魔術使い
穏やかな朝、外では小鳥が囀ずり、窓から陽光が差し込む。その光はそのままアンナの目元を照らし、日が登ったことを知らせる。
「うぅ、うーん。はぁ」
アンナは体を起こすと大きく背伸びをし、眠気眼で部屋を見渡す。
「サクアぁー。」
すると昨日、同じベッドに寝ていたはずのサクアの姿が無いことに気づく。もう先に起きていってしまったのかなんて頭に浮かべつつ、自分もベッドから降り立ち上がろうとした時、足元に違和感を覚える。直ぐに下を見るとそこにはサクアが横たわっていた。
「わぁ!サクア!ごめん、気づかなかったわ。」
どうやらサクアはベッドから落ちて床で寝ていたようだ。
「んん、アンナぁ?おはよう。」
サクアは何事もなかったかのように立ち上がる。その髪の毛はボサボサで寝癖が酷く、まるで実験に失敗した研究者のようだった。
「あーあ、ひどい有り様ね。また私が整えてあげるわ。それにしても床で寝てるなんてやっぱり寝相が悪いみたいね。」
「ん?いやぁそれは・・・」
「ああ、いいわ。私はぐっすり眠れたし、いちいちそんなことで怒らないわよ。」
そう言うとアンナはシャワー室の方へスタスタと歩いてゆく。
(いやアンナの寝相が酷くて、床に避難してただけなんだけどなぁ)
「早く来なさーい!」
「お、おう!」
サクアは言いそびれた言葉を飲み込み、アンナの後を追った。
□□□
サクア達は支度を終え、二次試験の会場に向かう。会場はまたしても森だった。しかし昨日とは別の森である。昨日の森は街に対して西側のLBsが管理している森だったが今回は東にある純粋な森である。そこに着くと、既に他の受験者達もちらほら見受けられた。しかしその数は昨日の半数以下であり 相当数が1次試験で落とされたと考えられる。
「かなり減ったわね、私達けっこうラッキーだったのかもしれないわ」
「次はどんな試験なんだろうなぁ、楽しみだ!」
浮かれ調子のサクアに、ある男が話しかける。
「貴様があのEランクモンスターを倒したという奴か?」
「えっ?」
そいつは中世の貴族のような金の装飾が施してある黒い衣装を身に纏っていた。髪は黒の短髪で眼鏡をかけている。
そしてそいつはかかっている眼鏡をくいっとあげるとサクア達の周りをゆっくりと一周する。
「なによ・・・」
その男は鋭い目でサクア達を観察し終えるとこう言った。
「この細いガキと田舎くさい女がヌシを倒したとは、信じられんな。」
その口調は煽りや罵倒という感じではなく、淡々と心底見下しているようであった。
「なんですって!あんたこそ何者なのよ!」
当然アンナは直ぐ様怒りだす。「田舎者」というのが当たっているだけに無視できなかったようだ。
「すまないな、俺は下等生物の猿に名乗る習慣を持ってなくてな、」
「さ、猿ですって!ムキー!こいつすんごいムカツクわ~・・・」
アンナは手で拳を握り、奥歯を噛み締める。
「俺はフィーロ・ジック。由緒正しきフィーロ家の長男だ。」
「フィーロ・ジック?フィーロ家?知らないわね。サクア知ってる?」
「うんにゃ」
サクアも全然というふうに首を振る。
自信満々に名乗ったジックだったがあまりの反応の薄さにズッこける。
「何!知らないだと!この田舎者どもめ。ならば教えてやろう。フィーロ家は代々魔術の研究を生業としている学者一家だ。」
「魔術!聞いたことがあるわ。LBによって進化した人の中に魔法みたいな能力を持った人がいるって、」
アンナはその言葉を聞いて大きく目を見開く。
「その通り。一部の人間は魔力を手に入れ、それを研究し、代々受け継いできた。魔力を持つ人間とそうでない人間、その間には圧倒的な格差がある。貴様ら下等生物ごときがEランクモンスターを倒した程度で粋がるなよ。」
「別に粋がってないわよ・・・」
「貴様ら、昨日ゴキブリンの頭部を何個集めた?」
「2個だけど・・・」
急な話しの切り替えに戸惑いながら答える。
「俺は40個だ」
「40個!どうやったらそんなに集められるのよ!」
アンナ達は昨日奥の森に行かなければ、3匹目と出会うことすら怪しかった。
「簡単なことさ、ゴキブリンの習性を知っていればな。ゴキブリンは大抵2匹で行動する。一匹は陽動でもう一匹は奇襲を仕掛けるためだ。そして狙うのは自分より弱い者だけ。だから昨日、ルノワールが言っていた様に仲間の血の付いた奴からはゴキブリンは逃げてしまう。大抵の受験者はそれを知らず、1、2匹程度で試験終了だ。」
「なるほど、だからゴキブリンは私達から逃げてたのね」
アンナは昨日のことを思い返し、納得する。
「ならば逆にこっちの血の匂いを漂わせてやればいい。血を流し、弱っている獲物がいると、単純脳ミソの奴等はどんどん寄ってくる。あれはそう言う試験なのだよ。」
「へぇ~。」
二人は唯々感心していた。力が強いだけではなく、相手の習性、知識、観察眼などが必要とされる試験。そう考えれば、ここにいる受験者の数も納得がいった。
「もちろん俺がトップで抜けたようだが、それをEランクのヌシを倒したなどと言って注目を浴びている奴等がいる。そう貴様らだ! Eランクくらい倒そうと思えば俺だって倒せる、調子に乗るなよ」
ジックの話しを全部聞き、アンナは何となく察しがついた。
「・・・あんたただ目立ちたいだけでしょ。」
ジックは目に見えて動揺する。
「め、めだっ!そんな訳なかろう、愚民どもの注目を浴びて何の意味があるのやら、ま、全く理解出来んな!」
「いやいや、自分が凄い成績出したのに、私達がEランクのモンスター倒しちゃったから、そっちに皆の目が行っちゃって、それで私達に突っ掛かって来てるんでしょ。」
「う、うるさい!とにかく今日の試験がどんなものであろうとまた俺がトップを取る。覚悟しておけ。」
「なあなあ!魔法って何が出来るんだ?やっぱ爆発とか変身とかか!」
サクアはジックの強がりなど右から左に聞き流していた。
「あんた何を想像してんのよ、魔法って言ったらほらホ○ミとか、メ○ゾーマみたいなのでしょ。」
「全然ちがーう!この素人ども。魔力とは、力の源、内在するエネルギー。そのまま魔力をぶつけても対して効果はない。だから変換するのだ、火、水、電気多種多様な物に。その中でも我々フィーロ家が研究しているのは物理系魔術!」
「物理系魔術?」
アンナとサクアは頭上にはてなマークを浮かべる。
「そう、例えばこういうものだ。」
そう言うとジックは指をパチンと鳴らす。するとサクアは何かに引っ張られ、凄い勢いで後方3メートル弱の木に激突する。
「おっ?おお!うわぁぁぁぁ!」
ドン!
「サクア!何したのよあんた!」
ジックは不敵な笑みを浮かべる。一方木に激突したサクアは何とか戻ろうとするが、何らかの力によって木に張り付いてしまった。
「なんだこれ、動けねぇ。」
「ふはは!そうだろう。それはこれのせいだ」
そう言ってジックが出したのは2枚のカード、トランプのような大きさで一枚は赤く染められ真ん中にNと書かれている、そしてもう一方は青でSと書かれていた。
「これはマジック・マグネット!これはシールになっていてな、これを貼られた物は何であれ磁石の様に引き寄せられてしまう。そしてその磁力は俺の込めた魔力量に依って変化する。」
マジック・マグネット、これのせいでサクアは木に張り付いてしまったようだ。分かりやすく言うと魔力を込めれば込めるほど磁力が強くなる、電磁石の魔力版といったところだ。
「でもいつそんなシール貼ったのよ、そんな素振りなかったわよ!」
アンナはジックが現れてからの行動を思い返す。確か一度だけサクアの背を見せた瞬間があった。そうジックがぐるりと二人の周りを廻ったときだ。
「そうか、あの時に!」
「ふん、見たかこれが魔術だ。こうして動けなくなった獲物をゆっくりと始末する。」
いつの間にか全ての受験者がこちらを見ていた。これだけ騒いでいれば当然だろう。魔術を扱える者はそうはいない。皆ジックに注目していた。
(ふはは!愚民どもめ驚愕するといい、そして俺の力を褒め称えろ!)
ジックは皆の視線を浴びて、上機嫌になっていた。しかしサクアの一言でそれは一転する。
「なんか思っていたより地味だな」
グサッ
地味、その言葉はジックの心に深く刺さった。
「確かにw」「魔術って言うからどんな物かと思えばくっ付けるだけってw」
他の受験者達もつられて口々に心の声を漏らした。
これにはジックも顔を真っ赤にして言い返す。
「き、貴様っっっ!俺の魔術が地味だと!白髪のジジイのような気の抜けた髪をした奴には俺の凄さは分からんのだ!」
ピクッ
ジックは言ってはいけないことを言った。ジックはサクアのことを知らない、故に目についたその"髪"を罵倒したのだろう、それが地雷だとは知らずに。
サクアは顔を上げ、今まで見たことのない鋭い目を向ける。
「てめぇ・・・今この髪のことバカにしやがったなぁぁぁ!」
サクアは木に張り付いていることなど忘れ、力任せに前に進もうとする。しかしそれでも磁力によってくっ付けられた木とサクアは離れることはなかった。
「な、なんだ。ビビらせやがって・・・いやビビってなどいないが!」
サクアの気迫にジックも2、3歩たじろいだ。
「無駄だ!俺が魔力を送っている限りお前はそこから動けん!」
「うがぁぁぁぁぁあ!」
サクアはそんな忠告も聞かず、さらに力を加えた。確かにジックが術を解かない限り、サクアと木は離れないだろう。しかし木と地面はどうだろうか、木はサクアのパワーに負け根っこが地面から浮き上がっていた。そしてブチブチと木の根は切れ、唸り声とともに地面から離れる。
「はぁはぁ、撤回しろ!この髪は母ちゃんの形見だ!これをバカにする奴は許さねぇ!」
サクアは背中に木を背負ったまま、ジックを指差し言い放つ。
「ばかな・・・なんて力だ」
そのままサクアはゆっくりと肩を回しながら歩いていく。
「許さないだと?撤回しなかったらどうだと言うんだ
?」
「一発ぶん殴る」
場に緊張が走る。二人はにらみ合いお互いの出方を伺う。そして少しの間静寂が流れたその時、両者同時に飛びかかる。
「何しとるか!貴様ら!」
大声がその空間をぶち壊す。二人は寸前で止まり、その大声のする方を向いた。
その声の主はやはりルノワールであった。
「試験中以外で受験者同士の争いは禁止であーるぞ!分かっているのか貴様ら!」
「だってこいつが!」
二人は互いに指を差す。
「だってもくそもあるか!次にやったら即刻不合格にするぞ!じゃなかった、するであーるぞ!」
二人は渋々牙をしまう。そして振り向き、互いに逆方向へ向かった。
「ふん、命拾いしたな」
「べー、だ」
サクアは子供のように舌を出して対抗した。
「アンナ、俺あいつ嫌いだ。母ちゃんのことバカにしたし」
「まあ、それは私も同意よ。あいつにだけは負けないようにしましょ」
一方ジックは腕を組み、さっきの出来事を思い返す。
(やはりただ者ではないようだな、Eランクモンスターを倒しただけはある。しかし一番は俺だ。絶対あいつらには負けん。)
騒動も落ち着いたところでルノワールが再び口を開く。
「では二次試験の内容を説明する前に新たにチーム分けをする。今回は4人チームだ。昨日の二人組をさらに合わせ4人とする。」
「4人チーム?誰と組むのかしら」
ルノワールは次々にチームの組み合わせを発表する。
「・・・○○チームと□□チーム、えーと後はジックチームそしてサクアチーム。ここは三人だがまあ頑張ってくれ」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」