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最後の風景

作者: あどん

―最後の景色

『今日騒がれる少年犯罪、何がこれからの日本を背負うべく期待される若者たちを凶行に駆り立てるのか、その答えこそ失われし家族団欒、本来ささえあうべき家族というつながりの欠如にあるのである!』

「まったくだ! まったくもってその通りだ」

 テレビの中で興奮気味にまくしたてる細もてのメガネ男に、同じく興奮気味の父が相槌を打つ。

「ほんとよねえ」

 母も合槌を打つ。

 息子は打たない、ただ冷めた目でテレビを見つめる。

 少年の家では家族がそろって食事をとるのが決まりであった、昨日から。

 くだらない、と少年は思った。そんな安っぽい理由で自分の行動を説明されるのは心外であった。理解されないのと理解しているつもりになられるのはどっちがましなのだろう。理解することなんて無理なのだからほっといてほしいと少年は思った。

「最近学校には行っているのか?」

 父が言った。

「行っているわよ、ね」

 母が言った。二人の視線が少年に注がれる。

「……」

 うん、と答えるのは容易だが、それは嘘っぽい気がした。なにを言っても、それが真実であることを証明する方法を、少年は持たない。

 しかし、少年の沈黙は違う意味にとられた。

「またか、またなんだな、この出来そこないめ!」

 父が叫び立ち上がる。膝がテーブルにぶつかり、皿やコップが楕円軌道を描いてふらふらと踊った。

 母は何も言わず泣き崩れる。

 少年の目にはなにも浮かばない、ただレンズが光を絞り、網膜に結像する。

 ものにだってそれくらい出来る。したらば生物の価値とは何なのか?

 父が正面に立ち、こぶしをふるう。ぶつかった時に少年が感じるのは、何よりもまずこぶしの予想外の堅さと重さ、しかしそれは物理的な意味にすぎず、少年にとっては肉体的刺激でしかない。

 刺激を感じるくらい機械にだってできる、したらば人間とは機械と何が違うのか。

 少年は、殴るに任せ体を躍らせた。

 まるで風にもてあそばれる野草のように、

 では自分とは何なのか……?

 頭痛に襲われ、少年は意識を閉じた。


 目を覚ました。不機嫌そうにテレビを睨む父、相変わらずテーブルと抱き合う母、少年は何事もなかったように居住まいを正した。テーブルに向い胡坐をかく、テーブルに乗せられた料理を睨む。正直食欲はない、だが、食べなければ父は怒り、母は泣くのだろう。では少年に選択の余地はない。

 それまでも違和感はあった。たたそれがなんなのか説明出来ず、説明できないものは知覚しないのがほとんどの人間であり、少年もその例にもれなかった。

 少年の手は、箸をつかむことなくテーブルをなぞった。

 何度も試して、それが徒労であると理解した。

 少年は固まった。理性が現実の説明を求めた。それからようやく少年は言い知れぬ違和感の正体に気がついた――音がない。テレビの向こうで瓜実顔の男が固まっている。父も母も瞬きすらしない。世界が沈黙していた。


 少年はまず母を殴った。いかなる理屈か少年は花瓶を触ることができた。それで殴った。確かな手ごたえに反して、母はその場を動かない。しかし、確かに歯車がかみ合うような手ごたえがあり、少年は初めての経験であるはずなのに、母が死んだのを理解した。音はしなかった。

 次に少年は割れた花瓶で父を刺した。すり抜けた。何度も何度も何度も試し、あきらめた。もしかしてこの世界では一人までしか殺せないのではないか、と想像し、母から殺したことを悔いた。予行演習のつもりだった。本当に殺したいのは父だった。しかし、少年はあえて言葉にするなら達成感とでも呼ぶべき気持ちを感じていた。自分は成し遂げたのだと、初めての実感に歓喜すらした。

 少年はようやくはじめの疑問に立ち戻った。ここはどこなのか? もしくは、なんなのか? 世界は静止していた。まるで一枚の絵のように、彼の瞳に映る全てのものが決められた場所に束縛され、死んでいた。そう、死んでいたのだ。彼自らが手を下さずとも世界そのものが死んでいた。死んだ世界で唯一動くものは彼一人だ。彼はこの世界の支配者であり、世界は彼のものだった。彼は、自分一人がこの異空間に放置されている恐怖よりもまず優越感を感じた。それからふと、外の様子が気になった。

 襖をあけると、そこは暗闇だった。彼にとっては初めての、真の暗闇。目が慣れれば見えるような暗さではなくて、人間それ個体の力では決してその中を知りえない光量ゼロの闇がそこにあった。彼は失望した。彼に与えられた世界のなんと矮小なことか。廊下すらも与えられないのかと。彼は、15年の長きにわたって見つづけた廊下を思い起こした。足の感覚でその薄さが知れる板張りの廊下、居間から見て正面にはトイレ、その横に風呂、右に曲がればそこは玄関で、とイメージが膨らむにつれて、少年の視界に変化が起こり始めた。空間そのものが堅さすら持つようだった暗闇は晴れ渡り、かわりにそこには廊下が出現したのである。彼の想像力が現実にしみ込んだのだ。少年は改めて支配者たる自分に酔いしれた。すべてが自分の思うままだ、と少年は思った。


 少年は外に出ることにした。視界が切り替わるごとに、彼の前には暗闇が出現したが、記憶をたどるにつれ晴れ渡り、記憶通りの景色が彼を迎えた。

 しばらく歩いて、彼の両親と同じように、石のように固まった人間に何度も遭遇した。誰一人として、彼は触ることが出来なかった。

 少年はふらふらと歩きまわった。何もすることを思いつかず、ただなじみぶかい景色を眺めた。

 ひょっとして、これはバツなのではないか、この時間が止まった世界は自分を試すために神様が用意したもので、母を殺した自分は一生ここから出られない罰を与えられたのではないか、と無神論者の彼は、柄にもなく考えたりした。それでもいいや、と少年は思った。

 交番の前に、マネキンのように立ち尽くす警官がいた。少年は、この警官に見覚えがあった。少年は、この男を見てまず憎悪した、しかし、それはすぐに優越感に変わった。自分だけが動き、警官が動かないことが、彼の勝利を意味しているようだと、少年は思った。だが、彼は警官に触ることができなかった。決定的な勝利を少年は求めた。警官に向けて何度もこぶしをふるった。それは、かつて少年が警官からされたことであり、少年の復讐であった。さんざん手ごたえのない暴力をふるった彼は地べたに座り込んだ。疲労感だけがあった。そのとき、突然強い頭痛が彼を襲った。なぜだか、自分がこのまま死んでしまうような気がして、しかし、そのことに何の感慨も持てなくて、彼はそのまま横になった。

 なにかが彼の肩に触った。

 今の今まで彼に触るものなど皆無であった。しかも、その感触が大きな手のひらのような気がして、少年は飛び起きた。自分の死を直観した先ほどとは比べ物にならないほどの恐怖が彼を襲い、狂ったように少年は両腕を振りまわした。それがなにかに当たった。やわらかな肉の感触、彼にはその感触が、人間の腹筋を殴ったものと同じであることが分かった。少年は絶叫した。彼の世界で、彼からは見えない存在がいる。それは彼がついさっきまで周囲の人間に向けていた優越感の跳ね返りだった。次の瞬間、彼が母をそうしたように彼の頭に何かがぶつかるかもしれない。彼は今、被捕食者だった。

 少年は暗闇の中を走った。そうすることが、彼を追う者にとって、少しでも障害になればいいと考えた。

 走る途中で、何度も彼は、やわらかな、肉の塊とぶつかった。大小さまざまな肉壁が、彼を包囲していた。

 ひときわ強い衝撃とともに、彼は弾き飛ばされた。自分よりもずっと重いもの、それも堅くざらついたものにぶつかったのだ。彼はその堅さに覚えがあった。殴りつけられ、背中からぶつかったことがある、中学の校門だ。その途端、彼の視界は晴れ渡った。見慣れた中学が彼の前に口をあけた。彼は学び舎に飛び込んだ。校舎の入り口はすべて閉まり、彼の侵入を拒んでいるようだった。彼は以前やったように窓に石を投げつけた。窓は記憶の通りに割れた。そして、記憶の通りに彼は侵入した。

 彼の足は自然と彼の教室へと向かった。教室には彼のクラスメートが整然と並び、教壇でマネキンとなった教師の指先を凝視していた。その光景に彼は薄ら寒さを感じた。教育と洗脳の違いについて考え、違いはないと結論づけた。

 彼は教室の中央に移動した。それから叫んだ。彼の不満や不安や不幸を、そして断じた。この世界は間違っていると。

 しかし、彼の叫びは最後まで続かなかった。彼は四方八方から肉の壁に押しつぶされた。その感触は手のようでもあり、触手のようでもあった。

 完全に押しつぶされる前に彼は見た。クラスメートたちのさまを。動かなかったはず彼らが、見えない肉につぶされる彼を見て笑っていた。指差すもの、大声で罵倒するもの、こぶしを振り上げるもの。それは彼が学校をやめた理由となった光景と同じだった。見えるものも見えないものも、みな口をそろえて言っていた。お前の居場所などないと。

 間違ってる。彼は最後につぶやいた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「ねえ、聞きました!? あの話」

「なんのことですか?」

「あら、知らないの? 

 こないだ入院した子いるじゃない? あの目も耳もまったくっていうあの子。彼ね、ここに来る直前、学校の窓を割って、侵入騒ぎ起こしてるのよ。でね、そこで警察に取り押さえられて、その時に頭を打ったんだろうって思われてたのね。でも、調べてみたら、あの子がああなったのは父親に殴られたせいだったんですって」

「え? ってことはつまり」

「そう、目も耳も駄目な状態で、あの子は家から学校まで移動しているのよ」

「そんなに学校に行きたかったんですかねぇ」

「それがね、彼が移動するのを見たって人が何人もいるらしいんだけどね。その人たちが言うには普通に歩いていたらしいのよ。まるで目が見えてるみたいに。行動はすこしおかしかったらしいんだけどね」

「へぇ~、あっ! チーフが戻ってきましたよ。仕事しなきゃ」

「そうね」

初投稿です。読んでしまった方、時間をとらせてすみません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前半と後半の書き方をあえて変えているのでしょうか。 一つのお話に三つくらい世界が存在していて 上手くリンクしているようなお話でした。 中間部分のマネキン、少年の暴走から 最終部分の転落の流れ…
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