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巨獣駆除隊《SVES》



「ハァ⁉ なんで翔が生きてないってわかるんだよ⁉ ボンクラかそいつら!!」


 石巻凱の怒鳴り声が響く。

 壁の通信画面には、彼らの直属の上司であり、この基地のトップである松笠局長の顔が大写しになっていた。

 横のデスクには、野芦剛秀が渋い顔で座っている。

 翔が、巨獣カニスルプスによってバイオーム内に連れ去られて約一か月。

 救助隊の出動を要請し続けて、ようやく出された結論が、『量子障壁を生きたまま越えることはあり得ない』よって『河山翔もリベルティナのパイロットも死亡した』という結論であったのだ。


『そう言うがな。この衛星画像を見ろ。障壁を越えたところでリベルティナが爆散しているだろう? これで生きていられる者などいない、と私も思うがね』


 松笠局長の口調は穏やかで、表情も柔らかい。だが、右頬がかすかに痙攣しているところを見ると、感情を表に出さないよう懸命に努力しているに違いなかった。


「は! こんな画像もん。今どきのAIなら簡単に作れちまうでしょう? 信用できねえな」


 その局長に対する凱は、とても上司に向かってのものとは思えない態度だが、最初からこうだったわけではない。

 一か月間、丁寧に言葉を選び、手順を踏んで催促し、翔の無事を信じてじりじりと待ち続けた結果がこうだから、爆発したのである。


『では君に聞くが、これがフェイク画像だと仮定して、何故、君たちをそうまでして騙さねばならない? そんな理由が当局上層部のどこにある?』


「それをあんたに――」


 いきり立って言い返そうとした凱の肩を、剛秀がそっと押さえて座らせ、代わりに画面の前に立つ。


「『リベルティナ』のことです」


 声と態度こそ穏やかだが、剛秀の視線は、凱以上に鋭い。

 猛っても怒鳴ってもいないのに、圧倒的な威圧感があった。

 

『むう……』


「リベルティナには、何か我々には知らされていない秘密がある。違いますか?」


『そ……そんなものは……』


「奇しくもあの日、翔が残していってくれた計算式があります。あの巨体を数十分動かすための高性能電池は、あの体には収まらない」


『それは、お前たちには公表されていない、最先端技術だからだ』


 涼しい顔で答える松笠局長。だが、その手は急にせわしなく動き出し、視線もわずかに泳がせている。


「それほどの先端技術を投入したメカが遭難した、というのに捜索も救助もまともに行われていない。何故です?」


「……そ……それは……」


「まだありますよ。機動兵器を人型にしなかった場合との、コスト比較計算書をお見せしましょうか? それとも、大型マニピュレータを人の手のように動かした場合の、パワーロスと強度不足による損耗率の計算書にしましょうか?」


 とうとう堪えきれなくなったのか、松笠局長の表情が明らかに渋くなった。


『な……何と言われようと、私にはこれ以上、何も答えることはできん‼』


「いいでしょう。だが、我々も命がけの職場だ。上層部の考えに疑問を持ちながら仕事を続けることは出来ません。申し訳ないが、当面の間、休ませていただきたい。そうですな。今回の局長に対する不敬な態度への処分、ということで謹慎にしてください」


『あッ!! ちょっと待――』


 何か言いかけた松笠の通信を一方的に切ると、剛秀はせいせいしたといった様子で大きく伸びをして振り向いた。

 そして、呆気にとられた顔でこちらを見ている凱に向かって言った。


「とりあえず、これで自由な行動時間を手に入れることができた」


「隊長……あの勢いで、退職するのかと思っちまいましたよ」


 あれほど憤っていた凱が、自分のことを棚に上げて言う。


「退職したら、ここの設備や機材を使えなくなるだろ。謹慎指令が出るまでには、タイムラグがある。その間に動くぞ。パトロール装備で出撃用意だ」


「どうする気です?」


「翔は必ず生きてる。さっき局長と話してて、それは確信が持てた。つまり、どうやってバイオームの中に行くかだが……ひとつ、心当たりがある」


 言いながら、剛秀はもう端末を立ち上げ、デジタルマップを検索し始めている。


「富士山麓……? そんなとこ行ってどうす……あっ‼」


「気づいたか。このへんに、リベルティナの格納施設があるといわれてる」


「だ……だけど隊長? 格納施設なんて警備レベルSクラスのエリア、いきなり行っても門前払いだ。どうにもならんでしょう?」


「誰が施設に行くと言った? 行くのは関係者の住む居住エリアだ」


「それにしたって、どうすんです?」


「このエリアも住民の数は多くないはずだ。偽の巨獣情報を流して、避難してきた人間を順次捕まえて締め上げ、状況を聞き出す。やつらがリベルティナをあっさり諦めるわけないからな」


「な……なるほど……」


 凱は感嘆の声を上げた。さすがに戦略の立て方が大胆だ。

 これなら、万が一こっちの動きを察せられても、差し止めを食う可能性は限りなく低い。

 リベルティナの秘密を盾にして回収作業に便乗させてもらい、バイオーム内へ入れればこっちのものだ。

 くぐってきた修羅場の数が違うのだ。平和になって、戦場こそ世界のどこにもないが、剛秀は、たまに起きる思想テロの鎮圧や重犯罪組織の捜査で名を上げた強者であった。


「じゃあ……そこで情報を得てから翔を助けに?」


「そうだ。俺たちは死線をくぐってきた仲間だ。生きてると確信した以上、見捨てるわけにはいかん」


「違いねえ」


 凱が笑って立ち上がる。

 通常パトロールに使用する装備を、揃えに行くためであった。



***    ***    ***    ***



「ほう……駆除隊にも、なかなか鋭い者がいるのだな。リベルティナの正体に気づく可能性もある……か」


 肘付きの立派な椅子に腰かけ、鷹揚に言ったのは、三十代くらいと見える男であった。

 男の前に直立不動でいるのは、松笠局長である。

 よほど緊張しているのか、表情も動作も硬い。

 男は巨獣駆除隊《SVES》の上位組織である、地球防衛保健環境研究所《HERI》のスカイブルーの制服を着ていて、階級を表す星の数は、松笠より三つも多い。


「まさか。正体に気づくとは思えません……が、組織に不信感を持っていることは確かです。ただ、彼ら次世代は貴重ですから、処分はもちろん……解雇するわけにもいかず、苦慮しております」


 答えた松笠の声は、畏怖からか微妙に震えている。


「どうせ知られるなら、彼らが事実にたどり着く前に、教えてしまう……というのはどうだ?」


「え⁉……しかし……彼らから一般市民に情報が漏れる可能性も……」


 松笠は心配そうに眉をひそめた。


「人間も巨獣化する可能性があること、それ自体は大きな問題ではない。むしろ問題なのは、『バイオーム』が捜索対象エリアとなることだ。『中』の状況を知られることになるからな」


「ええ……バイオームが調査されれば、あそこから超富裕層向けの高級食材が流出していることは、すぐ分るでしょう」


「我々は、金儲けのために、世界を感染爆発パンデミックの危険にさらしたことになる……というわけか」


 苦い顔の松笠に対して、若い男はさほど困った様子も見せずに言う。


「はい……バイオームの維持のためにも、巨獣駆除のためにも、資金は必要なのですが……おそらく市民はそのようなこと、理解しようとはせんでしょうから……」


「市民などというものは、そういうものだ。一方、超富裕層は有り余る金の使い道に困っている。そしてバイオームの『中』の者たちは、医薬品や電子技術を欲している。要するに、どいつもこいつも自分のことしか考えていないのだ。我々は、それらすべてに、折り合いをつけているに過ぎん」


 そう言いながら、何かに怒りを覚えたのか、その男は凶暴な表情を見せた。

 だが、それも一瞬だけで、松笠がいぶかしく思う暇もなく、もとの柔和な表情へ戻っていた。


「そ……そういえば、その『中』ですが、リベルティナの返還要求に対して、いまだ返答がありません」


「中身が「アレ」だからな。自分たちにも扱えると思っているのだろう。分かった。明日、私も『研究施設』に行く。その上で、できれば穏便に済ませたい」


「かしこまりました。彼らを帰還させる気があるなら、『研究施設』まで来させるよう、『中』に連絡します」


「うむ……帰還を希望しないとなれば、いよいよ考えねばならんがな」


「では、失礼いたします」


 松笠局長が慇懃に頭を下げて退出すると、男は椅子に座ったまま、薄い笑みを浮かべた。


「ふふ……『高級食材』か。そんなもの、俺にはどうでもいい。それより、貴重なのはこの娘だ……」


 男はそう言うと、目の前の大画面にバイオーム内の衛星画像を映し出した。

 そして、倍率をぐんぐん上げていく。

 最大倍率になった時。画面に映し出されたのは、真上からの『ニナ』の静止画像であった。しかも、何も身に着けていない。

 川原に座り、空を見上げたその姿は、水浴びをした時のものであった。

 人工衛星からの画像である。

 AIによって精緻に高画質化されているが、真上からのため、はっきり写っているのは、眩しそうに目を細めた顔と、前に投げ出した真っ白な両足だけであった。


「ここまでとはな……ぜひとも手に入れたい……いや、地球の未来のためにも手に入れねばならんのだ」


 口元に笑みを浮かべ、舌なめずりでもしそうな表情でそう言う。

 そして、ふと画面上の時刻表示に目を止め、軽くため息をついてつぶやいた。


「ふう、こんな時間か。そろそろ帰らねばな」


 すると、急に男の体から、ふっと力が抜けた。

 目が閉じられ、四肢が力を失ってだらりとなる。ほぼ同時に頭もうなだれて、表情が隠れた。

 まるで深く眠り込んだかのようなその姿のまま、勝手に部屋の明かりが消え、すべての機能がシャットダウンされていった。



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