青い月と赤い焔。一人の魔女から魔女へ送る祝福の言葉
目に映る全てのものが燃えている。
肉や木が焦げる匂いに、人々や家畜の阿鼻叫喚の声。博愛を謳う牧師が火から逃れようと、目の前の老女を火の中に突き飛ばす、真紅の焔が信仰や善性までをも漂白していくような世界。
その余りにも非現実的な光景を前にしても、その少女は「まるで映画みたい」としか思えない。
「この馬車に乗って逃げなさい。ちなみに、目的地に着くまで絶対に馬車から出ないこと。後、さっき渡した書状、これも絶対無くさないで。そして目的地についたら、「ハル」という人に渡すこと。わかった?」
未だ火勢が及んでいない、村の入り口にいる少女に対し、目の前の誰かが真剣な目をして語りかけてくる。自我が極端に薄い少女にとって、ほんの少し特別な誰か。その誰かは自らの終わりを悟り、ただやり残した宿題を終わらせるように、語りかける。
「いいかい。確かに世界は私たちにとって優しくない。きっと昔の私みたいに周りの全てを敵だと思うか、あなたみたいに自意識が極端に薄くなるくらいまで、精神を麻痺させるしか、生きていけないのかもしれない」
魔女と呼ばれるその少女に語りかける女性の背後にも、既に火は迫ってきており、背中に針を指すような熱を感じている。
「こんなことを言うのは傲慢なのかもしれない、あまりにも現実が見えていないのかもしれない。でも、私は私が見た世界しか教えられないから。いい、確かに世界は私たちにとって優しくない。でもそこには美しいものもあるのよ。いや、美しく感じられるような、そんな可能性はそこら中に転がっていたの。このくそったれな世の中で、多くの人が1日でも長く生きようと熱を絶やさないほどに」
それでもその女性は、その言葉を自ら証明するような、向日葵のような笑顔で少女に語りかける。
「だから、生きなさい。もう生きているか死んでいるかもわからないかもしれないけれど、しっかり食事をし、睡眠をとって、新たな1日を迎える努力を続けてちょうだい。これは今、世界で最も傲慢な魔女になった私からの最後のお願いだから。」
きっと、その笑顔が少女が見てきたものの中で、最も美しいものだと感じることができたから。
「きっと幸せを掴み取りなさい」
その小さな魔女は、頷き返したのだ。