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とある獣人奴隷の3

タクト様の屋敷から飛び出した私は、何食わぬ顔で街を歩き、厩舎へと向かった。

そこでかねてから金を与えて顔見知りになっていた馬番に金貨を数枚与え、上等な馬を譲ってもらう。


もちろん正当な取引ではない。

この譲ってもらったのはかなり上等な馬で、金貨数枚程度で買えるものではない。

だがこの馬番も、自身の扱いについて以前から随分と鬱憤がたまっていたようで、私が渡した金貨を元手に他の国へ行って商売を始めるつもりらしい。

もっとも、その前に無事にこの国を抜け出せるかどうか分からないが、まあそれは私の知った事ではない。


馬を手に入れた私は、次にこの都市を出るために城壁の門へと向かう。

まだ朝も早く、人もまばらだが、ここで正規の手続きを踏むのはリスクが高すぎる。

私が獣人である事を知られ、カバンの中を見られたら恐らくは城壁の外には出してもらえないだろう。


私は城壁の門へは向かわず、少し離れた位置にある兵士が出入りする為の小さな門へと急いだ。

そしてこの時間にいつも見張りに立っている男……

一人の兵士に絞って、以前から金を握らせてつながりを作っておいた、その男が立っていた。


私はその男に近づき、何も言わずに金貨を10枚程握らせる。

門番の給料なら4、5年分といったところだろうか。

男は手の中を確認し目を丸くしたが、私が再び馬にまたがると何も言わずに兵士用の小さな城門を開いた。


上手くいった。


私はそこを馬で出ると、少しの間ゆっくりと街道へ向かって移動し、後ろから誰も追ってこない事を確認すると馬を走らせた。

今まで私が捕らえられていた街がどんどん小さくなってゆく。

体に変化は何もない、奴隷紋の効果も完全に消えている。


やった、やったぞ!

とうとう私は自由を得たんだ!


叫びたくなる衝動を堪え、私はただひたすらに馬を走らせた。

懐かしい獣人族の里……私の故郷に向かって……



――――



それから二晩、私は馬を走らせ、とうとう見知った風景の場所までたどり着いた。


辺りにはちらほらと雪が舞い、緑が生い茂っていたあの頃とは様相も変わっているが間違いない。

ここは私が奴隷商人に捕まった辺りだ。


苦々しい思い出とともに、当時の様子が脳裏に浮かぶ。

あの時いた3人のうち、一人は死に、一人は行方知れず……だが私は帰ってきた。


酷使しバテバテになった馬に活を入れ、最後の疾走を行う。

葉の散った木々を抜け、見知った獣道を抜けると、その先には木で作られた家屋がまばらに建つ村が見えてきた。


涙が出そうになる。


私はもう動けなくなった馬から降り、その村へと走った。


私の生まれた村。

私の故郷。

私の家族、そして夫が待っている場所へ――



「待て、貴様は何者だ!」


村の入り口、粗末な木の柵が張り巡らされているその前で私は呼び止められる。

それは見知った顔の若者だった。


「私はルシア……ルシアだよ……」


胸がいっぱいでそれ以上の言葉が出ない。

私はフードを取り払い、門番の若者にその顔を晒した。


「ルシア!? お前、本当に? 半年以上も一体どこで何をしていたんだ!?」


「奴隷商人に捕まって、人間の町に売られて……やっと逃げてきた」


目を丸くする若者に簡単に事情を説明する。


「そんな事が……分かった、おいお前、族長に知らせてこい、ルシアが帰ってきたってな!」


「お、おう!」


二人いた門番のもう一人が村の中へと駆けていく。

その様子を見て安心したのか、急に足に力が入らなくなり、その場にへたり込んだ。


「お、おい大丈夫かよ」


「大丈夫……ちょっと疲れただけ……ねえ、アルノンは元気?」


これからすぐに会えるのだろうが、やはり自分の夫の事が一番気になる。

随分と心配させてしまった事だろう、早く会いたい……

そして、これからの事を話し合いたい。


そう考え、無意識にお腹に手を当てる。

この里で人間との子など産むわけにはいかない、早く毒を飲んで堕胎しなければ……

出来ればアルノンにも知られたくはないが、そうもいかないだろう。

でも大丈夫、アルノンと私は強い絆で結ばれている。

森の精霊の前で永遠の愛を誓ったのだ、その絆があればきっと大丈夫。


そんな事を考えていると、門番の若者がちらちらと村の方を見ている、なんだか落ち着きがない。


「ねえ、怪しい者じゃないんだから中に入っていいでしょ? アルノンに早く会いたいの」


「あ、ああ……いや、でもちょっと待ってよ、族長の許可がないと、それにアルノンは今……」


「え? アルノンがどうかしたの?」


「あっ、い、いや、何でもないんだ」


村の住人なのだからすぐに入れてもらえると思ったが、なぜか門番の若者は口を濁すばかりで私を入れようとしない。

それにアルノンに関しても同様に口を濁している。

何だろう、アルノンの身に何かあったのだろうか?

何でこんなに待たされるのだろう。

私の家はそぐそこに見えるのに、早く家に帰りたいのに……


だんだん良くない方向に考えが向き、不安が膨れ上がってきたその時だった。


私が住んでいた家の扉が開き、中から一人の獣人男性が姿を現す。

見間違えようもない、私の夫、アルノンだった。


「アルノン! アルノン!!」


私はふらつく足で必死に立ち上がり、声を振り絞ってアルノンに手を振る。

その様子に気付いたのか、アルノンはこちらを見て、そして私の顔を確認するとその表情が驚きに変わった。


「ル、ルシア!?」


「アルノン!」


自身がへとへとだと言う事も忘れ、私は門番の制止を振り切ってアルノンの元に走る。

そして、その胸に飛びついて思いっきり抱きしめようとしたその時だった。



「誰かいるのアルノン?」



もう一人の声が聞こえ、私の家から女が出てくる。

その女には見覚えがあった。私達と一緒に成人の儀式を受けた、族長の娘であるラファンだ。


「あ、ラファン……その……ルシアが戻ってきたんだ」


「ルシア? ああ、本当にルシアじゃない! 今までどこに行ってたのよ、皆心配してたのよ?」


ラファンはそういうと私の元に駆けてきて抱き着いた。

ラファンは歳が近い事もあって、以前から仲良くしていた友達だ。

族長の娘という事で少々鼻につく部分はあったが、嫌いというわけではない。


「あ、う、うん……ラファン……」


ラファンは私が無事に戻ったことを喜んでくれているようだ。

それに関しては私も嬉しい。


……しかし何だろう。

何だかモヤモヤする。


何で、村に入れてくれないの?

何で、ラファンが私達の家から出てきたの?

何で……アルノンは私の目を見てくれないの……



「ルシア、こちらに来なさい、族長が話を聞きたがっている」


次にかけられたのは懐かしい声。

振り返ると、そこには私の父親が立っていた。


「お父さん!」


「……ルシア、良く帰った。私は嬉しいよ」


「お父さん、アルノンが変なの、何かあったの?」


「……その話も含めて、まずは族長と話しなさい」


父はそう言って、僅かに困ったような表情を見せながらも、私の肩を支えて族長の家へと連れて行ってくれた。


何だろう……凄く嫌な予感がする。



――――



数刻後。

フラフラとおぼつかない足取りで族長の家を出た私は、数歩歩いてその場にへたり込んでしまった。


頭が混乱し、目の前がグラグラする。

そんな事があって良いのか。

私は一体何のために……人間の子を身に宿してまで町から逃げてきたのだろうか。

私のこの半年間は何だったのだろうか。

私の故郷は……何だったのだろうか。


問うても問うても、その問いに答えは返ってこない。

今まで信じていたものが、一瞬ですべて覆った。

拠り所になるはずだったものが全て消え失せてしまった。

その衝撃は計り知れなかった。




族長の家に呼ばれた私は、これまでの経緯を説明した。

狩りの途中で奴隷商人に捕まった事。

他の娘達は一人死に、もう一人は奴隷として人間に売られて行方不明な事。

奴隷として売られた家から、やっとの事で逃げ出してきたことなどを詳しく説明した。


そして全てを話し切り、家に帰って良いかと尋ねたところ、族長の口から語られたのは、信じられない言葉だった。


「アルノンには既に我が娘ラファンが後妻として入っている。

ルシア含め3名は既に死んだものとなっている為、この里には置けない。

人間の町に帰り、奴隷としての責を全うせよ」


初めは聞き間違いかと思った。

だってあまりにも馬鹿げている。


ラファンがアルノンの後妻? だって、私はいなくなってまだ半年しか経っていない。

私の里では番いが亡くなった場合、最低でも1年は喪に服す習わしだ。

それが既に後妻? しかもよりによって族長の娘? おかしいではないか!


それに行方不明者は死亡扱いなので里に置けないというのもおかしい。そんな掟は聞いた事がない。

だって私は帰ってきたんだから。

お父さんだって、他の皆だって私が偽物じゃないって分かってる。

なのに里にいてはいけないというのはどういう事なの?


そして何よりも。

極悪非道な人間の元に帰り、奴隷として生きろと……その言葉が獣人族の族長から出たという事が何より信じられない。

人間は恐ろしくて卑しい存在、私達は昔からそう教えられてきた。

族長だって人間は大嫌いだったはずだ、なのにどうして……



「……ルシア」


族長の家を出てフラフラと故郷の村を彷徨っていたところ、後ろから名を呼ばれ振り返る。

そこに立っていたのは私の父親だ。


「お父さん!」


一瞬、父が助けに来てくれたのだと思い駆け寄ろうとしたが、父のその悲痛な顔を見て、そうではないのだとすぐに分かった。


「……すまん、ルシア」


父は腹からひねり出すようにそれだけ言うと、それっきり下を向いてしまった。

何故こんなことになったのか、事情は分からないが、もうこの村に私を助けてくれる人は誰もいないのだという事だけは理解できた。


「お父さん、なんで? どうして私は村にいてはいけないの? それだけ教えてほしい」


「……」


父はうつむいたままブツブツと何かを呟いていたが、やがて何かを決心した様に私の方を見……その直後にその目が驚愕に見開かれる。



「ああ、ルシア、ここにいたんだね、探したよ」



父のその表情の理由を考える前に耳に入ったその声は、今ではもう聴きなれてしまった声。

そして……ここでは絶対に聞くはずのない声のはずだった。


「あ……タ、クト……様……なんで……」


反射的に振り返ったその先にいた人物。

それは、つい先日まで自分の主人だった男。


半年の間欺き続け、ついにその男の元から逃げ出すことに成功したはずだった。

私は自分の里の場所なんて教えた事はない、なのに、なぜ……

まるで悪い夢でも見ているようだ。


「はは、愛するルシアの事なら何でも分かるよ」


タクト様はいつものようにのほほんとした顔でそう言う。

でも嘘だ……そんなはずない、そんな事があるわけない。

いくら魔法の達人でも、この村の場所をこんなにすぐ見つけられるはずが……


「おおいタクト、ちょっと早すぎるぞ。俺は普通の人間なんだからもう少し労われ」


その直後、タクト様の後方からもう一人の人間の男と獣人の女性が現れる。

人間のほうは見た事は無かったが、獣人の女性は何と私の良く知る人物だった。


「ほう、ここが獣人の村か、初めて見たが本当に粗末なものだな、エリリカよ、お前はこんな所で暮らしていたのか」


「お恥ずかしい限りです、ゴードン様のおうちの馬小屋のほうがずっと綺麗ですわ」


獣人の女性はそう言ってゴードンと呼ばれた人間の男に甘えるように抱き着いた。


「エリリカ? エリリカなの!?」


「あらルシア、お久しぶりね」


獣人の女性は私の幼馴染で、私と同時に奴隷商人に捕まったもう一人の人物――エリリカであった。


「ゴードン様、ちょっと来るのが早すぎますよ。

せっかく愛の力でルシアの場所を突き止めた体で話をしていたというのに……」


「馬鹿な事を言っていないで早く用事を済ませてしまえ。こんなに寒いとは思わなかったぞ」


「だから家で待ってて下さいって言ったのに……」


「新しい商売の第一歩だからな、自分の目でも確かめてきたかったのだが……ええい寒いわ、エリリカよもっと寄れ」


「あんゴードン様、他の人に見られちゃいますわ」


ゴードンという男はエリリカを抱き寄せ、エリリカは甘えるようにゴードンにすり寄る。

いやまて……ゴードン……?

もしかして……まさか……


「今日はね、ゴードン侯爵と僕が考えた商売の話をしに来たんだ。

それでまあ、ただ来るだけじゃつまらないから、ちょっと趣向を凝らしてみたってワケさ。

ルシアも以前から里帰りしたかったみたいだし丁度良かったでしょ?」


にこやかな顔を崩さずにそう話すタクト様を見て、背筋が寒くなるのを感じた。

別に怒っているわけではない、責められている訳でもない。

そして、タクト様が何を言おうとしているのかもよく分からない。


でも……恐ろしい。

タクト様を見て恐ろしいと感じたのは、これが初めてだ。


「それじゃ僕はここの長と話してくるから。

あ、君がルシアのお父さんかな? 彼女は良い娘だね、これからもよろしく頼むよ」


「はっ、恐悦至極にございます!」


タクト様が私の横を通り過ぎる際に、ついでとばかりに私の父に声をかけると、父は震えながらタクト様に向かって礼をした。


訳が分からない。

分からないが……私の知っている獣人の里はもう無いという事だけは、嫌というほど理解できた。


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