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短編

赤い傘は嫌いだ

作者: 色



赤い傘は嫌いだ。





「濡れちゃいますよ?」


冬。

高校はもう三学期に入っていて。

年末年始の気の緩みがいまだに少し残っている1月。

雪なんてしゃれたものは降っていなくて。

空からはただ滴がおちていた。


「え、でもいいの?」


放課後。

みんなが下駄箱を出てダルそうに傘をさして帰る中。

一部にはカッパも傘もなく走る奴らもいたが。

ガヤガヤワイワイという音を横耳に。

俺は白い靴を履き替え外に出る。


静寂。

顔を上げた俺に静寂が訪れる。

気怠げな白黒の風景や音。

何もなくただ過ぎ去るのを待つのみの日々。

そんな無色の人生の中。

目の前に鮮やかな女性が1人。


同じ部活の先輩だった。

彼女はもう3年生で。

普通に学校に登校するのは今日が最後だろう。

なのに最悪だろうな。

傘を忘れてしまうのは。


彼女は黒い屋根の下1人ぽつんと立っていた。

ふりしきる透明な雨と灰色の空を眺めながら。

赤いマフラーと白い息をこぼす。

寒さで薄い肌色の耳と鼻が赤くなっていた。

茶色いブレザーと赤いネクタイに少し水滴が染みていた。


「すんません、姉貴のなんで派手ですけど」


俺は赤い傘を差し出した。

元々赤い傘は好きじゃない。

俺には似合わない。

透明なビニール傘で十分だ。

それも錆び付いたやつ。

ただ彼女の色にはとても似合っていた。


「でも、かぜひいちゃうよ?」


先輩は白い吐息まじりに呟く。

かじかんだ赤い指先で俺の傘をゆっくりと受け取る。

彼女がより一層鮮やかになる。

他の誰も映らない。

色のない世界では彼女は天使のようだった。


「だいじょぶです!俺ばかなんで!」


赤い顔を隠すように背を向ける。

走って帰ろうとすると、赤く、震える指先で袖を引っ張られた。先輩だった。


「あの.....いっしょにかえろ?」


声が震えているのは俺でもわかった。

多分寒さのせいだろう。

この前まで雪が降ってたんだ。

この季節なら声も震える。


「え、でも」

「いやあいあいがさっていうかさ......?」


この寒さのせいか先輩の顔は赤かった。

マフラーでうもれてわかりづらかったけど。

あいあいがさってのが経験したことなくて。

それがとても甘酸っぱいものだってのは知っていた。


じゃあせっかくだし。


「お言葉に甘えて」


2人で初めて帰った。

先輩とは同じ演劇部。

もう部活は引退してるし会うこともなかった。

久々に会ってすごく嬉しかった。

いっしょに帰ろうって言葉も。

とても。


彼女の白い吐息が空を流れる。

白い吐息が彼女の翼を作り出す。

赤いマフラーをなびかせ宙を舞う姿は美しいだろう。


2人無言だったけどそれもまたよかった。

なんか変に喋らなくても、気を使わなくてもいい。

なぜか妙にこの時間が心地よかった。

いつまでも隣にいたかった。

俺まで色が鮮やかになったような気がした。


信号が赤い。

隣には赤いマフラーで顔を半分隠した先輩。

それに赤いネクタイ。

2人の距離は近い。

俺は赤が好きになった。

先輩に一番似合う色。

ただでさえ美しいその姿をより一層引き立たせる。


いいもんだな。

赤い傘ってのは。


白い吐息が空を舞う。

灰色の空が青く光り出した。

さっきまでの雨が嘘みたいに青空が広がる。

白い太陽も顔を出した。

天使が僕らを祝福するみたいに。


「雨止んだみたい」

「そう.....っすね」

「かさありがと、またね」


先輩はそういうと、青い信号をそそくさと渡る。


青も赤も大嫌いだ。

俺とあの人を引き離すんだから。

天使なんていないようだ。

この空のせいで台無しじゃないか。


「あ、傘持ってかれた......」


赤い傘は貸したまま。

白黒の日々に戻っていく。





そして日々は過ぎていく。

2月28日。

卒業式。


こんなめでたい日だってのに空は雨模様。

2年生の俺たちは暗い。

なんだって雨の降る中、大して仲も良くない先輩達を見送らなくてはいけないのか。

女子達の盛り上がる声を尻目に窓を見る。


相変わらず暗い色をしている。

灰色の空に暗いアスファルト。

こびりつくガムが何故か鮮やかに見えた。

黒い服を着た保護者の人たち。

全てが暗く染まっていた。

日常なんて暗い色だ。

非日常なんてありはしない。

チャイムと扉の開く音で、俺の非日常に対する意欲は消える。

ただの高校二年生へと戻っていく。


意識がはっきりした頃には全て終わっていた。

外は雨。

廊下や、渡り廊下は過去の思い出に浸る三年生で溢れていた。どうにも今は邪魔としか感じない。


そうだ。

彼女はいないのだろうか。

鮮やかな色は見当たらない。

どこかにいるはず。

鮮やかなあの赤色があるはずなんだ。


「ねーそいえばあの子は?」


三年の女子の話が聞こえた。

演劇部の同じ先輩だった。

覚えてる。

好きな先輩と仲がよかった。


「今日引っ越しなんだって」

「えー卒業式なのに!?大変じゃん!?」


すぐに声の方に向かう。

白黒の彼女はこちらに笑顔を向けた。

でも僕には暗い色にしか見えない。


「あの、せんぱい」

「あ、後輩くん!」


スマホを構えて2人で自撮りを撮る。

けど俺にはそんなもの関係ない。

笑顔を無理にでも作る。

さすが演劇部ってとこかな。


その写真もどうせ白黒にしか見えない。

色なんてないのとおんなじだ。


「あの引越しって」

「あー、多分駅にいるんじゃないかな?」


駅。

俺はすでに走っていた。

自撮り撮った先輩の悲しそうな顔が少し見えたが今の俺にとっては全然関係のない話だった。

1人の人の恋心を消してしまったが、しょうがない。

あの先輩には色がない。

いや変な意味ではなくて。


雨に濡れる。

先輩ならあいあいがさしてくれるだろうか。

風邪ひくよって声かけてくれるかな。

喉が痛い。

内側から溢れ出てくる息が気持ち悪い。

足が痛い。

ブレザーがびしょびしょだ。

自転車でも友達に借りればよかった。

花束の1つでも買うべきだった。

走ってたら花びらなんて無くなってしまうけど。


くしゃみが出た。

あぁ、風邪をひいたみたいだ。



少し歩こうか。


いや。


やめよう。


走るんだ。


彼女が待ってる。


足が棒になろうと僕は止まらなかった。


溢れ出る気味の悪い感触を押さえつけて。


駅に着く。

電車が動き出すのが見えた。

灰色の車体が大きな音を立て動き出す。

ホームには入らない。

電光掲示板が次の電車の時刻を表す。

右から左へと流れてゆく。



間に合わなかった。

棒になった足が叫び声を上げていた。

走っていたせいか、間に合わなかったせいかわからない嗚咽が漏れた。

アスファルトが濡れる。

雨か涙かも今の自分にはわからなかった。


黒いアスファルト膝をつけた。

見上げた空は灰色だ。

暗いまま。

なにも色なんてなかった。


透明な水たまりが跳ねる音がする。

無色な音ではない。

茶色い靴が見えた。

点字ブロックが黄色い。

鮮やかな音だ。



雨が止んだ。

いや止んでない。

ポツポツという雨がポタポタと音を変えた。

何かにぶつかるような音。

多分傘だ。

雨ではなく涙に濡れるアスファルト。

それも一瞬で乾いた。

1つ1つのアスファルトの石が反射して青く輝く。

視界の隅には隙間から咲いた緑の植物。

排水のための金属の隙間から花が覗く。

黄色かった。




「濡れちゃいますよ?」


ゆっくりと顔をあげる。

空はすでに青かった。

視界が鮮やかに染まる。

全てが鮮明に。

極彩色の世界が一瞬で広がる。




僕は少し考えを改めることにした。


彼女を照らしてくれるから。





僕は青が好きだ。





彼女と僕を繋いでくれるから。







赤い傘が大好きだ。




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