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巨獣新世紀 メガファウナ  作者: はくたく
過去の巨人
23/25

リュウ



 霞ヶ浦の岸辺。

 以前、シルルスを斃した場所に近い砂浜に、翔たち一行は到着していた。

 すっかり日は暮れていたが、月明かりがあたりを薄く照らしている。

 群青色の空にちりばめられた星と、水面に反射してきらめく月光が混じり合って、幻想的な光景であった。

 その湖の中に、巨大な黒い影が六つ。

 細長い脚を持つ影が五体。そして、小島のような巨大な影が一体。百メートルほど沖合に、五羽のサギの巨獣『イグレッタ』と、イシガメの巨獣『玄武』が休んでいるのだ。

 川の流れ込みによって、堆積した砂浜が広がっている場所をキャンプ地とした一行は、大きめの焚火を囲んでいた。剛秀、凱、智沙、リュウ、ムサシ、そして後で追い付いてきたハヤト。彼らの顔は、誰もが暗く沈んで見えた。

 焚火の近く、砂浜上にも小山のような影が二つある。

 カニスルプスの雷牙と、重傷を負ったポセイドンだ。

 野生の巨獣が跋扈するバイオーム内だが、これほどの巨獣たちに守られていれば、外敵が襲ってくる心配はないだろう。


「おい。もうこっちへ来て休め」


 暗闇の中、岸辺にある小高い岩の上に、剛秀が声をかけた。

 見張りなど必要ないはずだが、翔は頑なに言い張って、一人、岩に上っていたのだ。


「……はい」


 かすかな声が聞こえ、砂の上に飛び降りる音が聞こえた。

 続いて砂を踏む音。

 焚火の明かりの中に姿を見せた翔は、目に見えて憔悴していた。


「……おまえのせいじゃない。気に病むな」


 無駄。と思いつつも、そう口にせずにはいられなかった剛秀を無視して、翔は無言のまま火に向かって座り込んだ。

 だが、その肩をつかんで無理やり立たせた者がいた。

 石巻凱だ。

 凱は、いきなり翔の顔に右拳を叩き込んだ。

 翔は砂の上に転がされ、二メートルは吹っ飛んだ。そして、口元をぬぐいつつ立ち上がる。


「何しやがる」


 低く唸るような声。翔の目に怒りの火がともっている。


「てめえ、何いじけてやがんだ。情けねえ」


 挑発するような高い声。凱の口元には、不敵な笑みが張り付いている。


「やめろ!! 仲間同士でやり合って何になる?」


 思わず二人の間に割って入った剛秀を、凱はその怪力で押しのけながら言った。


「隊長。コイツは僻んでるだけなんスよ。自分の好きな子と何日も一緒にいて気づかなかったばかりか、同じ巨人のイケメンに目の前で搔っ攫われて。てめえのバカさ加減と、身の程を思い知っていじけてるんです。今はコイツのいじけにつきあってる場合じゃねえ。そのくらいはお判りでしょう?」


「何だとくらぁああああ!!」


 叫びながら突進してきた翔が、そのまま突き出した拳を、凱の腹部に叩き込むが、凱は微動だにせず、そのまま上から翔を圧し潰した。


「そんな丸わかりのパンチが効くかよバカ」


「じゃあこれはどうだ!!」


 翔は、圧し潰された勢いのまま、凱の足元でくるりと前転すると、両手をついた反動を載せて、両足を凱の顔面目がけて蹴りあげた。


「ぐあッ⁉」


 思わず尻餅をついた凱を体重を乗せて押し倒した翔は、上半身に跨って顔に左右のパンチを浴びせた。


「てめえに!! 何が分かる!! ニナの!! スージーの!! あいつの思いの!! 俺は!! 守れなかったんだ!! もう!! 会えねえんだ!!」


「それがバカだっつってんだ!!」


 凱は上体をひねりつつ、右腕を振り回した。馬乗りになっていた翔は、あっさり弾き飛ばされて砂の上に転がる。


「くそ……この筋肉ダルマが……」


 呻いて立ち上がった翔を、いつの間にか後ろに回った凱が両腕で抱えて放り投げる。

 翔は、砂浜の上をバウンドしながら数メートル転がった。


「ニナちゃんの思いだ? もう会えないだ? そんなことよりお前はどうするんだよ⁉ ニナちゃんがアイツにどうにかされたら、もう好きじゃないってか? お前はそんな程度の奴だったのか? なんで助けに行こうとしねえ⁉ なんであのスカした野郎をやっつけに行かねえ!!」


 仁王立ちになって言い放つ凱に、翔は這いつくばった姿勢のまま吼え返した。


「うるせええええ!! そんなこと出来りゃ苦労しねえだろう!! ここがどこかわかって言ってんのかよ!!」


「分かってるから言ってんだ!! ここには量子障壁の施設がある!! 改造できる頭脳がある!! ニナちゃんの残していったリベルティナの装甲がある!! 武器を作り!! 障壁を突破し!!  SVES本部に乗り込み!! 五十川の野郎をぶっ倒す!! できるかどうかじゃねえ!! やるんだよ!!」


「……ぐっ……」


 翔は言葉に詰まった。

 凱の言う通りに出来れば、言うことはない。だが、それは自分だけではできない。

ここにいる者たちの力を借りなくては。それを口に出すことが、どうしてもできなかったからだ。

 その時。リュウがぽつりと言った。


「翔……おまえがたぶん、もっとも心配しているようなことを、五十川神寿郎はやらない……というか、できない」


「え?」


「少し長くなるが……俺とあいつの関係を話そうか……」


 リュウは翔と凱を、焚火のそばに呼んで、座らせた。


「まあ、話が終わるまでは休戦、てことでいいな?」


「……はい」


「わかりました……」


 凱も翔も、素直に頷いた。



***    ***    ***    ***



 約三十年前。

 リュウこと佐々江竜典は、筑波・霞ヶ浦バイオーム内のサクラ中学校に入学した。

 バイオーム内では、11歳になるまでは、それぞれの家庭が教育をする。文字や簡単な計算、それ以外の基本的知識やルールは、家庭で学ぶのだ。

 中学では、人類の歴史や世界の成り立ち、語学、物理学、化学、生物学、農学などを中心に、もう少し高度な教育が行われる。その年、サクラ中学校には、人口約三千人の村全体から、三十人ほどの生徒が入学した。

 

「何だあの二人。すげえでっかくねえか?」


 リュウにそう言ってきたのは、同じ集落出身の幼馴染だった。

 そいつの指さす方を見て、リュウも言葉を失う。たしかに彼らは大きかった。

 前の列で話している先生よりも、確実に頭二つ分は背が高い。おそらく2メートルを越えているだろうと思われる。

 しかも、ただ身長が高いだけでなく、手も足も太い。頭そのものも大きく、大人の倍くらいあるように見えた。体型は子供のまま、サイズだけ大きくなった感じだ。

 そのせいか、実際の距離よりも近くにいるようにさえ見える。

 そのような生徒がいることについては、すぐに先生から説明があった。


「この二人は、カスミ集落から来た、真珠まじゅさんと大和やまとさんです。見ての通り、二人は生まれつき体が大きいです。その……たぶん、これからも大きくなりますが、それ以外は皆さんと何も違いのない生徒ですから、どうか仲良くしてあげてください」


「……はーい」


 クラスメイトたちの反応は、薄いものだった。

 リュウもそれ以上、二人の大きさについて興味を持つことは無かった。

 二人が大きい理由は、まったく説明されなかったが、そういうものだ、というからには、そういうものなのだろうと思ったのだ。

 二人は兄妹というわけでもなく、親族でもないとのことだった。しかも、家族は普通サイズであるらしい。

 大きな二人は目立つ存在ではあったが、気を遣っているのか、あまり話の輪に入らなかったし、クラスの中心になることもなかった。どうもそのような習慣が出来ているようだった。

 イジメのようなことも無かった。これは『巨人』が二人いたことも大きかったと思われる。二人は、なんとなくクラスの中で浮いた存在のまま、日々が過ぎていった。


 成績の良かったリュウは、クラスの中心的存在となり、クラス委員に選ばれていた。

 入学式から二か月ほどたったある日。リュウたちのクラスは、学校の隣にある森に出かけた。そこに自生する植物の標本を作る、野外実習であった。

 その時。クラスの一人が小さな獣を見つけて騒ぎ出した。

 体の大きさが40センチくらい。重さは5キロというところか。真っ黒で手足が短い。

 ころころとした体型に、人懐こそうな優しい眼をしている。


「何だこいつ? 黒いぞ」


「モコモコしてるね。かわいい!!」


 生徒たちは口々にそう言って、黒い獣を撫でた。

 教科書には図譜があり、森にいるはずの動物はすべて掲載されていたが、こんな生物は誰も知らない。


「おいやめろ。野生動物に触っちゃいけないって、先生が言ってただろ」


 リュウが眉をしかめて注意した。

 危険そうに見えなくとも、未知の生物には迂闊に触らないこと、というのが、両親の教えであった。


「なんか食うかな? 弁当の残り、やってみようぜ」


 だがクラスメイト達は、リュウの言うことを聞かず、その獣に弁当の残りを与え始めた。


「やめろ!! 人間の食べ物の味を覚えたらどうするんだよ‼」


「でも、コイツおとなしいぜ? 聞いたことない生き物だし、新種かもよ? なあ――」


 そう言ってその小さな獣を抱き上げようとしたクラスメイトが、不意に吹き飛んだ。

 何者かに、後ろから突き飛ばされたのだ。

 いや、突き飛ばされたというレベルの勢いではない。明らかに体が浮いて、前にいた他の者とぶつかり、団子になって転がった。

 顔面同士をぶつけ合った彼らが、うめき声をあげて起き上がろうとしたところへ、突き飛ばした何者かがのしかかる。


「な……なんだコイツ……」


「痛い!! 腕が!!」


 短く、激しく、呼吸音と擦過音を混ぜたような唸り声が、断続的に響いた。

 襲ってきたのは、黒い毛玉のような獣であった。大きさは人間と同じくらいに見えたが、太く、固く、素早かった。そして、誰もが直感的に気づいていた。先ほどの小さくおとなしい獣は、コイツの子供なのだ。

 黒い獣は、生徒たちを一瞬も止まらずに襲い続けた。

 うずくまって身を守る生徒の背中を、鋭い爪が裂き、腕を噛まれた生徒は、首の一振りで放り投げられた。

 たまらず走り出した一人の男子生徒の脚に、強力な前足の一撃が加えられようとした刹那。


「このッ!!」


 黒い獣の背中に、直径二十センチはあろうかという丸木の倒木が叩きつけられた。

 丸太はあっさりへし折れたが、獣も数メートル弾き飛ばされて転がる。

 見ていたリュウは、一瞬ホッとしたが、獣はそれほど甘くなかった。転がった勢いのまま、まるでゴムまりの様に跳ね返って、丸太の主へと向かってきたのだ。

 その動きには、いささかもダメージが感じられない。

 丸太の主は、今度は獣の顔を足で蹴り上げた。驚いたことに、獣は丸太の時より遠くに飛び、大木に叩きつけられた。


「うあああああああ!!」


 上げていたのは恐怖の声。

 丸太を持ち直し、真っすぐに突き出して突進していったのは、いつもおとなしかった大和であった。あの「大きな二人」のうちの、男子の方である。

 大人を越える体重を乗せた丸太が、よろめく獣の頸部を捉えた。


「ぎゃふっ!!」


 黒い獣は、頭部を大木に丸太で打ち付けられる形になり、その場でのたうち回った。

 立ち上がろうともがくところへ、大和はさらに飛び蹴りを敢行した。

 体重と速度を乗せた一撃が加えられ、獣の頸の骨はついに折れたようだ。

 獣の体は、大きく二、三度痙攣してそのまま動かなくなった。


「おおーい!! どうした⁉ 何があった⁉」


 その時になって、ようやく先生が駆けつけてきた。

 そして、あまりの惨劇に息をのむ。

 倒れたまま動けない生徒、うずくまって泣く生徒、腕を押さえて痛みを堪える生徒……


「何だこれは⁉ おい保健委員!! 救急箱を!! 無事な者が手当!! 俺は病院と学校へ連絡を取る!!」


 先生の檄でようやく我に返った者たちが、けがの手当てを開始した。リュウやもう一人の大きい生徒・真珠もそれに加わる。

 結局、七人もの生徒が大怪我を負っていた。中には指や耳など体の一部を失った者もいたが、なんとか全員が生きていた。


「……たすかった……ありがとう」


 ひと段落着いた時。リュウは、へたり込んでいる大和に近づくと、肩をたたいた。


「……ああ……びびったぜ……」


 そう言って、こちらを見た大和は、少し微笑んで見せた。その目の端に涙が光っているのに気づき、リュウはあらためて頭を下げた。


「本当にありがとう。大した奴だよ。お前は」


「そうだよ。大和は強いんだから」


 リュウが振り向くと、得意そうに腰に両手を当ててもう一人の大きな生徒、女子の真珠が立っている。


「よせ。必死だっただけだ」


 大和は、座り込んだまま、両ひざの間に顔を埋めた。


「はああああ……死ぬかと思った」


 心からの安堵を含んだ言葉に、リュウの口元が思わずほころぶ。


「だが実際、すごいパワーだった。おまえ、普通の人間より筋力強いんだな」


「……まあ……これからもっと大きくなるらしいからな……その体重を支えるために、筋力も、骨の密度も、普通じゃないらしい」


 そう言って顔を上げた大和の表情は、見たこともないくらい寂しそうだった。


「俺達……『巨獣』ってもんらしい。これまでにも、何種かの動物で確認されている変異個体だってさ……」


 表情に暗さを増した大和を励ますように、真珠が声を上げた。


「で……でもさ。大和にはあたしがいるんだから、心配しないで。二人でいれば、何も怖くないよ」


「そ……そうか……そうだな……」


 リュウは、それ以上何も言えずに二人から目を逸らした。

 体が大きいだけでなく、能力までも高い。だが、そのことが、決して『いいこと』ではないのだ。

『普通』ではないことが、どれだけ彼らを悲しませてきたのだろう。

 リュウは、大きくため息をつくと周囲を見まわした。

 そういえば、騒ぎのもとになった小さな獣の姿がない。小さく可愛く、人懐こいあの獣。

だが、成長するとあの凶暴な獣になるのだろうか。

 危険な生物。今のうちに殺すべき、という考えが浮かぶ。ただ、あの時もしもクラスメイト達が手を出さなければ、親の獣も、あんな行動には出なかったのではないか。そうも思えた。

 どうすればよかったのか。何が正しかったのか。自分にできることはあったのか。

 大木の根元に横たわる獣の死体を見つめながら、リュウはいつまでも考えていた。



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