
たしかに可愛すぎる、といえるかもしれない。だが、動いてしゃべるニナにAI特有の違和感は一切なかった。さすがに二人のやり取りを見せるような恥ずかしいことはできなかったが。
凱はさらに畳みかける。
「お前さ、この画面よく見てみろよ。この勉強部屋っぽい場所、バーチャル背景だとしたら普通、背景と人物の間に違和感が出るもんだろ? それがほとんどないのに、ここ見てみろ」
凱の指さす場所には、本棚らしき家具の三段目に、立てられた本の半分くらいの大きさの扉が写っていた。それも、まるで医療系の施設のような、味気ない白の引き戸だ。
「なんだこりゃ? 小人の出入り口か?」
「これはその……たぶん、インテリアの一種だよ……」
「こんな妙なインテリアがあってたまるかよ。それに、よく見りゃこの部屋、あちこちサイズ感狂ってるんだよ。こりゃAI特有のバグさ。つまり、人物も背景もすべてCG。だいたい、会って半年、だっけ? 一度も会おうって話になんないのも変だろ? まずこんな可愛い子が、お前なんかとチャットしてる時点でおかしいって気づけよ」
凱の視線は、もはや呆れを通り越して優しさすら感じさせる。
それが、さらに翔をイラつかせた。
「くっそ‼ もう寝る‼ 出てけ‼」
叫ぶと同時に、大柄な凱の腹に思い切り膝蹴りを入れるが、空手有段者の凱は難なく左手でそれを捌くと、右手を口に当てて大あくびをした。
「わぁったわぁった。俺ももう寝るわ。おやすみぃ」
さらに続けてあくびしつつ、部屋を出て行く凱。
ニナと過ごした甘い時間を反芻しつつ寝るつもりだった翔は、一気に疑心からの不安に突き落とされて、苦い表情のままベッドにもぐりこんだ。
*** *** ***
「よう。翔。つきあわねえか?」
翌日。
いつも通り、VR世界での訓練に没頭していた翔は、不意に目の前に人影が現れてひっくり返った。
「うわっと‼ てめえ、プライベートVRに予告なしでアクセスしてくんなよ」
それは、凱のアバターだったのだ。
「しばらくは待ってたんだぜ? いつまで経ってもオフラインにならねえし。非番の日に朝から訓練してんなよ」
「俺の勝手だろ。で、なんだよ。何につきあえって?」
「ふれあいイベントがあるんだよ。子供とリベルティナの」
「ハァ? お子様のイベントになんで行かなきゃならんの。お前そんなにアイツのファンだったか?」
「子供の数が少なすぎるんだとよ。それでハイティーンにまで動員がかかった。俺もおまえも18才、まだ子供ってこった」
この手の話はたまにある。
少子化が進んで、そもそも子供の数自体が少ないわけだが、その少ない子供が集まってこない。金持ちの親は、より高度な教育をしようと研究機関や芸術団体主催のアカデミーに参加させている場合が多い。イベントなど行っている場合ではないわけだ。
高校を卒業してすぐ、巨獣駆除隊に入隊した翔や凱には無縁な話ではある。
「俺は何も言われてねえぞ」
「抽選だからな。外れたんだろ。けど、あんなイベント一人じゃ行きたくねえし」
「いや一人で行けよ」
「直接リベルティナに文句言えるチャンスだぜ?」
「いいよ。文句言ったからって何も変わらんだろ」
「変わるかもしれんだろ。とにかく来い」
凱はそう言うと、VR世界から姿を消した。勝手に強制解除キーまで押したらしく、数秒後にはVR世界そのものもブラックアウトして消え失せた。
「ったく……強引な奴だぜ」
翔は、現実の殺風景なインテリアに戻った自室に、憮然とした表情で佇んでいた。
イベント会場は、彼らの生活する寮からさほど遠くないスタジアムであった。
プロスポーツのほとんどはVRに移行してしまったが、今でもいくつかは現実世界で行われている。それを観戦するためのスタジアムなのだ。
「やっぱ少ねえな」
翔がポツリと言った。
だだっ広いスタジアムの競技場部分。その広い人工芝のフィールドにいたのは、わずか数十人の子供たちであった。
そこへ、翔たち十代の公務員団体がぞろぞろと加わって、人数は三倍ほどになったが、大人顔負けの体格のせいですさまじく違和感がある。
巨大人型兵器・リベルティナは、そんなフィールドの真ん中に、堂々とした姿で立っていた。
フィールドを気遣ったのか、足元には、工事現場でよく使われる鉄板が敷き詰められているが、鉄板はあきらかに歪み、かなり地面にめり込んでしまっている。
接地面積が狭いのを差し引いても、39トンと公表されている重量よりは、相当重そうである。
電子音が鳴り響く。イベントタイムになったのだ。
勇ましい音楽とともに、派手な光の演出が始まり、目まぐるしく動くスポットライトが一点に集中すると、そこに人影が現出した。
『良い子のみんな―‼ 昨夜も平和を守ってくれたヒーロー、リベルティナさんに、聞きたいことあるかなー⁉』
そう叫んだのは、立体映像で作成された美少女型のCGである。
バーチャルアイドル『マイマイ』として有名なキャラクターで、中身が何者かは非公表だが、ネット上ではかなりの人気を博している。
リベルティナをかこっていたロープが外され、人々が動いた。
足の向かう先はマイマイの方だ。
せっかくのメインゲストであるリベルティナは、全く動かないこともあってか、人が寄っていかない。
だが、バーチャルアイドルなど興味がない翔たちは、さっさとリベルティナの足元まで行き、まじまじと観察し始めた。
「特殊合金……チタン系かな……かなり軽そうだ」
人間でいえば、くるぶしにあたる部分を拳で軽く叩きながら凱が言う。
「おまえなんでも詳しいな。俺にはよくわからん」
「駆動系なら分かるだろ。見ろこの関節部。油圧配管がほとんど見当たらない。内部アクチュエータで動かしてるなら、電源は……」
『ちょーっとちょっと君たちぃ⁉』
リベルティナの脚部にべったり張り付いて、じっくり観察を始めた二人に、マイマイがやって来て突っ込みを入れた。
『エヘン……これは、イベントだよ? なんか技術検査官みたいなことやめてくれないかな?』
腰に両手を当てて見下ろすその後ろには、ぞろぞろと子供たちがくっついて来ている。
「質問いいか?」
翔は、すっと立ち上がると、目の前のマイマイを見た。
睨んだつもりはなかったが、眼光が鋭すぎたようだ。ホログラムであるにも関わらず、バーチャルアイドルは多少怯んだ様子で、数歩後退した。
『な……何? まあ、質問はいいけど……』
「何でパイロットは降りて来ねえんだ? あんたが質問に答えるのか?」
『ボクはリベルティナのデータをすべてインプットされてるからね。何でも答えられるよ』
マイマイは気を取り直した様子で、そう言って自分の胸をたたく。
「じゃあ聞くけどさ。リベルティナって、何で一機しかねえんだ? 何で人型にした? あと、エネルギー源は?」
『ちょ……質問は一つずつだよ……まず一機しかないのは――』
『一機しかないのは、メインフレームを構成する希少金属が集まらないから。だ。飛行もできるリベルティナの金属骨格は、可能な限り軽量、かつ高強度である必要があるからね』
困り顔のまま答えようとしたマイマイを遮って、若い男の声が響いた。
「あんたは?」
『リベルティナのパイロット。大谷慎だ。今、君の端末に私の個人コードを送ったよ。巨獣駆除隊、関東支部所属の河山翔君』
声と同時に、リベルティナが動いた。
右腕がすっと上がり、額の横にかざす敬礼の姿勢をとる。
「大谷?……おまえが……」
翔は絶句した。
名前と所属を当てられたのは驚くことではない。戸籍のある人間なら皆、個人コードが不可視インクで額にプリントされている。
驚いたのは、無人だと思っていたリベルティナに人が乗っていたことであった。
『その他の質問に関しては、端末にメールしておいた。ここは子供たちメインのイベントなんでね。専門的すぎる質問は控えてくれないか』
*** *** *** ***
「へっ……エネルギーは高機能ナトリウム電池。人型にした理由は、様々な兵器を使用でき、対巨獣戦での不測事態にフレキシブルに対応可能だから。これのどこが専門的なんだよ」
寮に戻った翔は、喫茶室のテーブルで愚痴っていた。
「まあまあ、そう腐るなよ。お前気づいてなかったかもしれねえけど、周りみんなドン引きしてたんだぜ? あの反応は仕方ねえよ」
凱は苦笑しつつ言う。
「百歩譲ってそれはいいさ。だけど、この答で納得できるか?」
「ん……まあ、ちょっと不自然……かな」
「だろ? 高機能ナトリウム電池で、あの巨体を数十分間も戦わせるには、重量はまだしも、体積が足りねえ。駆動系とジェット燃料、兵装を差し引いた部分に電池なんか積めねえ」
翔の持つ小型タブレットには、イベントで撮影したリベルティナの立体画像と、それから導き出した計算式が表示されている。
「あいつ、絶対なにか隠してやがる。たぶんそれが、一機しか作られてない……作れない理由なんだ」
*** *** ***
「うあああああああー……なんでSHOU君が子供イベントに来るのよ。しかもまさかの駆除隊の人? バレなくてよかったけどぉ……」
ニナは自室で頭を抱え込んでいた。
この半年、チャットの後も再生して楽しみ、自室には立体画像まで飾っている、思い人の顔である。見間違うはずもなかった。
参加者の中に彼の姿を見つけた時には、心の中で大喜びしていた。質問される前から、チャットでは見えない個人コードを読み取り、名前と素性を検索していたのである。
まさか、何度か巨獣駆除の現場で見かけた部隊の隊員とは、思いもしなかった。
「そりゃエンジニアだってのは、少し疑ってたけど……あたしだって嘘ついてたわけだし……」
しかし、ああも敵意に満ちた目でリベルティナを見ていたとは。
たしかに、いつも手柄を横取りするように思われても仕方ないが、ニナにそんなつもりは一切なかっただけにショックであった。
とっさにボイスチェンジャーを使ってダミーのパイロット「大谷慎」に成りすましたはいいが、精神的ダメージまではカバーできなかった。
「初めて、直接お話しできたのにい……」
ニナは、自分のベッドの上でゴロゴロ転がって呻くしかなかった。
『どうしたニナ? ふれあいイベントで何かあったのか?』
室内スピーカーから、父・三筋川博士の声が聞こえた。
「あ、お父様? ううん何でもないの。ちょっと技術的な質問されちゃって……」
『マニュアル通りに答えたのだろう? 心配ない。たとえ疑問に思っても、それ以上深く調べる術などないのだからな。それより、今日のVR戦闘訓練を始めなさい。お前は巨獣を駆除することで生きていけることを忘れてはいかんぞ』
「はい……わかりました」