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大川智沙



『大川智沙』と名乗った女性は、リベルティナ型のいかつい装甲を装着したまま、その場に座り込んだ。

 そして、銃を携えて立ち尽くしている剛秀と凱に、装甲を着けたままの顔を向けた。


「ごめん。ちょっと手伝ってくれない?」


「……というのは?」


「これ、稼働時間が五分しかないのよ。バッテリーが切れると、自重でほとんど動けないの」


 剛秀は、智沙の指示するままに、背部の強制開放レバーを回し、装着を解除した。

 すると、人体と装甲の間のエアクッションが解放されたようで、各部から白い蒸気が立ち上る。全体に一割ほど縮んだ人型兵器の外殻を器用に脱ぎ捨て、中から薄手のスエットを着込んだ若い女性が現れた。女性は長い黒髪を両手でかき上げると、大きく伸びをした。

 年齢は二十くらいであろうか、目が大きく、眉が濃い。

 身長は170センチ前後。すらりとした体型は、武骨な装甲からは想像できない。


「あー爽快。ありがとう。これ、装着は一人でもいいんだけど、脱ぐときはダメなのよねー」


 その女性……大川智沙は気さくに笑った。


「あなたは……研究員とおっしゃっていましたが……もしかしてリベルティナの開発に携わっておられたのでは?」


 剛秀が、おそるおそるといった様子で聞くと、智沙は軽くため息をついて両手を広げた。


「そうねえ……しらを切っても意味ないかぁ……ええそう。私はリベルティナの……ていうか、特殊機動装甲の開発者よ」


「特殊機動装甲?……しかし、リベルティナは高機能電池を動力源とした機動兵器ですよね?」


 剛秀は、疑わしい、と自分で言っていたリベルティナの機能を言う。カマをかけてみたつもりだった。

 もし、リベルティナの秘密を隠すつもりなら、局長と同じように動揺するはずだ。そうなったら、矛盾を突いて真実を引き出せる。

 だが、智沙は予想に反して、軽く笑って手を振った。


「あはは。電池は動力源じゃないわ。広義では機動兵器ってことになるかもだけど、基本構造は私の着ていたこれと同じなの。アクチュエータでパワーアシストしてるだけ。そんなことしたら、これと同じように数分しか稼働しない」


「おかしなことを……あなたの言い方では、本物のリベルティナも、基本は人力で動かしているようじゃないですか」


 剛秀の口元に、思わず笑みが浮かぶ。秘密を隠しきれないと悟った智沙が、あり得ない冗談で返したのだと思ったのだ。

 だが、智沙は笑みを消し、まっすぐ剛秀の目を見返した。


「だからそう言ってるの。リベルティナは、私の妹が装着してる特殊装甲なのよ」


「待ってくれ。いや、待ってください。それは本当のことなんですか?」


 あまりにあっさりと機密を白状した智沙に、剛秀は驚きの色を隠せない。


「タメ口でいいわよ。年上なんでしょ? 野芦隊長さん?」


「む……何故、俺の名と年齢を? いや、そうか。この特殊機動装甲プロトリベルティナにも、情報収集機能があったか……」


 つまり、ふれあいイベントでリベルティナが翔にしたように、剛秀の額の不可視コードが読み取られていたということだ。


「ご名答……ね? リベルティナと一緒にバイオームに入り込んだ隊員さん、あなたたちの仲間なんでしょ? さしずめ、なかなか救助に動かない上層部に業を煮やしたってところかしら?」


「おっしゃる通りです。だがしかし、あなたの言うことが事実なら、あの巨大なリベルティナは、とんでもない怪力を持つ人間が動かしていることになる」


「タメ口でいいってば。怪力とはひどいわね。でもまあ、そういうことよ。ただ、怪力っていうより『大きな人間』なんだけど」



***    ***    ***    ***



 智沙から教えられた『事実』は、剛秀と凱を困惑させた。

 たしかに、あの計算式では、高機能電池はリベルティナの動力源にはなり得ないとの結論ではあった。だがしかし、身長三十メートルの機動兵器の『中身』が、巨大な少女だなどとは、悪い冗談にしか思えない。とてもすぐ信じられるものではなかった。


「私が電池切れで動けなくなったのは、筋力が通常人程度だからなの。妹のニナは、二十五メートルの体を支えるための筋力と、高密度カルシウムの骨格を持ってるから、パワーアシストは最低限で済む――」


 智沙は、説明しながら、自分の着てきた試作特殊装甲『プロトリベルティナ』をいくつかのパーツにばらしている。

 剛秀と凱は、智沙に頼まれて、ばらしたそのパーツを自分たちの空中バイクに積み込んでいた。


「その……リベルティナの装着者は、普通の人間を大きくしただけじゃない……ってことですか?」


 一番大きな胸部パーツを持ち上げながら凱が聞く。

 それにしても重い。特殊合金製のパーツは、ひとつひとつが数キロ以上ありそうだ。すべて合わせると八十キロは下らないだろう。電池切れとともに智沙が動けなくなったのも、納得できた。

 智沙は、このパーツを、富士山麓にある研究施設まで運んでほしい、と依頼してきたのだ。

 リベルティナの秘密を暴き出し、それを取引材料としてバイオーム内まで行くつもりだった剛秀たちは、拍子抜けした気分だった。


「ええ。例えば、筋繊維一本あたりの張力は通常人の五倍。骨そのもののカルシウム密度は、二十倍強……」


「バカな……どうしてそんな能力が……」


 息をのむ剛秀と凱に、智沙は少し表情を曇らせて言った。


「あなたたちなら、巨獣……って、どんな生物が分かってるでしょ? あれ、通常の生物と同じ筋力、骨格だったら、あの巨体であんな運動能力、持ち合わせてるはずないのよ」


「まさか……装着者っていうのは、人間型の……」


「そう。巨獣よ。とはいっても体の構造自体は、通常人と同じで、もっと言えば染色体構造も同じだけどね」


「あの……ではつまり、その……もしかしてリベルティナの装着者は、実の妹さん?」


 凱が、恐る恐る聞いた。

 染色体構造が常人と同じ、ということは、詳細に比較したということだ。つまり比較するべき近親者がいる、ということだと推測したのだ。


「凱っていった? あなた、察しがいいわね。そう。彼女……三筋川ニナは、私の本当の妹」


「ミスジカワ……いったい何故、妹さんだけ巨大化した? というか、どうして俺たちにそこまで教えてくれるんだ?」


 剛秀は戸惑いを隠しきれない。智沙の本心を図りかねているのだ。


「ああ、三筋川は父の苗字……って、それが分かれば苦労しないわ。生まれた時は、普通だったのよ。いえ、普通より少し小さかったくらい……でも、一歳を迎えるころには、標準の倍くらいの身長、体重になっていた……三歳で五倍。十歳で十倍――」


 智沙は、遠い眼をして記憶を語りはじめた。

 だがこれは、剛秀の質問への答えにはなっていない。


「――父と母が離婚したのはその頃。父は、ニナを政府の研究施設に隔離し、徹底的に調べて、元に戻そうとしたの。母はそれに反対した。結局、話し合いはつかなかったけど、身長5メートルを越えていたニナを、研究施設に入れざるを得なくなって……」


「ふう……なるほど……」


 家族を引き裂いた運命を思うと、剛秀の口からは、自然にため息が漏れた。

 凱が沈痛な面持ちで言う。


「お気の毒です。でも、それは仕方なかったことでしょう?」


「母はそうは思わなかった。ありのままの姿で、それでもニナを普通に育てたかったのよ。そして、父は、ニナを物理的に小さくする研究をやめなかった。でも……私の考えはどちらとも違った……」


「え……? あなたの考え、とは?」


 剛秀の問いに、智沙の表情はさらに暗くなった。


「私はね。歩行型ドローンを発展させた、ロボットアバターを作り出すことを考えたの。それを使えば、ニナは普通サイズの人たちとコミュニケーションがとりやすくなるからね。一緒に遊んだり、どこかにお出かけだってできる……でも、思ったほどうまくできなくってね……その副次的結果として完成したのが、特殊機動装甲……リベルティナなのよ」


「副次的……しかし何故、妹さんが巨獣と戦うことに?」


「世間の好奇の目を避け、政府の施設にかくまってもらう代償。食費だけでも大変なのよ」


 智沙はそう言って自嘲気味に笑った。

 だが、剛秀も凱も、笑うどころか、言葉を発することができなかった。

 思い出していたのだ。

 巨獣を前に、怯んだり、ためらったり、攻撃を受け傷ついたりした、リベルティナの姿を。

 操縦が下手なせいかと思っていた。そうでなければ、訓練不足のせいかと。

 体が大きいだけの普通の少女が、自分と同サイズ以上の怪物と対峙したら、どうなるのか。

 サイズだけではない。剣呑な能力を持ち、襲い掛かってくる巨大生物なのである。

 そう考えてみた時。リベルティナの行動が、すべて違う意味を持って見えてきた。


「あの……これからどうされるんですか?」


 おずおずと聞いた凱の背中を、智沙は思い切り叩いた。


「なんて顔してんのよ‼ いい? 私も、父も、何一つあきらめてなんかないの。ニナが幸せになるためにね。でもまずは、ニナを取り戻さないと」


「取り戻すって……」


「ここまでの情報。タダだとでも思った? あんたたち、私をバイオームへ連れて行きなさい。あと、護衛もよろしく」


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