新生活編1
2107年、スイス永世中立国は、長い歴史を経て、その名をスイス連邦から変えることを決意した。その新しい名は、世界への重要なメッセージを含んでいた。これまでの無数の争いが繰り広げられてきた世界に向けて、スイスは「武力不干渉」という旗を掲げることにしたのだ。
その名の変更は、表向きには平和の象徴の誕生として受け入れられた。しかし、誰もが知ることのないところで、古くから渦巻く黒い怨念が、時間とともにますます強くなっていた。その怨念は、過去から現在に至るまで、スイスの地を含めた世界各地で隠れるように潜んでいたのだった。
9月、2000年代の日本にとっては馴染みが薄いかもしれないが、世界的には入学式の時期である。そして2100年代の日本は世界基準に合わせ入学式(新生活)の時期を9月に合わせた。要は日本でも、バカンスの時期にバカンスを楽しみ、リフレッシュした上で新生活を迎えることができるようになったのだ。最高だ。
日本のバカンスの主流は2種類ある。無難に国外に遊びに出るバカンスと日本の観光地でバカンスを楽しむタイプの2種類だ。
国外の場合、1900年代から有名な観光地をはじめ、今では航空機革新(主に技術革新)によって、1日で移動して観光は2日目以降ということはなく、どんなに遠くても半日あればどこでも移動できる目安になっている。
国内の場合はこれも2通りに分かれる。避暑地に行くタイプと、夏というイメージのある場所に行くタイプだ。後者の中でも特に沖縄は2000年代からずっと人気な観光地となっている。沖縄本島のにあるニライビーチは昔から人気なリゾートホテルの付近にある有名なビーチである。特にこのビーチが人気な理由は通年して遊泳可能である点にあり、若者にとっては冬のビーチでの度胸試しとして利用されることが残念ながら多い。まぁ日本海に比べて大して冷たくないんだが。
そんなビーチを一望できるリゾートホテルの最上階の一室では、優雅に寛ぐ少年、朧霞とその左手後方に立つ執事姿の男性、部屋備え付けの内線付近に立つメイド姿の女性が海の方角を見ながら緩やかなひと時を過ごしていた。しかし会話自体は優雅で緩やかな感じは全くしない。
「磯城、奴らは俺が明日入学式であることは理解した上でせめてきていると思うか?」
「はて如何でしょうか、些か攻めてくるには装備・戦力が不十分すぎるであるとは思いますが。狙いが石垣島等の小さな島だけであったならば、十分な気もしますが。」
執事姿の男性、磯城は少し不機嫌そうな朧霞の様子を感じ取り、あえて触れず、あえて聞かれた趣旨とは異なるであろう回答をした。
「若様、磯城様。指示が届いております」
メイド姿の女性は、夏なのに長袖に長めのスカートと暑苦しく見える装いだが、そんなことを一切感じさせない様子で、指示が届いたタブレット端末を磯城に渡す。
「なるほど、、、若、西園寺本家より連絡にございます。内容は敵の一部捕縛と殲滅の司令です。なお、捕縛対象の殺害は禁忌との事です。こちらが捕縛対象の詳細になります。」
磯城は捕縛対象の詳細を表示したタブレット端末を主である朧霞に渡した。
「本家の連中は、俺が便利な道具だと考えてるんじゃないだろうな?一応我次期当主ぞ?」
朧霞は文句を言いながらターゲットとなる者の情報を頭に入れ込む。その間、嫌味と小言が止まることは無かった。
「というか、うちの一般兵に殲滅と捕縛を同時並行で遂行できると思うか?次期当主で一番の実力者である俺にしか出来ないから次期当主をパシるとは、これはもう西園寺家は安泰と言えるだろうな、ハッハッハ」
朧霞は嫌味混じりな言い方と目線で執事の磯城に向けて訴えかけた。
しかし磯城は恭しく礼をすることしかせず、一言も発さなかった。
メイド姿の女性が、その空気をあえて壊すように報告をする。
「朧霞様、報告いたします。該当の船団はここから北西方面320度の方角、約380km地点4ノットで直線距離で沖縄本島に向かって進行中。この数刻で減速をしておりますので、一時停船することが予想されます。なお防衛省、海上保安庁からはEGG内での撃滅を希望していますが、本家はそれを拒否しております。そのため、爆発を伴う作戦実行の禁止が追加されています。」
「おいおいおいおい、雑用すぎないか?まあいいや、それでは作戦遂行準備に入ります。『心眼』の用意を頼む。設定は超遠距離照準補助にしてくれ。それから、船舶を無力化した後の後処理の部隊の用意を。血は一滴も流れないので、捕縛対象の確保要員と船舶の回収と交渉に関する用意をメインで頼んだ。30分後に作戦を執り行う。1508に開始できるように準備を。」
朧霞は文句はあまり言わず、作戦に関する準備を指示をして自分自身も準備に入った。
執事である磯城とメイド姿の女性も情報端末やタブレット端末で各所に指示を出し始め、少しだけバカンスとはかけ離れた忙しさが部屋に訪れた。