牢屋での再会
(どうして?どうしてあたしがこんな目に遭うの?)
カビ臭く暗く冷たい石牢の中でカミラはひたすら悔しかった。綺麗なドレスも髪飾りも全て取り上げられ、今は粗末な服を着ているだけだ。
(ロバーツが望んだのはこのあたし。あんなに激しく毎日愛し合ったんだから。ロバーツは王子さまで、優しくて何でもワガママきいてくれて……これからずっと幸せって約束して王様と王妃様になれるはずだった)
どのくらい経ったろうか。灯りと足音が近づいてきてカミラの牢の前で止まった。
「特別に許された面会だ。見張りは続けるから、くれぐれも抜け出そうとするなよ」
厳めしい牢番の後ろから一人の女性が進み出た。
「母さん?」
「カミラ。お前は何て大それたことをしたのよ」
「あたしは悪くない!ロバーツが好きだっただけよ!」
「王子様に勉強や仕事をサボらせても、自分が好きだから悪くないの?」
「それは……」
「カミラだってわかるはずよ。頭の悪い王様が働かないで税金ばかり上げたら困るって」
「……うん」
「王子様にあれこれ高いものを買わせたり、お金を貢がせたって本当なの?」
「それは二人の未来の為にお金が必要だって、父さんが言ったからもらったの」
「何の為に?」
「あちこちの貴族に根回しして二人が一緒にいられるようにしてくれるって」
「母親が庶民の男爵令嬢が、王子様と一緒にいられるわけがないって子どもでもわかるでしょうに」
「……今なら…母さんに言われた今ならわかる。でもあの時は父さんの話が素晴らしいと思ってしまった。多分思いたかった」
「あの人は口先でだけ綺麗なことを言う。でも腹の中では自分のことしか考えてない。貴族って他人の足を引っかけて転ばせた方が偉いの。お馬鹿なカミラが貴族の中でやっていけるはずなんてなかったのよ」
「あたしはやっていけてたわ」
「だから、こうして牢屋の中にいる」
疲れたように笑う母親は少し顔色が悪かった。若い頃はさぞかし綺麗だったろう。その容貌が災いしてか男爵の目にとまり、子を孕んだら小金で追い払われた。それから働いて働いて、女手一つで愛情を持って我が子を育ててきた。だが貴族のマナーや世界など何一つ教えてやれなかった。
男爵が突然カミラを迎えに来た時に平民が口出しできず、小さなお金の袋を押し付けられ黙って連れ去られた。
「助けて助けて、母さん。あたし、これからどうしたらいいの?」
「お前は王様に無礼をしたのよ。お前がたぶらかしたのは王子様なの。悪いことをしたカミラは罪を償わなきゃならない」
「北の砦に行くことで?」
「処刑よりずっと軽いわ。平民に落とされた王子様だって一緒でしょう?二人なら。やっていけるわ」
「あたし、ただ…」
「ただ何だい?」
「…ただ下町の人たちとは違うキラキラしたロバーツを好きになった。王子様なのに、父さんなんか比べものにならないくらい優しいのよ。ロバーツと結婚したら母さんに会ったり仕送りしたりできるはずだった」
「馬鹿だねぇ、お前は。その大好きな王子様をこんな目に遭わせて」
呆れたように言った母は、その言葉とは裏腹にカミラの頭を優しく撫でた。
「母さんを一人にしたくない」
「私もいい年だけど、まだまだ捨てたもんじゃない。所帯を持とうって言ってくれる甲斐性のある男がいるのよ」
「えっ!?本当に!」
「だからお前は好いた男と一緒におなり。カミラの父親になる人に様子を見に行ってもらうよ」
「うんうん。母さん」
泣きながらカミラは何度も頷いた。
「これまでとは違う。また平民になって一から働くんだ。洋服ぐらいはお城で用意してくれるだろうけど、あったかいフードを持ってきたよ。それからお金を少し持ってお行き」
「でもそれじゃあ母さんが!?」
「どうせお金なんか全くもらってなかったろう?」
「うん。じゃあ銀貨を5枚だけ。後は向こうで働いて稼ぐ」
そうして小一時間ほど親子は語らい、明日も来ると言って母親は帰って行った。黙って面会時間を延ばしてくれた牢番に何度も頭を下げて。
母親が去って行った後に牢番が動いた。
「ちょっと上に報告に行ってくる」
二人の牢番は騎士だった。内乱罪に問われる囚人を、尋問もせずに放置するわけがない。だが若い娘を厳しい尋問や惨たらしい拷問にかけるよりも、母親と会わせて本心を語らせた方が良いとの国王の判断で監視と報告を命じられた。もちろん母親には事前に娘の罪を軽くする為と話してあった。
この親子の会話は一つの破滅を呼ぶことになる。それを親子は望んだろう。
いつの間にか「ざまぁ」に……。