結成
ジックが目を開けると見えるのは見知らぬ天井、ぼやぼやとした頭で体を起こそうとするとまだ体が痛む。
「いっ!」
「おっ!やっと起きたか。」
横を見るとサクアがベッドの縁に手をついて顔を出す。
「き、貴様!何故ここに!」
そのサクアは帽子をかぶっていたが、脳裏にはあの時の姿がちらつく。
「何でって待ってたんだよ、お前が起きるのを。」
「俺を・・・?」
唐突に部屋の扉が開く。入ってきたのは手にパンや果物を抱えたアンナだった。
「あらジック、目を覚ましたのね。丁度いいわ果物でも剥きましょうか?お腹空いてるでしょ。」
「うん!」
「あんたに言って無いわよサクア、ていうか部屋の中でくらい帽子取りなさい。」
「それもそうだな。」
そう言うと何の躊躇いも無く、帽子を取り、その長い髪を外に出す。
ジックはその姿を見ると、顔が赤くなり咄嗟に反対側を向く。
「ん、どうかしたか?」
「な、なんでもない!」
ジックは必死に息を整える。再度振り向くと誤魔化すようにこう叫ぶ。
「大体何で貴様らここにいる。そして何故普通に俺と喋ってるんだ。」
言いながら、ジックは頭を整理して、あの時の出来事を思い出す。
「そうだ!あの猿どもは?それに試験はどうなった!?」
「それは私が説明するわね」
アンナはコホンと息整えると話し始めた。
「結論から言うと猿達は逃げてったわ。私たちも追えるような状態じゃなかったし、向こうも頼りのあの化け物が逃げ出してあの年寄り猿だけじゃ何も出来なかったみたい。あの後直ぐにルノワールと教官達が来て負傷者と私達を此処まで連れてきたわ。」
「此処は?」
「LBs基地の医務室ね。」
「・・・」
ジックは辺りを見渡す。建物はボロいがちゃんとした個室となっていた。
「あんたは特別、一番酷い有り様だったから此処に連れて来られたの。あんた三日も寝てたのよ。」
「俺の代わりにな!」
サクアは嬉しそうにニタニタ笑顔を浮かべていた。ジックはそれを見てまた目を逸らす。
(かわいい・・・)
「で、試験はどうなったんだ?」
ジックは内心不安だった。特急兎を捕まえたとは言え、あの場に放り出してしまっていたのだ。どさくさに紛れ取られていても仕方がないと考えていた。
「それは・・・」
「全員合格だ!」
「へっ?」
説明しようとしたアンナを遮り、サクアが言った。
「あの髭のオッサンが言うには"兎が一匹だけと言うのは嘘だ。じゃなかった嘘であーる"だってさ!」
ジックは唖然とする。よくよく考えればあの広い森で獲物の数を調整するのはほぼ不可能だが枠が1つだけと言う方に気を取られ信じ込んでいた。
「あのゴリラにやられた受験者も意識を取り戻して、イレギュラーもあったし全員合格だそうよ。」
ジックは合格の報告を聞き、ひとまず安心したが、口車に乗せられたことに沸々と怒りが増す。
(あの髭ジジイめ・・・)
「それでよ!お前も受かったんだから一緒にチーム組もうぜ!」
「は?」
サクアは生き生きとしながら言う。しかしジックには何のことやらさっぱり分からなかった。
「サクア・・・それだけじゃ分からないわよ。私が説明するわ。LBsライセンスを持った人たちはまず何人かでギルドも組むのよ。もちろんソロの人もいるけど一緒に戦った方が危険も減るし、効率良く依頼もこなせるわ。だからサクアは私達三人でギルドを組まないかって言ってるの。」
「な、何ぃ!」
意外な申し出にジックは驚愕する。
「な、何故俺が貴様らなんかとっ!」
「ダメか?」
「いや、そもそも貴様、俺のことが嫌いなんじゃなかったのか!?」
二人は澄ました顔で目を見合わせる。
「別にもう嫌ってねーよ。最初は嫌な奴かと思ったけど命助けられたし、それにこの髪のこと綺麗っていってくれたしな!」
サクアは満面の笑みで答える。
「き、聞こえてたのか!?」
ジックは恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
「私も別にいいわよ。最初サクアに提案された時はどうしようかと思ったけど、なんかあんた、口は悪いし傲慢だけど根はいい奴そうだしね。」
アンナは腕組み、そう言うと直ぐそっぽを向いてしまう。
「そう言うことだ。なっ、いいだろ!」
サクアは自信満々な表情で答えを待つ。しかしジックは今までこんな風に人に誘われたことなどなかった。そのプライドと性格ゆえ周りから嫌煙され、友達や仲間という存在が全く居なかったのだ。だから心の底では嬉しく思っているのに中々言葉に出来なかった。
(くそ、何ていえば・・・)
自分の今までの言動から、プライドが邪魔をして「はい」の一言が出てこない。何も言えず黙っているとサクアはどんどんと詰めよってくる。
「なあ、いいよな?それともダメなのか?」
ベッドの縁から身を乗りだし、顔が徐々に近寄ってくる。ジックは更に顔が赤くなり、顔を離そうと後退りをする。それでも何も言えずにいると、サクアは急にしゅんとして下を向く。
「ん?」
ジックはその変化にずっと逸らしていた目をサクア向ける。そこで彼は見てしまった、悲しそうに上目遣いでこう言った彼女の目を。
「そんなにオレのこと嫌いか・・・」
その破壊力のせいでジックのプライドやら思考能力は全て吹っ飛んでしまう。それに「嫌いか?」と聞かれてYESとは答えられなかった。
「・・・分かった。」
「えっ!」
「この俺が組んでやると言ったんだ!二度も言わせるな。」
それを聞いた瞬間、サクアは目を見開き大きく拳を上に挙げる。
「やったーー!これでギルド結成だ!!!!」
アンナはジト目で顔を真っ赤にするジックを見て何か察したように頷く。
「ふーん・・・なるほどね」
そしてまた唐突に扉が開く。
「君たち此処に集まっていたであーるか。」
「ルノワールのオッサン、何か用か?」
サクアの女の子の姿を見てルノワールは顔をしかめる。
「ん?君は・・・もしやサクア君であーるか!」
「そうだけど・・・?」
ルノワールもサクアの性別を勘違いしていたようで帽子を取った姿に驚く。
「女の子であったのか・・・おっ、ジック君も目を覚ましたようであーるな。」
「で?何の用なんですか、ルノワール教官」
アンナは話を元に戻す。
「実はな、君たちが会った"猿"について詳しく聞きたいのであーる。」
ルノワールは真剣な顔になって話し始める。
「襲われた受験者はまだ体調が万全でなくてな、君たちに聞くしかないのであーるよ。」
「聞くって言っても、私達が聞きたいくらいですよ。何なんですか"あの猿"は?」
アンナはあの時のことを思い出す。突然の襲来で考える暇もなかったが改めて思い返すとおかしな話である。何の目的であんなところに猿達が現れたのか、そもそもあの猿は何者なのかあの状況では分かるはずもない。
「以前聞いた時にはデカイ赤っ鼻の言葉を喋る老猿と言っていたであーるな。ジック君もそれは間違いないかね?」
「ああ、俺もチラッとだがそいつは見た。確かにそんな見た目だったかな。」
ジックは少し上を向き、その時の光景を思い浮かべた後コクりと頷く。
「それが本当ならその猿は"天狗老"だな。」
「"天狗老"?」
「ああ、天狗老は猿族を長年に渡り仕切っている長老的存在だ。他の猿より頭が切れ、参謀も担っているらしい。」
「そんな奴が何で私達を?」
ルノワールは少し考えて答える。
「おそらくルーキー狩りだろうな・・・。当然だがLBsは経験を積めば積むほど強くなる。君たちが成長する前に叩いてしまおうという浅い考えだろう。」
今回はLBs試験中の襲来という異例の事態、サクア達がいなければ受験者全滅も十分あり得ただろう。
「今回の件は完全に運営である私の失態だ。君たちには深く詫びよう。」
ルノワールは言葉通り深々と頭を下げる。
「いいってルノワールのオッサン。誰も死ななかったんだからよ。」
サクアは頭の後ろで手を組み、ニコッと笑う。
「しかし試験の方は少し甘いんじゃないか?何でもありの早い者勝ちと言っておきながら全員合格とは。」
ジックは口車に乗せられたことをまだ根に持っているようだ。
「ハハッ!それにも意味があったのだよジック君。今回の事で君たちにも分かったように敵の力は強大だ。試験だからと言って、人間同士の足を引っ張るような奴にLBsに入る資格はない。つまり他の受験者の妨害をした奴は即不合格だったというわけだな。じゃなかった、訳であーるな!ハッハッハ!」
ルノワールは高笑いする。ジックはそれを聞いてドキッとした。
(なるほど、そういうことだったか。危ない・・・いや邪魔などしなくても俺が一番だったことには変わりはないけどな)
「ところでサクア君、君は何処かで私に会ったことはないかね?」
ルノワールは奇妙な質問をする。ずっとひっかかっていたのだ、サクアという名前を聞いたときから、しかしこの姿に見覚えはない。この見た目からしてそうそう忘れることもないだろう。
「会ったことって・・・オッサンを見たのは昨日が初めてだぞ。」
サクアはやや不思議そうに答える。
「いやいや、何処かで聞いた名だと思っただけであーるよ。無いなら別にいいのであーる。」
その時アンナが何か思い付いたように喋り出す。
「そう言えばあんたのお父さん。帰って来なかったらここの試験を受けろって言ってたのよね。じゃあもしかしてLBsの関係者なんじゃない?」
「えっ!そうなのか!?」
「ふーむ・・・父、娘・・・そうか!思い出したであーる!」
ルノワールは突然大声で叫んだ。その声に皆耳を塞ぐ。
「・・・一応ここに怪我人もいるんだが。」
ジックは顔をしかめて言葉を吐く。
「そう言えば昔、頼まれたであーる。"娘を頼む"と!あれは確かに・・・10年前!」
ルノワールはここに入るまでサクアが男だと勘違いしていた、だからフィルターが掛かり今まで思い出せなかったのである。
「オッサン!親父を知ってるのか!」
サクアはそれを聞いて、いきなり顔が明るくなり食い気味に詰め寄る。
「ああ、もしや君の父親はあの"ブルーム"であーるか!」
「そうだ!そんな名前だ!」
サクアは更に嬉しそうに答える。
「何!ブルームだと!」
ジックもその名に反応を見せる。
「なになに?有名な人なの?」
アンナだけは取り残され、テンションの差に困惑していた。
「ブルームはLBsの伝説級の傭兵である。私も話したのは一回だけである。一人でこの大陸を飛び回り、数々の化け物と呼ばれるモンスターの頭を度々持って帰って来ていたらしい。」
「そんな人がサクアのお父さんなの!」
アンナはその事実に遅れて驚く。
「俺も名前を聞いたことがある。何でも刀一本でAランクモンスターを瞬殺してたとか。」
「それで、親父は今何処にいるんだ!?」
サクアは急かすように問う。
「いや、今は確か行方不明で本部も居場所を把握していないらしい」
「そうか・・・」
サクアは残念そうに下を向き、しゅんとする。しかし暫くすると顔をあげ、少し怒ったように頬を膨らませまた口を開く。
「まったく!親父の奴、どこいったんだ。」
ジックはそれを見て心の中で(かわいい)と呟いた。
「私が最後に会った時に確か・・・"始まりの木"に向かっていると言っていたような気がするであーる。」
「"始まりの木"?ってなんだ?」
アンナは呆れたように首を振る。
「あんたそんなことも知らないの?"始まりの木"っていうのはねぇ、LBウイルスに最初に感染したと言われてる木のことよ。その木は限界突破によって巨大に成長して、その周辺の生物はここら辺よりもっと強く狂暴に進化してるって聞いたことがあるわ。」
「その通りである。始まりの木には選ばれた数人の傭兵しかまだ調査したことがない非常に危険な場所であーる。」
ルノワールも同調したように頷く。
「始まりの木か・・・」
サクアは少し考えると「決めた!」と上を向き、とんでもないことを言い出す。
「俺は"始まりの木"に向かうぞ!」
余りにも単純なサクアに皆ずっこける。
「あんたねぇ、話聞いてた!?」
「聞いてたぞ!そこに親父がいるかもしれねぇなら行くしかないだろ?」
アンナは吃りながら言い返す。
「それは、そうかもしれないけど!危険なのよ危険!」
アンナはそれだけ言うと諦めたようにため息をつく。
「言ったってしょうがないわよね・・・それに実は私もそこに用があるのよ。」
「奇遇だな、俺も行きたいと思っていたんだ。」
ジックもそれに同調する。
「じゃあ決まりだな!俺達ギルドの最終目標は始まりの木だ!」