神寿郎
巨大な焚火が、リュウの顔を照らしている。
真珠の遺体は、大岩にもたれかかった姿勢のままであった。だが、その体の上にも、周囲にも、一面に花が捧げられ、まるで一面に花が咲き乱れているかのようであった。
花に埋もれた真珠は、まるで穏やかに眠っているように見えた。
真珠の前には、少し離れて平たい岩があり、祭壇のように組まれた丸木が、大きな炎を上げている。
その炎の前に、リュウは片膝を抱えて座っていた。
顔には何の表情も浮かんではおらず、その目は何も見ていない。
ただ、そこにいる。
巨獣との戦いの後、夕方にはサクラ村から大勢の人々が来て、真珠の死を悼んだ。
だが、その間もリュウは何もせず、何も言わなかった。事件の当事者であった教師や、同級生たちも、彼に触れようとはしなかった。
ただ、真珠の両親が礼を言いに来た時だけ、リュウは立ち上がって深々と頭を下げた。
悲しみの夜が明け、また日が暮れても、リュウはずっとその姿勢のまま、動かずにいた。
ふと、暗闇の奥が動いた。
空には星も月もでていない。炎が照らしきれない森の奥は、真の闇だ。
その闇の濃さが変わったのだ。
闇の濃い部分が、少しずつ大きくなっていく。
そう見えた。
濃い闇が、最大まで大きくなった時。リュウが言葉を発した。
「遅かったな」
返事は、20メートル上空から降ってきた。
「……これでも急いだんだ」
大和の声である。
濃く大きな闇の正体は、巨人の影であった。
「踏みつぶさないのか? 俺を……」
「親友のお前を? どうして?」
「真珠を……守れなかった」
「うぬぼれるな。真珠がお前を守ったんだ。お前を殺したりしたら、真珠の遺志に逆らうことになる」
しばらく沈黙が流れた。
「お前こそ、俺を責めないのか? もし、俺がもっと早く帰っていれば……真珠は死なずに済んだかもしれない……」
「お前こそ、うぬぼれるなよ。あの巨獣は強かった。たとえお前がいたって、結果は同じだった。ここに二つ死体が並んでいただけだ」
「……」
大和は何か言いかけたが、そのまま口をつぐんだ。
長い沈黙が、その場を支配した。
リュウの目の前にある、巨大な焚火の燃える音だけが、響いている。
「今回……『中』に戻るには……条件があった――」
大和が唐突に口を開いた。つまりそれが、来るのが遅れた理由であるらしい。
「――巨人……人間の巨獣化個体が繁殖する可能性を、ゼロにすること。何があっても」
「何があっても? それは、真珠が生きている間は会うなって意味か?」
「いや。ここに戻る覚悟をした時。まだ事件は起きていなかった。俺は、真珠と生きて再会するつもりだった……」
「意味が分からねえ。じゃあ、おまえと真珠が会っても……まさかおまえ⁉」
健康な男女が会えば、結ばれてしまう可能性はある。
だがもしも、健康でなかったら。そのことに、リュウは気づいたのだ。
大和はゆっくり頷いた。
「俺自身の繁殖機能を無くした。永久的にな」
リュウは初めて動いた。
立ち上がって振り向き、大和を見上げた。
二十メートル上空の大和の顔は、焚火の強い炎に照らされ、白く浮かび上がっていた。だが、その顔には、何の表情もない。まるで、先ほどまでのリュウ自身のように。
「俺は……ずっと考えていた。何故、巨獣が発生するようになったのか。俺達のような、巨人が生まれたのか……」
「そんなの……考えてわかることなのかよ?」
「『中』にいては分からないかもしれないな。『外』には、膨大な情報があふれている。それを学ばせてもらって、俺は理解したんだ」
「理解……何を?」
「巨獣の発生が、必然だったということだ。この地球上で、生物が存在し続けていくために、必要なことだった」
「規格外のサイズになることが、必要だったっていうのか?」
「そうだ。太古の地球上には、巨大な生物たちがいた。それらを滅ぼし、地上に蔓延ったのが人類だ。だから、それを滅ぼし、ふたたび地上に巨大生物の世界を創り出す必要がある。そもそも地球には巨大生物が必要なんだ。」
「おかしいぜ。だったらどうして、人類にまで巨大個体が現れるんだよ?」
「人類も地球の生物ってことだ。巨大化し、地球を守る役目を果たすなら、地球は存在を認めてくれる。そのためにも、俺たちは巨獣を斃して、勝ち残らなきゃならない……」
「都合がよすぎる!! そんな解釈、なんの根拠もねえじゃねえか⁉」
リュウは、思わず声を張り上げていた。
大和は、もともと思い込みの強いところがあった。だが、この考えは特におかしい。
論理が破綻していることに、大和は本気で気づいていない様子だ。
「根拠は、今、言っただろう? これまで地球上はそうだった。だから、これからもそうあるべきなんだ」
「おかしいのはそこじゃねえ!! 人間の活動を否定しておきながら、どうして巨獣の排除を正当化できる?」
「我々が人間だからだ。人間が生き残るため。未来を掴むために必要なことだからだ。真珠がクマの巨獣と戦って斃したのも、生きるためだった。違うか?」
「真珠は……皆を守るため、必死で戦っただけだ。クマを排除しようなんて考えてなかった……はずだ」
「守るため……か。動機はそうだったかも知れない。だが、俺にはわかる。巨獣同士は、互いに天敵だと感じるんだよ。だから殺し合うしかなかった」
リュウは、何も答えられなかった。
巨人でない自分には、その感覚は分からない。ゆえに、大和の考えが真実かどうかも、わからなかったからだ
黙ってしまったリュウに、大和はさらに言った。
「俺は、『外』で巨獣駆除隊に入隊する。そして、地上のすべての巨獣を駆逐し、人間としてこの地球を支配する。お前も、『外』に来て、ともに戦わないか?」
その申し出は、あまりに突然であった。
だが、それに対する答えは、リュウの中ではもう決まっていた。納得できない論理に従って、人生を変えることはできない。
「すまん。俺には、お前の言う理屈が、正しいとは思えない……巨獣が生まれたのには、もっと他に理由があるはずだ」
「……そうか」
またしばらくの間、沈黙が流れた。
巨大な焚火の丸太が、音を立てて崩れる。そろそろ薪を足さねば、朝まで火はもたなそうだとリュウが思った時。上空の闇で、大和が動く気配がした。
「行くのか?」
返事は無い。だが、闇の中で頷く気配は伝わってきた。
「俺は、宍見大和の名を捨てる。つくば・霞ヶ浦バイオーム出身だと分かると、『外』で出世できないからな。新しい名は『五十川 神寿郎』だ。覚えておいてくれ」
「『五十川』……真珠の苗字か。それに神寿……」
「真珠の心は、おまえに持って行かれちまったからな。せめて……名前だけでも……な」
大和、いや、神寿郎が『出世』するつもりだと分かって、リュウは少なからず驚いた。
だが、世界中の巨獣を駆逐する、という考えなら、それも理解できた。
「また、会おう」
二十五メートル上空から降ってきた声は、何か吹っ切れたような、そしてわずかに寂しさを含んで聞こえた。
「会えるのかよ?」
「生きていればな。だから、お前は死ぬな」
それだけ言い残すと、大和=神寿郎は、来た時と同じように闇の中へと消えた。
*** *** *** ***
「大和……いや、神寿郎とはそれきり会ってない。今日、再会するまではな……」
「五十川神寿郎には生殖能力が無い。つまり、スージー……いや、ニナちゃんを……その……どうにかすることは、ない、と」
剛秀は、言葉を選びながら、それだけ聞いた。
「ああ。それ以外の何かをする可能性はあるかも知れんが……もともとは、優しい奴だった。俺は信じたい」
「『中』に巨人が生まれることは、なかったんですか?」
智沙が口を開いた。
たしかに、それは気になるところではある。神寿郎がニナに固執する理由も、他に巨人がいないから、であるだろう。だが、まだ幼い巨人がどこかに隠されていたりすれば、矛先はそちらにも向けられる可能性がある。
「なかったのよ。だけど、見ての通り、トド、コサギ、イシガメ、そしてイヌ……様々な生物で巨獣が発生し、そのたびに私たちの生活は大きく変わった……」
リュウの代わりに答えたのは、ハヤトであった。
「まあ、活動量が桁違いだからな。だが、『中』での巨獣は、必ずしも破壊者じゃない。ポセイドンやイグレッタたちみたいに、人間に馴れれば協力してくれる……本能でどうなっているかまでは分からねえけどな」
ムサシが、補足するように言った。
「巨獣発生の理由……俺は、五十川とは違う仮説を持っている」
ぼそりと言ったリュウに、智沙が聞いた。
「違う仮説……それは、どういう?」
「アイツの言った『メガファウナ』。その大きな役割は、撹乱……生態系のリセットだった……って言われてる。アイツは、その辺も含めて人間が肩代わりできると考えてるみたいだが、おそらく、それは無理だ。たぶん、その役割を担って生まれてくるのが、巨獣なんだ」
「何故? 重機なんかを使えば、人間だってそのくらい……」
「能力はあるかも知れない。だけど、人間はその力を破壊じゃなくて、ずっと現状維持のために使ってきた。その最たるものが……『バイオーム』なんじゃないか?」
「あっ……」
智沙が、思わず声を上げた。
リュウの言いたいことが、ハッキリと腑に落ちたからだ。
太古から、人間は開発行為と称し「自然破壊」をし続けてきた。天然資源を搾取し、地表を自分たちの都合の良いように破壊し、変えてきた。
その時代では、メガファウナの役割を肩代わりしていたのは、確かに人類であったのかも知れない。
だが、開発された場所は、人間の領域として維持し続けてきたのもまた事実である。
バイオームの『外』では、人の住まなくなった街も、舗装道路も、その他の建造物も、森や野原に戻ることは無い。極端に生物がいなくなってしまったこの地球では、生命活動に浸食されることが無いからだ。
バイオームの『中』は、逆に人間活動が極端に少ないこと、自然災害が起きにくいことから、同じ環境が維持され続けているといえる。
つまり、誰も生態系をリセットしないのである。
「……人類の巨大建造物……特にバイオームみたいな巨大施設を破壊するため、って考えりゃ、巨獣のサイズが数十メートルクラスってのも、異常な能力持ってることも、説明がつく。そう思わないか?」
リュウの言葉には、五十川の説よりも説得力があった。
「地球は……原野に戻りたがっている……だっけか? それ、おまえどこで見た?」
凱が、翔に尋ねる。
「どこで……って、森の中さ。旧時代の施設みたいなところだ」
「行ってみよう。それを書いたやつは、リュウさんと同じ結論にたどり着いたのかも知れねえ」
凱の意見に、その場の誰も異を唱える者はいなかった。




