国王陛下は胃が痛い
「第一王子は庶民育ちの男爵令嬢に夢中だそうだ」
「第一王子は勉学も生徒会も公務も恋に溺れて全て放り出したそうだ」
「第一王子は山のように男爵令嬢に貢いでいるそうだ」
王国のあちこちでささやかれている噂。しかも全て真実だ。
噂の令嬢とはかつて男爵が手を出した侍女の娘で下町育ち。顔立ちが良くても他に誉めるところがない。
食堂の看板娘なら許される言葉使いは貴族令嬢では致命的。マナーは知らない。教えようとするリリアナ・シュバルツ公爵令嬢を敵視しロバーツに告げ口する。
第一王子ロバーツは元々傲慢で自信家、そして努力を嫌う。そして今や庶出の男爵令嬢に溺れて全ての責務を放り出した。あまつさえそれを諌める数少ない者たちを威圧する。男爵令嬢の告げ口を真に受けてリリアナ・シュバルツ公爵令嬢を罵倒する。負の連鎖だ。
それは学園で目撃した生徒たちから親である貴族社会へ、更には平民にまで広まった。
この国は一夫一妻制度だが男爵令嬢は何もかも論外でとても王子妃はつとまらない。だがロバーツは聞く耳を持たない。
これに一番頭を抱えたのは国王陛下その人だ。
それは先ず王家の影からの報告に始まり次々に悪化していった。
(はぁ!授業をサボって関係を持つって!学舎で何てことしてくれちゃってんの!)
諌めた学友である高位貴族子息の親からの苦情。
(授業に出るように忠告した子に、王太子に対する不敬であるって馬鹿なの!だいたい王太子じゃないし!)
権力を使って授業日数や成績の改竄を教師に命令した。
(上辺だけとりつくろっても馬鹿は治らないんだよっ!)
第二王子からの苦情。
(生徒会も公務も放り出して弟とリリアナ嬢に押し付けるって何だよ!)
そして怒り狂ったリリアナの父親シュバルツ公爵。
(正論を言う令嬢を罵倒するって男としてどうよ!冷血女って公爵令嬢を馬鹿にする男爵令嬢って何なのよ!そもそもリリアナはロバーツなんて眼中にないし!自分に惚れてるって意味不明の自信はどこから来るの!)
最初は一時の気の迷いと思っていたが悪化するばかりである。
影からの詳細な報告は惨憺たるものだった。報告書の題名は【第一王子の桃色の日々】
(…どこの官能小説やねんっ!)
どうやら影の趣味らしい。そして一通り目を通せば…。
(何故息子の赤裸々な下半身事情を読まなければならんっ!)
隣から冷気が漂う。ギ・ギ・ギとカラクリ人形のように首を回して見れば王妃の額には青筋が浮かび、背後には暗雲立ち込める般若を背負っている。国王の背筋に冷たい汗が流れる。
「申し上げましたよ。ロバーツには国王たる資質はない。王族たる品性もない。これでは任せられる公務も仕事も何一つない。単なる穀潰しですわ」
王妃がバッサリ切り捨てた。
(それは気がついてたけど親心だよね。もう少し成長すれば、学園に入って友人たちと切磋琢磨すればって…)
「あれはもう駄目ですわ。毒杯はやり過ぎかしら?リカルドの邪魔にならないように追放して良かったわ。…それに…チョン切っておくべきかしらね」
(……何を?何をチョン切るのっ!)
王妃は隣国の第一王女だ。実力主義で知られる隣国でも才女として名高い。普段は淑やかだが逆鱗に触れると女帝さまとでも言いたくなるくらいに恐ろしい。言葉使いまで変わるのだ。
対して平和を謳歌してきたこの国はのんびりとした国柄である。実は小心者の国王にはこのくらいの苛烈さが良いのだと周囲も揃って賛成した。実際に国王は王妃に頭が上がらない。まぁ、つまり尻に敷かれている。
ここは長子相続を慣習とする国柄なので、第一王子の廃嫡は難問であった。
相思相愛であるリカルドとリリアナの婚約も、その為に候補止まりだった。あくまで第一王子派が押しきれば、王太子妃としてロバーツを御しきれるのはリリアナしかいない。
個人よりも優先されるのは国。それが貴族として生まれた者の義務だから。
「ロバーツはアレだけど、とりあえずメデタシメデタシじゃないか」
「…元はといえばあなたが優柔不断だから、これほど王家の恥をさらすんですっ!」
(うちの奥さん怖い。綺麗だけど、本当に綺麗だけど怖いよ)
…それは惚れた弱みだろう。何だかんだ言っても、その苛烈さに魅せられた者であるのだから。
(……ああ、胃が痛い)
「ごきげんよう陛下。胃痛に効くハーブティーをお持ちしましたわ」
毎日リリアナは王妃教育を兼ねてリカルドに会いに登城する。初恋がかなった少女の姿は輝きに満ちている。そして国王の体調まで気遣うのだ。
国王の最近の癒しは、リカルドの婚約者となったリリアナの優しさである。
なんちゃってヒロインの名前変更しました。名前が違うと結末が別物になってしまったからです。
すみませんが全編改稿してます。
今回、国王陛下がかなりなヘタレになりましたが、お笑い要因として許してくださいね。
読んでいただきありがとうございます。