始動
ここはLBs集会場、主に依頼の受注、報告をする場所である。街の中心に位置するここはLBs関係者以外にも出入りができ、いつも多くの人で賑わっている。そして波乱のLBs試験を突破したサクア、アンナ、ジックの三人もまたここに集まっていた。
「まずいわねぇ~・・・」
「ああ・・・」
「不味いのか!」
難関と言われたLBsライセンス取得試験を華々しく合格した三人は早速ある事案を抱えていた。
「お金がない!」
試験中の宿泊代、治療費そして試験合格、ギルド結成の宴会に使った費用でアンナ達の資金は底を尽きていた。
「野宿すればいいじゃん。」
サクアは軽々しく提案する。
「い!や!よ!大体あんたがあんなに食べるからいけないんでしょ!」
サクアはジックのギルド入団の後行った宴会でありとあらゆる料理を口に放り込み、店の主人を唖然とさせていた。
「その上、自分は一銭も持っていないとは・・・呆れたものだ。」
ジックは手を上に挙げ、「お手上げだ。」という風に首を横に振る。
「だってお金がかかるなんて知らなかったんだ。」
「じゃあなにか?タダで飯を食わしてくれる心のすんーーごい広いジジイだとでも思ってたのか?」
「う~ん・・・そんな感じだ。うん。」
おそらくそんなことも考えず目の前の食い物にかぶりついていただけだろうがそれはもう過ぎたこと、攻める気にもなれず、二人は「はぁー。」とため息を付く。
「とにかく、そんな訳で私達には貯えがないわ!ジック、あんた金持ちなのよね、何とかならないの?」
「フハハ!父には援助など一切要らんと大見栄きったばかりだ!今家に戻り頭を下げるくらいなら死んだ方がましだな。」
ジックは笑いながら言った。
「じゃあやっぱり・・・依頼を受けるしか無いわね。」
依頼、様々な問題がこのLBsの集会所に集まってくる。その内容は多岐に渡り、それぞれA~Fのランクにあった物に振りわけられる。当然その依頼をこなせばそれに見合った報酬が支払われる。
三人は依頼が貼られている掲示板に移動する。
「いいじゃん俺達の初依頼!何がいっかな~!」
「なるべくコスパの良いものがいいわね。楽にこなせて報酬が多い奴。」
「そんな都合のいいものあるわけないだろ。自分達が出来る範囲の物にすべきだ。」
冷静に分析するジックに少し感心するアンナ。
「へぇ~、なかなかいいこと言うじゃない。」
「だからCランクのゴリラを倒した俺らはCランクの依頼を受けよう。」
「ちょっとまてい!」
当たり前のように上のランクの掲示板に行くジックの首根っこを掴む。
「いきなりCランクなんて無理に決まってるでしょ。また死にたいの!」
「いや、俺は死んではいないが・・・」
「それにFランクの私達にCランクの依頼は受けられないの。受けれるのは同ランクとその一個上まで、規則でちゃんと決まってるんだから。」
サクア達が受けられるのは協会がFランクと定めた依頼のみ、それ以上は数回の依頼をこなし、上のランクに上がる見込み有りと判定されたギルドが受けられるランクアップ依頼だけだ。ランクアップ依頼は一つ上のランク、つまりEランクの中でも下級依頼がランクアップ依頼として扱われる。
「ふーん、じゃ俺らが受けられるはここにある依頼だけか。」
サクアは依頼内容をじっと見る。
「食料採集、見張り、家事手伝いってどれもパッとしないわね。」
「だから言ったろう。Fランク依頼ごときじゃ俺達の真価はだせんと。」
ジックは拗ねるようにそっぽを向く。
「大体あんたら何が出来るのよ、ギルドを組んだんだから役に立ってもらうわよ。」
一緒に死線を乗り越えたとはいえ、知り合ってからまだ一月も経っていない。お互いの手札を理解しておく必要が三人にはあった。
「俺は斬る!」
「私は撃つ。」
「俺は観察する。」
「ってあんた見てるだけじゃないの!」
再びアンナはジックに掴みかかる。
「研究者とは、観察に始まり観察に終わる。そして新たなステージへ進めるのだ。」
「そんなの知らないわよ。あんたも戦いなさいよ体張って!」
「うむ、体術はある程度心得ているが・・・真面目な話やはり魔法で援護というところだな。」
それを聞くとアンナは少し浮かない顔をする。
「そうよね、そうなると前衛はサクアだけになっちゃうわ。」
「俺は別に構わねぇぞ。」
二人はサクアの方を向き、少し考える。
「最初は良くてもずっと一人は危険よ。あと最低でもあと一人は前衛が必要ね。」
「いざとなったら俺が変わろう。時間くらいは稼げる。」
「ありがとな!二人とも!」
サクアの満面の笑みを見ると、二人もつられたように笑みをこぼす。
そんなこんな話していると掲示板に新しい依頼が張られる。
「おっ!増えたみたいだぞ。」
「どれどれ・・・」
アンナは再び掲示板に目を通す。しかしその内容はさっきのと然程変わりがない。
「う~ん・・・あっ、これなんかいいんじゃない?」
アンナが指差したのは「人探し」と書かれた依頼書だった。
「どれどれ、"森で迷子になった娘を一緒に探してください。"だと。なんだか面倒な依頼だな。」
ジックはやや不満そうに読み上げる。
「でも報酬がすごいのよ。ほらここ見て、300リールももらえるわ。」
300リール、リールはこの世界でのお金の単位である。300リールは他に並んでる依頼の約10倍の値段に相当する。
「ただの迷子探しでこの値段とは・・・どういうことだ。」
「きっとどこかの金持ちの娘なんでしょ。こんな楽な仕事はないわ。」
「俺も別にいいぜ。これどうやって依頼を受けるんだ?」
少し不審がるジックをよそにアンナはガンガン話を進める。
「この紙を受付に持っていくのよ、すいませーん」
アンナがカウンターで呼び掛けると奥から気だるそうに長い髪のお姉さんが出てきた。
「は、はいはーい、今行きますよ~・・・ううっぷ、気持ち悪るっ。」
(ええ~、この人もLBsの一員なの・・・)
「あの、この依頼を受けたいんですけど。」
「はいはい、あなた達見ない顔だけどLBsライセンス持ってるの?」
「実は今日が初依頼なんです。ランセンスもこないだ取ったばっかりで、ほらこれです。」
アンナ達は胸に付けたバッチを掲げる。そのバッチは真ん中にLと記され、ライセンス取得と同時に支給されるLBsを象徴するバッチである。三人のバッチは青銅製であるが、ランクが上がるごとに銅(E)、鉄(D)、銀(C)、金(B)、白金(A)と変わっていく。
「ああそう、なら問題なしっと。」
受付の女はろくに確認もせずに依頼書に判を押す。こんな適当でいいのだろうか、そんなことを思いつつその様子を見守る。すると女は依頼書を見ながらしばらくの間固まる。
「どうかしましたか?」
「いえ、以前にも同じような依頼を見たような・・・見なかったような?」
「どっちなんですか!」
「ああ、気のせいよ気のせい。じゃ初依頼頑張ってね~。」
そういって女は奥の部屋に戻っていく。受付がこんなんで務まるのか甚だ疑問だが、とりあえず手続きは済んだ。三人はその場を後にする。
「よし、じゃあ依頼も決まったし明日の早朝その村に出発よ。各自準備しておくように、今日は解散よ!」
「では俺は魔道具の整備でもするか・・・」
それを聞くとジックはふらっと何処かへ行ってしまう。
「じゃあ俺も試し切りにでも行こうかな。」
「あんたは私とくるのよ」
「えっ!」
「どうせ暇なんでしょ、少し付き合いなさい。」
アンナは有無を云わせずサクアの手を引っ張る。
「だから試し切りに・・あっちょっと、うわああ!?」
□□□
翌朝、まだ日が出て浅く、辺りは霧によって白んでいる。三人はそんな中、眠い眼を擦りながら山道を進んで行く。獣達もまだ活動を始める前のようで、襲ってくるような敵の気配もない。なのでサクア達もゆっくりと依頼主のいる村へと足を運ぶ。
「ふぁ~あ」
アンナが大きな欠伸をする。
「おい、少し気が抜けすぎじゃないか?いつモンスターが襲ってくるか分からんのだぞ。」
ジックは腕を組み、横目で二人を見ながら言う。
「仕方ないでしょ、夜遅くまで準備しててあんまり寝てないのよ。」
「準備?」
ジックが疑問符を投げかけると思い出したようにサクアが割り込んでくる。
「そうだ、俺も手伝わされて大変だったぞ。」
「貴様ら昨日、あの後何してたんだ?」
ジックはメガネをくいっとかけ直す。
「何って薬の調合よ。ほら怪我とかしたら色々必要でしょ。昨日はサクアと森で色んな薬草を採集して調合してたのよ。」
ジックはアンナの意外な答えに感心する。
「ほぉ~、アンナに薬学の知識があったとはな。」
「別に薬学ってほどじゃないけど薬草には詳しいの。昔から森で集めてたから。例えばこの植物のエキスは傷口に良く効くし、この花をすり潰したものは解熱剤にもなるわ、あとこの木のブオリって実からは油が取れるのよ」
アンナは道に生えてる植物を指差しながらすらすらと説明してゆく。
「ほえーこれ食えんのか、旨いのか?」
「真逆よ。」
話も聞かず花にかぶりついたサクアはすぐに苦い顔になりそれを吐き出す。
そんなことをしてるうちに目的の村が見えてくる。古木で出来たボロい門には「ウィット村」とうっすらと書かれている。
「ここが依頼主のいる村なのか?」
「ええ、確かにここよ。しかし見張りの一人も居ないなんて無用心ね。」
「いいから入ろーぜ」
サクアはずけずけと門をくぐった。すると景色は打ってかわって広大な畑が広がっていた。その畑には金色に輝く小麦が風に波をうって静かに煌めく。ひとつ我々がいつも想像する小麦畑と違うところは小麦1本1本が2メートル弱の高さまで成長しているという所だ。
「おおーすげーな!」
「ええ、こんなに広い小麦畑見たことないわ」
サクア達は両サイドに広がる風景に圧倒されながらも道を進んでいく。
「こんなにびっしりと並んでいるとまるで壁だな、奥の様子が全く見えん。」
ジックはその小麦の間に手を突っ込む。
「おっおわ!」
すると急に誰かに手を引っ張られる。
「ジック?」
「急に手がッ、ぐあ、ああ!」
慌ててジックが手を引き戻すと小麦の間からオッサンの顔が手と一緒に飛び出てくる。その勢いでジックは仰向けに倒れ、その上に男が覆い被さった。
「あイタタ」
「なっ、なんだ貴様は!」
ジックは驚きを隠しきれずに小麦畑から現れた男を指差す。
「いや~すまんすまん。昔こういういたずらが流行っててなあ。ちょうど良く手が出てきたもんでつい。ガッハッハ!」
突然現れた中年のおやじは立ち上がると悪びれもせず大笑いをする。どうやらこの村の人らしい。
「あんたたちこそ見かけねぇ顔だけど、どちら様?」
「私達はLBsよ。依頼を受けてこの村に来たの。」
アンナは胸のバッチを見せながら言う。
「なんですと!あんたらLBsの傭兵か!そりゃ~良かった。村長が首を長くして御待ちだ。ささっ早くこっちへ。」
そして三人はその男に言われるがまま畑を後にする。