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とある獣人奴隷のエピローグ

「それじゃ行ってくるよルシア」


「はい、行ってらっしゃいませご主人様!」


私はいつものように仕事に出るタクト様を見送る。

夕方になればまた帰ってくるのは分かっているが、そのわずかな時間すら離れるが寂しい。


私は甘えるようにタクト様にすり寄り、お出かけ前のキスをねだる。

タクト様は嫌な顔一つせずにそれに応えてくれる。

幸せすぎてしっぽがジンジンしてしまう。

でもだめだ、これ以上すると本当に離れたくなくなってしまう。


私は腕をつかんで離したくない衝動を堪え、笑顔で手を振ってタクト様を見送った。



タクト様を送り出した後も私の仕事は終わらない。


家の掃除や洗濯をこなし、タクト様との間に生まれた子の世話をする。

子供は男の子だ。

手はかかるがとても愛おしく、子育てなど全く苦にならない。


しばらくするとベビーシッターが訪ねてくる。

本当はずっと子供の世話をしたいところだが、私にも別の仕事があるので仕方ない。

ベビーシッターはゴードン様から紹介された方なので不安はないが、子供と離れるのは寂しいものだ。


「それじゃ行ってくるねカズヤ」


カズヤ……それが子供の名前。

タクト様が以前いた国で使われている名前を付けて頂いたのだ。




――1年前。


私がタクト様の元から飛び出し、タクト様が私の故郷に現れた日。

私は全てを知ってしまった。



タクト様は、ゴードン侯爵と組んで奴隷貿易を始める算段をしていた。

そこで手始めに、人間の国から近いあの地域に目を付けたという事だ。


私の村は既に数年前にタクト様の力に屈し、タクト様の求めに応じて奴隷を出し、その代わりに村の存続を支援するという密約を結んでいた。

私の前にも既に何名かの村人が奴隷として送られているらしい。

その人たちは皆、表向きは病死という事になっていた。


表では人間を忌み嫌いながら、裏では人間と組んで、身内を奴隷として売って里の安定を図っていたのだ。


あの日の帰り際、タクト様に言われた事を私は一生忘れないだろう。

タクト様は今にも崩れ落ちそうになっていた私に、いつものように優しい声でこう囁いた。



「ありがとうルシア、君は今まで見た獣人の中でも特に素晴らしい女性だ。

これからも僕の傍にいてくれるね?」



その言葉を聞いた瞬間、私は全て理解した。


タクト様は全部分かっていたのだ。

私がどういう経緯であそこにいたのかも。

私がタクト様をずっと嫌っていたことも。

嫌いながらも生にしがみつき、意地汚く生きながらえていた事も。


そして……今日ここで、私は全てを失うという事も……


分かっていて、ずっとそんな私を見ていたのだ。



眩暈がした。

世界が揺れて、自分が立っているのか倒れているのかも分からない。

気持ち悪くて吐きそうだった。


自分の持っていた世界が一瞬で全て消え去る。

それがどれほどの衝撃だったか……


そして、気が付けば私は地に伏して、タクト様の足を舐めていた。

舐めながら、殺さないで下さいと何度も何度もみっともなく命乞いをした。


もう二度とタクト様を裏切りません。

一生タクト様の為にご奉仕します。

そんな事を何度も繰り返しながら、私はひたすらにタクト様に許しを乞うたのだ。


だって仕方がない。

私にはもう、戦って死ぬだけの誇りも勇気も無かったのだから。

誇りだった自分の故郷が、ウソだらけだったと知ってしまったのだから……



「ルシアはまだ一度も僕を裏切ってなんかいないよ」



頭上からタクト様のその声が聞こえた時。

私の残りの生は、全てタクト様のものとなった。




――――



そして私は今、奴隷を供給する獣人族の村をまとめる役をしている。

人間が乗り込むよりも同じ獣人が仕切った方が効率が良いとタクト様が仰った為だ。

私はもちろん、喜んでその役割を引き受けた。


「暖かくなったら獣人狩りのツアーを組みます、狩った獣人は奴隷として連れてくるので男女5人ずつ出せる村を手配してください」


「はっ!」


「あ……そういえば、この間アルトマー鉱山で落盤事故があったわね、奴隷が不足しているでしょう、男を8人に修正して」


「了解しましたルシア様」


砦のような奴隷管理本部の中に、同じ獣人や人間の部下が沢山いる。

私はここで所長という立場になる。

ちょっと前までは考えもしなかった事だ。


先日起きた落盤事故で死亡した作業員の名簿を見ると、その中には私の元夫であるアルノンの名前が入っていた。

しかし今の私には何の感情も湧いてこない。

不思議なものだ。


「鉱山娼婦も死んだのね……ああ、それじゃ適当な奴隷がいるわね」


鉱山娼婦とは、鉱夫の慰安を行う娼婦の事だ。


鉱山での仕事は体力的にも精神的にも非常にきつい。

何も娯楽を与えないと、数か月ほどで精神に異常をきたし、死に至る者も多い。

それでは効率が悪いという事で、鉱夫の生活の世話をする女を与えるのだ。


こちらも仕事としては非常にきつい。

生きては戻れぬ鉱山娼婦という歌まであるくらいだ。

大抵は3か月持たずに体が壊れ、二度と使い物にならなくなる。

なので基本的には、器量が悪く行き場を失った奴隷や、反抗的な奴隷を懲罰的な意味合いで送り込むなどで人員を賄う。



「……という訳でアルトマー鉱山に行ってもらうわね、ラファン」


「ひっ! い、嫌! 鉱山はもう嫌ぁ! 何で!? 私何でも言う事聞いてたじゃない!」


まだ売られ先が決まっていない奴隷の中にいたラファンにアルトマー鉱山行きを告げると、ラファンは失神しそうな勢いで怯え始まった。

実はラファンが奴隷としてここに来た当初、あまりにも反抗的だったため、矯正を兼ねて鉱山に放り込んだ事があるのだ。

その時はたったの3日だったが、戻ってきた後は随分と素直になったものだ。


「別に理由なんて無いわ、人が足りないから行ってもらうだけ」


「嫌! お願い、嫌なの、あそこはもう嫌なの……お願いよルシア、その他の事なら何でもするから!」


どうやら鉱山での体験は相当堪えたらしい。

膝をついて私に許しを請うラファンを見ていると口の端が自然と緩む。

あの時から随分と立場も変わってしまった。


「そうね、そこまで言うなら他の仕事を与えてあげる」


思った以上に従順になったと判断した私は、以前から考えていた計画にラファンを使うことを決意した。


「貴方にはこれから東の山中に行ってそこの獣人族の村々をまとめてもらうわね。

そしてそれが終わったら、同じく東にある人間の国へ潜入して、そこで獣人族を支援する組織を立ち上げなさい」


「え……?」


突然思ってみなかった指示が出たことで困惑の色を浮かべるラファン。

そんな彼女に私は飛び切り優しい声で語りかける。


「私はね、ラファン。獣人族を開放したいの。

今の獣人族は人間の家畜も同然、でもそんなのは間違っている、そうでしょう?

だからラファン、貴方には東の獣人族をまとめて、来るべき時に備えてほしい。

そして同時に、東にある人間の国に潜入し、私達がこの国でどんな扱いを受けているかという事を宣伝してほしいのよ」


私の話を聞いたラファンが目を見開いた。


「ルシア……貴方もしかして……」


食い入るような目で私を見るラファンに、私は自分が考えている計画を語った。


今の地位を使って、人間に協力するするふりをしつつ、獣人の各部族との連携を強め、力を蓄える。

それと同時に、獣人に同情的な国で活動し、この国に対して外圧をかけてもらえるよう交渉する。

そして最終的には、この国に囚われている獣人たち全てを開放する。


それを成し遂げるために、私は今の立場に甘んじているのだと語りかけた。


それを聞いたラファンは、目に涙をいっぱいに浮かべて私の話に賛同してくれた。

そして、東の獣人達をまとめる役割を引き受けたのだ。



計画は順調に進んでいる。



獣人奴隷の総統括の立場を利用し、信頼できる部下を集め、人間に協力するふりをしつつ、裏では獣人同士の結束を高める。

同時に獣人に対して好意的な国に働きかけ、この国に対して圧力をかけるよう誘導する。


この調子でいけばあと10年……いえ、5、6年後には、獣人達の一斉蜂起を促すことができるだろう。

それだけではない、獣人達が立ち上がれば、この国の持つ資源を狙って周辺国もその流れに乗る可能性は高い。

獣人解放戦争の始まりだ。


「……ふふ、楽しみ」


部下が持ってくる報告書を眺めながら、私はそんな未来を思い描く。


獣人達には自由を。

人間達には大義を。


それぞれ持たせてやれば、きっと思った通りに踊ってくれる事だろう。

うまく事が運べば、近い将来この国は10万を超える兵に包囲される事になる。


そしてその時、あの人は私に何と言うだろう。




……きっと褒めてくれる。


よくやったと頭を撫でてくれるに違いない。

だがまだだ、このくらいの事はタクト様なら十分予想の範囲内だろう。


そうだ、北の大国を動かす事が出来れば……

そうなればこの国は未曽有の危機に陥る事は間違いない。

そうだ、そうしよう。


「タクト様は勝つのかしら、負けるのかしら、それとも……高みの見物かな?」


タクト様ならばどれもあり得る。

だがすぐに終わらせるような事はしないだろう。

私が想像もつかないような楽しみ方をするはずだ。



あの方は乾いているのだ。


寝物語に聞いた話では、あの方はこことは別の世界から来た人間。

そこは娯楽と混沌にあふれ、まるで天国のような場所だという。

それに比べたらここは、何もない虚無の世界に等しいという事だ。


そんな中で私はあの方の遊び相手に選ばれ、そして気に入られた。

だから、私はあの方に楽しんで頂きたい。

あの方の予想を上回るような遊びを提供して差し上げたい。


きっとそれが、この時代に生まれ、あの方と出会った者の使命なのだから……


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