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深窓の章Ⅰ

今回は神屋視点からお送りします。


 病は気からとはよく言ったものだ。幼い頃は体が弱かった自分がこんなにも元気になるなんて。

 当時の記憶は今でも鮮明に残っている。

 ベッドから起き上がる日は少なかった。外に出た翌日は熱が出ることも多く、家の中で静かに本を読んでいるのが一番身体の調子が安定した。外出が難しいためみんなと遊ぶことは難しく、室内で本を読むだけの遊びはつまらないと言われた。

「みんなに付き合ってもらうのも申し訳ないもんね」

「家の中で本を読むだけじゃつまらないものね」

 よくお母さんが自分自身に言い聞かせるように言い、次第に友達と遊ぶ機会も減っていった。自分も、それなら仕方がないと諦めて一人で静かに過ごすようになった。

 そんな自分が元気になった――というより、元気になりたいと心の底から願うようになった――のは、一人の女の子がきっかけだ。

 よく晴れた日で、窓から差し込む光が眩しかった。レースカーテンがふわりと舞う中、部屋に入ってきた彼女はピンク色のワンピースを着ていて、妖精のように美しく見えた。短い髪を少し編んで、可愛らしい花の髪飾りをつけていたのを覚えている。

 引っ越してきたばかりで友達がいない。物静かな子だから気が合うのではないかと言われ、彼女は自分の部屋にやって来たのだった。

その日、僕たちは一緒に本を読んで過ごした。

彼女が嫌な顔一つせず付き合ってくれたのが嬉しくて、彼女ともっと仲良くなりたいと思った。一緒に外に出て、色んなものを見たいとさえ。

 そう思った自分は丈夫な身体を手に入れるために頑張った。嫌いな食べ物もすすんで食べ、ベッドの上で簡単な体操なんかをして少しずつ体力をつけていった。今思えば、かつての身体の弱さは意思の低さによるものだったのだろう。熱意が力を呼び、ついには外に出ても熱が出なくなるまでになった。

 これならば彼女と一緒に外で遊べる。何をしよう?かくれんぼかな?公園できれいなお花を探すのもいいなあ、などとウキウキ考えていた頃――

 彼女がいなくなった。どこにいるかは分からない。再会できるかも分からない。

 引っ越したわけではなかった。聞けば変わらず近くに住んでいるという。なのに、彼女はもう自分と一緒に遊んでくれなくなり、代わりに彼女とそっくりな少年と一緒に過ごすことが増えた。

 ある時、その少年に彼女の行方を聞いたことがある。

「ねえ、あの子はどうしちゃったの?」

 少ししてから、静かな声で言われた。

「一体誰の話をしているんですか?そんな子はいませんよ」

 十年経った今でも、彼女を探し続けている。



「ねえ、神屋くんって陸上部だったよね?」

 昼休み。購買に行った友人を待っていると、クラスでも中心的な場所にいる女子に声をかけられた。手にはシャープペンシルと『選抜リレー出場者』と書いてある紙が握られている。

「うん、そうだけど」

「体育祭の選抜リレー、お願いしたいんだけどいいかな?」

 食い気味でお願いされた。断る理由は無いけど、ここまで必死になられるとちょっと否定的な気持ちが生まれてしまう。

「まあ、構わないけど……。そんなに速くないよ?」

「いいの、いいの!他に足が速そうな人がいなくて困ってたんだ」

 だから、速いわけでは……と訂正するのも面倒だったので流すことにした。

「本田さんって赤組だっけ?」

「そうだよ~、覚えてないの?同じ陣営なんだからちゃんと覚えてよね!」

 僕の名前を出場者名簿に書きながら、彼女はからからと笑った。よく見ると、既に体育会系の人で名前が埋まっており、自分の名前が最後に入れられている。

「種目は?」

「短距離と、一応長距離も……」

「じゃあちょうどいいじゃん!アンカー頼んじゃおうかな」

「でも本当に、速いわけじゃないから。走るのが好きなだけだよ」

「まあまあ、そこら辺はまた今度他の人達と話し合って決めよう。とりあえずメンバーは埋まったよ、ありがとう!」

 手をひらひらさせながらさっさと帰られた。昼休みの時間を削ってまで委員の仕事をしているので当然といえば当然か。

 選抜リレーに出るのは問題無い。というより、出たいとさえ思っていたのでちょうどよかった。さっき言った通りタイムが良いわけではないけど、少しでも活躍して目立ちたいという下心を満たすことはできる。

「練習、もう少し頑張るか……」

 窓からグラウンドを眺めながら小さく呟いた時、 購買に行っていたクラスメイト――松坂(まつさか)が帰ってきた。

「何を頑張るって?」

「部活だよ、部活」

「毎日練習行くの、頑張ってる方じゃん」

 松坂が椅子に座りながら戦利品を机に広げた。焼きそばパンとメロンパン、パックのイチゴオレは松坂がいつも買っている。曰く、ハッピーセットなんだそうだ。

「それに加えてってこと。松坂もサボってないでちゃんと来なよ。毎日ハッピーセットを食べてさぁ……カロリー消費、間に合ってないだろ」

「いや~、毎日はキツいって」

 松坂と僕は同じ陸上部に所属している。松坂は運動不足解消という緩い感覚で入部したらしく、週に2回しか来ない。

「さっき委員の子に声かけられて……体育祭の選抜リレーに出ることになったんだ」

「へえ。珍しいというか、意外だな。目立つことは避けそうなのに」

「そんなことは無いよ。むしろ目立ちたい方」

「マジで?なんで?」

「頑張るところを見てほしいじゃん」

「誰に?」

 あの子に。

 とは流石に言えなかった。

「……女子に」

「なんだよ、モテたいだけかよ」

 松坂は苦笑いしながらパンの袋を開けた。

読んでいただきありがとうございました。

アドバイスなどあれば感想などがら是非。


次回は喜多川視点の予定です。

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