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口裂け女

「う~……懐かしい夢だったな」


 寝ぼけた頭を起こして、目覚ましのために設定しておいたアラームを止める。

 今は午前八時。

 朝食は取らない主義だからそのまま事務所へと顔を出して今日の仕事を確認する事になるだろう。

 頭から水をかぶって意識を覚醒させる。

 職場が近いとギリギリまで寝ていられるのがとにかく良い事だ。

 家賃が多少高くなったとしてもその分の価値がある。


「いくら寝ても寝たり無い、不思議でならないね本当に……」


 動きやすい寝間着を脱ぎ、手早くスーツへと着替えて家を出る準備をする。

 TVでは何てことはないワイドショーが流れている。

 くだらない芸能ニュースと大変な世界情勢も多くの市民にとっては同列。

 自身と関わり合いの無いニュースへと耳を傾けながら今日も一日が始まる。


 マンションを出てすぐ近所にある仕事場へと向かう。

 この生活になって早三年。

 最初はどうなるかと思ったものだが意外と何とかなるものだと思いながら事務所の扉を開く。

 

(きさき)先輩、おはようございます」

「おはよー夏向君! どしたの?なんか眠そうねぇ」

「いくら寝ても寝たりないんすよねぇ……」


 事務所に入った途端に眼鏡をかけた美人に声をかけられる。

 彼女は后先輩といい、この事務所の面倒くさい事務仕事を一手に引き受けてくれている才女だ。

 とても気さくな人で憂鬱な朝であっても彼女の声は気分を明るくしてくれる。

 先輩と会話をすることにより寝ぼけていた頭が徐々にマシになっていくのがわかる。

 とは言ってもまだまだ眠いが。


「どうにも夢見が悪くて……」

「あ~そういう日に限って仕事はあるのよねぇ、申し訳無いけど」

「いえいえ、ちゃんとやりますよ。いい加減頭も冴えてきましたし」


 事務所にはまだ俺と先輩の二人だけだ。

 本当の緊急事態ならば時間など関係なく呼び出されるのだから緊急性は低いということだとは思う。


「八葉が来てからミーティングですか?山野さんはまだ戻ってきてないっすよね?」

「そのとおり、夏向君とさっちゃんで現場に行ってもらう事になるわ」

「あいつは相変わらずギリギリ出勤ですね」

「そこは諦めてるわ。朝に弱いんですって……遅刻はしないで来るんだから問題は無いんだけどね」


 八葉というのは俺の後輩で新人だ……と言ってもこの事務所に入って一年くらいは経つが。

 最近はよくコンビを組まされて動くことが多い。

 先輩方のお荷物にならなくなり新人を任せて貰えるようになったのは嬉しいが、あいつは少し騒がしいんだよなぁ。

 そんな事を考えていると事務所の入り口が元気よく開かれた。


「おっはようございます!八葉紗良(はちようさら)!ただいま出勤しました!」


 その言葉と同時に事務所に入ってくる人間がいる。

 長身で健康的な……というか元気に有り溢れまくっているように見える若い女。

 レディースのスーツに身を包んでいるがあまりに活動的な雰囲気とスーツがどうにもミスマッチ。

 それが俺とコンビを組むことが多い後輩の八葉だ。


「おはよ~さっちゃん。早速で悪いけど今日は現場に行く仕事があるのよねぇ~というわけで……ミーティング!」

「えぇ~!本当に出勤したばかりですよ!もうちょっと余韻というかモーニングトークというかあっても良いんじゃないですか?」

「良くねぇよ、もう少し早く来い早く。遅刻じゃないが二分前だぞ」

「ふっふ~ん、この完璧に計算され尽くした時間! 二分前の女王と呼んでくれて良いんですよ先輩」


 こいつは先程話に出たように朝に弱い。

 俺も決して強くはないが、こいつは明らかに弱い。

 どうしてもギリギリまで寝てしまう習性を治すことができないらしいのだ。

 寝起きが悪いわけではなく起きた瞬間からすぐに行動ができるという事で遅刻したりはしない。

 単純にギリギリの時間になるまでベッドを出る気持ちが沸かないのだそうだ。

 八葉曰く、朝の支度やメイクなども効率的に行い、全てを計算してギリギリの時間まで寝ているのだという。

 しかし、自分でも良くない事だという自覚があるのか事務所のすぐ近く、徒歩3分圏内に部屋を借りて不慮の事故への対策をしている所は良いのだがそのため出勤時間はいつもギリギリなのだ。


「ったく……それじゃ后先輩、女王様が来たからミーティングしますか」

「そうね、女王様待ちだったわけだし、さくっと始めましょう、女王様も来た事だし」

「あぁん! 自分で言っておいてですけど恥ずかしいんで普通に呼んでくださぁい!」


 后先輩が事前に用意をしていたのだろう資料を俺達二人に配る。

 この話が来たのがいつかはわからないが直ぐに諸々を用意できるのは流石は后先輩だ。

 俺と八葉は渡された資料の冒頭に目を通す。


「猟奇的ではありますけど、うちに回ってくる案件なんですかこれ?」

「慌てない慌てない、資料捲ってね~」




 北区連続殺傷事件。

 約一月前に起きた事件だ。

 被害者は三名。

 一人目は住宅街と商店街の境とも言える道で三十代の会社員が惨殺死体で発見された。

 発覚されたのは早朝五時頃。

 朝のジョキングをしている老人が道に倒れている人間がいるということで慌てて近寄ったところ、それは被害者男性だった。

 深夜になると人通りはほぼ皆無ということで実際には深夜に殺害された死体がその時間まで放置されていたのだろうとの事。

 通常の殺人事件であっても珍しい事だというのにこの事件の被害者は普通に殺されただけではなく顔が酷く損傷した状態で発見された。

 警察は事件の犯人を追うが被害者がなにか恨みを買っていたなどもなく、通り魔だとしても目撃証言などが全くでなく手詰まりになっていた。

 そうこうする内、最初の事件から三週間後に二件目の被害者が出る。

 被害者は二十代の男性、こちらも最初の被害者と同じく顔面が酷く損傷している状態での発見、そして現場は第一の事件とほぼ同じ時間、場所であった。

 手口や傷の形状なども同一ということから連続殺人事件となる。


 三件目の事件はさらに一週間後。

 帰宅途中の二十代の男性が被害者。

 今までと完全に違うのは彼は殺されていないというところだ。

 腕を鋭利な刃物で切り裂かれたが彼は殺人犯から逃げ切り近くの居酒屋から出てきてそのまま道で騒いでいたサラリーマンの一団に助けを求める。

 元々、先日から続いていた殺人事件を知っていたサラリーマンの一団は腕から多量の出血をしている被害者を保護して警察へ通報。

 当初、彼は恐慌状態であり支離滅裂な供述を繰り返していたと考えられていた。

 彼の証言は以下の通り。

 犯人は恐らく二十代くらいの女性、背が高く白い服に長い髪、顔に大きなマスクをしており手には錆びた包丁が握られていたという。

 そして彼は襲われる前にその女に話しかけられたそうだ。


「ワタシキレイ?」


 マスクを取りながらそう尋ねた女の顔は口が耳まで醜く裂けていたという。



 この世界は常に侵略されている。

 何を目的にしているかは誰もわからないが確実にこの世界へと干渉してくるモノがいる。

 世界が侵略された結果に残る歪み。

 それは異常であり異変であり怪異。

 所謂、超常現象として世界に残る。

 異世界からの干渉による現実世界の歪みを伴う現象。

 そんな異世界と関わってしまった者たちがお互いに助け合うために作った組織があった。

 異世界被害者相互扶助組織”迷家(マヨイガ)

 それが俺が所属している組織だった。

 


「口裂け女ですかぁ~私はちょっと年代が違うって感じですね~、夏向先輩は直撃ですか?」

「いやいや、俺も年代じゃねぇからな」

「でも、有名ですよね。私も名前は知ってますもん、内容は微妙ですけど」

 

 后先輩の事件の説明が一通り終わり、コーヒーを啜る。


「これでうちに回ってきた理由がわかったでしょ」

「そうっすね、これは紛うことなきウチの案件ですね」

「口裂け女ってのはちょ~っと古い感じするけど実際に被害者も出てるし出現間隔が短くなってるからね、徐々に歪みが強くなってるのは間違いないわけ」


 后先輩が言うようにこの事件は連続殺人事件ではなく超常事件と言うべきだろう。

 普通の警察が対応していれば迷宮入り間違いなしだ。


「この三人目の人はよく逃げれましたね。こういうのって出会ったら終わりってイメージありましたけど」

「逃げ込んだ先にはサラリーマンの一団が居たってことだからな。まだ多人数を巻き込めなかったんだろ」

「そういう事。警察が聴取を取って異常を確認。その後、色々あってウチに回ってきた感じよね。被害者が全員殺されてたらもっと深刻になるまで気がつけなかったでしょうから本当に良かったわ」


 資料をパラパラと捲ってもう一度事件の現場をおさらいする。

 ここから少し離れているが車で一時間ほど行ったところだろうか。


「現場には俺と八葉が行くとして、いつも通りに諸々はお任せして良いんですか?」

「もっちろん、夜までには手続きは済ませておくわ」


 そうしてミーティングは終わり俺たちの今日のスケジュールが決まったのだった。


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