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ミツハ



 翔とニナは、ようやく落ち着かせた犬神の幼獣とともに、食事を終わらせた。

 巨大なパンは見事な焼き上がりだったし、背部装甲に詰めてきた「弁当」も、様々な食材が使われていて美味であった。

 翔もニナも、食事が楽しい、と感じたのはこの時が生まれて初めてだったと言っていい。

 それまでは、病人食だったこともあり、それなりに美味しいと感じてはいても、味も料理の種類も、ここまで充実してはいなかった。何より、ともに食事する相手がいるのは初めてだったのだ。


「おーい! 『らいが』ー!」


 その時。遠くから、女性の声が聞こえてきた。


「こっちですぅー‼ サクラ村の人ですかぁー⁉」


 ニナが立ち上がって手を振った。

 周辺の木々に隠れて、翔たちには何も見えないが、身長二十五メートルのニナは、川の向こうまで見渡せる。


「あ。すっごい。なんか川をいっぱい船が下って来るよ?」


「船ぇ?」


「うん。丸太を揃えたみたいな変な船」


「なるほど。いかだってことか」


 そう話していると、下草がざわめいて、一人の女性が現れた。

 とはいえ、男女の区別は見た目ではわからない。昨日、農場で見かけた人々と同じような、褐色の作業着を着ていて、頭にはいわゆる菅笠をかぶり、白いタオルを顔に撒いているからだ。声でかろうじて女性と分かるだけであった。

 

「あ。お二人ともこんちは……『らいが』! 先に来てたの⁉」


 女性は、二人を見ると菅笠をとり、ぺこりと頭を下げた。

 そして、ニナの足元でくつろぐ犬神の子に気が付き、駆け寄ってくる。


「ああ……『らいが』って、この子の名前?」


 ニナは、子犬の両脇に手を入れて持ち上げ、女性の前に差し出した。


「そう。雷に牙って書いて『雷牙』。犬神って、巨獣化すると強すぎて、山に戻すと他の獣を食い荒らしちゃいそうだから、私が管理者として預かることになったんです」


「へえ……たしかに成獣はけっこう手強かったもんね」


「あ、申し遅れました。私、『早戸はやと光葉みつは』と申します。サクラ村行政局の副局長です。『ミツハ』って呼んでくださって結構です」


 ミツハと名乗った女性はそう言うと、右手を頭の横にかざした。

 『中』式の敬礼、ということのようだ。

 翔も、巨獣駆除隊式である、右拳を自分の左胸にあてるやり方で敬礼した。


「俺は、巨獣駆除隊 関東支部所属、河山翔です。よろしくミツハさん……じゃあ、こいつが一匹でここに来たのは、予定外?」


「途中で振り落とされたんですよ。死ぬかと思いました。あ、パンと手紙、お受け取りになられました?」


「うん。パン、美味しかったよ」


 無邪気に答えたニナに苦笑しつつ翔は聞いた。


「ミツハさん、軍隊じゃないんだ。口調は普通でいいぜ。それより手紙だ。あの内容、あんたも把握してるのか?」


「それじゃ失礼して……内容は行政局幹部内で共有してる。佐々江町長は、拒否するつもりらしいけどね。意見は二分してるよ。医薬品のほとんどは『外』から入手してっから、それを盾にとられると痛い」


「な……まさかあんたら『外』と交易してんのか?」


「昔からのことでやむを得ないんだよ。食料や生活用品はなんとか自給できても、多種多様な薬品を作る工場は、技術面でもエネルギー面でも無理なんだわ」


「だが、『外』には病気はないんだぞ? どうして医薬品がある?」


「『中』でも、調合や培養はできるからね。精製のみ依頼している、と聞いたことがあるけど……詳しくは知らない」



***   ***   ***



 三人が話しているうちに、湖の方に筏の一群が到着した。

 どうやら、シルルスをここで解体し、筏で街へ運ぶということらしい。

 筏から降りてきた百人余りの人々は、慣れた様子でシルルスの死体に群がり、刀のように大きな包丁で、肉を切り取る作業を始めている。

 ニナは、彼らのそばにいて、力が必要そうだと思うと、ひょいと手を出して、シルルスの体を持ち上げたり、転がして角度を変えてあげたりしている。

 その様子を眺めながら、翔は考え込んでいた。


「ミツハさん……佐々江町長は……いやリュウさんは、どうしたいんだろうな?」


「え?」


「俺たちを帰さない、ってことは、『外』とのケンカを選ぶ、ってことだろう? だけど、そうまでして『中』にとって何のメリットがある?」


「……たぶん、そこまで深く考えてないんじゃないっすかね……」


「そこまで……って……」


「人がいいんスよ。あのひと」


 そう言うと、ミツハは腰に下げていた容器に口をつけて中の飲み物をごくごくと飲んだ。


「おっきい嬢ちゃんはさておき、秘密を知ったあんたは、下手すると消されかねないってのは分かってる?」


「ん……まあ、そうかも知れない、とは思ってる」


「そんな状況であんた達を『外』に売ったりしたら、たぶんリュウは『中』の人望を失っちまう。でも、『外』の通告を無視したりしたら、薬とかいろいろ売ってもらえなくなるかもしれなくて、ここの人たちの生活が立ちいかなくなるかもしれないわけ。でも、アイツはそんなこと考えちゃいない」


「単純に……俺を助けようとしてくれてる……ってのか?」


 翔は、信じられないといった様子で口にした。

 たった一人の命と、身の回りの大切な人々の生活を秤にかけて、いや、秤にかけることもせずに、一人の命の方を選ぶなど、首長の行動としては理解しがたい。


「そういう奴なんだよ。でも、はっきり言っておくよ? 利害だけで考えるなら、あんた達は、ここではお荷物だ。でも、リュウさんだけじゃなく、ここの人たちであんた達を迷惑だとか、出て行けとか思ってる人はいない。何でそう言い切れるかわかる?」


「……いや……」


「皆、『利害』ってやつに興味がないからさ。ここでダラダラ長生きしたり、個人の資産を増やしたりしたところで、それに大した意味はないの。『守るべきは地球』って価値観で、皆そろってる。むしろこれがきっかけで『外』とケンカできるなら、それで事態が変わるなら、それでもいいわけ」


「え……えらく物騒な連中なんだな。でも、さっき意見は二分してるって言ったろ?」


「そう。でもそれは、今こそやるべきってやつらと、ケンカのきっかけとして気に入らないってやつらの違いってだけ。遅かれ早かれケンカしなきゃダメそう。ってことは変わらないからね」


「ダメってどういうことだ? 『ここ』、何かまずいのか?」


 翔が見る限り、『中』は平和で安定している。

 自給自足の暮らし、というものがどうなのか、すべてを把握しているわけではないものの、百年以上続いてきた生活サイクルである以上、それを維持できなくなっているとは想像できなかった。


「エネルギーとか物質循環とか生態系とか、長年かけてじり貧になっていっているんだよ。止めを刺したのが巨獣の発生。この数年で、発生率が急に増えてる。ここだけじゃなく、他の『バイオーム』でもね。で、巨獣には障壁を壊そうとする、あるいは抜け出そうとする共通点があり、そのために尋常じゃないくらいカロリーを消費するんだ。」


「カロリー……だと?」


「ああ。このままいけば、『中』の生態系は崩壊する。あと一年経たずに人間にも餓死者が出るようになる、って試算だ。そうなれば……地球は終わる、かも知れないね」



***    ***   ***   ***



「帰る……って、本当にそれでいいのかい? あんた……」


 ミツハが目を丸くして言った。

 翌朝のことである。すでにあたりは明るくなっているが、時間はまだ6時になっていない。

 昨夜のうちに、シルルスの肉を積んだ第一陣は、サクラ村へ向けて出発した。

 もし、『中』に残るつもりなら、夜明けを待って出発する第二陣に便乗するよう言われていたのだ。


「心配してくれてありがとう。でも、俺も始末されると決まったわけじゃねえし、世話になったあんたらの負担にはなりたくない。だが、もし『外』とケンカする時は、俺はあんたたちの味方になるよ。仲間と一緒にな」


 そう言って翔は笑った。

 言ったことは嘘ではない。だが本音の部分では、少し違う。『スージー』を争いに巻き込みたくない、そう思ったのだ。『中』に留まれば、『外』との争いの火種となるだけでなく、その時点でどちらにつくかを求められるだろう。そして、どちらにつこうとも『リベルティナ』は有効かつ最強レベルの兵器となり得る。

 翔自身は、『外』いや『その上層部』への不信が高まっているが、殺し合いをしたいわけではないのだ。『バイオーム』から病原体があふれ出て、世界的パンデミックを引き起こすようなことも避けたい。

 巨獣を駆除し続け、平和に今の状態を続けた方がいい気がしていた。


「リュウから言われてる。帰るなら、『研究所』を目指すように言え、と。バイオームに付属する、『外』との唯一の接点……知ってるよね?」


「存在は知ってるが……場所は非公表、だったよな?」


「位置はここ。旧時代に銚子って呼ばれてた地域に近い」


 ミツハは、手持ちの端末を立ち上げると、『中』の地形図を見せてくれた。

 シルルスを狩りに出た時には、「機密」とかで見せてくれなかった地図だ。

 こうして見ると、この「つくば・霞ヶ浦バイオーム」は、その面積の七割近くが水面であることが分かる。


「これ、ほとんど海じゃねえか」


 翔の言う通り、目指すべき場所である『銚子』は、長細い陸地になって海と霞ヶ浦を仕切っているだけのように見えた。


「地形、ずいぶん昔とは変わってるからね。筏で運んであげられたらそうするんだけど、嬢ちゃんを運べるような筏は無いんだ。水辺沿いにぐるっと歩いて行ってもらうしかない」


「そりゃ仕方ねえさ」


「代わりに、この地形マップ、あんたの端末に送ってあげる。ほんとはダメなんだけどね」


「すまない。『外』の連中には渡さねえよ」


「気を付けて行きな。あと、研究所近くに仲間がいる。『トミー』っていう、気難しいけどいい奴さ。事情は通信で言っておく。力になってくれると思うよ」


「ありがとう。何の礼もできねえけど……」


「いいさ。『外』とのケンカの時、敵に回らないでいてくれりゃあ、それで」


 ミツハはそう言って微笑み、親指を立てた。



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