表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巨獣新世紀 メガファウナ  作者: はくたく
過去の巨人
26/26

筑波山



「おっはよー!! リュウ!! あんた何眠そうな顔してんのよ⁉」


「よぉ……おはよう……フツー眠いだろ。まだ5時だぜ?」


 十五メートルの上空から降ってきた元気な声に、リュウはしぶしぶといった様子で返事を返した。


「いくら筑波山まで行くっつったって、この時間はねえだろ……まだ真っ暗じゃねえか」


 顔を上げないままで、リュウはボヤいた。

 十月も半ばである。

 東の空は、もう薄明るくなってはいるが、景色の輪郭はまだ、ぼんやりした薄暗がりの中にある。見渡すと、同学年の約三十名が、もう校庭に集まっているようだ。


「ね。見て見て~私の脚線美」


 再び頭の上から降ってきた声を、リュウは敢えて無視して反対方向へ歩き出す。

 何を思ったのか、真珠は、ホットパンツにTシャツという露出度の高い姿で、今回の校外学習に参加してきたのだ。


「ばかやろう。今日は山登りだって言ってんだろ!! そんな恰好で、手足すりむいても知らねえからな!!」


 振り向かないまま怒りの声を上げたリュウに、また頭上から声が降ってきた。


「何言ってんのよ。すりむけるもんならすりむいてみたいくらいよ」


「バカ。そんな言い方すんな。俺が悪いみたいじゃねえか」


 自嘲気味に言った真珠に、リュウは言った。

 言葉は荒く、顔はそっぽを向いたままではあるが、その声には優しい響きが感じられる。

 実際、真珠の体は、最近ますます強靭になってきている。

 筋肉や骨の強さはもちろん、肌もちょっとやそっとでは傷つかないほど厚く、固くなってきているのも事実だ。

 次第に『普通』からかけ離れていく真珠。

 だが、それでもリュウは、真珠が普通の女の子であるように接し続けていた。

 そしてそのことを、真珠もまたよく分かっていた。

 

「ん……えーと……第一、登るったって、『障壁監視署』まででしょ? そんな暑そうな重装備、あんただけだよ」


 真珠の言う通り、厚手の作業服と手袋、山刀まで装備しているのはリュウしかいない。

 この時期、さすがに暑さはゆるんできていたものの、まだ最高気温が二十五度を下回ることはない。

 『障壁監視署』とは、このバイオームの外と中を隔てている量子障壁の状態を、二十四時間監視している施設のことである。

 数人の人間が、交代で常駐しており、障壁の異常を感知した時は外と中、両方の管理当局に連絡を取る役目があった。この日の校外学習は、この施設を見学する社会授業を兼ねていたのだ。


「あ……夜明け……」


 リュウが見上げると、強い光が真珠の顔を白く照らしている。


(綺麗だ……)


 眩しそうに手をかざす真珠は、まるで女神のように見えた。

 輝くような白い肌と、艶やかな黒髪。思わず見とれている自分に気づき、リュウは視線を無理やり引きはがし、校庭の向こうへと移した。


 村の外れに見える、小さな丘に朝日が昇りつつある。

 藍色だった空が青紫に変わり、一気に見慣れた蒼空へと変わっていく。気づくと、周囲はすでに明るくなっていた。


「よーし!! じゃ、出発するぞ!! 皆、シシ車に乗れ~!!」


 担任の平牧教諭が、大声で叫ぶ。

 リュウたちは、巨大なシシたちに引かれた二台の客車に、半分に分かれて乗った。

 客車に乗れない真珠だけは、徒歩で後ろからついてくる。

 到着は、三時間後くらいになるはずだった。

 シシ車は、木製の荷車である。本来は、重量物を運搬するために作られたものだが、座席を設置することで、人を運ぶようにもできる。

 引いている家畜動物の『シシ』は、2t以上ある巨大な四つ足獣で、変異した巨獣ではなく、「中」にいる野生のイノシシを選抜改良したものである。

 急がせても時速二十キロほどしか出ないのだが、エンジンやモーターといったものが無い「中」では、舟以外では唯一の運送手段といえた。

 シシ車の足回りは旧文明の大型トラックのものを流用していたが、筑波山への道は、かなりな悪路である。大昔のアスファルトにはヒビが入り、剥がれ、あるいは陥没してしまったため、それを砂利などで埋めて補修していくうちに、ほぼすべてが砂利のようになってしまっていたのだ。

 思うように速度を出せないまま、ようやく登り口に差し掛かった時には、もう10時近くになっていた。

 そこからは、コンクリート舗装された山道が始まる。

 アスファルト舗装が劣化してしまうほどの時間が経過しても、コンクリートはまだその形状と十分な固さを維持していた。

 ようやくスムーズに動き出したシシ車は、これまでの遅れを取り戻すかのように速度を上げている。


「あれが……量子障壁……」


 真珠が呟いた。

 蛇行する山道から斜面の下を見ると、不思議な光を放つ壁が見える。その壁は、透明でありながら、そこに何かあることを感じさせる程度に、薄く光を放っていた。

 障壁は、筑波山の頂上の方まで続いていた。たしか地図上では、そのまま筑波山を両断し、巨大な円形を描きながら、太平洋の方までつながっているはずだ。


「見えるのか? 障壁?」


 シシ車からリュウが顔を出す。


「うん。下の方。見えない?」


 だが、道脇の植物が邪魔になって、リュウの高さからは量子障壁は見えなかった。

 上の方にも量子障壁はあるのだが、比較するものがなく、薄い光が太陽光と混ざってしまって分からないのだ。


「なぁに。君らが行くのは、その障壁の監視所だ。到着すれば嫌でも見える」


 シシ車の手綱を握る御者の老人が、笑って言った。


「それにしても……」


 御者は、道の先に目をやって首をかしげた。


「なあ先生……おかしいですな。あの斜面、あんな状態でしたか?」


 あと二十分ほどで目的地、という場所である。

 筑波山の山腹が、目の前に広がっている。本当なら一面の針葉樹の森であるはずだ。


「む……たしかに……どうして岩肌がむき出しになっているんだ?」


 平牧教諭も自分の目を疑った。

 先日下見に訪れた時には、そこはたしかに森だった。だが、そこにあったのは、ごろごろと大きな石が転がる岩場なのだ。


(崖崩れ……? にしてもここ数日、嵐どころか雨も降っていないのに?)


 平牧教諭は、後続のシシ車を停めさせてから声をかけた。


「どうしたんです? 何かトラブルですか?」


 二番手のシシ車から、眠そうな顔の若い女性教諭と年配の男性教諭が降りてきた。

 

「臼川先生、瀬田先生、どうも道の様子がおかしい。何か災害が起きているかもしれない。あなたはここで生徒たちを見ていてください」


 平牧教諭はそう声をかけると、一人で山の方へと歩き出した。


「どうするんです?」


 臼川教諭が、後ろから声をかける。


「とりあえず様子を見てきます」


 平牧は、一人で二百メートルほど歩き、岩肌の見える斜面に近づいた。

 斜面が崩れて埋まっているかと思った道は、意外にも土砂に埋まっておらず、崩れてもいない。一見するとどうも、斜面に生えていた樹木や植物だけが、消え失せただけのように見えた。


「何なんだいったい……ん? あれは……?」


 平牧教諭は、視界の端に不思議な揺らぎを捉えた。岩肌の斜面の方に見えたそれは、まるで炎の周囲に見える揺らめきのような、だが、それよりももっと大きな、不思議な現象であった。

 平牧教諭が、そちらに向けて歩き出そうとした次の瞬間。


「危ないッ!!」


 とてつもなく大きな声。

 聞きなれたその声が聞こえると同時に、視界が真っ暗になり、平牧教諭は自分の体が後方へ大きく引き戻されるのを感じた。

 続いて、低い唸り声と、生臭い息。

 何かを引き裂く音。

 そして、食いしばった派の隙間から漏れ出たような、呻き。


「くうっ……」


「その声……真珠君か⁉ 何だこれは⁉ 大丈夫か!!」


 視界は相変わらず真っ暗だ。真珠の大きな手が平牧教諭を包み、何者かから守っているのだ。

 それが分かっても、平牧教諭には何をすることもできなかった。


***    ***    ***    ***


「何だアレは⁉」


「巨獣⁉ でも……姿が……見えませんよ⁉」


 臼川と瀬田の二人は、口々に驚きの声を上げていた。

 シシ車の御者たちは、凍り付いたまま息をのんでいる。

 騒ぎに気づいた生徒たちが、シシ車の幌の中から顔を出し、口々に騒ぎ出した。


「何だよあれ⁉」


「まずいんじゃね? 真珠、やられてる」


「真珠を助けてよ!! 真珠が殺されちゃうよ⁉」


 奥の方にいたリュウは、その声を聴いて、慌てて皆を押しのけて前に出た。


「真珠だって⁉ 何だ⁉ 何があったんだ⁉」


 リュウの目に飛び込んできたのは、尻もちをついた姿勢のまま、仰向けに空を蹴りつける真珠の姿だった。

 平牧教諭が、何度も転びながらこちらへ走って来るのも見える。


「何もいない……? いや違う⁉ 何だ!?」


 リュウは、自分の目を何度もこすった。

 風景の一部が揺らめいている。真珠がその蹴りつけるたびに、その揺らめきが強くなり、何かの輪郭を形作っているようであった。目を細めて見ると、それが何かの生物であることが分かる。


「巨獣だ!! 透明な巨獣がいるんだ!! 何か武器は無いか!!」


 平牧教諭が叫んだが、校外授業に弓の一本も持ってきているはずがない。

 それに、弓矢や鉈があったとしても、巨獣に通用するとは思えなかった。


「おい!! お前ら、シシ車から降りろ!!」


 突然叫び出したのはリュウだった。

 考え付いた策を実行しても、時間稼ぎにしかならないかもしれない。

 だが、真珠の脚にはすでに幾条もの傷が走り、そこから血が滲んでいるのだ。その場しのぎであろうと、やるしかない。

 強靭な巨人の皮膚だからこそ何とかなっているが、人間並みの強度であったら、今頃致命的な傷を負っているであろう。

 とにかく、一瞬でもいいからあの目に見えない敵の気を逸らし、真珠の態勢を整えさせなくてはならない。


「あんたもだ!! 早く降りろ!!」


 リュウは、最後まで席を離れない、律儀な御者を羽交い絞めにして立たせる。


「な……何をする⁉ 危ねえッ!!」


 抵抗しようとした御者を、リュウは乱暴に突き落とし、手綱を奪い取った。


「行けえっ!!」


 そう叫ぶと、リュウはいつも腰に差しているナイフを、シシの腰のあたりに思い切り突き刺した。

 シシの操り方など知らない。だが、とにかく今はコイツの力が必要なのだ。


「ブゴーーーーーッ!!」


 シシは一声大きく叫ぶと、やみくもに前に向かって突っ走った。

 向かう先には、真珠がいる。そして透明な巨獣。


「真珠―――ッ!! 避けろーーーーッ!!」


 リュウは叫びながらシシ車から飛び降り、ごろごろと転がって衝撃を殺す。

 だが、勢いを殺しきれず、そのまま崖から落ちそうになるところを、山道脇にあった石柱のようなものに偶然ぶつかって、ようやくリュウは止まった。

 背中を強く打ち付け、一瞬、飛びそうになった意識を、シシの悲鳴と木製の車が何かに激突する激しい音が引き戻す。


「リュウ!! 大丈夫⁉」


 真珠が這いずるようにして、リュウの傍らへやって来た。


「油断するな! あのくらいじゃ巨獣は死なねえ!!」


 リュウは、心配そうにのぞき込んできた真珠に向かって叫んだ。

 すると、真珠の背後から、何か軽い木でもへし折るような音が連続して響いてきた。

 そして、さっき突撃していったシシのものと思われる、布を引き裂くような甲高い悲鳴。

 真珠は、慌てて透明巨獣の方へと向き直った。


「ひっ……」


 再びしりもちをついた姿勢になって、真珠は絶句した。

 七~八メートルの高さに、シシが浮いている。まるで犬かきのように四肢を必死で動かしているが、まるで効果は無いようだ。その腰のあたりが空中に溶けていることから見ても、透明な巨獣に咥えられ、持ち上げられているのは間違いないだろう。

 また、木をへし折るような音が響いた。透明な巨獣の牙が、シシの腰骨を砕いたのだ。

 空中のシシから大量の血液が、地面に滴り落ちる。


「真珠……そのままゆっくり退くんだ……シシが食われているうちに……逃げるぞ」


 リュウが静かな声で言う。

 だが、真珠は首を左右に振るとゆっくりと立ち上がった。


「ダメだよ。この子は……ここでやっつけないと……」


 そう呟きながら、拳を握って構えた真珠は、強い目で透明な巨獣のいるはずの場所を睨みつけた。


「真珠……おまえ……」


 見る見るうちに真珠の肌の質感が、固くざらついたものに変わっていくのを、リュウは信じられない思いで見ていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ