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素振りシンドローム 

掲載日:2020/08/03

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ああ! 先輩、よけてください!


 ――ほうう〜、良かったあ。間一髪でしたね。


 すいません、壁打ちしてたらボールがつい暴発しちゃいまして。はねっかえり娘を押さえるのは、ボールも人間も難しいですよね。ははは……。


 先輩って、トレーニングとかどれくらいしてます? 日ごろから真面目に道具に触ったり、技の練習をしたりとかしてますか? 

 たとえ部活動はじめ強制力があったとしても、いやなものだったら、ぎりぎりまで手を出したくない気持ち、ありません?

「好きこそものの上手なれ」といいますが、この言葉、能動的に取り組める大切さを教えているんだと思うんですよ。

 好きなものだったら、誰にいわれるともなく、時間を見つけて飛びつくでしょう。その時間をもっと素敵なものとするため、数をこなしながら工夫を凝らすでしょう。

 そして特に相手を必要としなければ、ひとりでひっそり、黙々と行いたくなりません?


 見せびらかす人もいますけど、私としてはそちらの方が心理的に楽ですね。「自分は後ろ暗いことなどしていませんよ〜」アピールでもありますから。実態が分かるぶん、安心するってもんです。

 一方で、隠れてやるものって気になりますよね〜。良いことでも悪いことでも。私なんか、何もかもつまびらかにならないと気に食わない人間でして、つい首を突っ込みたくなるんですよねえ。

 けれど、最近は自重しています。少し凝りてしまった体験があったので。

 先輩、興味あります? ならすこーしだけ、お話ししましょうか。



 5年くらい前になりますかね。

 当時、私が通っていた学校で、テニスの授業があったんです。小学校ですが敷地はかなり広くて、テニスコートが五面も六面もあったのを覚えていますね。これ、かなり珍しいんじゃないかと思っているんですけど、どうなんでしょ?

 実際、授業のときは、クラスのみんながフェンスで囲ったコートの中へ入れましてね。ネットをはさんでストローク練習を始めるわけなんです。

 私も当時からテニスが好きでしたが、同じ好きでも「下手の横好き」でしてね。昔からぜ〜んぜん成長していません。

 落ち着いているうちはいいんですが、ちょっと楽しくなって力が入ると、すぐホームランです。球の回転がというより、アッパースイング気味になるのが原因っぽいですね、打ち上げちゃうのは。

 かといって、押さえて打つとネットどころか、ピンポンスマッシュです。足元に「どげしっ!」と音が出そうなバウンド。自分の体なのに、どうして音痴なんでしょうねえ、こんな。

 

 とまあ、愚痴は置いておいてです。

 その日もボールをホームランしてしまった私は、後を追いかけていきました。その日は球が伸びに伸びてですね。グラウンド隅にある体育倉庫の扉前まで、転がって行ってしまったんです。

 やーれやれと思いながら近づいたところ、わずかに開いた体育倉庫の中から、音が漏れて来ました。

 空気のうなる音。誰かが中で手に持ったものを振り回している気配がしたんですよ。



 私がそうっとのぞいてみると、いたのはクラスメートの女子のひとり。クラスでは影が薄くて、体育も大半が見学で済ませている子でした。てっきり今日も、体育には参加しないものと思っていたんです。

 その子が、倉庫のど真ん中でひたすら素振りをしているんです。テニスラケットを持って、他の球技のボールとか得点板、その他もろもろの器具に取り囲まれながら、一心不乱に。


「ねえ、こんなところにいないで、みんなのところ行こうよ」


 なんて、声かけられる感じじゃなかったですね。彼女のそう長くはない髪から汗のしぶきがとび、戸の前にいる私の手の近くまで飛んでくるほどの勢いがありました。

 それでいて、一ミリでも目を横に動かせば視認できそうな私の存在に、気がついていないかのよう。ただひたすらに前、というか倉庫の壁をにらみながら、延々と見えない球を打ち返しているんですよ。

 気まずさを感じる私がコートへ引き返しても、彼女はやってきません。結局、体育の時間いっぱいを倉庫で過ごしたらしく、道具を片付ける段では顔を見せていたんですけどね。



 それから私はたびたび、学校の外でも彼女の姿を見かけるようになったんです。

 そのほとんどが夜の時間帯でした。家の窓からぼんやり外を見ている時、家族で外出した帰り際などで公園や駐車場の脇を通る時、などなど。

 やはり私どころか、周りにいる人にも目をくれず、ひたすらテニスラケットを持って素振りをしているんです。少なくとも、私が見ている間ではぶっ続け。お風呂に入って出てきても、まだ同じ場所で素振りをしていることもありました。

 練習熱心、といえば聞こえはいいのですが、彼女はとうとうテニスの授業中、一度も参加の意思を見せることはなかったんです。学校のクラブ活動でも、存在中のテニスクラブに入る気配はみじんも見せず、調べてみれば、習い事でテニスをしているわけでもないとのこと。


 とうとう私は彼女に突貫して、理由を尋ねたんです。これこれこうだと話したら、彼女は「そ。見てたの」と、本当に気がついていかったかのような素振り。そしてこう付け足します。


「――積み重ねが大事だから。ちょっとした時間も、効果的に使わないと」


 そりゃね、お稽古とか練習とかは続けていくのが大切ですよ。でも、それはあくまでプライベートの話。パブリックな時間までそれに費やしちゃってどうするの?

 そんなふうに彼女へ伝えても、のれんに腕押し。

 ついには彼女の姿が体育以外の授業でも見えないほどに――保健室とか行っていたのかもしれませんし、私だって授業サボれないしで、未確認ですけど――素振りにのめり込んでしまったんです。

 

 それから数週間が経ちます。体育祭も近づいてきて、倉庫の中に眠っていた道具たちも、このときのために起こされるものが増えてきました。

 その練習のために、大玉を取り出したときなんですけどね。玉を支えに突っ立っていたであろう大きなマットが、私たちの上に倒れ込もうとしてきたんです。

 高飛びに使うマットでしたから、体育館の器械体操で使うものより、ずっと大きくて重いはず。いち早く気がついた私は、他の子が下敷きにならないようにと、自分からマットへ体当たりを仕掛けようとしたんですね。

 

 ところが私の身体が触れる前に、びゅっと強い風が吹きました。私の髪が大きくなびくほどで、それに押されて腰を折りかけていたマットが、ぴんと姿勢を正しちゃったんですよ。

 私は背筋を伸ばし直したマットへ突っ込む形に。それなりの音がたち、マットの気配に気づいていなかった友達からは、変な目で見られます。

 

 どうやら彼らは、あの一瞬の風に気がついていない様子でした。ほんの数メートルも離れていない、ましてや倉庫の出口に近い場所にいるのに、そんなことあり得ます?

 頭に疑問符を浮かべる私は、そのまま練習へ参加。ふと、例の彼女の姿を探したところ、今回はしっかり競技の練習をしているようでした。もっとも、時間終了後はあっという間にいなくなってしまいましたがね。

 

 

 妙な心地になりながら片づけを終えた私も、下校にかかります。

 秋の日はつるべおとし、といいますけど、あの日は輪をかけて暗くなるのが早かったのを覚えています。

 学校を出た時にはまだ青みがふんだんに残る空だったのが、数分歩いて気がつくと、手近な家々の輪郭ほどしか分からない状態。それでいて、設置されている街灯たちは自らの仕事をせず、家々の姿をひた隠しにしたままなんです。

 

 おかしい、と思うのと、私の背中にじーんと縦に長い熱の帯が走るのは、ほぼ同時でした。

 紙の端、カッターの刃で、つい指先をさっくりやってしまった。あの感触とそっくりだったんです。

 思わず振り返ったところで、もう一閃。今度は左肩から右の腰へかけてサアッと、袈裟懸けに走るものがありました。熱を感じるのは一瞬だけで、それらはすぐに脈動を伴う痛みへ変わってしまいます。

 心臓の鼓動は高鳴るばかりで、とうとう私の頭まで一緒になって痛み出した矢先に。



 体育倉庫で味わったときのような、強い風が吹きました。

 とたん、景色に広がっていた「夜」が遠のいていきます。貼られたシールをはがすように、空からも目の前からも、学校を出るときまであった青が私を追い越し、塗りつぶしていく。

 その景色が明るさを取り戻す、ほんのわずかな時間で。私は自分に相対するものの姿を見ました。


 イソギンチャクといえばいいでしょうか。私の腰あたりまでは足盤で、いもむしのような管状の胴体。手足は見えません。

 それより上の口盤からは、ナマズのひげが何本も連なったような触手が伸びています。

 でもその先っちょは釣り針や、竹を斜めに切り落として作った槍のような、物騒な形をしているものばかり。無数にあるそれらが止まることなくうごめいて、でもお互いにかすることさえせず、私の目の前で踊っていたんです。


 周囲が青に包まれるや、イソギンチャクは真ん中からふたつに割れてしまいました。くたりとアスファルトに横たわったかと思うと。まばたきする間にぱっと消えてしまったんです。

 周囲に通行人の姿はありましたが、誰もあの奇妙な姿を見ていない様子。足を止める気配はなかったですね。

 私は自分の背中、肩、腰に手を回してみるも、もうあの痛みはありません。鼓動も落ち着いていました。ただお風呂に入る時、ミミズばれ一歩手前の赤くて細い筋が、しっかり走っているのは確認できちゃいましたけど。

 

 あの彼女は、ついに詳しいことを話してくれませんでしたけど、積み重ねが大事とはいっていました。

 きっと倉庫や帰り道で遭ったようなやっかいごとに対し、日々あの素振りで、吹き飛ばす風を溜め込んでいたのかもしれませんね。

 

 


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