強欲な妹が姉の全てを奪おうと思ったら全てを失った話
「お姉様、座られないのですか?」
椅子の横に立ち座らない姉に不思議そうに聞く。
勿論、私はなぜ姉が座らないのか知っていた。
姉の席にはかびたパンにかびたステーキ、刃のないナイフとフォークが置かれていた。
前のシェフを解雇して正解ね。前のシェフは隠れてお姉様に食事を届けていたから、今のシェフは仕事が出来るみたい。
シェフが私の言う通りに準備した事に満足して、私はメイドに声を掛ける。
「アリア、お姉様が食べれないみたいだから、食べるのを手伝ってあげて」
私は食事を終え、席を立つ。
「お姉様、ゆっくりお食事を楽しんでくださいな」
扉の前に立ち、私はお姉様に微笑む。
「いや!離して!!ジャスミン、待って!」
アリアや他のメイドに無理矢理食べさせられようとしているお姉様の呼び止める声を無視して、私は笑いながら部屋を出た。
明日はお姉様の婚約者のエルノン様が来るから、お姉様に変わってエルノン様に会う為にお姉様には寝込んで貰わないと。
そうだ!エルノン様の瞳に合わせたブルーのドレスを着たら、エルノン様は褒めてくださるかしら。
「明日に向けて肌も髪も磨かないと……湯浴みの準備をしてちょうだい」
お姉様も強情だわ。早く私にエルノン様を譲ってくれたらいいのに。
前の奥様が死に、私のお母様が後妻になってから、私はお母様の言葉通りに豪華な生活も宝石もドレスも全て私の物になった。
それなのに、婚約者のエルノン様だけが私の物にならない。
お姉様の婚約者も私の物の筈なのに。私の婚約者になる筈のエルノン様に愛されるお姉様が気に入らない。
お姉様の物は全て、私の物にならなくてはいけないのに。
お母様が後妻になってお姉様と前の奥様に仕えるメイドは全員解雇した。
誰にも世話をされる事がないお姉様は、惨めな姿になっても貴族として染み付いた所作が失われないのが、育ちの違いを見せつけられるようで嫌だった。
翌日、エルノン様が来た知らせを聞いた私は準備を終え、エルノン様の待つ部屋に向かった。
「エルノン様!お待たせしました」
「やぁ、ジャスミン嬢。ユリアナはまだかな?」
エルノン様を始めて見た時からエルノン様とお姉様は愛し合っているのが分かった。
そんな姿を見て、婚約者を奪ったらお姉様がどんな顔をするのか見たくてエルノン様を誘惑したのに、彼は私を見てくれない。
今日だってエルノン様に褒めてもらおうと準備をしたのに、エルノン様は私を見てくれない。
メイドは美しいと褒めてくれたのに。
お姉様の事ばかり気にするエルノン様に気分を悪くなる。
「お姉様は体調を崩して寝込んでいます。なので、私とお茶をしましょう?」
そう言って私はエルノン様の手を取った。しかし、直ぐに引き剥がされてしまう。
「それは心配だな。ユリアナの部屋に案内してくれる?」
「それは出来ません」
「どうして?」
「エルノン様にうつってしまうかもしれませんもの」
「うつるほどの病気で苦しんでいるなら尚更放っておけない」
そう言って部屋を出て行こうとするエルノン様を慌てて引き止める。
「大丈夫です!ただお腹を痛めて寝込んでいるだけですから!!」
「さっきはうつる病気だと言ったのは嘘だったのか?」
お姉様の部屋に向かうエルノン様に私は慌てる。
不味い。メイドにお姉様の世話をするなとと言ったから、エルノン様にお姉様の部屋を見られるとバレてしまう。
エルノン様は私の言葉を無視して廊下を進んでいく、とうとうお姉様の部屋に着いたエルノン様はノックをした。
「ユリアナ、僕だ。体調を崩していると聞いたが大丈夫かい?」
「……ェル、ノ…ン様??」
お姉様のか細い声を聞いたエルノン様は部屋に入った。
お姉様の部屋はメイドが掃除をしていないにも関わらず綺麗な部屋だった。
「君達はユリアナがこんなになるまで何をしてたんだ?この家には世話をするメイドもいないのか?」
ベッドに眠るお姉様を見たエルノン様は怒りを含んだ声で話す。
「それは……」
「ジャスミン嬢の周りには沢山のメイドがいるのに、ユリアナの周りには1人もいないのはどうしてだ」
エルノン様はどうしてそんなに怒っているの?この家の愛されるべき娘は私で、私の周りにメイドがいるのは当たり前だ。
前妻の娘のお姉様がこの家にいれるだけでも感謝されるべきなのに。
「お姉様はお1人でいるのが好きなんです。後からお世話するように頼むつもりでした」
「だから、こんな所にいないでお庭でお茶をしましょう」
エルノン様は私の言葉を聞いて溜息をついた。
「ユリアナに対する君の態度は知っていたが、これ程までとは……」
そう言ってエルノン様は鋭い瞳で私を睨んだ。
「世話をする気もない君達にユリアナは任せれない。ユリアナは連れて帰らせてもらう」
「待ってください!!」
エルノン様は引き止める声を無視してお姉様を抱えた。
エルノン様に抱っこされ出て行くお姉様を見て私は手の痛みを忘れて強く握った。
「誰が……」
「ジャスミン様?」
「誰がお姉様の部屋を掃除したのかって聞いてるのっ!!!」
「ユリアナ様は自分で掃除をされていたようです。ジャスミン様からは世話をするなとしか言われませんでしたので……」
「あなた、私に口ごたえするつもり?」
「そんなつもりは……」
私の言葉に震えるメイドが気に入らない。
私を見てくれないエルノン様も、エルノン様に愛されるお姉様も思い通りにならない全ての物が気に入らない。
「全ては私の物……ジャスミン・リーンハルトの物……」
それなのに、どうして貴方は私を見てくれないの……。
お姉様がエルノン様と出て行った夜、お父様が帰って来た。
「ジャスミン!!」
「お父様、おかえりなさい」
お父様が私を呼んでいるのを聞き、お父様の書斎に入ると、お父様はすごい剣幕で私に近づいてくると右手を振り上げた。
「お前はなんて事をしてくれたんだ!!!」
衝撃により、私は頬を殴られた事を認識するのに時間がかかった。
「お、とぅ様……?」
私、殴られたの……?
頬を触ると熱を帯びている。
今まで何をしても怒られた事のない私はこの状況に困惑した。
「お前が今までユリアナにしていた事を聞いた。娼婦の娘だからと礼儀作法には目を瞑っていたが、ここまで酷いとは」
「お母様は娼婦でしたが、私はお父様の実の娘です!」
娼婦の娘。それは私の知られたくない秘密だった。
「娼婦が妊娠してどうやって私の血が流れていると判断するんだ?」
お父様は汚い物を見るように私を見る。
今まで貴族の血が半分流れていると思っていたのに、お父様の発言に私は衝撃を受けた。
どうして……私はお父様とお母様の娘なのに。
私が娘で嬉しいと言ってくれたのに。
「お前は正統な貴族の血をひくユリアナを虐めるだけではなく、姉の婚約者を誘惑したらしいな」
「それは…」
「もういい、お前はユリアナが結婚するまで領地に引っ込んでいろ」
口を開いた私の言葉を遮ってお父様は「これだけの処分で済むようにしてくれたユリアナに感謝するように」と言った。
お姉様が私を庇った?
お父様の最後の言葉に呆然とする私は、執事に連れられ自室に戻った。
執事に気になっていた事を聞く。
「お母様は何て言ってるの?」
「……奥様は旦那様に全てを任せるとおっしゃられていました」
お母様は私を庇ってはくれないらしい。
領地に行けば、綺麗なドレスも宝石もなく、お茶会にも行けない。お母様が言ったように素敵な人と結婚する事も出来ない。
「そう……」
お母様は私を見捨てた。
私がお姉様をどんなに虐めても、お母様は目に止めなかった。お母様が言ったようにお姉様から全てを奪った。
それなのに、お母様からも見捨てられ、領地に行かされる私に残るのは何なのか。
力なく話す私に、執事は礼をして部屋を出て行った。
お父様の命令で、首都から領地に静養するように命令された私は、朝早くから馬車に揺られ森の中を進んでいた。
馬車から見える景色が建物から畑、森に変わる中、私は今後どうするか考えていた。
お姉様の優しさが私を惨めな思いにさせる。
私が領地に静養させられるのも、お姉様が私にエルノン様を譲ってくれればこんな目に遭わなかったのに。
お姉様がエルノン様と仲良く過ごしていると思うだけで私は怒りが湧いてきた。
考えを巡らせていると、馬車がいきなり止まり外が騒がしくなる。
まだ目的地に着くには早いのに、胸騒ぎがした私は馬車のドアが開くのを見つめる。
ドアを開けたのは見知らぬ男だった。
「こんにちは。お嬢様、お迎えにあがりました」
そう言った男の手には血に濡れた剣が握られていた。
「いや……!私に近づかないで!!」
男に馬車から引きづられるように外に出されると、メイドも騎士も御者も既に殺されていた。
「あんたは綺麗な顔をしてるから殺さずに好色ジジイに売るのもよさそうだな」
「……いゃ……」
抵抗した私は気絶させられ、気付いた時には狭い馬車で手足を縛られ、荷物のように運ばれていた。
冷たい馬車の床を感じながら、私はお母様の言葉を思い出した。
『よく見ていなさい。将来、全て貴方の物になるのよ』
ドレスも宝石も何不自由ない豪華な生活を手に入れた。
後は素敵な婚約者がいれば完璧だったのに、私は何処から間違ってしまったの……。
「全ては私の物、ジャスミン・リーンハルトの物……」
私は涙を流し、小さく呟いて目を閉じた。