実技試験
試験を受けた建物を出ると、既に受験者たちは集められていた。
「諸君!よくぞ集まってくれた!私はこの実技試験を監督することになったルノワールであーる。」
庭に大声が鳴り響く。その教官は50代くらいだろうか?口元に立派な髭を携えていた。そして何故か「あーる」と言うたびに髭を引っ張りゴムのようにパチンと戻していた。
「髭だぁ・・・」
「髭ね。」
「あれで闘うのかなぁ」
「・・・なにいってんの」
ルノワールはビシッと鬱蒼とした森の方を指差す。
「お前たちには今からここで狩りをしてもらうのであーる。」
「狩り!」
「そう狩れば狩る程合格に近くなるのであーる。そして気になるその対象はこれだ!であーる。」
そういって取り出したのは肥大化したゴキブリの頭部だった。
「ひぃぃ!」
アンナはその気味悪さに思わず声を上げる。
「こいつはゴキブリンの頭部であーる。ゴキブリの装甲とすばしっこさを持ち2足歩行に進化した。見た目は小僧みたいで知能はないし力も弱いが油断すると食い殺されるぞ、であーる。」
ルノワールはその頭部を黒い袋に入れる。
「こいつを倒したら頭部を剥ぎこの袋に入れろ!であーる。またこの試験は非常に危険だ。この場で二人組になり森に入れ。そしてもし危険を感じたりギブアップしたくなったらこの香水を使えであーる。この香水はゴキブリンが嫌う成分が入っている。そうこれを使えは身は守れるがそれ以上の成果は望めないと思え!じゃなかった思うであーる。」
「二人組かぁ~なあ一緒に組もうぜアンナ!」
サクアは顔をウキウキさせながら話しかける。それに対してアンナはこの世の地獄かというような顔をしていた。
「ムリムリムリムリ!あんなの無理!」
「どうしたんだ?」
「わたし、虫だけはぜっっったい無理なのよ。しかも虫のなかでもゴキブリで頭部を剥げって?わたしに死ねっていってんの?」
「ゴキブリンだろ」
「どっちだって一緒よ、パワーアップしてるじゃない!」
アンナは更に頭を抱える。
「でも二人組だってよ」
「えっ」
アンナはちらっと視線を上に向ける。その目は少し涙ぐんでいた。
「俺が頭をハゲばいいんだろ? 」
「やってくれるの・・・」
「もちろん」
アンナは両手でサクアの両手を握り、ぼろぼろ泣き出した。
「ありがとうぅ・・・命の恩人よぉ。」
「お、おう」
□□□
こうしてサクアとチームを組むことになったアンナだったが、少し不安があった。
(成りゆきでチーム決めちゃったけど、よかったのかしら。性格は悪いやつじゃなさそうだけど、なんだか頭空っぽって感じだし・・・ダメダメ、組むと決めた以上信じなきゃ。)
「ねぇサクア、あんたってソードマンよね」
「ソードマン?」
「剣を扱う職業のことよ!腰に刀さげてるでしょ!もお~・・・。私はガンナーなの相性は良さそうね。」
「ああ、この相刀"華水月"で全員倒してやるぜ!」
自慢気にサクアが刀を見せびらかしていると後ろから教官の声がする。
「武器の持ち込みは禁止でーす!この指定された武器庫の中から選んでくださーい。」
サクアはガクッと膝から崩れ落ちる。
「なんでだよ!いいじゃんか別に」
「武器差があるといけませんので」
「まあまあ・・・」
私たちは武器庫を探る。サクアは少し拗ねた様子で10秒くらい見ると「これでいいや」と木刀を取ってサッと行ってしまった。私はというもの、なかなかしっくりくるものがなく棚を物色していた。
「う~んこれも違うわね、これも、ちょっと重さが・・・ん!これは!!いいわね、うん、これにしよ」
ようやく決まり外に出ようとした時、誰かに正面からぶつかる。
「あイタタ・・・なにすんのよ!」
そこには性格の悪そうなデブとその腰巾着のようなガリガリの二人の男が立っていた。
「ほぉーこれなかなかええ銃やないか」
「うんうんブルネル様にとてもお似合いですー威力もありそうですし」
気づくと手に握られていた銃がブルネルとかいう奴に取られている。
「ちょっと返しなさいよ!それは私が先に選んだ銃よ」
「ええやないか別に、ほらもう一丁あるんやし、なぁ」
「そぉーでごぜーます。ブルネル様の言う通り!」
二人は悪びれることもなく目を見合せる。
「わたしは2丁拳銃使いなの!だから早く返しなさいこのデブ!」
「なんやとぉ!わしにそんな態度を取るとはこのアマ。後悔するぞ!」
「ブルネル様はここら辺の大地主の御子息で、自分自身を高めるためわざと何度も何度もこの試験を受けているとても崇高なお方なのだ。」
アンナははぁーと息をつき、呆れた表情でこういった。
「それ、ただ何回も落ちてるだけでしょ・・・」
カチャッ。そのときアンナの額に銃口が向けられる。
「別に返してやってもいいんやで、ただしこの弾丸だけやけどな」
二人はニヤニヤとこっちを見る。私は「このゲス野郎が」と心の中で強がって見せたが、額につらりと汗が流れるのが自分でもわかってしまった。
「なあ?まだ決まんないのかー試験はじまっちゃうぞ。」
間がいいのか悪いのか、突然二人の後ろからサクアが顔を見せた。ブルネル達も不意の登場に驚いたようで2、3歩たじろぐ。
「な、なんやお前!こ、こいつの仲間か?」
「ブルネル様の背後を取るとは!ぶ、無礼な!」
アンナの方を向いていた銃口は、今度はサクアの方に向いていた。
「ん?なんだ?」
しかしサクアはそれに少しも臆することはなく、さらにはギリギリまで近づいて銃口を覗いている。
「ひぇぇぇ!なんなんやこいつぅ、離れ、離れんかいぃ!」
サクアの予想外の行動にブルネルは軽いパニックになっていた。手はガタガタ震えていて今にも暴発してしまいそうだ。
「サクア!あぶない!」
アンナは叫ぶ。しかしその瞬間、案の定銃は暴発してしまった。
バァン!
「きゃぁッ!」
「ブルネル様!」
皆咄嗟に目を背ける。少しばかりの静寂。そして恐る恐る目蓋を開ける。まだぶるぶると震えているブルネルの手、銃口には煙がゆらゆらと流れ出て、その先の壁には弾痕が残っていた。しかしその弾道にサクアは立っておらず、半歩ずれた場所から放たれた弾丸を振り向いて見送っていた。
どうやら無傷のようだ。当の本人は何かあったのかというような澄ました顔をしていた。
「どうかしましたか!今銃声が聞こえましたが!」
周りの教官が銃声を聞きつけ走ってきた。
「いやぁ~ちょっと銃の試し撃ちをしていてでゲスねぇ、ね、ブルネル様行きましょう。」
ガリガリはヘタと座り込んでいるブルネルを引き起こして連れて行く。
「貴様ら、よく覚えておけや!この借りは必ず返してやる。」
という捨て台詞を吐いて。
「なんだったんだ?あいつら。」
□□□
一悶着あってようやく実技試験が始まる。受験者たちは皆ゴキブリンの住まう森の入り口に並んだ。サクアたちも少し遅れて列の後ろの方に着く。
「そのさっきは、ありがとね」
アンナは少しモジモジしながら言う。本意にしろ不本意にしろ、あの場で助けてもらったのに変わりはない、しかし・・・
「ん?なんのことだ?」
「・・・・・・」
この鈍感さにはアンナも閉口せざるえなかった。
ルノワールが受験者たちの前に立ち再び口を開く。
「いい忘れたことが一つあるであーる。この森の奥にはさらに奥の森へとつながる扉がある。その森にはここより狂暴なゴキブリンたちがわんさかいるであーる。間違っても塀を越えたりして向こうに入ってはいけないであーる。いいか!絶対だぞ!じゃなかった、絶対であーるぞ!」
そこまで言ってルノワールはコホンと息を整える。そしてようやく開始の合図をいい放つ。
「試験んんん!開始ぃぃぃ!であーるぅぅ!」