女神の誘惑
「突然だが、君は死んでしまったよ」
ただただ白い部屋の真ん中で美女が語りかけてきた。
どうやって俺はここに入ったのだろうか入り口も出口も見当たらない、物も何一つ置いていない。
周りを見渡してもあるのは白い壁だけ。
その中心に金髪の美女がいる。
扇情的な身体を隠しているのは薄布一枚。
モデルのように美しい顔。
纏うものが布だけなので整った体のラインがくっきりと浮かび上がっている。
はっきり言って目のやり場に困ってしまうが美女は見せつけるように胸を張る。
「最後の事は覚えてるかな? 君がこの部屋へと来る前の事、現世での最後の光景を」
言われて思い出すのは雨の中、仕事帰りにコンビニに寄ったところで鳴った閃光と轟音だろうか。
目の前が光に塗りつぶされたと思った瞬間に耳を塞ぎたくなるような大きな音。
俺が覚えているのはそこまでだ。
「思い出せたかな? 君は雷に打たれて死んだんだ」
「いやいや、死んだって? そうはならないでしょ、生きてるし」
目の前の美女は俺が死んだのだと言う。
では、今のこの状況はどういう事なのか?
どう考えても生きているようにしか思えない。
死んでしまったはずの俺は両足で立ち、現状を把握しようと思考を回しているのだから。
いくら考えてもわからない事ばかりだが。
「実は今回君が死んでしまったのは私の手違いなの。本当に申し訳ないと思っているわ」
こちらの返答に軽く苦笑いをしながら彼女は全くすまなそうに見えないが謝罪をしてきた。
「雷で死ぬ人間自体は一定数居るんだけど、君はここで死ぬべきではなかったんだよね。このまま君を死なせてしまうと色々と困ったことになってしまうの。だから君をここに呼ばせてもらったんだけどね」
手違いで死んだという全く現実感の無い話をされる。
死んだと言うならば今この状況はどういう事なのか?
生きているからこそ色々と考えることができているのではないだろうか、何よりも一番最初に説明して欲しい事がある。
「ちょっと待ってください。色々説明してくれてるのはわかるんですが、そもそもあなたは誰でここはどこですか?」
「あぁ、すまなかったわね。私は……そうね、君達の言葉で表すなら神ってとこかしら?そしてここは死後の世界ね」
彼女は神で俺は死んだのだから死後の世界。
なるほど、彼女の話が本当ならばたしかにそうなるのかもしれない。
「その顔は信じてないわねぇ~。たしかにこの部屋は殺風景だし、人間たちが想像しているような死後の世界ではないのかもしれないけど真実よ」
「そりゃ信じられないでしょ。いきなりあなたは死にましたって言われても……ねぇ……」
そう言いながら周囲を見渡すが目に映るのは先程までと同じだ。
何かしらの異常事態が起こっていることだけは確か。
出口どころか入り口も見えない白い部屋、明らかに薄着の美女が訳のわからない話をする。
俺が芸能人だったならばテレビのドッキリ番組を疑うところなのだろうがただの一般人。
普通の一般市民にこんな手の混んだ悪戯をする人は居ないだろう。
「話を戻すわね。今回、君をここに呼んだのは手違いで死んでしまった君への救済措置って話なの」
「救済措置?」
「簡単に言えば生まれ変わる時に特典を付けてあげるって話よ。手違いで死んでしまったのだからそのお詫びね。単純に生き返ることはもうできないけど、第二の人生で楽しく生きて欲しいって事ね」
第二の人生。
就職で違う職に付く事を第二の人生と言うこともあるが、これは文字通り二回目の人生となるようだ。
別人になってしまうわけだからやり直しという訳ではないが特典付きでリスタートして欲しいと。
「ただし! 同じ世界には生き返ることはできないの、だから君には違う世界で人生をやり直してもらうことになるわ」
「違う世界ですか」
「そう! わかりやすく言うならファンタジー世界って所かしら!魔法があってみんなが色々なスキルを持ってる楽しい世界よ! それにあなたには特典をつけてあげるから安心して! 望む事は大体の事は叶えてあげられる。こちらに非があるから大盤振る舞いよ!」
美女は大きな胸を張って次々と選べる特典を述べていく
誰にも負けない強靭な肉体。
神に次ぐ魔力量であらゆる魔法を使える才能。
誰一人として持っていない特殊なスキル。
何もせずともあらゆる美女が擦り寄ってくる運命。
そして、それら全てを満たしているような条件だろうと望むがままだと彼女は語った。
「元々、君は両親も死んでしまっていたし、あまり良い生活はしていないみたいだからね。辛かったでしょう……でも大丈夫! 次の世界で幸せになりましょう!」
満面の笑みで女神は語りかける。
香りなど無いはずだというのに女が放つ甘ったるい香気が満ちている気がする。
その姿も声音も全てが男の理想で作られていると感じてしまうような女が俺に迫ってくる。
「どんな物でも構わないわ! さぁ!鈴藤夏向あなたの望みを聞かせて!」