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日守姉妹

 母が死んだ。

 私が学校から家に帰ってきたら母がベッドの中に居た。

 母が家事をやらずに寝ているなんてことは日常茶飯事ではあったが、その日はいつもとは違う雰囲気があった。

 そうして母を起こそうとした私は寝ているのではなく死んでいるのだという事を知る。

 昨日まで続いていた生活は唐突に終わりを告げた。

 警察と救急に連絡をして色々な処理をする事となった。

 その間に幼い妹を家に一人残す事もできず、一緒に行動させてもらっていた。

 そうした諸々が一旦落ち着いたら考える事が山程あるはずなのに思考が働かない事に気づいた。


「これから……どうしよっか……」


 眠る妹の頭を撫でながら今までと、そしてこれからの事を思う。

 良い母親ではなかったと思う。

 理由は単純で私達への愛情が無かったと思うからだ。

 正しくは愛情はあるが、それよりも憎悪が上回っていたのだろう。

 私が幼い頃に父が死んだのが契機だった。

 幼かった私には理由はわからないのだが、母は何度もその死を私達、特に妹のせいにしていた。

 母は駆け落ち同然で父と一緒になったというので父への愛情は深かったのだろうと思う。

 そうして母は時折、癇癪を起こして暴れるようになった。

 特に妹への暴力を振るうことが多かった。

 そして私はそんな母から妹を何かと守ろうと努力していた。

 『(たまき)はお姉ちゃんなんだから(まどか)を守らないと駄目だよ』

 それは死んでしまった父や優しかった頃の母からの頼みであり、家族が幸せだった頃の最後の記憶だからだ。


 母は癇癪を起こしていない時は気怠そうに昔の写真やアルバムを見て過去を懐かしんでいた。

 『私はね、学生時代は凄い美人だったのよ。今のあんたよりも綺麗で長い髪でね。あの頃は楽しかったわ、お父さんもよく私の髪を褒めてくれてね』

 よく母は学生時代の事を私に例えて話してきた。

 あの頃がきっと母にとって一番幸せで自由で楽しかった時代なのだ。

 過去を私に投影しているなんて時もあった。

 中学生になって気分転換に髪型を変えようとした時には烈火のように怒られたものだ。

 そして暴れる時には私と妹のせいで全てを失ったんだとヒステリックに叫んでいた。

 『あんた達が出来てから何もなくなった!あんた達が!あんた達がぁ!』

 そう言いながら手当たりしだいに物を投げつける。

 私はそんな母から妹守りながら癇癪が収まるのを待つ。

 その事についての感情はいつしか浮かばなくなっていた。

 きっと私にとっての母は昔の優しかった母であり、この人ではないという一種の逃避だったのかもしれない。


 そんな日常がある日唐突に終わりを告げた。

 母が死んだ。

 その事実が悲しくもなく、そして嬉しくもないのだ。

 只々、これから先の事が見えないのが不安になる。

 まだ中学三年生である私と小学三年生である妹。

 親族縁者には一度もあった事がない。

 こんな私達は今後どうなるのだろうかと


「大丈夫?一度、家に戻って休みましょうか?ほら……ここって簡単なベッドとかしかないから」


 そう言ってくれたのは母の死亡を通報した時に来てくれた人とは違う女性の警察官だった。

 きっと私と妹に気を使って担当を女性にしてくれたんだろうと思う。


「ありがとうございます……そうですね……少しだけ眠ったら一度家に帰ろうと思います……ここに居ても邪魔になっちゃいそうですし」


 その言葉に女性警官は気遣うような表情をしたが、何も言わなかった。

 かける言葉が浮かばなかったのだろうか。

 私が逆の立場だったとしてもそうだと思う。

 母親が死んだというのに涙も流さない子供、そして親類縁者には一切連絡がつかない。

 連絡がついたとしても父も母も勘当されていたようだったから門前払いをされるだけだったのかもしれない。

 そんな子供に対して何を言えば良いというのか。

 

「本当に大丈夫です……その……悲しくないわけじゃないんですけど、身動き取れないというわけじゃないというか」 

「困ったことがあったら相談して良いのよ。妹ちゃんもいるんだし、あなたが潰れちゃったら元も子もないんだからね」


 妹は疲れて寝ている。

 どう思っているのだろう?何を思っているのだろう?

 それは私にはわからない。

 私よりも幼い時に母が豹変してしまったから妹にとって母は恐怖の対象でしかなかったと思う。

 父に至ってはおそらく記憶に一切残っていないだろう。

 この母の死は妹にとっては救済なのだろうか?

 では、私にとっては?

 そんな事を考えていたのか、それとも考えるのすら億劫になってしまっていたのか私の意識は眠りへと落ちていった。



 あれから三日が経った。

 母の死については原因不明だと言われた。

 母は健康に不安を抱えていることなど無かったとは思うから病気とは思えなかったし、頭を打った後とかも無かったから私も原因は想像できなかった。

 ただし、生きる気力が無くなっていたのかもしれないと思う事はあった。

 気力がなくなった事により死んでしまう。

 そんな事があるのかな?


「お姉ちゃん! パン温まったよ!」


 妹が明るく声をかけてくれる。

 あの日から私が沈んでしまっているのを意識してか事さらに明るく振る舞ってくれているのがわかる。

 母が死んでしまった事について聞きたい気持ちもあるが、もしも喜んでいると言われたらどう反応して良いのかがわからなくなってしまうので聞くことができない。

 私にとっては優しい事もある母だったのだ、あくまで私にとってはだが。


「ありがと。それじゃ食べようか」

「うん!」


 軽くレンジで温めた食パンにバターを塗って食べる。

 学校は当然休み、今日はこれから役所の人から今後についての話をすることとなっている。

 正直、母の葬儀などよりも私達の今後のほうが気になってしまう。

 施設などに行くことになるのだろうか?

 妹とは離れ離れになってしまうのだろうか?

 私にとって妹は大切な宝物だ、優しかった両親との繋がりだ。

 今までも妹をどうやって守るかを考えてきた。

 そんな妹と離れ離れになってしまうかもしれないと思うと身が竦む。

 きっと妹だって私と離れたくはないと考えてくれているとは思う。

 それでも子供が二人だけではやっていけない事くらいはわかる。

 先が見えない不安だけが募っていく。



 役所の人との面談は滞りなく進んだ。

 と言っても今日はそこまで深い話はしないようで、現状で困っていることや学校での扱いについて聞かれたり、親族への連絡先がわかったりはしていないかなどの確認をされたくらい。

 本題は私達二人のメンタルケアが主だったんじゃないかなと感じた。

 カウンセリングとして来た女性は明らかに顔色が良くなかった。

 体調不良の中、私達のために家まで足を運んでくれたのだろうか?

 

「どうかな?お母さんが亡くなる前、なにかおかしい事とか無かった?何でも良いのよ、少しでもいつもと違うっていう事があれば教えて欲しいの」


 色々な事を聞いていく中でこんな事も聞いて来た。

 事件の場合はあまり当時のことを思い出させるのはカウンセリング的に良くないんじゃないか?なんて思ったりもしたけど言われた通りに当時の事を思い浮かべる。

 いつも違うところ……そんな事はあっただろうかと記憶をたぐる。

 その中で今までは無かった事が一つ頭に浮かんだ。

 それは今思うと夢か現実かが朧気になっていた事だった。


「母は少し情緒不安定なところがあったんですけど……母が亡くなる前日、夜中にトイレに起きたら……母が何か空中を見つめながら独り言してる時があって、そういうのって今までなかったから、ちょっと怖かったなって」

「独り言……どんな内容だったか思い出せる?」


 そう聞いてくる女性の顔は笑顔だった。

 しかし、明らかに引き攣っている笑顔だった、何かを堪えているような耐えているような。

 私はなんとかその内容を思い出そうとする。

 あれは何と言ってたんだっけ……

 そう……急に変な事を呟いているからまた癇癪を起こすのかと怖くなったんだ。


「”こんな世界は私の居場所じゃない”」


 確かに母は虚空に向かってそう呟いていたの

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