・告白
「ああっ!!」
真珠が、また苦痛の声を上げた。
頭部を守っている両腕に、激しい金属音と火花が散る。
どうやら、硬化した真珠の皮膚は、見えない巨獣の攻撃を防いではいるものの、完全とはいかないようだ。
「……ちくしょう……どうしたらいいッ!?」
リュウは必死で頭を巡らせるが、動ける範囲には武器になりそうなものはない。せめて皆が逃げ出せれば、真珠も戦いやすくなるはずだが、動けなくなったシシ車によって、逃げ道も塞がれている。
空間の揺らめきが、真珠へと迫る。打撃が効かないとみて、透明な巨獣が、覆いかぶさってきたようだ。
それにしてもしつこい。
こちらがどれだけ抵抗しても、あきらめずに襲ってくる。この透明巨獣は、リュウたち全員を餌とでも認識しているのかも知れなかった。
(このままじゃ……)
透明巨獣の攻撃に耐えながら、真珠も必死で考えていた。
自分の皮膚が硬化したことには驚いたが、攻撃は完全には防ぎきれていない。
一歩でも退けば、リュウたちクラスメイトは、すぐにも襲われてしまうだろう。
なんでもいい。逃げ出す手段か、武器になりそうなモノがないか……そう思って見渡した時、透明巨獣の向こうが急斜面になっていることに気づいた。
その急斜面の下にあるものは……
(そうだ!! あそこへ……なんとか突き落とせたら、巨獣だって、たおせるはず……)
だが、隙がない。嵐のような攻撃をしのぎ切れない。真珠がそう思った時。
「この!!」
リュウが叫んだ。
ポケットからナイフを取り出し、空間の揺らめきに向かって、思い切り投げつけたのだ。
「グオオオオオ!!」
通用すると思ったわけではない。
やけくその一投だった。だが、透明巨獣の攻撃は、一瞬止まった。すさまじい獣の悲鳴が、草木も地面も空気も振動させて響き渡る。
どうやら、闇雲に投げたナイフが、透明な巨獣のどこか急所に突き刺さったようだ。
「な……なんだコイツは……っ⁉」
リュウは息をのんだ。苦痛のせいか、透明巨獣の『透明化』が解けたのだ。
背後にいる同級生や教師たちからも、驚愕と恐怖の叫びが上がった。
それは、真っ黒な体毛を持った獣、あの『ツキノワグマ』が巨獣化したものだったのだ。
二本の後ろ脚で立ち上がった黒い巨獣は、鋭い爪を振りかざしている。
その右目は閉じられ、瞼の隙間から、眼球に刺さったであろう銀色に光る小さなナイフが見えた。
「今!!」
真珠はすかさず立ち上がり、黒い巨獣に向かって走り出した。
「待て!! 何考えてる⁉」
リュウは思わず叫んでいた。
黒い巨獣に向かって走る真珠は、まるでその向こうの崖に向かって身を投げるかのように見えたからだ。
思い切り低く体当たりをする。相手の脚一本だけでもいい。捉えることさえできれば……真珠はそう考えていた。
だが、その考えは甘かった。
「ぐっ……」
呻き声が口から洩れた。
両腕は、たしかに黒い巨獣の右脚を抱え込んでいる。
だが、想像以上に相手は巨大で、重量もあった。バランスを崩すどころか、ほんのわずかも動かない。真珠の体重では、そして腕力では、それ以上どうすることもできなさそうだった。
透明巨獣の足元に、ただ倒れこんだだけになってしまった真珠の背中に、強い衝撃が加えられた。
「あぐッ⁉」
硬化していない背中の皮膚が裂け、鮮血が飛び散った。
「もういい!! 真珠!! お前だけでも逃げろ!!」
リュウは声を振り絞って叫ぶ。
真珠一人なら、逃げることは出来るかもしれない。たとえ、この場にいる全員が、自分を含めて巨獣の餌になろうとも。
だが、真珠は諦めていなかった。
「こ……の……ッ!!」
狙ったのは、巨獣の足の下になっている、岩だった。
硬化した拳で、思い切り殴りつけたのだ。
一発。二発。三発。
一撃ごとにヒビが入り、ついに砕け散った岩。体重が全てかかっていた足場が消滅し、黒い巨獣の体勢が崩れた。
「落……ち……ろーーーッ!!」
相手の右足を抱え込んだまま、崖下へと、自分自身の身を投げた真珠。
バランスを崩した黒い巨獣は、必死で崖の土砂を掴もうと足搔きながら、崖下へと落下していった。
「真珠――――ッ!!」
透明巨獣と真珠は、もみ合いながら転落していく。
黒い巨獣がしがみ付こうとしたせいだろう、斜面の土砂がかなりな量、崩れていく。
凄まじい轟音と、砂煙の中、リュウは危険を顧みず崖っぷちへ走り寄った。
斜面の下をのぞき込んだその時。
「ギャフッ!!」
蒼白い閃光が走るのが見え、黒い巨獣のものと思われる叫びが聞こえた。
リュウは、急斜面を見下ろした。
ほとんど垂直の、岩場の崖だ。
まともに行けば、ロープや金具を用い、数時間かけて降りるしかない。
だが、リュウは大きく息を吸い込むと、その場から下方へ跳んだ。
目標は数メートル下の大きめの岩。
そこに着地すると、更に数メートル下の岩を目指して跳ぶ。もし一カ所でも崩れれば、そのまま下まで転落するだろう。着地を失敗しても同じことだ。
だが、リュウはやめようとはしなかった。数メートルから、時には十数メートルも
下方へ、ジャンプと岩への着地を繰り返し、あり得ない早さで、その崖を下った。
真珠の無事だけを願いながら。
だが、ようやく谷底へたどり着いた時。リュウは絶望の叫びを上げていた。
巨大な岩に、もたれかかるように倒れている真珠。その、見えている身体の左半分が、黒く変色していたのだ。
黒い部分は煙を上げ、少しずつ崩れつつある。
量子障壁に接触した結果だ。
強力なエネルギーにさらされ、触れた部分が一瞬にして炭化したのだ。
落下した先に量子障壁があることを、真珠は分かっていたに違いない。
自分よりはるかに巨大で、強靭な敵を斃すため、自分自身ごと犠牲にしたのだ。
落下の衝撃だけでは、黒い巨獣を倒せないかもしれない。そう考えた真珠がとった、最後の手段だったのだ。
真珠の向こう、二十メートルほど離れて倒れているのは、真っ黒の毛を全身に生やしたあの巨獣だ。
巨獣には頭部が無い。確かめるまでもなく、絶命している。
それにしても大きい。
体長は三十メートル以上、つまり真珠の倍はある。
盛り上がった筋肉は、毛の上からでも分かるほど盛り上がり、太い。
両前足にある鋭く長い爪は、まるで巨大なフォークのようであった。
わずかに残った頸部からは、白い煙が上がり続けており、真珠の体と同じように、量子障壁に触れ、炭化して崩れ去ったであろうことが想像できた。
「……リュウ……」
その時。真珠の目が開き、首を巡らせてリュウの方を見た。
「真珠!! 待ってろ……今……助けてやる!! 医者をっ……呼ん……でやるから」
「ありがと。でも……いいよ。もう、助からないのは……分かるから」
「バカ!! 諦めるな!! 何か方法があるはずだ!! 何か……」
だが、真珠は眉を寄せて、悲し気に首を振った。
「いいってば……そんなことより、もっと顔見せて」
「真珠……」
「うん。よく見える。私ね……リュウが好きだったんだよ?」
「何で……なんで俺なんだよ? 大和のことは……」
「大和も好き。でも、本当に好きなのは――――」
言いかけて、真珠は激しく咳き込んだ。口から大量の血が吐き出される。
「真珠!! もういい!!」
「だめ……もう一度言うよ……好きだよ。リュウ……」
「俺もだ!! 俺も!! おまえが!! 好きだ!! だから……死なないでくれ!!」
「……うれしい……あのね……」
真珠は、炭化していない右手を伸ばし、リュウの方へ差し出した。
リュウは、その大きな手を、体全体で抱きしめた。
「もしも……生まれ変われたら……今度は……」
「今度は!! 俺が守る!! おまえを!! 必ず守るっ!!」
真珠は安心したように目を閉じ、そして、二度と目覚めることは無かった。




