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リベルティナⅡ


 「スージー」の意識が、無事に転送された様子なのを確認し、翔は一息ついた。

 意識の転送などというものが、どういうことなのか、正直よく理解できなかったが、少なくとも、必要なステップをクリアしている実感がある。

 このまま、手順を踏んでいけば、普通の人間サイズのスージーに会えるのも、そう遠くない気がした。


(その時には、ようやくあいつの顔が見られるんだろうな。巨人じゃなくなっちまえば、もう隠す必要もないはずだし……)


 よく晴れた空を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えていた翔は、ふと、妙なものが空を飛んでいるのに気付いた。


「何だアレ?」


 思わず独り言が声に出る。

 それは、まっすぐこちらに近づいているせいで、動かない点であった。つまり、かなり大きく見えるようになるまで気づかなかったのだ。周囲を飛び交う鳥の群に紛れていた、というのもある。翔が気づいた時には、もうその形を明確にしつつあった。

 スカイブルーに塗られた、鋭角のシルエット。

 斜め後方に向けた角のような二本のアンテナと、吊り上がった目のように見える、二つのカメラアイ。

 どこか見覚えのあるデザインのそれが、『リベルティナ』と同じ系統のものだと理解するのに、さほど時間はかからなかった。


「隊長‼ 気を付けてください‼ 追手が来てます‼ 」


 翔がそう叫ぶと同時に、その銀色に光るシルエットから何かが発射された。


「うおっ⁉」


 ムサシが、うなり声をあげて宙に放り出される。

 弾道は見えなかった。

 いきなり、ポセイドンが左前方へ倒れたのだ。乗っていたムサシが水中に落下し、まだ首にかかっていた太い係留ロープが切れて飛んだ。


「いきなり攻撃かよ!! 弁解の暇も与えねえってわけか‼」


 凱が叫び、空中バイクの機銃を乱射する。

 射程からみて当たるはずもない上に、仮に当たったところで効くとも思えないが、他に有効な反撃手段もない。

 見ると、ポセイドンの肩のあたりに、黒い銛のようなものが突き刺さっている。

 追手の銀色の機体は、左腕の機銃で威嚇しながら、翔たちから見て左に弧を描く。悔しいが、あの距離に届く武器はこちらにはない。

 相手はそれを分かったうえで、距離をとりつつ、こちらの戦力を削ぎに来ているのだ。


「うわっ⁉」


 剛秀の空中バイクが被弾した。

 幸いにも、爆発するようなことは無かったものの、バランスを崩して落下し、剛秀は島の水際に放り出された。


『もう抵抗は止めたまえ。こちらは火力が大きすぎてね。手加減するのも大変なんだ』


 制圧したと判断したのか、そのリベルティナに似た人型兵器は、構えていた銃を引き、外部スピーカーの電子音声から、柔らかな若い男の声を発した。


「いきなり攻撃してきて何言ってやがる!! 貴様一体何者だ⁉」


 負傷して唸っている剛秀に駆け寄って助け起こしながら、凱が肉声で吼えた。


『君は……石巻凱君だね? 私は五十川神寿郎。君たちの組織の長だ。直接会うのは初めてかな? それでも名前くらいは聞いたことあるだろ? 今、顔を見せよう』


 ホバリングしていた機体は、翔たちのいる島から百メートルほど離れた位置に着水した。二本の脚で立つと、その足首くらいまで水に潜る。その状態で、胸のハッチが開き、中から、戦闘スーツを着た男が姿を見せた。


「あんたが……」


「そうだ。地球防衛保健環境研究所、通称《HERI》の所長であり、実行部隊・《SVES》の長官でもある」


 そう言った男は、一見して三十代そこそこといった容貌であった。

 整った顔立ち。人懐こそうな表情。体格はさほど大きくなく、どちらかというと細身の印象である。

 だが、この時代、若々しい見た目を保つ技術は発達していて、六十代くらいまでは、肌の張りも、髪の色も変わらない。見た目通りの年齢とは限らなかった。

 そして、それ以上に問題があったのは、この人物が『巨大ロボット』から現れたということであった。


「ふ……ふざけるな。人形じゃなく、本人が顔を見せろ……」


 剛秀が苦しそうに息をつきながら、鋭い視線を五十川に向ける。先ほど投げ出された時に打ったのか、つらそうに胸を押さえていた。


「ははは。なるほど。君たちにはダミードールは通用しないか」


 五十川神寿郎と名乗った男は、大きく笑うと、出てきたハッチの中のシートに座った。すると、人型兵器の両腕が動き出し、頭部装甲を、ヘルメットのように脱ぐ。

 頭部装甲の下から現れたのは、シートに座る男と同じ顔をした、巨人の頭部であった。


「まあ、リベルティナの『中身』が彼女だと知っているなら、当然わかるよね」


 巨人がにっこり笑ってそう言った。シートに座った男は、いつの間にか意識を失ったようにうなだれている。


「これは、大川君の開発した技術でね。あ、それも彼女のための技術だって知ってたかな?」


 五十川が言うのは、智沙が先ほどニナの意識を転送したロボットのことであろう。


「い……いまさら来ても遅いわ。もう妹の意識は研究所に転送した……あとは、肉体情報を転送するだけ。始まってしまえば、あんたにも止められはしない」


 智沙は強い調子でそう言うと、目の前の巨人=五十川に挑発的な視線を向けた。

 だが、五十川は少しも動じる様子はない。


「それはやめたほうがいいなあ……彼女がどこへ量子テレポーテーションするか分からないよ?」


「何ですって⁉」


「君が研究所に用意したっていう『有機ロボット』だっけ? すでにネットワークから隔離してある。今、彼女の意識はどこに転送されているか、誰もわからないんだからね」


「なんてことを!!」


 それを聞いた智沙は、驚きの色を隠せないまま、ニナのそばに駆け寄った。

 相変わらず、眠っているように見えるニナ。その様子は、何も異常はないようだが、転送対象がない状態で、電子の海に放り出された意識がどうなっているか、想像もつかない。


「……まさかあんた、お父さんに何かした⁉」


 智沙は、顔を真っ赤にして五十川を睨みつけた。

 有機ロボットは極秘で作り上げた。その存在自体、どこにも記録はないのだ。ましてその場所を知っているのは父・三筋川博士一人だけのはず。五十川がそれを把握しているということは、その身に何かあったとしか考えられない。


「緊急事態だったんでね。協力してもらうために、少し痛い目にあってもらっただけさ。なかなか強情でてこずったけど、このリベルティナⅡで君たちを処分するって言ったら、すべての計画を教えてくれたよ」


「卑怯者‼ よくもそんなことを!!」


「裏切り者に言われたくはないなあ……これまで僕たちは、あんなにいい関係だったじゃないか……」


 智沙は唇を嚙んで、巨人・五十川の顔を睨み返した。

 巨人であることを、公的に知られていないこの男には、ダミードールの技術を通じて秘密を共有し合う、いわば共犯者的存在であった。だが、その考え方に共鳴して協力していたわけではない。


「それもこれも、妹を普通の大きさにするためよ‼ あんたの狂った思想を支持してたわけじゃない‼」


 その時。ニナがゆっくりと起き上がり、頭部装甲を着けたままの頭を振った。

 どうやら、転送されていた意識が戻ったようである。


「お……おねえちゃん……?」


「大丈夫⁉ あなたの意識、どこへ転送されてたの?」


「……わからない。すごく怖い世界……私は巨獣になって戦ってた……」


 ニナは座ったまま、自分自身の肩を抱いて震えている。


「ごめんね。怖かったよね……」


 智沙は背伸びして、正座した状態のニナのふくらはぎあたりの肌に触れ、優しく言った。

 その様子を見ながら、剛秀が険しい表情で智沙に聞く。


「あいつは……いったい五十川長官は、どんなことを企んでいるんです?」


「コイツはね……巨獣を地球に選ばれた優位種と考えてるの。そして、人間の巨大化した自分こそが、世界を支配すべき者だと、本気で考えてるのよ」


 吐き捨てるように言った智沙だったが、五十川は小馬鹿にしたように笑った。


「力あるものが支配するのは、当然だろう。君たち、『メガファウナ』を知っているかい?」


 五十川は、口元に笑みをたたえ、穏やかな物腰で言った。だが、その口調は子供に言い聞かせるかのようにも聞こえた。何よりその目が、智沙たちを見下しているのが感じ取れる。

 それを敏感に感じ取った翔は、内心の怒りを抑えきれず、ぶっきらぼうに言い放った。


「なんだそれ? 聞いたこともねえ」


 五十川は、その無礼な態度を完全に無視して言葉を続けた。


「太古より、地球上のあらゆる地域には、大型生物が住んでいた。今は滅びた、ゾウの仲間、サイ、オオツノシカ、メガテリウム、グリプトドン!! 海にはクジラ類……彼らこそが『メガファウナ』つまり「巨獣」だ。その生活活動は、あらゆる場所の物理的構造、栄養サイクルに大きな影響を与え、生物多様性の維持に寄与してきた。彼らを滅ぼし、文明を築いてきたのが、君たち人類だ」


 どんどん尊大な口調になって、延々と語り続ける五十川。

 しかし、翔たちは野生生物の概念すら、ようやく把握したばかりなのである。内容をほとんど理解できずに、呆然としていた。

 その時。別の方向から、強い調子の声が飛んできた。


「ふざけるな!! この世界は、もともと巨獣のものだとでも言いたいのか⁉」


 ムサシである。

 ムサシは、バイオーム出身である分、生態系や生物多様性、といった概念については予備知識があった。投げ出された水中からようやく島に這い上がったムサシは、濡れた体をぬぐおうともせず、五十川を睨みつけている。


「いやいや。所詮、地球上は弱肉強食の世界だということさ。前世紀は、生存競争に勝ち残った人間が正義だった。だが、ふたたび巨獣が発生し始めた今は、ちがう」


「巨獣が正義だってか? だったらどうして、お前たちの組織は巨獣を駆除してるんだ?」


「巨獣もまた、生存競争にさらされるからさ。私、という存在が地上を統べるために、人間の巨獣化個体以外は、邪魔なんだ。地上の生態系サイクルに巨獣が組み込まれてしまう前に、殲滅せねばならない」


「言ってる意味がわかんねえ。お前の言う生態系サイクルから生まれてくるのが、生物ってやつだろ。巨獣かどうかってこと、関係あんのか?」


「言っただろう? 太古の地球には大型生物がいた。そして今、大型生物が発生し始めている。これは偶然ではないのだよ。安心したまえ。君たち小型人間も、滅ぼしたりはしない。我々と新世紀を担う大事なパートナーとして、存在を許そうじゃないか――」


 悦に入った様子で目を瞑り、両手を広げてしゃべり続ける五十川。

 そこへ、ぽつりと翔がつぶやいた。


「……『地球は……原野に戻りたがっている』」


 小さな声。だが、その内容に引っかかるものがあったのか、五十川は言葉を止めて翔をにらんだ。


「何? 今、何か言ったかね?」


「『地球は原野に戻りたがっている。おそらく我々が想像もつかない未来が待っている』そう書き残したやつがいる。あんたの言う『地球の未来』は、たぶん……間違ってる。『巨獣』は、戦い合うために生まれたんじゃない」


 翔は静かに言った。

 確信がある。あのノートを書いた人間は、それまでの人間の所業を、それによる生態系の衰退を、絶滅していく生き物たちを、現場で見つめ続けて、その上で、あの結論を出したのだ。

 ネット情報をつまみ食いして、都合のいい部分だけを集め、巨人である自分がまるで神に選ばれた存在であるかのように思っている五十川とは、まるで違う。

 だが五十川は、翔のまっすぐな視線を、口元にうすら笑いを浮かべて受け流した。


「それは君の考えに過ぎない。現に巨獣は生まれつつあるのだ。同じ存在である私や彼女のような巨人だけが、未来を規定する権利がある。この地球を導く義務があるのだよ」


 そう言って、五十川はニナに手を差し伸べた。

 ニナは、おびえたように肩をすくませて後退った。それまで、まだ状況がつかめずぼうっとしていたのだ。突然矛先を向けられても、何が何やら分からない。

 その様子を見て、翔はカッと頭に血が上るのを感じた。


「違う。おまえとスージーを一緒にするな。彼女は人間だ!!」


「よせ。翔。この手の野郎に何言っても無駄だ」


 凱が翔を留める。

 たしかに、ここまで凝り固まった思想を持つ相手が、反論を受け入れるとも思えない。

 自分たちは、これまで疑問も持たずに、ただ巨獣を殺す仕事をしていただけなのだ。五十川の傲慢な態度に怒りは感じるが、反論できるだけの知識も何も持ってはいない。


「……無駄、か。それはこちらの台詞だよ。こうまで知識も理解も乏しい君たちと、これ以上対話しても得るものはなさそうだ」


 翔も、凱も、剛秀も、また学識をある程度は持っているはずの智沙でさえも、言い返すことすらできずに、五十川を睨みつけるしかできずにいた。


「彼女はいただいていくよ。もともとそれが目的なのでね」


 五十川はそう言うと、右腕をニナに向けた。


「きゃあっ⁉」


 その瞬間、ニナの体が跳ねた。四肢に残っていたリベルティナの装甲が、左右同士で突然くっついたのである。

 それを見た翔が、怒りの声を上げた。


「な……何をしやがる!!」


「単なる電磁石さ。ただし、抗えないくらいには強力な……ね。ちゃんと作動してよかったよ。そうでなければ、もっと乱暴な方法で捕らえなくてはならないところだった」


 言いながら五十川は、身動きの取れない状態のニナへと歩み寄った。

 両腕と両足がくっついてしまっていては、身をくねらせる以外に抵抗のしようがない。

 五十川は、あっさりとニナを抱き上げた。

 出発するつもりなのか、背部のロケットエンジンに火が入り、首の後ろにはね上げていた頭部装甲が五十川の顔を覆う。


「やめろ!! スージーは……もう少しで普通の大きさになれるところだったんだぞ!!」


「先ほど説明したろう? それじゃ意味がないんだよ。この地球を統べる王たる私の妃になってもらわなくてはならないんだから」


「ちくしょうっ!!」


 たまらず腰の銃を抜いた翔だったが、護身用の小型拳銃など、身長三十メートルはあろうかという五十川に効くとも思えない。

 震える手で銃を構える翔に、五十川は呆れたようにため息をついた。


「このまま見逃してあげても良かったんだが……上司に銃口を向けたとあっては、反乱容疑で処分せざるを得ないなあ……」


 次の瞬間。リベルティナⅡの左肩に装着された機関砲が回転し、翔たちに銃口が向いた。


「やめてえッ!!」


 気づいたニナが悲鳴のような叫びをあげる。

 機関砲の発射音が、ニナの声を冷酷に打ち消していった。


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