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無煙火薬とカーネーション

サブタイトル:無煙火薬とカーネーション

作者:やましゅ


 私の名前はパチと言います。年は15ほどになります。

 ご主人様の奴隷で、名前もご主人様に付けて貰いました。


 私には学が無いのでよく分からないのですが、ここは紛争地帯、というところらしいです。

 悪い人達――ご主人様はカルテルと呼んでいました――同士の争いや、国の偉い人達との戦いが絶えないからそう言うと聞きます。


 ご主人様は、そんな悪い人達と戦う仕事についているのです。

 私も実は悪い人達の売り物だったのですが、ご主人様が悪い人達をやっつけてしまったので、解放されました。

 やっぱりご主人様は凄いと思います。


 でも、解放されたからと言って、私達奴隷は元の生活には戻れません。

 奴隷であることを教育されてしまいましたから、少なくとも私は人であるとは考えられませんでした。

 中には何かの注射が無いと生きては生けない子もいましたし、故郷の場所が分からない子だって沢山います。


 そこで、とても優しいご主人様とその仲間の方々は、故郷には帰せないものの、様々な便宜を図って下さいました。

 皆思い思いの生活に就けたと聞きます。


 そんな皆さんの力になりたいと、私はご主人様の奴隷になることを志願しました。

 最初はご主人様も困惑し、止めて下さいましたが、私が根気強く説明すれば、理解は示してくれました。


 と言っても、未だに納得はして下さらないようです。

 私が戦う技を覚えようとしても、中々やらせてくれません。

 ご主人様の仲間の方曰く私にはセンスがあるようで、皆さんは寧ろ私に色々なことを教えてくれますが、ご主人様だけは頑なに私を戦場から遠ざけようとします。


 私が拳銃の練習をしようとすれば慌てて取り上げられます。ご主人様が戦いに行く際、ついていこうとしても駄目でした。酷い時にはご主人様の家のベッドに縛り付けられます。

 でも、その程度では私も諦めません。

 確かその時は、縄抜けの技術を使って抜け出すと、私の名前の由来、護身用に渡されたアパッチ・ナックルダスターという名前の武器を持ってこっそりついて行きました。

 ですが、人を殺すというのはやっぱり少し恐いものがあります。

 ご主人様や仲間の方々も、好きでこの仕事に就いている訳では無いと一様に仰いました。皆それぞれ理由があるそうです。

 でも、だからこそ私は皆さんのお手伝いをしたいと強く思いました。


 なので付いていった先で、ご主人様が建物にこもって銃撃戦をしているのを見たら、何としてでも戦わないといけない気がしました。

 私は友達に聞いたおまじない――銃の弾を割って、中の火薬をいくらか舐めると、ご主人様のいる建物に入ろうとした男の人を攻撃します。

 護身用のこの武器はとても複雑な構造をしていて、ナイフと銃とプラスナックルが一体化した物です。私の物は、一般的なそれよりも色々な改造が為されているそうですが。

 私はプラスナックルの部分を指にはめて、軽く跳ねながら男の人の顔を殴りつけました。相手は銃を持っていましたが、照準を絞らせない左右に揺れる動きというのを習っていたおかげで傷はありません。

 男の人が怯んだ隙に、ナイフに切り替えて首を切り裂きます。

 この一連の流れでは、私はとても綺麗に動けました。躊躇もしていません。おまじないをしてから、何でもできるような気がしたのです。


 ただ、男の人が銃を撃ってしまったので、何か異常事態があったと他の人にバレてしまいました。

 私は建物の出入り口を傍に合った机や棚で封鎖すると、近くの階段の後ろで待ち伏せします。建物に入った人が一人とは限らないからです。

 こういった狭い場所で戦う場合、攻めるよりも守った方が強いと私は教わりました。無為に動けば足音で場所がバレるので、じっくり待ち伏せてゆっくり戦うといいらしいです。

 それに従って耳を澄ましていると、階段を急いで歩く音が聞こえました。私はアパッチを銃に切り替えます。

 そして3人の男の人が降りて来た瞬間、頭を3回撃ち抜きました。狙いもバッチリです。この銃は射程が無いという欠点を持つそうですが、建物の中であれば逆に小回りが利いて強いようでした。


 その後、私はご主人様が居る場所へ向かって駆け出します。外から見ていたので、位置は何となく分かりました。

 しかし、何も無しで行ってしまえば敵と間違えられてご主人様に撃たれてしまうかもしれません。私はアジトに入る時の符丁のリズムで足音を大げさに鳴らしながら向かいます。


 そしてようやく、ご主人様と対面します。ですが、ご主人様は私に銃を向けました。

 何か粗相をしてしまったのか。もしかして足を引っ張ってしまったのか。私の頭には様々な考えがグルグルと回りました。

 ご主人様はそれが収まるのを待つことなく、引き金を絞ります。


 ですが、私は生きていて。

 私の後ろでは丁度額に穴が開いた男の人が倒れていました。



 何故来た、といった顔でご主人様が私を見るので、これまでの経緯を私は説明します。

 おまじないの話になると、ご主人様は悲しい表情で、二度とするなと仰いました。私にはその理由がよく分かりませんでしたが、特段したいとも思わなかったので頷きました。


 するとご主人様は急に私を抱き締めます。いきなりのことで私は硬直してしまいましたが、私が戻る前にご主人様はもう離れてしまいました。

 離れた時には、ご主人様の顔は戦う時のそれになっています。


 ご主人様は、まだ何人かこの建物に敵が居ること、仲間は別行動、自分は一人で囮をしていること、そして私を戦力として考えることを端的に話されると、拳銃を構えていました。

 私は嬉しくなって、鼻息を荒くしながらご主人様に付き従います。





 そんなことがあって一週間。

 私はベッドの上でまた拘束されていました。手錠まで使って。


 何故でしょう。さっぱり訳が分かりません。

 ご主人様は囮作戦で大成功を修め、規定の分より多く報酬を貰っていたハズです。

 その日の晩御飯はとても豪華で、いつもは缶詰やレーションという食べ物が出されるのに、焼いた厚切りのお肉や、おいものスープを沢山食べることが出来ました。

 それにご主人様は私用の服まで新調して下さったのです。

 とても羽振りが良くなったように思いますし、私は役に立てたと思うのですが。


 やや不満顔でいると、外出していたご主人様が帰ってきました。食糧と、大量の医薬品を抱えながら。


 ご主人様は山盛りになった紙袋を机に置くと、私に近づきます。

 私はじっと顔を見つめてみましたが、ご主人様は相変わらず毅然とした態度でかぶりを振ると、私の右腕をツンと突きました。


 それと同時に走った痛みは耐えることなど叶わないもので、思わず呻き声を出してしまいました。

 ズキンズキンという音の伴った波が骨を揺らし、頭の芯まで響いてきます。とても痛い。


 悶える私を見て、ご主人様は一人頷いていました。

 酷いお人です。

 私は右の二の腕に被弾しただけだと言うのに。

 こんなもの、放っておけば自然と治ると思うのですが、ご主人様は体が腐るという恐ろしい脅しを口にしながら包帯でぐるぐる巻きにしました。

 生きているものがそんな簡単に腐るものですか。

 そうは考えるのですが、あまりにもご主人様の言葉に重みがあり過ぎて、なんとなく信じてしまいそうになります。


 ご主人様は私の服をクローゼットから取り出すと、手錠を外し、手際よく包帯を外していきます。


 ……また、この時間ですか。


 主従が逆転したのではないかと思うくらい、ご主人様は私の世話を焼いてくれます。

 傷の手当から、衣服の着替え。体を清める為に全身を濡れたタオルで拭いて、食事まで一口一口丁寧に手伝って下さるのです。


 奴隷として、情けないやら、恥ずかしいやら、一切性的なことをされないのでもどかしいやら、色々考えてしまいますが。


 寝る前に、ご主人様が満ち足りた顔で髪を梳いてくれる時、私は少しだけ、本当に少しだけ、傷の治る速度が遅れればいいな、なんて、思ってしまいます。

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