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Devil of the sound  作者: 日向 翠
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第6章 良き音の力

ジークレッドは胸元に手を入れ、首に下げている黒曜石でできた大きめのカプセルがぶら下がったペンダントに触れた。彼の表情が一瞬暗くなった。なぜだろう。その時トレイシアにはジークレッドが、素顔を隠すための仮面をかぶった役者が、その仮面をとったように見えた。


「貴女とディアナベス王女の持つ人智を越えた力は、いずれ西方諸国に知れ渡ることになるだろう。もし、〈音の力〉をめぐって奪い合いが起こるような事態になった時、軍を持たないブルクミラン国に自衛ができるか? 」

彼は真剣な目をして彼女を見た。トレイシアの背筋がぞくりとした。ジークレッドは続けた。

「シェーンベルガー国がブルクミラン国と強い同盟関係を結べば、西方諸国の君主たちも容易には動けなくなるだろう。私は貴女を親善大使として我が国に招きたいと思っている。」

 彼女は驚いた顔をし、身体がこわばるのを感じた。

 確かにシェーンベルガー国の軍事力がブルクミラン国の後ろ盾になれば、他国は、シェーンベルガー国を怖れ、おいそれとは動かないだろう。


 トレイシアは静かな声で言った。

「誰か、バイオリンをここへ」

彼女はバラ園の方へ向かって言った。ひとりの従者が、バイオリンを片手に持って礼をし、王女に渡した。ジークレッドは興味深そうに、トレイシアを見つめた。


 彼女はバイオリンを持って立ち上がった。そして庭の中央の方へ歩いていき、そこに佇んだ。すっと息を吸い、楽器を奏で始めた。

 その曲は静かな調べで始まった。穏やかで慈愛に満ちたメロディだった。高音で非常に柔らかく優しい旋律が何度も、一定の間隔で繰り返し現れた。

 しばらくすると、空から小鳥が次々と舞い降りてきた。小鳥の鳴き声はその旋律に出てくる音とよく似ていた。トレイシアは優雅に、自らも心地よい様子で弾き続けた。カラスやカケス、オナガドリの類も集まってきた。彼女の周りを取り囲むようにして、何十羽の鳥たちが、地面や近くの木々、テーブルにも舞い降りていた。


 彼らには警戒心が無く、羽を伸ばしたり、さえずったり、曲に合わせて唄ったりした。穏やかで不思議な自然と人間との調和がそこにあった。

 バラ園にいた数人の衛兵もいつの間にか出てきて、うっとりした様子で遠くから見守っている。やがて彼女は始まった時と同じような静かな音で、最後のメロディを弾き終えた。そしてジークレッドの方を向き、左手にバイオリンを持ち、右手でドレスの裾をつまんで、優雅に挨拶をした。


 ジークレッドは言葉を失っていた。


 常に冷徹な碧色の瞳からは、それまでの冷たさが消え、代わりに驚きと畏敬の念、深い感動が混ざったようにな目でトレイシアを見つめていた。


トレイシアはソファの方へ向かって戻ってきた。そのまま何事もなかったように飛び去る鳥もいたが、多くの小鳥たちはまだ遠巻きに彼女の周りや庭をさえずって飛び回っている。


「見事だ……」ジークレッドは純粋な驚きに包まれたまま、つぶやいた。

 トレイシアは静かに彼を見つめ、ふと気が付いた。


 ジークレッドからは、これまでの険しい鋭さ、緊張感が感じられない。美しい横顔は無防備で哀し気だ。まるで甲冑を外した騎士のように。荒々しい戦場から家族のもとに戻った兵士のように。彼自身を守るためにつくり出した心の要塞に、彼女の演奏が入り込んだのではないかと感じた。


「私はブルクミラン国を争いに巻き込みたくない」

ジークレッドはふと宙を見てつぶやくように言った。


「そして周辺諸国は動き出しているのですね。戦争へ向けて」

「そうだ。おそらくどの国も内乱を抑えるのに精一杯だろう。同盟はもはや崩れかかっている」

 彼は、この庭に入って以来、初めて澄んだ瞳でトレイシアを見た。


「わかりました。お見せしたいものがあります」トレイシアは、決意したような眼をして、はっきりした口調で言った。彼は不思議そうに彼女を見た。


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