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抵抗


「何⁉」


 五十川が思わず驚愕の声を上げる。

 翔たち全員を抹殺するつもりで撃った機銃。しかし、その弾は、目標に届くことなく遮られたのだ。射線を遮ったのは、黒く分厚い皮膚を持つトドの巨獣・ポセイドンであった。

 邪魔になると判断し、真っ先に電気銛で仕留めたはずのポセイドン。

 だが、彼は射線上に立ちはだかったのだ。おそらくは、育ての親であるムサシを守るために。

 鮮血が迸り、甲高い悲鳴を上げてポセイドンが水面に倒れる。

 ほんの一瞬戸惑った五十川だったが、すぐに機銃の照準を翔たちへ向け直した。


「無駄死にだったな。トドの巨獣……」


 再び機銃が火を噴こうとした刹那。


「や……やめてえッ!!」


 突然。ニナの頭部装甲が、はじけ飛んだ。

 長い栗色の髪が飛び出し、陽光にきらめく。五十川に持ち上げられ、両腕両脚を拘束された状態のまま、大きく身をよじったニナは、リベルティナⅡの左肩にある機銃の銃身にその小さな口で嚙みついた。

 頭部装甲を、自分でリジェクトしたのだ。そうしておいて、唯一自由になった口で、五十川の暴虐を阻止しようとしたのである。


「くっ……放せ!! 顔が焼け焦げるぞ!!」


 予想もしていなかった抵抗に、五十川は驚愕しつつもがいた。

 皮膚の焼け焦げる臭いがたちこめた。発射後の熱を持った銃身を咥えたせいで、口から頬にかけて熱傷を負っているのだ。だが、それでもニナは、銃身から口を放そうとはしなかった。全体重のかかった歯が、折れそうなくらい軋んだが、それでもニナは構わず噛みつき続けた。

 五十川は、ニナの体を自分の目の高さまで持ち上げた。たまらず銃身から口を離したニナを、五十川は思い切り足元に叩きつけた。

 激しい水飛沫が上がる。湖底の泥を巻き込んだ濁水が波となって、翔たちの方へも押し寄せた。


「う……ぐっ……」


 ニナは泥海の中で、芋虫のように体を丸めて呻いた。

 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。衝撃で飛びそうになる意識を、頭を振ってつなぎとめると、ニナは水中から半身を起こして五十川を睨みつけた。


「しつけの悪い娘だ……だが、もう邪魔は出来まい。お前はそこで見ていろ!!」


 その視線を傲然と見返した五十川は、吐き捨てるように言い放つと、再び翔たちに照準を合わせようとした。

 その時。今度は上空から落ちてきた、白いゲル状の物質が機銃に張り付いた。


「何だこれは⁉」


 五十川が思わず声を上げる。謎の粘液状の物質は、機銃どころか付着した装甲部分からも泡を吹き、白煙を上げ始めたのだ。


「な……作動しない⁉」


 頭部装甲の内部ディスプレイに、いくつかの警告表示アラートが灯っている。

 肩の機銃はすでに、発射どころか照準さえ動かない。それどころか、肩部装甲の電子系統にすら異常が起き始めていた。


『諦めろ。その消化液は、金属もプラスチックも腐食する。おまえさん自慢の腕部装甲のギミックも、すぐ動かなくなるぞ』


 空から降ってきたその声は、電子拡声されてはいたが、翔たちにも聞き覚えのある声であった。


「リュウさん⁉」


 翔が叫ぶ。


『ギリ間に合ったようだな。イグレッタ達に礼を言ってくれ』


 見上げると、そこには、巨大な鳥の影が複数舞っていた。

 翼開長は50メートルもあるだろうか。首と脚が異様に長く、くちばしも長く鋭い。逆光で分かりづらいが、どうやら白い鳥の巨獣であるらしかった。

 それが数羽。いつの間にか上空を旋回していたのだ。


「どうしてここに⁉ なぜ俺たちがピンチだと⁉」


『朝方、ムサシから通信が入っていたんでね。本当は、君らの無茶な計画を止めに来たつもりだったんだが……』


 上空を旋回する数羽の巨鳥。中でもひときわ巨大な一羽には、人が乗るための座席らしきものが取り付けられている。

 その上にいるリュウの顔は見えないが、その苦笑いが目に浮かぶようであった。


「佐々江竜天……貴様か」


 五十川の声には、怒りと驚きと、ほんのわずかだが親しみのこもった響きがある。


『退け。五十川。イグレッタ達の消化液は、ただの酸じゃない。特殊酵素で金属も人工樹脂も、貴様自身も溶かす。電子系にまで至れば、強化装甲リベルティナとて作動不良を起こすぞ』


「たしかに……このまま腐食が進めば……帰投できなくなる可能性もあるな……」


 五十川は冷静な声で答えたが、頭部装甲内のモニターには、更にいくつかの作動不良アラートが灯っていた。肩から浸み込んだ消化液による浸食は、止まる様子がない。


「だが、いくら強力な消化液を持っていようと、しょせん大きいだけの鳥だ。撃ち落とすことは造作もない」


 そう言って左手を伸ばすと、二の腕の装甲に、別の発射口が現れた。

 リベルティナにも装備されていた、ニードルフルーレである。これなら、電気系統が故障しても問題はない。


『やってみるか? 差し違える程度の戦力は用意してきたつもりだが?』


 リュウが言い終わるか終わらないうちに、少し離れた場所で水中から巨大な何かが立ち上がる。


「『玄武』……手懐けていたのか……」


 それは、ニナたちがナマズの巨獣『シルルス』を斃した時に足元にいた、カメの巨獣であった。

 後足で立ち、こちらを睨む巨獣『玄武』は、口から白い光を放っている。


『プラズマ光球だ……はたしてその装甲で防げるか、試してみるか?』


 光球を避けようとすれば、上空から消化液の集中攻撃を受けることになるだろう。

 だが、上空のイグレッタたちを撃ち落とそうとすれば、玄武の光球を食らうことになる。にらみ合ったまま、十数秒が過ぎた。


「やめてっ!!」


 互いの殺気で凍り付いたその場の空気を破ったのは、ニナの叫びだった。


「リュウさん……退いてください。五十川の狙いは私です。私が行けば……誰も死ななくて済みます!!」


 両腕と両脚を拘束されたまま、水中から身を起こしたニナは、悲しげな表情で言った。

 イグレッタを見上げる横顔。初めて見るその素顔をじっと見ていた翔が、ぽつりと言った。


「……ニナちゃん……なのか?」


 ひゅっと息をのむ音が、翔の耳にもはっきり届いた。

 目を見開き、動きを止めたニナの横顔が、それと分かるほど真っ赤に染まっていく。

 気づかれない、と思っていたのだ。

 顔の半分以上は、パックでもしたかのように泥で覆われている。

 ぐっしょり濡れて、首筋に張り付いた髪はすべて泥で染まっている。

 火傷を負った頬は、ここしばらくの強行軍でこけてしまっていた。

 一度も現実では会っていない翔が、まさか自分だと気づくはずがない、と。

 だが、先ほど生の声を聴いた瞬間から、翔はすでに疑いを持っていた。聞き覚えのあるその声に。

 信じたくはなかった。

 だが、気づきかけていたからこそ、いかに汚れていようと見間違うはずはなかったのだ。


「な……んで……」


 翔はそれ以上、言葉を継ぐことができなかった。

 ニナが普通の少女でないこと。リベルティナとなって、血生臭い巨獣駆除をしていたこと。なにより、翔自身もまたエンジニアだと嘘をついていたこと。そのことを知ってしまっていたこと。

 だから言えなかったのだ。自分がニナだと。

 翔は、それを一瞬で理解してしまっていた。


「ショウ君……ごめんね。嘘ついて、隠してて……私は、こんな子だから……忘れて……ください」


 顔をそむけたまま言ったニナを、五十川がリベルティナⅡの装甲をまとった腕で抱き上げる。そして、頭部装甲を押し上げ、素顔を見せて言った。


「手間をかけおって……今度邪魔をすれば……分かっているな?」


 その言葉に、ニナはうつむいたまま頷いた。

 五十川は、厳しい表情のまま島の方を見る。そこには、リュウの乗ったイグレッタが着陸していた。


「今は退こう……佐々江……あらためて言っておくが……こちらにつく気は無いか?」


『前にも言ったはずだ。俺はサクラ村の町長。それ以上でもそれ以下でもない』


「……また会おう」


 五十川はそう言うと、両腕にニナを抱えたまま、背部推進器でホバークラフトのように浮いた。そしてそのまま、回れ右をすると急速に速度を上げながら、来た方角へと去って行った。


「待て!! スージーを!! いや、ニナを置いていけ!!」


 我に返った翔が叫んだが、その時にはもうリベルティナⅡは小さな影になっていた。


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