異界の巨獣
(あ……あれ? 何ここ……私の部屋っぽいとこに行けるはずじゃ……?)
ニナが意識を取り戻した時、そこは戦場だった。
智沙は、用意してあった、ニナの部屋に模した空間へ転送する、と言っていたはずだ。だがそこは、室内ですらない。
視界を覆っていたのは、灰色の煙状の大気。
何か、金属や樹脂が焦げ付いたような、そして生き物が燃えたような、強烈な臭いが漂っている。
周囲には、何か巨大なモノが動く気配がある。
それも、明らかに相争っている。金属と金属、金属と生身、生身と生身が激しくぶつかり合う音が、物理的な衝撃波と相まって伝わってきていた。
足元には、黒く澱んだ海。
見上げれば、赤く燃えている空。
遠くに見えるのは水平線なのか、地平線なのか、濁った空と、その濁りを通過してきた太陽光の下では、判別できなかった。
すぐ目の前では、空を飛ぶ巨獣たちの戦いが繰り広げられている。
視界に真っすぐ切り込んできた銀の翼を持つメカが、滞空していた黒っぽい生物にミサイルらしきものを叩き込み、そのまま絡み合って落ちていく。
半透明の翅を震わせて飛ぶ昆虫型の巨獣が、ゴールドメタリックに輝く翼竜に似た巨獣を、真っ二つに切り裂く。
地上からは、四つ足の巨獣が口から火球を発射し、避け損ねた翼竜型の巨獣を打ち落としていく。
(た……戦い? それも……巨獣同士の……)
しかし、その数がとんでもない。戦い合い、激しく争い合う巨獣たちが、見渡す限り、どこまでも視界を埋め尽くしている。
中には巨獣、と呼ぶには、あまりに異形なモノもいるようだ。
データベースでしか見たことのない、昆虫やクモに似たもの。
鋭い棘に全身を覆われた爬虫類。
巨獣を模したとしか思えない形状をした、機械の獣たち。
白と金に輝く恐竜のようなもの。
それどころか、異形の鎧をまとった巨人としか思えない姿のものまでいる。
(私も……今、巨獣なんだ……)
自分の姿は見えないはずなのに、何故か理解できる。
二本足で立ち、鋭い牙と爪を持つ。
固まった溶岩のような皮膚と、不規則な形の背びれ。
百メートルくらいある身長、そしてそれと同じくらい長い尾。
そして、自分がこの戦いの中心であることを感じる。
これは、個々の巨獣による乱闘ではなく、二つの勢力の争いなのだ。その一方の旗印となっているのが、おそらく自分だ。
自分たちは、守っている。
相手は滅ぼそうとしてきている。
どちらが正義なのか。それは分からないが、守らねば未来はない。それだけはハッキリと分かる。
これほどの戦場で背後からの攻撃がないことに気づき、わずかに首を巡らすと、そこにはメタリックに輝く別の巨獣の姿が見えた。
西洋のドラゴンと東洋の龍を足して二で割ったような、多頭の巨獣。
そいつが雷のように放電を操り、背後からの攻撃を完全に防いでいる。
“天使どもを撃て!! あの黒い球体に当てるなよ!!”
何者かの声が頭の中に響く。
敵の中枢と思われる、異形の鎧を着た人型たち。言われてみれば、あれは『巨獣』というより『天使』に近い。彼らが守っているのは直径二百メートルほどの黒い球体だ。
把握すると同時に、喉元にこみあげてくる熱いエネルギー。
(何かが出てくる……これで奴らを撃つんだ……)
その『エネルギー』は、喉の数倍も太く、大きく、そして熱く感じたが、それを無理やりねじ伏せるようにして、吐き出す。
蒼白い閃光が、自分の口から発射されるのを確認した瞬間。
ニナの意識は、ここへ来た時と同様、唐突に断ち切られた。