ゴキブリン
試験開始の掛け声とともに、受験者たちは続々と森に入っていく。サクアたちはどこ行く宛もなくどんどんと森の奥深くへと踏み込んで行く。
「あーあ、結局拳銃取られちゃった。1丁じゃやっぱりしっくりこないのよね。」
アンナはブルネルとの一件をまだ嘆いていた。気づくと周りにいた沢山の受験者たちは木々の向こうへ隠れてしまって、二人だけになっている。
「探索っ探索っ楽しいなー」
「てゆうかどこにいるのよ、そのゴキブリンとかいうのは!」
辺りを見渡しても、小さな虫や小動物の気配しかない。
「虫嫌いなんじゃなかったっけ」
「でも出てもらわないと困るわ、このままじゃ合格できないじゃない。それに私はガンナー、直接触れることはないわ。」
そうこうしているうちに少し開けた場所にでる。そこは程よく日が差していて切り株や倒れた幹があり、休むには絶好の場所だった。
「ちょうどいいわ、少しここで休んで作戦を立てましょう。」
アンナはそう言って切り株に座ろうとする。
「待て、」
するとサクアは神妙な面持ちでサッと手を出し、アンナを静止する。
「ど、どうしたのよ!?」
サクアは、困惑しているアンナの声には耳を傾けず、ゆっくりと目だけを動かした。
「そこだ!」
突然、持っていた木刀を茂みの奥に投げ込む。
ギャギーッ
何かの断末魔が聞こえる。サクアが木刀を引き抜くとそこには喉を一突きにされたゴキブリンが刺さっていた。
「なんでわかったの!?」
アンナは喜びよりも驚きが勝ってしまっていた。自分は気配すら感じなかった。これが野生の勘というものなのか。サクアは振り返ってニコッと笑う。
「よーしこれで一匹目だなッ」
そのままゴキブリンの頭部を剥ぎ黒い袋に入れる。アンナは唖然としてただその様子を見つめる。
その時だった、木の上からもう一匹のゴキブリンがサクア目掛けて襲ってきたのは。咄嗟に「あぶない!」と声を出す。銃を取り出そうとしたが不意の襲来だったため打ち落とすには一歩遅かった。サクアは声に反応して顔をこっちに向ける。
ザクッ
「えっ!」
緑色の血がアンナの襟元に飛び散る。またまたゴキブリンは宙で一突きにされていた。サクアは後方上空から落ちてくるゴキブリンを後ろを見ることなく正確に頭をぶち抜いていた。
「気づいてたわけ?」
「まあなんとなく?」
曖昧な答えに少し腹が立ったが、同時にこんな考えが浮かぶ。
(心配して損したわ。それにしてもこいつただのバカかと思ってたけど実はすごい奴なんじゃない、さっきのこともそうだし、サクアと一緒ならこの試験切り抜けられるかも!)
「もう、気づいてたならもっと早くいってよね。服になんか付いたじゃない。」
アンナは襟元に付いた緑色の染みの臭いを嗅いでみる。
「うっ!くさっ!」
強烈な臭いに一瞬仰け反る。大嫌いな虫の体液な上にこの臭いで気分は最悪だった。
「どれどれ・・・」
スッとサクアは顔を近づけ、その臭いを嗅ごうとする。
「んっ!」
不意に二人の顔は急接近する。当然サクアはそんなことまったく気にしてなかったがアンナ方は少し顔を赤らめていた。
(ち、ちょっと近いってば、・・・近くで見るとやっぱり美形ね、あの時も助けてくれたし、ちょっぴりかっこいいなんか思って)
ふにっふにっ
臭いを嗅ごうとしたサクアの帽子のつばがちょうどアンナの顔の辺りに差し掛かる。
「って!当たってんのよ帽子のつばが私の顔に!」
「あっ悪い、まあこれで2匹目だ!どんどんといこうぜ」
「そうねっ!じゃんじゃん狩りましょう!」
「おー!」
□□□
「全然いないわね」
あれからかなりの時間が経っていた。しかし探しても探してもゴキブリンは1匹も見つからない。
「おかしい・・・何故か向こうの方から逃げてるみたいだ」
「そんなこともわかるの?なんで逃げるのかしら?」
試験終了となる日没まで近くなってきた。二人は必死にゴキブリンを探す。その時、
「うわぁー助けてくれー!」
誰かの叫び声が聞こえてきた。
□□□
時間は少し前へと巻き戻る。サクアたちと同じように二人組で探索をしていたブルネルたちだが、ゴキブリンの頭部が入るはずの黒い袋は未だに空っぽだった。
「なんでや!なんでみつからんのや!」
ブルネルはその巨体で地団駄を踏む。
「落ち着いてくださぇ!ブルネル様。おかしいゲスねーこの森には数百匹のゴキブリンが住んでると聞いたんでゲスけど・・・」
「ぐぬぬ~・・・ハッ"この森"?・・・そうや!いいこと思い付いたで!」
「どうしたんでゲス?」
「この森じゃなく奥の森にいくんや、髭の教官がゆうてたやろ扉の向こうの森にはここより多くのゴキブリンがおるって」
「それは不味いでゲスよ、あそこに入るのは禁止されているんでゲスよ、それにあそこには普通のより数段狂暴なゴキブリンがいるとも言っていたでゲス。」
それを聞いたブルネルはさらにふんぞり返って物を言う。
「構うものか、狂暴といってもたかがゴキブリンや。わしたちの実力なら問題ないやろ」
ブルネルは扉目掛けてどんどんと森の奥へ進んで行く。
「待ってくだせぇーブルネル様ー」
□□□
「ここがその扉か」
目の前には2メートルくらいの大きな扉があり、向こうの森とはこの扉と塀によって隔たれてる。
「そのようでゲスね、やっぱりやめましょうブルネル様、この通り錠前がかかっているようですし」
「ふん、こんなもの!」
ブルネルは拳銃を取り出し、錠前に至近距離で二発ぶっこむ。
バァンバァン
「さぁいくぞ」
「ちょっ、ブルネル様ぁ!」
□□□
「うわぁー助けてくれー!」
誰かの叫び声が聞こえる。
「なに!?誰か助けを呼んでるみたいよ!」
「こっちだ」
サクアは瞬時に声のする方へ走り出す。すかさずアンナも後を追いかけるがサクアはすごいスピードで森を駆け抜けていく。次第に距離は離れ、見えなくなってゆく。
「ちょっと待って、はぁはぁ、なんてスピードなの」
そしてやっと茂みをぬけるとそこに塀を見据えるサクアの背中があった。どうやら知らない内に森の奥まで来ていたようだ。
「この奥だ」
「はぁはぁ、見てあそこに扉があるわ!」
二人でその扉に駆け寄る。
「錠前が壊れてるようね」
「助けてくれぃー」
さっきより声が近くなった。
「早くいかねぇと!」
ギギギッ
サクアが躊躇なく扉を押す。あとからアンナもそれを手伝う。
「ふぅ開いた、もしかしてここってあのルノワールって教官がいってた入ってはいけない森なんじゃない?」
「でも助けねぇと」
「・・・うんそうね」
扉から少し出て辺りを見渡す。奥に進むが雰囲気は前の森とあまり変わりはない。
「あれ!あそこ!何かいるわよ」
アンナは大きな木の方を指差す。そこには大量のゴキブリンがその木を囲むように群がっていた。
「なんだ~あの数!」
「うわぁーん神様ー二度と悪いことはしません!だから助けてー!」
「くだらんことゆうてないでお前も手伝わんかい!この!この!」
なんとその木の上にはブルネルたちがいたのだった。ブルネルは必死に、登ってくるゴキブリンたちを足で蹴り落としていた。
「ってあれあの時のあいつらじゃない!何やってんのよ」
ブルネルたちもサクアたちに気がついたようで大声で何かを言っている。
「お、おい!そこのお前ら早く助けんかい!」
「ブルネル様ぁ!あれ武器庫の時の奴等ですよ!」
「なにぃ!でも背に腹はかえられんやろぉ、はよぉ助けい!」
はぁーっとブルネルたちの呆れた態度にアンナはため息をつく。
「あんなこと言ってるけどどうする?このまま逃げちゃう?」
「いや、もう遅いみたいだぜ」
ブルネルたちの下にいたゴキブリンの数匹がこちらにも気づいたようでサクアたちに襲いかかった。
「おらぁ!」
サクアは木刀一振でそいつらを蹴散らす。
「と言ってもどうすれば・・・そうよ!あんたたちー香水よ香水!あれを使うのよー!」
そう香水、試験開始前に貰った魔物避けの香水だ。
アンナはその存在を思い出す。
「それや!」
ブルネルたちは必死に懐を探り、緑の液体の入った小瓶を取り出し体中に吹きかけた。
「ふぅこれで一安心・・・」
そう思った矢先、臭いを嗅いだゴキブリンたちは逃げるどころか、前より興奮した様子で鳴き声を発しだした。
ギャギー
「どうなっとんのや!前より怒っとるやないか!」
「ひぃぃお助けぇ!」
その様子を見たアンナは困惑する。
「なんで!魔物避けじゃなかったの!?」
「もう時間がねぇ、無理やりいくぞ!」
サクアはそう言うとゴキブリンの群れに突っ込んだ。そしてサクアが木刀を振るうと地面ごとゴキブリンたちが吹っ飛んでいった。
「なんてばか力なの・・・」
「どけどけぇ!」
どんどんと道を切り開いていく、そして遂に木の側まで近づいた。
「さあ!早く!」
「お、おう。」
ギャギーコロピー
その時奇妙な鳴き声が辺りを包む。周りのゴキブリンの鳴き声に違いないのだが、不思議なことにゴキブリンたちはもう襲ってくることなく鳴き声だけ発すると次々に森の奥へと散っていく。
「なんなんだ・・・ 」
その光景にサクアたちも足が止まる。唖然としていると、
「もうなんでもいいから今のうちに早く降りて来なさいよ!」
とアンナは叫ぶ。その通りである。しかしながらそのチャンスは直ぐに失われた。
ドドッドドッドドッ
遠くから地響きがなる。そしてそれはどんどんと大きくなる。
「なんの音だ?」
皆音の方に目を向ける、するとそこには巨大なゴキブリンの姿が!そしてなんと木々をなぎ倒し、真っ直ぐこっちへ突進してきている。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」