帽子の中の思い
こうしてルノワールから情状酌量の余地ありと認められたサクア達は、なんとかピンチを切り抜けた。しかしながら元々の狩りの成果は著しく低いことには変わりはない。
しばらくして再度ルノワールが前に出る。
「ではこれから明日の二次試験へと進む受験者を発表するであーる。」
そう言うと一人ずつ受験者の名前を呼んでいく。アンナはドキドキと鼓動がおさまらなかった。一方のサクアはポカンとした表情で言う。
「明日の二次試験?そんなのあったのか、」
「はあ、あんた何を見てここに来たのよ。書いてあったでしょ、二日行うので遠くから来る人は宿を取っとくようにって」
「じゃあ今日は野宿だな」
「あんたは受かること前提なのね・・・」
次々と他の受験者の名前が呼ばれていくが、まだ二人の名前は出てこない。何人の人が二次試験へ進むことが出来るのか分からないが、後になるにつれ緊張が高まる。
そしてルノワールはこう告げる。
「えー、最後に」
アンナの身体がピクリと揺れ、固まる。
「サクアチーム、アンナ、サクア。以上であーる。」
「や、やったわサクア!私たち次に進めるってよ」
「ああ!やったな!」
二人はお互いの手を握り、飛んで喜ぶ。今までずっと不安そうな顔をしていたアンナにも笑顔が戻った。そして一頻り喜ぶとふと疑問が浮かぶ。
(あれ?でも筆記はともかく実技は受かるような成績じゃなかったはず・・・)
そう二人はあのヌシを倒したという実績が無ければ間違えなく不合格だっただろう。これはサクアのポテンシャルに期待したルノワールの特別措置である。
「では解散!呼ばれた者は明日また指定の場所に集まるであーる。遅れるんじゃないぞ!であーる。」
ぞろぞろと人が散っていく。その中には仲間と喜びあう者もいれば、逆にガックリと肩を落として帰路へ着く者もいた。
さてサクアはというとボーっとこの後のことを考える。
「どうしよっかな、いく宛も無いし明日になるまでここで寝るか」
「はぁーあ、どうせそんなことだろうと思ったわ」
アンナは飽きれ顔でため息をつく。
「一緒に来なさい。私が泊まる予定の宿に空きがないか聞いてあげるわ。」
「本当か!助かるよアンナ!」
サクアの顔がパッと明るくなる。
「まあ、最悪空きがなくても同じ部屋に二人で泊まればいいわ。だってあんた女の子なんだしね。」
そう言うとプイッと前を向いてどんどんと行ってしまう。その背中は少しだけ不機嫌そうに見えた。何故怒っているのか、サクアは不思議に思い首を傾げるが、どんどん遠くなるアンナの姿に気づき、すぐにその後を追いかける。
「おーい待ってよアンナー!」
□□□
すっかり暗くなってしまった街の中を歩き、ようやく宿に着く。狭い土地に作られた三階立ての木造建築。元々部屋が少ないため空き部屋はなかったが、女将の計らいにより特別に二人で泊まることを許してくれた。
アンナは一階にあるシャワールームへと足を運ぶ。シャワーと聞くと少し近代的な響きがするが、そこには電気が通っているわけなく、水道さえない。ではどうやって体を清めるのか、それはこの"ワテルの実"が関係している。ワテルの実とはLBによって進化した植物の一種である。見た目は茶色でラグビーボールのような形状をしている。その特徴はその90%以上が水分で出来ているということである。一度外被に穴を開ければシャワーのように一定時間水が流れる。勿論飲み水としても使えて、最近では需要が高まり、各地で栽培されている。
アンナはワテルの実を上に吊り下げ穴を開ける。そして汚れた身体を洗い流しながら、今日のことを思い出す。
(サクア・・・不思議な奴。男口調で天然で世間知らずでバカ、だけどちょっぴりカッコいいと思ったら実は可愛い女の子で、そしてものすごく強い。)
一番の謎はその強さ、今日の様々なシーンでその身体能力の高さが窺える。特にその馬鹿力は男をも上回っていた。
(明日・・・どうなるんだろう)
明日の試験の内容はまだ明かされていない。もしかしたらサクアとは敵同士になってしまうかもしれない。そんなことが頭に浮かんだ。
気づくとワテルの実の水は勢いを失い、ポタッポタッと滴になっている。アンナは身体を拭き、着替え自分の部屋に戻る。ドアを開けるとそこには椅子に座り、自分の白く綺麗な髪を手で優しく撫でるサクアの姿があった。それは出会ってから初めて見るサクアの女の子らしい仕草である。アンナは少し驚き、まじまじと見ながらこういった。
「そんなに綺麗な髪なんだから、隠さず外に出せばいいのに。なんで帽子の中なんかに隠してるの?」
「隠してるんじゃない、守ってるんだ。」
「守る?髪の毛を?」
あまり聞かない表現に疑問符を浮かべる。
「ああ、この髪は母ちゃんの唯一の形見なんだ。」
「お母さんの・・・形見・・・」
サクアは窓の方を見つめ、話し出す。
「俺の母ちゃん、俺がまだ幼い頃に死んじまってあんまし覚えてないけど、昔親父が言ってたんだ。"お前は性格とその瞳は俺譲りだけど、その顔と髪の毛は母ちゃんそっくりだ。大切にしろよ"って。だからそれ以来、この髪を母ちゃんの形見と思って帽子の中にしまってるんだ。」
「そう・・・」
アンナはそれを聞き、少し考え込むとサクアの方を向きこう言う。
「ならあっち向いてなさい、私がその髪手入れしてあげるから。そんな大切な物ならこんなボサボサじゃ可哀想でしょ。」
「えっ、あ、ああ」
サクアは困惑しながらも言う通り、後ろを向き座り直す。アンナは背中の前に立ち、くしで、絡まった髪を丁寧にといていく。
「えへへ、こんなことされるの初めてだ。」
サクアは少し上を向き、ニッコリと笑顔で話す。
「こらっ、動かないの。初めてってお婆ちゃんとかお姉ちゃんとかにやって貰わなかったの?」
「ううん、お婆ちゃんもお姉ちゃんもいねぇぞ」
「じゃあ近所の人とかは?」
「いねぇな」
「じゃああんたの周りはお父さんしか居なかったわけ!」
「そうだな、あとは兄貴がいたぞ。」
「はぁー、なるほどね」
その時、サクアがなぜこうなったのか納得がいった。元来子どもは言語をその親や周りの大人から習得する。男は父親を見本にし、女は当然母親を見本にする。しかしサクアにはその見本となる女性がいなかったのだ。言語や話し方、その性格まで父や兄に影響され、それが当たり前だと思い、疑問に持つこともない。こうしてこの男勝りな女が出来上がったのである。
「ていうか近所に誰もいないってあんた何処に住んでたのよ!」
「こっから北の方にある山のてっぺんだ。」
「北・・・まさか白崋美山!」
「うーん、そんな名前だったかな。」
「白崋美山といえば狂暴な獣の巣窟じゃない!何処の種族も手をつけられない無法地帯って聞いたわよ。」
そう白崋美山の麓では何処の種族にも属せなかった獣たちが日夜縄張り争いを繰り広げていて、一度入ったら生きて帰ることの出来ないと噂される危険地帯とされている。そこに人が住んでるなど聞いたことがない。
「そんなことないぜ、頂上は木に真っ白な花がいっぱい咲いて綺麗なんだ。」
「聞いたことないわ、そんな話。じゃあそんな危険な所にお父さんとお兄さんと三人だけで暮らしてたの?」
「いや、実は8年前に兄貴が家出しちまって、5年前に親父も家を出ちまったんだ。」
「じゃあ五年間も一人で危険な山に暮らしてたわけ?」
「ああ、それで親父が出て行く前"もし俺が五年経って帰って来なかったらこの試験を受けろ"って言われてここまで来たんだけど、全く親父の奴何処いったのかなぁ。」
アンナは手を頭にやり、ため息をつく。
「どうした?」
「いや、なんだかあんたの話し聞いてたらどっと疲れが出てきたわ。ほら、髪の手入れ終わったわよ。」
「おっ!ありがとな、アンナ。」
振り返りながらサクアは言う。
「いいわよ、このくらい。それより明日も早いしもう寝ましょう。」
そう言うとアンナはベットに横になり、布団を被る。
「そうだな、おやすみアンナ」
アンナはその声を聞くと後ろに気配を感じる。振り返るとなんと至近距離にサクアの顔があった。
「なんでいるのよ」
「だってベット1つしかないし」
「そ、そりゃそうよね、し、仕方ないわ少し狭いけど我慢してあげる。でも寝相悪かったりしたら追い出すからね!」
それだけ言うとまた反対側を向いてしまう。そしてしばらく経って
「おやすみ、サクア」
小さく呟く。
□□□
ここはルノワール家書斎。机の上には蝋燭がゆらゆらと火を灯している。ルノワールはそこにばさりと紙の束を置く。それは今日の筆記試験の解答用紙だった。もう既に採点はされていて、ルノワールは座りながらペラペラと紙をめくっていく。
「ん?」
一枚の用紙に差し掛かったとき、その手が止まる。
「サクア・・・か、何処かで聞いたような・・・」
ルノワールはずっと引っ掛かっていた、その名前を聞いた時から。しかし会ったような覚えはない。
改めてサクアの解答用紙を見てみる。名前以外はほぼ白紙であった。自分はよくこんな奴を二次試験に上げてしまったなと思う程だ。ルノワールは最後まで見ると堪えきれず大きな声で「ワッハッハ」と笑ってしまった。
「なかなかセンスのある奴だ。ギャグの方もな。」
問.最も強いと考える種族を理由もつけて答えなさい。
解.人間
俺が最強になるから