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日守姉妹3

 あれから何時間が経ったのだろう?

 数時間経ったようにも、まだ数分しかたっていないようにも思える。

 異常に支配されたこのマンションの中に鍵がかかってる部屋はなく、部屋と言ってもドア開けた先にあるのは家具も何もない空間だけ。

 人が住んでいる気配も何もありはしなただただ白い空き室。

 それでも部屋に入れば化物の追跡を振り切る事ができたので、私達は何とかあの化物をやり過ごしていた。


 何度か下の階へと降りようと階段を下ったり、あえて上ったりもしてみたが駄目だった。

 階段はいくら降りても上っても何かが変わる事はなかった。

 どうやら世界がループしているようで数階に一度だけ私達が開けてきたであろう部屋の扉が見えた。

 エレベーターに乗れた事もあったが、エレベーターが外へ繋がる階へとたどり着く事はなく、どの階を押したとしても扉が開いた時に目の前にあるのは私たちが住んでいった四階と思われる風景だけ。


 何とか脱出できる方法を模索しつつ、あの化物から逃げる。

 消耗していく体を自覚しつつも打つ手が無くなって行くのを感じていた。


「どう? この部屋は大丈夫?」

「うん……少しの間はここで大丈夫だと思う」


 私たちが無事に生き長らえているのは円のおかげだ。

 説明はできないと言いながらもその予感は百発百中で当たり、私達は危機から逃げることができていた。

 ある時は移動を、ある時は隠れるなど円の予感に従って行動する。

 どうしてかはわからないがあの化物が来るタイミングや方向を言い当ててくれるのだ。

 そのおかげで逃げる事はできている。

 だけど、どうすればここから逃げ出せるかわからない。

 いくら逃げ続けてもこの世界に居る限りは時間の問題だ。


「階段を降りても上っても駄目、エレベーターは振り出しに戻る……もうどうしたら良いのよ……」

「お姉ちゃん……」


 妹が不安そうに私を見上げる。

 そうだ、私は挫けるわけにはいかない。

 この幼い妹を守らなければならない。

 今まではやるべき事がわかっていた。

 家事などは私がやって生活する場所を守る。

 母が妹を殴るなら間に立ち、参観日や行事などは母の代わりに私が出る。

 解決につながらないまでも自分で出来ること、やった方が良い事というのは明確だった。

 今はそれがわからない。

 あの化物から逃げれているのは妹の予感のおかげだが、それもいつまで続くかわからない。

 早くこの場から逃げ出す方法を考えなければいけないが、何もわからない。

 何が正解なのかが全くわからなかった。


(考えるのよ……何をするべきか、今何ができるのかを……私はお姉ちゃんでしょ……)


 わからないなりに頭を回転させれば、一つだけ推測できる事があった。

 それは私たちの部屋である403号室が何らかの意味を持っているという事。


「このマンションはループしてる……上に行っても下に行っても駄目……そしてエレベーターがついた先も結局は出口には繋がらない」


 そう、この閉じられた世界で唯一つの個性というか他との違いになっているのは四階。

 私達の部屋だけがこの白い世界の中で色が付いている。


「私達の部屋……あそこが……入口であり出口になってるとか……ないかな?」

「ありそう……」


 どこに進んでも結局は戻ってくる。

 それはつまり、この世界の中心が私達の部屋である403号室という事じゃないだろうか?

 理由はわからないけど、玄関のドアを開けた時に初めてあの化物が出てきた。

 あそこが全ての始まりだとすれば、あそこで終わらせる事ができるかもしれない。

 そう考えた私の言葉に円も同意をしてくれる。


「でも……危なくないかな?」

「危険はあると思う……でも、このままじゃいつか捕まっちゃう……助けとか来てくれるとも思えないし……」


 あまりにも異常な事態だ。

 こんな所に誰が助けに来てくれるというのか。

 そもそも私達がこんな状況になっている事を知っている人は誰も居ない。

 私が妹を守らなければならない。

 自分たちで何とかしなければいけない。


 そして、このまま逃げ回っていても事態は悪くなるだけだろう。

 体力が尽きて動けなくなるような事があれば逃げ出すことなどできなくなってしまう。

 その前にこの異常事態に決着をつける必要があるのだ。


「行こう……私達の部屋に。あの化物を避けながら、あの部屋で脱出の手がかりを探るよ」

「うん、わかった」


 化物の動きは幸い素早いわけではない。

 のっそりのっそりと大きな体を重たそうに動かしている。

 物音を立てずに潜めば見つからずに通り過ぎるし、距離がある程度あれば走って逃げる事もできた。

 不意をつかれさえしなければ問題は無いというのがあの化物に対する私たちの印象だった。


「あそこ、私達の部屋ね」

「うん……」

「どう? あの化物は来そう?」


 円の予感を頼りに少しずつ移動を繰り返して私達は自分の部屋である四階に辿り着いた。

 階段の踊り場から部屋の方を覗き込みながら様子を伺う。

 見た目にはただの変哲のない廊下だ。

 開けっ放しのドアがなければ本当に他と区別がつかなかっただろう。

 あの時は恐怖でドアを閉めることもできなかったが、今はそれがファインプレーだったと思える。

 開け放たれたドアがあるからこそ、私達はそこが自分の部屋だとわかったのだから。


「嫌な感じしないよ」

「そう……今がチャンスなのかな……今までも円の予感は当たってたし……」


 音を立てないように少しずつ部屋へと近づいていく。

 あの扉までたどり着ければ何かが変わるかもしれない。

 逃げ出す事ができれば最高、そうじゃなくても手がかりでも良い。

 そう思いながらジリジリと部屋へと向かう。

 焦ってはいけない。

 化物が来たら走って逃げてまたやり直せば良い。

 だけど、私も円も体力は限界に近い。

 長引けば長引くほど私達が逃げれる可能性は低くなっていくと思う。 


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 呼吸を整える。

 息を吐く音すら大きく聞こえてしまう。

 生活音も何もかもない白い世界。

 気が狂いそうだ。

 いや、もう狂ってしまっているのかもしれない。

 母が死んだ時、私の何かが壊れてしまって幻覚を見ている。

 そんなオチでも何も不思議じゃない。

 それでも、これが夢でも幻覚でも、円は私が守るんだ。

 403号室まであと少し。


「お姉ちゃん!」


 円の叫びと共に背中を強く押されて前のめりに倒れ込んでしまった。

 何が起きたか一瞬わからなかった。

 慌てて体を起こして後ろを振り向くとそこには402号室の扉を突き破ってでてきた怪物が円を捕まえていた。


「そんな……なんで!?急に出てくるのよ!?」


 理不尽な想いで叫んでしまうがもう遅い。

 化物の太い腕は円の体を掴んでしまっている。

 あの時、私の背中を押したのは円だ。

 咄嗟に円が私を逃してくれた、そしてその代わりにあの化物に捕まってしまったんだ。


「お姉ちゃん! 逃げて! お願い!」

「そんな事できるわけないでしょ!」


 叫びながらも周囲を見渡すが当然何も無い。

 この白い世界に人工物などありはしない、どの部屋に入ってもあるのはただの空間だけだった。

 ましてや廊下に起死回生の何かがあるわけでもない。

 だったら自分の部屋まで走って逃げるのか?

 最愛の妹を置いて?

 守るべき妹に守られて逃げ出すの?

 そんな事できるわけがない。


「円を離しなさいよぉ!」


 円を助けようと化物へと飛びつこうとした瞬間にヤツの腕が大きく薙ぎ払われた。

 白く太い腕が私の体を強かに打ち据え廊下へと転がってしまう。


「がはっ! はぁ……ぁっ!」

「駄目! 逃げてぇ!お姉ちゃん!」


 背中を打ち付けたせいで呼吸が止まる。

 無様に地面に倒れ伏す私を白い化物がニヤニヤと見下していた。

 片手には泣きじゃくる円を掴みながら廊下に転がる私の眼前へとゆっくりと歩いてくる。

 化物は笑っていた。

 人間には思えないその顔が嘲っているのがわかる。


「オシオキヨォ」


 記憶に残る母の声が化物の口から発せられる。

 これ見よがしに円を大きく上に上げた後にその小さな体を自身の醜い腹へと押し付けると、円の体が肉の中に埋まっていく。

 円を自分の胴体に取り込んでいっているのだ。


「逃げて……お姉ちゃん……」


 小さな妹が最期まで私の事を逃がそうとしている。

 いつも私が守っていた妹が化物の腹に埋まっていく。

 足が、腰が、肩まで埋まり、ついには頭も飲み込まれる。

 もう見えるのは私の方へと伸ばした小さな手だけだ。

 その光景を見せられながらも私に為す術もない。


「なんなの……なんなのよ……お願い……円を助けて……誰か! 誰かぁ!」 


 誰でも良かった。

 円を助けてくれるなら神様でも悪魔でも何でも良かった。

 そんな願いを叫んだところでどうにかなるはずが無かったとしても叫ぶしかなかった。

 その時に私に出来る事はそれしかなかったのだから。


 だから、その願いが聞き届けられるなんて想いもしなかった。


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