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私のおしごと

長いシリーズのプロトタイプ兼プロローグです。

根気強くお付き合い頂ければ幸いと存じます。


 

 今日びメイドの暗殺者(アサシン)などベタ過ぎと思ってはいるのだが、いろいろと武器など隠せるのはまあ便利だし、何よりも相手が警戒しない。第一私は飛び抜けた美少女だ(私は謙遜するのが大嫌いなのだ)。この顔とこのスタイルでにっこり微笑みかけなどすれば、どんな強面でもたちまちヤニ下がり、緊張感を無くしてしまう。後は睾丸を軽く蹴り潰すなりで簡単に処理できてしまうのだ。

 戦闘となっても私は現在までのところ不敗であり無敵である。メイド服は確かに動きやすくはないが、馴れてしまえばどうにでもなるものだ。それと私の銃は一見古めかしい年代物だが、中身は近接戦闘に特化された優れ物で、レバーの切り替えひとつで二十連射が可能であり、囲んだ敵を瞬時に蜂の巣と変えてしまえる。

 所属している組織においても私のレベルは特級である。よほどの金持ちの依頼しか受け付けない。何でこんな仕事をしているかというと、父親が残した莫大な借金の為なのだ。あと十年はこの仕事を続けなくては返済不能の額なのだ。さようなら、後はよろしくとばかりに首をくくった無責任な父親を呪ったところで始まらない。母は何も知らぬまま、私が寄宿舎から学校に通っているものと思っている。組織の人質も同じ事だから、私は働かなければいけないのだ。今日も今日とてメイド服を血に染めて。以上で説明はおしまい。

 最近どうも気になるのは、金持ちの爺さんが自殺したがって依頼して来るパターンが増えた事だ。もちろん遺産相続の身内の争いにうんざりしてというのが基本である。死にたくても見張られていて死ぬ事すらできない、そこで──という訳である。まったく借金で死ぬ者あれば遺産で死ぬ者ありだ。

 ちなみに私のコードネームは「バッコスの信女(バッカイ)」だ。略称B・B。意味は後述。

 先日の仕事はこうだ。出入りの弁護士を買収したとかで、どうにか組織に連絡・送金して来た死にたがりの気の毒な爺さんは、広大な邸宅の奥深く、ひたすら自分に都合のいい遺言状を書かせる事を目的とした身内の者に事実上の監禁状態、周囲は腕利きの「用心棒」達が十重二十重とえはたえに取り囲み、欲に目がくらんで身内の愛情も何もすべて憎悪と憤怒に変わり果てた、かつての兄弟姉妹とその手の者達の襲来に備えている、といったところだ。

 さっき気の毒とは言ったけど、金は墓場まで持っては行けないなんて当たり前の事に今さら気づいた年寄りになど、正直私は何の同情も感じない。だが、ひたすら遺産目当てで醜く争い続ける親族連中の方こそ、軽く皆殺しにしてやりたいと思うのが人情だろう。でも標的はあくまで依頼主。割り切りが肝要である。

 という訳で私はその日も黙々と職務を遂行し、三十人程の用心棒達の屍の山を築いて、例によっての血だるまメイド服姿でその標的兼依頼主の老人の前に立ったのだ。

 車椅子の老人は感激の涙を流しながら私を迎えた。

 「おおっ、よく来て下された。貴女が伝説のアサシン『バッコスの信女』殿か」

 「左様でございます。大変お待たせしました。スパルタ・クリーニングサービスより派遣されて参りました。御利用有難うございます。ではさっそく」

 「その前にひとつ、雑用をお願いしたい。帰り際にこの封筒をポストに投函して頂きたいのだ。中には私の全財産を某優良環境保護団体に寄贈する旨を記した遺言状がある。そしてこちらの封筒にはその手間賃兼貴女へのポケットマネーとして百万円が入っている。取っておいてくれたまえ」

 珍しい。この人はいい人だ。子供達に対する愚痴やら恨み節やらを散々聞かされるのが普通なのに。殺すのは惜しい。だが残念。これが仕事だ。

 「かしこまりました。確かにお預かり致します。感謝申し上げますわ。では」

 老人を一発で楽にすると、開いたままの目を閉ざしてやり、合掌し(普通こういうサービスはやらないのだ)、シャワーを使わせてもらい、着替えを済ませ、私は血染めの邸宅を立ち去った。後始末は組織の掃除屋がやってくれる。

 例の封筒をポストに投函する。しかしながらせっかくのお志こころざしは組織に全額納金だ。こういう事のチェックは異常なまでに厳しく、チップ一枚にも報告・納金義務がある。「着服」がバレると即報酬(生活最低限度額)より罰金三割増しで差っ引かれ、度重なると消される。このくらいセコくやらなければ組織の運営などままならないのだろう。まったくこの世は金なのだ。


 今度の依頼主兼標的は老人ではない。金持ちではある、当然の話。中年の独身男で、同居の家族はおらず、「用心棒」などもいないという。それではどうしてこのB・Bに?

 雇い主代理コードネーム・アガメムノンの命令はこうだ。

 「危険が及ばぬ範囲内で、相手の言う通りにして差し上げろ」

 詳細不明。戦闘不要という事であれば楽は楽だが、わざわざこのレジェンド・アサシンに何をやらせるつもりなのだ。どうも嫌な予感がする。

 そう思いながら御指定の日曜日、私は閑静な高級住宅街の一角に佇む、とても立派なお屋敷の門前に立ったのだ。正面玄関から暗殺者を迎え入れるか普通と首をかしげつつ、私はブザーを鳴らしたのだ。すると頭上の防犯カメラ下の小型スピーカーから、馬鹿丁寧な中年男の声が聞こえた。

 『開いているからお入りなさい、どうぞ、どうぞ』

 気味が悪い。依頼主兼標的の職場は霞ヶ関だそうだ。いわゆる高級官僚様である。個人的には最も虫の好かない人種だ。ムカつきをこらえ、中に入る。これも仕事だ。

 玄関に用意されたスリッパを履き、奥に進む。案内する者すらいない。がらんとしている。罠でも仕掛けているのか。すぐにも抜けるようにしながら、廊下を歩いて行く。

 ふいに角から依頼主兼標的の男が現れた。雇い主代理アガメムノンの命令が無ければ即撃ち殺していたところだ。中年の優男。ポマードてかてか。銀縁眼鏡。家の中なのにスーツ姿(ま、最期だからね)。見るからにエリート臭プンプン。鼻が曲がりそう。眼鏡の奥の目が細まる。 

 「よく来てくれましたね。さすがは伝説の美少女アサシン。私が最後に眺めるものとして、これ以上のものはありませんよ。さあ、こちらにどうぞ」

 私はモノか。おまけに二度も繰り返しやがって。こらえろ。仕事だ。

 「お邪魔します」

 私は男の書斎に通された。四方は重厚な図書で囲まれ、書き物机の上には革製のバッグが置かれている。応接セットのソファに座った私は、男が手ずから入れたアールグレイのレモンティーを勧められた。妙な雰囲気だ。

 私と向かい合った男は、思った通り長々と身の上話を始めた。自分は資産家の息子で、父は早く死に、母と三人の姉達から、徹底的な虐待を受けて育った云々。珍しくもない。

 「はあー。それはお気の毒でしたねー」

 「それがそうでもなかったのですよ。苦労したのは私が実は本気で喜んでいるのを彼女達に悟らせない事だったのです。私が真に嫌がり痛がり苦しんでいると思うからこそ、彼女達は楽しんでいられたのですからね。ふっふっふっ」

 あかん。真性の変態一家だ。紅茶を戻しそうになるが、これも仕事だっ。男の話は続いた。その後高校生の男を放置プレイで家に残し、温泉に出かけたサド女共は交通事故で全滅。男は東大を出、エリート官僚の道をひた走る一方、あっちの趣味は相変わらずで、秘密クラブに入会したり、複数のSタイプの女と付き合ったり。だがかつてのような満足を得る事ができず、精神分析の文献を漁ったりして得た結論が、「エロスとタナトス即ち死の衝動との完全なる融合」なのだそうだ。何のこっちゃ。

 「その満足感に比べたら私の財産も地位も名誉もキャリアもすべてが無意味なのですよ。お判りですか。『バッコスの信女』さん。どうして私があなたを指名したのかをっ」

 目がイッている。

 まあ理由は判る。

 「バッコスの信女」とはギリシアの悲劇詩人エウリピデスの作で、テーバイのカドモスという若い王とその一族が、バッコス(英語読みバッカス)つまり酒神ディオニュソスに不敬をはたらいて怒りを買い、王の母ら親族の女共が狂わされて「バッコスの信女」と化し、王を生きたままバラバラに引きちぎってしまうという、とても愉快なお話なのだ。

「つまりー、お母さんとお姉さん達に代わって、それを私にやってもらいたいと、そういう事なんですねっ」

 「そう、その通りなのですよ。ああ、『バッコスの信女』よ、私を思い切りなぶっていじめて、バラバラに引きちぎって下さい。母に、姉達に、なって下さいっ」

 男はそう叫びながら、机の上のバッグの中身をぶちまけた。ペンチ・カミソリ・ハンマー・ノコギリ・大小各種ナイフ・刺身包丁・アイスピック・紙やすり(何をみがけというのだ)・塩・コショー・タバスコ・ラー油って何だこれ。いい加減にしろ。

 私はあきらめ、天井を仰いで立ち上がり、歓喜に震えながらひざまずく男を前にして、いつもの仕事前の「儀式」を始めた。劇中合唱隊(コロス)が歌う歌唱の一節を口ずさむのだ。言っておくが、節は自前でてきとーなものだ。


 小鹿の皮は神の(ころも)

 生きながら裂きたる羊の血をすすり

 生身を喰らう楽しさよ······

えー次回が事実上の第一話で、彼女のお仲間や所属組織の話が出て参ります。

よろしくお付き合い願います。

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