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モノローグ

この前書きは、冒頭にも記載しています。ご了承ください

2107年、スイス永世中立国は、長い歴史を経て、その名をスイス連邦から変えることを決意した。その新しい名は、世界への重要なメッセージを含んでいた。これまでの無数の争いが繰り広げられてきた世界に向けて、スイスは「武力不干渉」という旗を掲げることにしたのだ。

 その名の変更は、表向きには平和の象徴の誕生として受け入れられた。しかし、誰もが知ることのないところで、古くから渦巻く黒い怨念が、時間とともにますます強くなっていた。その怨念は、過去から現在に至るまで、スイスの地を含めた世界各地で隠れるように潜んでいたのだった。

Oborgaki

 2107年、スイス永世中立国は、長い歴史を経て、その名をスイス連邦から変えることを決意した。その新しい名は、世界への重要なメッセージを含んでいた。これまでの無数の争いが繰り広げられてきた世界に向けて、スイスは「武力不干渉」という旗を掲げることにしたのだ。

 その名の変更は、表向きには平和の象徴の誕生として受け入れられた。しかし、誰もが知ることのないところで、古くから渦巻く黒い怨念が、時間とともにますます強くなっていた。その怨念は、過去から現在に至るまで、スイスの地を含めた世界各地で隠れるように潜んでいたのだった。


 21世紀後半から、世界の情勢は大きく変化していた。中国はその国名を変えずに中華人民共和国としての名称を保ちながらも、アジアや周辺国に対して政治面・経済面での戦争を仕掛け、実質的な支配領域を拡大し、ついに「中華統一連邦」(通称中華連邦)としてその力を誇示していた。国境を越えずそして変更しないままに、その影響力は経済と軍事の両面で世界一を目指す国家連合となっていった。

 その過程で、中国は長年にわたり日本との間に数々の国際問題を抱えていた。さらには、韓国をも中華連邦に加えて実質的支配領域を広げたことで、中華連邦にとって日本はますます邪魔な存在となっていた。

 1945年以降、日本は自発的な戦争への関与、つまり積極的自衛権の行使を一切行わず、国際的な平和維持活動にのみ参加していた。その間、中華連邦は何度も日本を自国に引き込もうと試みたが、日本は一貫してこれを拒否し続けた。日本近海には海溝・海嶺・海底火山が多くあり、地下資源が豊富であることがわかり、資源面でも日本のことを手中にしたいのであった。しかし日本はその資源に対して手をつけず慎重な調査活動のみをして、資材・資源の中国からの提供依頼・要望・要請の一切をも拒否していた。その結果として、中華連邦は日本に対して大きな憤りを抱えていた。


 2110年9月、スイス永世中立国の建国(名称変更)から3年後、そのような状況の中、日本はスイス永世中立国との平和同盟を締結することを発表した。この同盟は、恒久的に売られた戦争以外の戦争を放棄することを表明している国家同士による平和同盟であり、世界中の多くの国々がこれに大きく反応した。

 この同盟締結に対して、表向きには称賛しつつも、裏ではその関係性を崩そうとする国・団体もあれば、戦争によって疲弊し、すぐにでも戦争を放棄したいがために同盟に加入したいと名乗りを挙げる国、敗戦国として厳しい立場にある現状から脱却を目指して加入を目指す国もあった。

 しかし、全ての国々・団体がその望みを諦めることとなった。その理由は、同盟への加入条件の厳しさと、加入後の縛りの多さにあった。さらには、関係ない他国に何か活動を求める条項もなく、他国に対して何かしらの強制を強いることもなかった上に、日本とスイス永世中立国の距離が大きく開いていたことも、その二国の関係に対して工作を仕掛けようとする国や、参入を試みる国のやる気を削いでいた。そして、その全てが日本とスイスにとって有利に働き、全く妨害がされることなく平和同盟が締結された。

この平和同盟では次の点が重要な条文として明記された。


・一切の他国への干渉の禁止と、完全な戦争放棄。

・他国からの武力・政治による侵略に対しての全力報復の事前通告。

・平和維持活動のための新規活動機関を同盟内に設置し、全ての同盟国はそこに人員を派遣し、必要経費は折半で支払う。また、機関の全ての活動は母国を代表するのではなく、同盟を代表して行うこと。

・平和維持活動および平和化活動において、利益を考えない活動の義務化と、それを悪用する他国からの搾取に対する全面的な報復の宣言。ただし損益を被ることの義務化ではない。

・同盟国間の経済・平和活動の活発化を目的とし、新規国境線の作成と同盟国間の関税およびビザの廃止。

・一時的に国家を保護下に収めることは許可するが、新たな主権国家として独立できるように援助を行うことを前提とすること。

・スイス永世中立国と日本国を同盟の宗主国とし、以後加入する国に対して様々な審査と規制を設けること。

・同盟本部を日本国広島県広島市に置き、同盟活動拠点をスイス永世中立国のジュネーブに置くこと。


 この同盟締結は、2110年10月10日に日本の広島でおこなわれることになった。また、この同盟は鬱憤を溜め込んでいた中国を中心とした中華連邦にとって軍事行動をとる判断を取るための十分な理由となった。そしてその軽くなった引き金はその同盟の締結前にすぐに引かれた。

 2110年10月9日、その戦争は一方的な中華連邦の攻撃のもと開戦する。のちに「喪服のハロウィン」と呼ばれる終戦に関する条約を締結する31日まで続いたこの戦争は一方的な攻撃により、総人口の0.5%を失った平和同盟側(日本)の地獄のような反撃に起因し22日目に宣言された中華連邦の降伏により幕を閉じた。この戦争は2日目までに戦闘行為自体が99パーセント終了し、22日目まではほぼ戦闘行為はおこらなかった。

 しかしこの戦争の注目するべき点はここではない。この戦争の注目するべき点は過去に失われた技術とされてきた魔法、魔術、陰陽道などの各種「魔」に関する技術が明るみへと出たこの点にある。またこの日は、過去でも明るみに出たことはなく、忌避・畏怖の存在であった「魔」が世界の明るみに出る新時代の幕開けの日でもあった。



 2110年10月9日 16時ごろ 日本国 広島県 広島市 広島駅付近


 駅から人の足で5分ほど離れた位置にある、人の手によって綺麗に整備された公園の噴水には少し早めのイチョウと紅葉の葉がゆらゆらと静かな海に浮く船のように浮いていた。公園の周囲はイチョウやら紅葉やら桜などの季節によって様々な顔を見せてくれる樹木がほぼ均等な間隔で植えられている。10月の16時ともなると晴れているが少しだけ空が暗く、赤らむのも早くなっているように感じる時期である。

 公園には学校が終わって下校中の子供達がわいわいと話しながら帰宅していたり、仕事の休憩のスペースとして利用している様々な人がいた。

 そんな中でも通り過ぎていく人たちから容姿だけで二度見をされるような少年と少女の二人がいた。制服を着ている二人は学校終わりのように見える。二人は隣り合って一つのベンチに座っていた。

 少年の姿は一目見た瞬間、心が奪われそうになる。会話をしている彼から生まれる笑顔はまるで太陽のように輝いており、その瞳は薄い茶色をしており、星のようにキラキラとしていた。風にそよぐ絹のような髪は、彼の存在感を一層引き立てていた。陶器のように滑らかな肌が、彼の美しさを更に引き立てていた。

 少女の漆黒の黒髪は、夜の闇のように深く、光を受けるたびに美しく輝いていた。化粧を施していないにもかかわらず、その肌はまるで絹のようにツヤツヤとしていて、自然な美しさが溢れていた。モデルのようにバランスの取れた顔立ちと体の調和は、見事な彫刻のように完璧で、その美しさをさらに引き立てていた。そして、所作から垣間見える育ちの良さが、彼女の品位と優雅さを一層強調していた。まさに、その全てが彼女の魅力を形成していた。

 そんな二人を横目に、もしくはガッツリと見ながら周りの人達は、何気ない日常を送っていた。当然ながらベンチに座っている二人もこれが日常なのであろう。

「なぁ、今日は何をしてサボタージュを決め込むよ?」

「またそんなことを言って、怒られるのが好きなの?わたしは、普通に参加するよ?」

 二人の学生は学生らしい会話をしている。

「えー、まじ?美月、お前まじめすぎだって。もっと青春を謳歌しようぜ?」

「お言葉ですが、まずさっきあなたは、『今日は何して』と言っていましたけれど、私は一回も稽古をサボったことはありませんからね?それに私が真面目なのではなく、朧霞(るか)くんが不真面目なんですよ?」

 綺麗な顔立ちに一切の乱れを起こさず、少し捲し立てるな早口で反論され、朧霞くんと呼ばれた少年は、その美しい顔立ちを少し困った顔にさせていた。

そこにすかさず美月と呼ばれた少女は

「さて、そろそろ行かないと遅刻しますよ?さあ」

と言いながら、ベンチから立ち上がり少年に手を差し伸べた。

「なんか、お母さんみたいだな、いや、秘書か?」

などと言いながら渋々少年は手を取り、重い腰をあげて、少女の隣に収まった。

 二人はそれぞれがそれぞれの感情を抱き、歩み始めた。


 二人が歩いている街は平和同盟の本部がある街ーーー(本格的な業務開始は翌日10月10日からであるが、すでに稼働はしている)ーーーらしく平和な日常を過ごしていた。車道を滑らかに動くホバリングカーがせわしなく行き来している。1世紀前は世界的なガソリン車のメーカーがあったお肘元の街であったが、今では移動手段のメインはホバリングカーとなって、1世紀前の様子は見る影もない。

 ホバリングカーは空気を噴射し、その力で車体を浮かせ、移動する乗り物である。ただし、その力だけで車体を安定して浮かせることは出来ないので、道路のサーフェスに隠れるようにコイルを設置して、車体を電磁誘導を起こして浮かせ、空気の力で加速度を調整している。

 余談であるが、今の主流は資金に余裕ある街では電気・ガソリンのハイブリッド車である。これは車輪でどうしても道路をけずってしまうため、道路補修費やその他維持費用を削減するために、ハイブリッド車での通行を禁止している地域があるほどである。それ以外の地域では道路の下にコイルを仕込むための工事が大半を占める初期費用は高いが、定期メンテナンスやオペレートのコストも極端に減らせるホバリングカーを用いている。さらにホバリングカーのいいところは、ホバリングカーのまま、公共交通機関に乗り込めるところが大半を占めるところである。ホバリングカーは電磁誘導によって車両に固定することが出来、サイズの規格も4人乗りと6人乗りの2種類しかない。そのため、電車、船、飛行機の全てに簡単に固定でき、また簡単に固定を外せ、2種類と決まった規格のスペースだけを用意すればいいホバリングカーは、長距離運転を気にしなくいい、プライベートスペースを確保出来る移動手段として重宝していた。なお国によっても、設備が整っている国ではホバリングカーは海外でも使える。

 そんな広島市の街中では、翌日に平和同盟の締結に関する式典の開催を控え、なかなか見ない珍しい車列が騒がしく通っていた。また、空にはステルス加工された小型航空機が亜音速で飛行していた。それに気づくものは転換期を迎え、忙しなく平和への1歩を歩み始めようとする日本、それも広島市にはいなかった。


2110年10月9日 20時ごろ 日本国 広島県 広島市 広島駅付近


 広島の街が紅い。この時期は毎年プロ野球のペナントレースが佳境を迎えて地域密着が強い広島の球団のイメージカラーである赤色で街中が染まることもあるが、今日は違った。赤色のグッズは黒い炭となり、街中は球団とは異なる紅色に染まっていた。平和そのものであった街は所々で燃えて暗夜を煌々と照らしており、それは空襲を受けたあとの街の残骸そのものである。

 逃げ惑う人々の叫び声、所々に横たわる骸、数時間前まで街中を走っていたホバリングカーだったもの。その全てが平和とは懸け離れた、真逆の位置にある戦争、略奪の文字を刻み込ませるものである。

 駅前から少し離れた住宅街でも同じような様子が広がっている。住宅という住宅、お店その全てが崩れ、元の形は残っていない。

 平和への戒めの意味も込めて1世紀半以上遺されていた、原爆ドームという名の建物ももう跡形もない。

 街を流れている川には業火から逃げるために入水した人々の骸がいくつも浮いていた。

 その川の中に先程の少年少女がいた。少年は腕の中で少女を抱いている。少女は上半身の左側ほぼ全てが欠損しており、既に生気を感じることができず、力が抜けてしまっている。ただ、汚れのあまり付いていない顔だけを見ると、ただ寝ているだけのようにも見える。



 朧霞は左半身が欠損し、目を瞑ってしまっている美月を優しく抱えていた。しかし、朧霞の体は肩が時々上下し、力み過ぎて震えている。

「ぐっ、美月・・・」

腕時計型通信端末に着信が入る。着信音は周りに高い建物がない状況下で小さな音であっても響き渡ってる。朧霞が通話を受ける操作をすると電話相手のホログラムが、腕時計型端末から放たれた。

 ホログラムは執事のような服を着た、初老の男性を映し出した。

「若、ご無事ですか!ようやく通じた、姫君の方は?」

「美月はやられた。それより首謀者は?」

「ほんとですk」

「いいから!もうわかってるんだろ?!早く教えろ」

朧霞は電話相手の男性に対して、ものすごい剣幕で強く命令した。

「中華連邦です。どうy」

電話相手の男性が話している途中であったが、聞きたいことが聞けた朧霞は、すぐに電話を切った。

電話を切った瞬間から再度通話のコール音が呼び出しをしてきたが、それを無視して通話を切り、腕時計型通信端末を外し、そのまま、川に投げ捨てた。腕時計型端末は水に触れて壊れることはなかったが、「チャポン」という音と共に川底に沈んでいった。

 朧霞は、腕に抱えた美月を自身と共に川から出て、周辺を見渡し平坦な場所を探し、河川敷のエリアに平坦になっている場所を見つけた。見つけた河川敷の平坦な場所まで美月を連れて、美月をやさしく横にした。河川敷までの道のりを朧霞は悲壮感と怒りが入り混じった表情をしてゆったりと歩き、そして美月のことを運んでいた。

 横にされた美月は優しい朧霞の動きに全く抵抗しなかった。欠損してしまった左半身からは、朧霞が体を動かしても出血せず、欠損した時の火器によって焼かれて傷口が塞がれたようであったが骨が一部分見えてしまっている状態であった。

 朧霞は美月の顔の輪郭を左手で撫でて髪の毛を払い、綺麗な顔立ちがよく見えるようにした。朧霞はみずきの顔を見て微笑み、自分の涙を拭きはらい美月の頬にキスをした。優しく愛を感じるキスの後。朧霞は美月の耳元で何かを囁いた。その後美月の欠損した左半身のそばに立ち上がった。朧霞は一息をついた後、両手のひら合わせ、目を瞑ったまま何かをぶつぶつ呟き始めた。

「・・・・・・・・・・娑婆訶(そわか)

 朧霞が呪文を唱え終わると、朧霞の周りの空気の流れが止まり、朧霞を中心とした弱い竜巻のようなものが発生し、目に見えない何かによる上昇気流が発生した。それは空気による、風による竜巻ではないのは確かであるが、それが感じとれた人は彼以外誰も存在せず、そもそも彼の周辺には誰一人生存者がいなかった。上昇気流が落ち着いた頃、低気圧が発生したのに、空気が重く呼吸が苦しくなる空間が完成した。

「・・・・・・・・・・・・・・・急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)

 朧霞は力の集まりが十分であると判断すると、次の呪文を無詠唱で唱えた後、即時発動のための呪文も唱えた。その間、朧霞は悲壮に満ち溢れた顔をしていた。

 朧霞の足元に横たわる美月の体が淡く黄色に光り輝き始めた。その光は周りを温かく包んでくれるような光でもあり、また鋭い冷たさを兼ね備えた存在感がある光でもあった。

 数刻後、先ほどの上昇気流によって昇って行った力が細い一筋の光を伴って、ゆっくりと降りてきた。まるで神が天井より下ろしてくる救いの糸のようであった。その間、朧霞はずっと両手を合わせ、直立不動のままであったが、ずっと集中し何かに必死で向き合っている様子であった。

 その集中を崩すかのように、この空間の中に小さく朧霞のことを呼ぶ声が聞こえ、だんだん近づいてくるようである。

「若〜、若〜、美月様〜、姫〜」

 先ほどの会話から5分ほど経過しているであろうか、通話相手であった執事姿の男性が、走って近づいてくる。身長が190cmほどあるであろうか、かなり身長が高い男性で、年齢は50は超えていそうであるが、颯爽と走ってくる。

「若〜、ようやく見つけましたぞ」

 執事姿の男性は息を切らしながら、朧霞に話しかける。しかし、男性の声に朧霞は返事をしない。そして朧霞は手のひらを男性の方に向けた。

「まさか、若・・・それはおやめください。若!!」

 朧霞は最後に執事姿の男性に笑顔を見せたように見えた。ただそこから先は執事姿の男性の思っていた形と大きく異なった。まず、朧霞の周りに半透明の阪急城の壁のようなものが形成される。それにより朧霞と美月がその中に閉じ込められるようになった。執事姿の男性を驚かせたのはそれだけではない、自分自身を囲う半球も現れたのだ。それからあとは一瞬で終わった。朧霞のいた方向が眩く白い光で輝いたかと思うと、まるで乗船中に大きな荒波にさらわれるような感覚を覚え、立っていられなくなった。

「まさか、美月様の蘇生に加え、報復まで行おうというのか」

そのように考えているうちに2回目の発光が起こり、また乗船中の荒波のような感覚を受けた。執事姿の男性は、動かねばという使命感に駆られ情報端末の操作を始めた。そして通話を開始する。通話相手の名前には「」と何も記載されていない。

「こちら磯城(しき)だ、大至急八咫烏に指令を伝えてくれ。1つ、若と美月様の捜索部隊の編成。2つ、中華連邦の被害観察と反撃部隊の撤退と解散だ。若がはんげk、うぉ」

途中で再度荒波にさらわれるような感覚が襲い、平衡感覚がなくなり地面に押さえつけられる格好になるが報告を続ける。

「すまない、若が反撃に打って出てる。今3撃目が確認された。もう遅いし、もしかしたら被害が出ないかもしれないが、一応撤退させろ。今、若の隣にいるが儀式でどうなるかわからん。頼んだぞ」

磯城と名乗った男性は通話を切ると、大きなため息を一回ついて、大きく息を吸った。その後強く息を吐くと周りは霧に包まれた。

磯城は息をととねえた後、半球状のエリア内にいる若に向かって覚悟を決めたような顔で報告を始めた。

「若!霧の結界は構成しました。もう各種の手配はしております。ご存分に」

するとすぐに変化が起こった。

朧霞のいる半球から淡い金色の光が漏れ出し始めた。その後すぐ金色の光と共に半球も、朧霞と美月の姿が霧散して消えていった。

霧散しながら、朧霞は磯城に対して話しかける

「ありがとう、俺はやりすぎたのかもな」

「若そのようなことはございません。若は報いを与えただけでございます。」

朧霞は消えていく声で、さらに何かを呟いたがよく聞こえてこなかった。

磯城は霞となって消えていく朧霞に向かって恭しくお辞儀をし、自身の主人を見送った。

磯城は朧霞が何をつぶやいたのか分からなかったが、その後のニュースで何をしでかしたのかもっと分からなくなるのは、また別の話である。



 平和同盟は攻撃開始から一時間で中華連邦に対して第一次報復の完了を宣言した。

世界中の国家と人々は全く理解できない宣言であった。それは徹底抗戦の構えではなく、報復の完了宣言であったからだ。平和同盟はその被害規模についても報告をしていた。

平和同盟の被害は約78万人。また中華連邦による宣戦布告や非通知、一般市民退避の時間を与えなかったその非道さに対して強い非難がされていた。

中華連邦の被害は約1380万人と報告されたが、中華連邦側の被害は最大で5倍ほどにまで膨れ上がることも付け加えられていた。


 一方中華連邦サイドでは、国家が転覆しかかっていた。国家転覆罪ではなく、国家存続にあたり重要となる役職の人間、軍部の人間、高級官僚が失踪していたからである。ただの失踪ではなく、重要官僚の部下の話では、衣服だけを残し蒸発するように消えていったとのことである。これを皮切りに、中華連邦転覆の歴史がたった22日間で始まりそして終わるのである。


2110年10月9日 21時半ごろ 中華連邦首都 中華人民共和国 北京市 国防省参謀部 会議室

 会議室では日本の報復宣言を高級官僚・重要なポストにいた政治家の部下だったものたちが集まり、その全員が苦虫を噛み潰した顔をしながら聞いていた。

 一番の上座に座っているものが口を開く。

「我が連邦はこのようにすでに負けたような形にな」

「ふざけるな!そのようなことはない!」

「ですが、我が国の戦力は、大きく削られてしまっています。さらに今の我々が国のトップであるという事実はしっかり考えた方が・・・いいとは思いますがねぇ。現に国際関係と我が国の立場を考えた発言をできる方が今現在何人いるのでしょうか。今の国の状況でご自身の出世を考えるバカは即刻蒸発して退場して欲しいものですなぁ」

上座の男性は凄みながら周りの参加者と、に対して慎重で考えられた発言、蒸発して消えていった元上司たちに準えて促した。

会議室には小馬鹿にされた出席者に対しての笑い声が起こったが、発言を続けたのですぐに静まった。

「私はこの戦争に勝機はもうないと考えている。原因不明の攻撃、何人死んだけもわからない・現場どうなっているかもわからず連絡も取れない現状、指導者と統率を取れる人間の蒸発。これらがあってなお勝てるというならば、我らはとっくに日本を仲間にすることができていたであろう。」

出席者は大体が頷き、同意の姿勢を見せる

「皆さんが賛同の意思を持ってくれたことに感謝します。もっとも今回の会議で議長を務めさせていただいているこの状況で、策や案もなく今の考えを否定されたならば、ご体積いただいていましたが・・・ともあれこの場におバカなスパイや密偵はいないようですな。その点残念であると同時に安心しました。」

会議室が少しざわつくが、議長は無視して続ける。

「私はできるかぎり時間を稼ぎ、その間に我が連邦と我が国の状況を整え、今の最善の状況で講和をすることがベストではないかと考えているが如何であろうか。」

参加者の一人から発言が起こる

「できる限りの時間とのことですが、どこまでとお考えですか。」

「それについてはこちらでは明確な時間は決めかねているが、国内の新しい代表者・指導者は2週間以内に決めたほうがいいだろう。国内の問題も山積みであろうから、講和はそれの1週間後を目安と言ったところか。一旦の今後の方針は今ここに集まっている諸君と、そのほか信頼できる各省の人材で決めたいと私は考えているが如何だろう。」

各所から「異論ありません」の意思が返答されてくる。


2110年10月31日、中華連邦は新政府による、敗戦を実質的に受け入れる講和条約を結んだ。この条約によって緊張状態が続いたことによって行われなかった葬式や慰霊式典が多く行われたことにより、各メディアによってこの日は「喪服のハロウィン」と名付けられた。またこの日は世界が新しい道に舵きりをとった日として世界中にある種の革命が起こった日となった。

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