掃討
暗闇の中を、無数の何かが蠢いている。
赤外線暗視装置付きのゴーグルを装着した河山翔は、その視界を白っぽい高熱源体が埋め尽くすのを確認して舌打ちした。
「ちっ!! ラットゥスかよ!! 何匹いるか分かんねえぞ!!」
翔は、すでに撃ち尽くした重機関銃の弾倉をリジェクトすると、新しいものに交換した。
ダークブルーの重戦闘服姿。
目深にかぶったヘルメットで表情は分かりにくいが、かなり昂っているのがその口調から分かる。
ラットゥスが埋め尽くしているこの場所は、ほんの数時間前まで閑静な住宅街だった場所だ。だが、数百メートル四方は今やただの更地となり、建造物はきれいに姿を消している。町を守るために出動した彼らだ。とても冷静ではいられない。
ラットゥスは、四つ足獣型の巨大生物だ。
体長3~9メートル。肉食傾向の強い雑食で、その性質は凶暴。全身が黒褐色の短い毛で覆われているが、角質化した硬い皮膚が、まるで武士の鎧のように、鼻先から背中を覆っていて、それが鞭のようにしなる尻尾にまで及んでいる。
尖った顔。
丸まった背中。
発達した門歯で、なにもかも齧りつくす。
特筆すべきはその繁殖力で、数か月もあれば個体数は数百倍にもなる。隠蔽能力が高く、大型生物のくせに発見されにくいこともあって、今回のようにとんでもない数になってからようやく通報があることが多い。
「ボヤくなよ翔!! 問題なのは数だけだ!! やつら巨獣にしちゃ小さいしな!!」
翔の右側に、声の主が進み出る。
翔と同じダークブルーの制服。同じヘルメットと靴。
だがその体格は、タテも横も翔の二回り以上大きい。
その手にあるのは、翔の機関銃とは違い、複数の回転式チャンバーを持つグレネードランチャーだ。
「凱!! 舐めてかかると死ぬことになるぜ!?」
だが凱と呼ばれた男、石巻凱は、無言のまま、ほぼ垂直といえるほどの仰角をつけて、立て続けにランチャーの引き金を引いた。
対戦車榴弾。それが、大きく弧を描いて群れの上を飛び越えていく。
2百メートルほど向こうで、激しい爆発音と炎が上がり、ラットゥスの群れはその爆発に押されるかのようにこちらへ突進してきた。
「来るぞ!! 一匹ずつ確実に仕留めろ!!」
叫んだのは、もう一人のメンバーにしてチームリーダーの野葦剛秀だ。
「了解!!」
翔と凱、二人の声が重なる。
翔は、ラットゥスの多く固まっている場所を狙って機関銃を叩き込む。
バズーカに持ち替えた凱は、特に大きな個体に向かって引き金を引いた。
剛秀の武器は、徹甲弾を装填した大型ライフルだ。それで、群れから逃げ出す個体や、より大型の個体の頭部を狙ってヒットさせていく。
ラットゥスたちは、血しぶきを上げ、あるいは内臓を飛び散らせて吹き飛んだ。
数分後、視界から動くものはすべていなくなっていた。
「よし。作戦終了。あとは地域の防災組織に……って、何だこの振動?」
剛秀が次の行動を指示しようとした時。彼らの足元から不気味な地鳴りが聞こえ始めた。
「地震か?……いや……」
慌ててサーマルスコープを確認した剛秀が、吐き捨てるように叫んだ。
「クソッ!……ここでも変異体が発生してやがったのか」
グレネードの弾着地点から、更に数百メートル向こう。
住宅街……いや、元住宅街だったエリアの背後にそびえる丘が、轟音を立てて崩れる。
雲の切れ間から差し込んだ月光が、地中から這い出てくる巨大な何かを照らし出した。
「ラットゥス……たぶん、こいつらのマザー個体……ってとこか」
相手の正体を確認した剛秀はスコープから目を外し、悔しそうにつぶやいた。
「撤退するぞ。すぐにヤツが……リベルティナが来る!!」
「またアイツに手柄とられるんスか……」
翔が大きくため息をつく。
「バカ。誰が仕留めたとか関係ねえ。殲滅できりゃいいんだよ。そもそも俺たちの装備じゃ……」
言いかけた剛秀のセリフを、上空からの轟音が遮った。
「やべえ。もう来たぜ」
自分たちの兵装を秒速で片づけた三人は、後方に停めてあった軍用車両に乗り込んだ。
「来た」
車両が走り出すのとほぼ同時に、住宅街の方で火柱が上がる。
何者かが、地中から現れた巨大ラットゥスに攻撃を加えたのだ。
炎に包まれのたうち回る巨大ラットゥスに、同程度の大きさの物体がぶつかっていく。
数百メートルも吹っ飛び、山の斜面に叩きつけられたラットゥス。
よろめきながらも四つ足で立ち上がったラットゥス。その前に轟音を立てて降り立ったそれは、巨大ラットゥスに匹敵するサイズの人型であった。
リベルティナ。
一年前に実戦投入された、汎用人型巨大兵器である。
身長は約30メートル。ゴーグル付きヘルメットのような頭部には、尖った角状の突起があり、特殊金属の重装甲は、緩やかな曲線を描いて全身を覆っていた。
背中にはランドセルのような噴射装置があり、これで飛んできたのだとわかる。
御殿場にある格納施設から飛び立つと、首都近辺なら数分以内、北海道や沖縄でも二時間あれば現着できるらしい。
鋭い金属音が周囲に響き渡り、腰部に収納されていた両刃の剣が抜き放たれた。
先ほどの攻撃は限定ナパームであろう。
揮発性の燃料をしみこませた樹脂ネットを、任意の形状で発射できる対大型生物装備だ。広範囲を焼き尽くすナパームとは違い、炎はネットの範囲でしか燃えない。
炎のネットを巻き付けてダメージを与えることも、行く手を遮る壁を作ることもでき、被害をいたずらに広げることがない。
おそらく、炎に追われて向かってきたところを剣で仕留めるつもりなのだ。
だが、全身を火に包まれ、苦しげにしながらも、巨大ラットゥスは山を背にして動かなかった。
姿勢を低くし、口からは高い擦過音を放ち、迫りくる巨大人型兵器・リベルティナを迎え撃つ体勢だ。
「ハッ!! 所詮は獣だな。相手との力の差も分からないらしいぜ」
その様子を眺めていた凱が、嘲るように言う。
リベルティナは、あらゆる先進技術をつぎ込んだ、人類最高峰の機動兵器なのだ。
いかに巨大とはいえ、生身の大型生物など敵ではないはず。
だが、そのリベルティナはラットゥスの威嚇に圧されたように、足を止めた。抜き放った両刃剣を構えもせず、まるで持て余すようにしている。
翔たちの知る限りでは、リベルティナの腕部には重機関砲、胸部にレーザーキャノン、肩に大口径の質量砲が装備されている。それで一気に片が付くはずだが、それを使う気配もない。
「アイツ何やってんだ? 一気に決めろよ」
「まずい。やられるぞ」
剛秀の言う通りであった。
ラットゥスは相手が怯んだとみるや、信じられないほどの跳躍力で、数百メートルを一気に飛びかかってきたのだ。
剣を構えなおす暇もなかった。鋭い門歯が火花を散らし、左肩部の装甲を弾き飛ばす。
激しい金属音とともに装甲の破片が飛び散り、肩を押さえてよろめくリベルティナ。
(あれ?)
翔はその動きにかすかな違和感を持った。
だが、違和感が具体的な疑問に変わる前に、リベルティナの反撃は始まっていた。
肩部装甲を無くした左腕をまっすぐ前に突き出し、二の腕にある重機関砲を発射すると、巨大ラットゥスの体の数か所で体毛が飛び散る。
固い背部の鎧が数発の弾丸をはじいたが、それでも十分なダメージがあった様子だ。
動きが鈍くなったところへ一気に駆け寄ったリベルティナは、相手の首の付け根あたりに両刃剣を突き刺した。刺し方は浅く見えたが、すぐにラットゥスの全身が硬直し、手足がピンと伸びる。
どうやら剣から電流を流したらしい。
硬直の勢いで弾き飛ばされたリベルティナは、尻餅をつく形になった。
ラットゥスは、両刃剣を突き刺したまま、数秒ほど痙攣していたが、すぐに動かなくなった。立ち上がったリベルティナが歩み寄った時には、手足を伸ばして横たわるその黒い目からは、もう光が失せていた。
「へったくそだな……」
思わず翔がつぶやく。
以前、画面で戦闘を見た時もそう思った。まるで素人の戦い方だ。
たしかに巨大ロボットなど人類史上誰も操縦したことはないのだから、ぎこちない動きも、勝手が分からないのも当然といえば当然だ。
だが、それ以前の問題として、武器の選定も、その扱いも、敵の捌き方も、なにもかも「戦場慣れ」していないように感じる。よほど訓練され、経験を積んだ屈強な兵士が乗り込んでいると思っていたのだが。
なんとなくシラケた空気が漂う。その空気を読んだのか、剛秀がふうっとため息をついて言った。
「言いたいことは分かるが、これも上層部の決定だからな……帰投する」
「了解」
翔と凱の声が重なった。
急に興味を失ったように、三人はリベルティナから視線を外した。
凱の運転する軽装甲車は、何も動くもののいなくなった戦場を後にして、自分たちの所属する基地への帰路についた。