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人型兵器



 静まり返った町に、突然の非常サイレンが鳴り響く。

 そして、夜空にスクリーンが浮かび上がり、それに文字放送が流され始めた。

 大昔のように、聞こえにくいスピーカーでの放送はされない代わりに、ドローン編隊による空中スクリーンが使われているのだ。


『先月18日に奥秩父で発生した、巨獣ラットゥスの生き残りが、住宅街に侵入した恐れがあります。地域住民は、速やかに指定の避難施設に避難してください』


 だが、町の反応はあまりない。窓に明かりがついたのは、五軒に一軒くらいだろうか。

 それもそのはずで、ほとんどが空き家。広さのわりに住民数も多くないのだ。

 とはいえ、ラットゥスが最初に発生した奥秩父の住宅街のように、放棄されかかっているというほどではない。

 御殿場市の外れ。富士山麓周辺にあるこの住宅街には、いくつかのレジャー施設や公共の研究施設などの関係者が多く住む。

 そして、この緊急サイレンの理由である、偽情報を流したのは、剛秀と凱であった。

 出動した際のに撮影したラットゥスの画像を、監視カメラのネットワークに流したのだ。


「あーはいはい。こちらに世帯名と避難人数をお書きください。そう、勤務先も。そうです」


 地区の公民館に設置された受付で、凱がにこやかに避難者を受け入れている。


「……想定通りだ。散発的に避難者が来る。《HERI》関連に勤務してるやつをチェックしておけ。あとで訪問する」


「……了解。でも、こんなド深夜に……関係ない住民には申し訳ないっスよね」


「まあな。だが、他に手がない」


 二人はヒソヒソと話しながら、次の避難者が来るのを待った。

 だが、サイレンからもう三十分は経った。さっきの避難者が来てから、もう五分以上経過してもいる。

 五十人ほどが避難してきているが、どうも、これから避難して来る住民がいる可能性は薄いようだ。

 この住宅地に自宅を構えるような金持ちは、自宅の地下などにシェルターを作っている者も多いのだ。あきらめて、他の手段を考えねばならないかと剛秀が思い始めた時。

 先ほどまで止んでいた緊急サイレンが、再び鳴り出した。


「妙だな? 二度も情報を流すようには仕込んでないぞ。凱、ちょっとネット情報を確認してくれ」


 外ではすでにドローン編隊が、文字情報を夜空に描き出しているようだが、詳細を知るには端末の方がいい。


「げ。隊長、こりゃ……なんていうんですか……嘘から出たホント?」


「嘘から出たまことだろ。どうした?」


真実マジでラットゥスの生き残りが、住宅街を襲ってるみたいっす。近い。一キロ以内っすね」


「バカ野郎。のんびりしてる場合か‼ 行くぞ‼」


「でも受付は……? あと、出撃拒否……」


「住民の安全が最優先だ‼ 来い‼」


 剛秀は、ヘルメットをひっつかんで飛び出すと、表の駐車スペースに止めてあった空中バイクに飛び乗った。

 そして、地上数メートルの低空飛行のまま、一気に速度を上げる。

 それに続く凱が、通信で叫ぶ。


『隊長‼ そのまま大通りを進んでください‼ 三つ目の信号を右折したとこにある高級マンションの地下駐車場が、やつらの発生場所です‼』


『おう‼』


 空中バイクは、二分とかからずに目的地に着いた。


「ちっ‼ 面倒なとこに‼」


 ぼやきながら、剛秀が地上に飛び降りる。

 駐車場ではあるものの、許可車以外は侵入できないよう、自動シャッター付きなのだ。

これでは、空中バイクで乗り入れることができず、用意してきた武装がほとんど使えない。


「どうすんです⁉」


「コイツを使う‼」


 剛秀がバイクの収納ポケットから取り出したのは、リボルバー式の大型拳銃である。


「44マグナム⁉ 持ってきてたんすかそれ⁉」


「いつも持ってる‼ お守りだからな‼」


 人間用の非常口を押し開けて、走り込んでいく剛秀の後を、ショットガンを持った凱が追う。


「現場に着いた‼ 状況‼」


 地下駐車場のB1フロアに着いた剛秀が、ヘルメットの通信機に向かって叫ぶ。


『ラ……ラットゥスは5~7体! 要救助者が、右前方30メートル先の白のワゴン車に取り残されている模様!』


 指令室も慌てているのか、オペレータの声はかなり上ずっている。


「ワゴン車……あれか‼」


 地下駐車場には、まばらに車が停まっているが、その中で唯一、白のワゴン車だけがヘッドライトをつけている。

 発進しようとしているようだが、すでに車体後部に5メートル級のラットゥスがとりつき、屋根に鋭い牙を突き立てていた。


「くそっ!! 間に合わない‼」


 ワゴン車の後方の暗がりに、赤い眼の光が見える。さらに複数体が迫ってきているのだ。

 こうなっては、車を捨てて逃げたところで、途中で捕まってしまうだろう。

 しかし、ラットゥスとワゴン車が重なり過ぎている。なまじ強力な銃を持ってきたのがあだになった。流れ弾や跳弾が、要救助者を傷つける恐れがあるからだ。

 駆け寄って、至近距離から急所にマグナムを撃ち込む以外にない、と剛秀が覚悟を決めたその時。

 ワゴン車にとりついていたラットゥスが、数メートルも吹き飛び、壁に叩きつけられた。


「何⁉」


「隊長‼ あれ……リベルティナじゃ……」


 剛秀と凱は、吹き飛んだラットゥスに止めを刺すことも忘れて、突然現れた人型兵器に注目した。

 人型兵器は、たしかにリベルティナに似ている。

 尖ったシルエット、兵装の位置、背中にある噴射装置、そして頭部のデザイン。

 呆気にとられた二人は、ほんの数秒ではあるが凝固していたようだ。


『何やってんのよ‼ 早く手伝って‼』


 人型兵器の外部スピーカーから女性の声が流れる。

 そう言いながら、もう壁に激突してもだえるラットゥスに、左手に装備された機関銃のようなものを叩き込んでいる。


「お……おう‼ 行くぞ石巻‼」


「はい‼」


 二人は、ワゴン車後方にひしめく、ラットゥスの赤い眼に向かって駆け出した。

 ラットゥスは、最初にリベルティナもどきが倒した個体を含めて、七匹いた。

 隠蔽能力も運動能力も高いラットゥスである。本気でかかって来られたら、かなりの苦戦を余儀なくされるところだったが、地下駐車場という場所、そして人型兵器の存在が幸運だった。

 ラットゥスたちは人型兵器に逃げ道をふさがれ、剛秀と凱の放つ銃弾の餌食になっていった。

 地下駐車場の奥には、各階ダストシュートからのゴミが集積される、ユニットボックスがあった。どうやらラットゥスたちは、そこのゴミの腐臭に引き寄せられたものと思われる。

 ワゴン車から助け出した要救助者は、三人の親子連れであった。

 夥しい血や肉片で彩られた地下駐車場の有様を見て、父親が激しく嘔吐する。


「もう……だから車なんかで避難しちゃダメだって言ったでしょ」


 若い母親があきれ顔で夫の背中をさすり、小学生の子供がため息をつきながら、凱の誘導で斜路を避難して行った。


「……で……あなたはいったい、何者ですか?」


 要救助者たちを見送った剛秀は、人型兵器に向き直って言った。

 たしかにリベルティナに似ている。戦闘力もそこそこあるようだ。

 しかし、ここは地下駐車場だ。

 天井までは3メートル強。それにさわらないサイズということは、身長30メートルのリベルティナと見た目こそ似ているが、違うものであることは間違いない。遠隔操縦のロボットか、あるいは……


「駆除隊の人? ちょっと現着遅いわね」


 その人型兵器は、顔面を守る半透明のバイザーを押し上げた。

 頭部装甲の中には、女性の顔。

 つまり、これは『機動兵器ロボット』などではなく、人間が装着するタイプの『装甲アーマー』なのだ。それもおそらく、駆動アシストや情報収集装置を備えた、高機能装甲だと推測される。


「私は……大川智沙。あなたたちの組織の、そう……わりと上の方に所属してる研究員よ」



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