なろしゅの夢
サブタイトル:なろしゅの夢
作者:目安ぼくす
俺の名前はナローシュ。某国の言葉で、平凡を意味する名前だ。そんな俺は、いつものように通学のために信号を渡ろうとしていた。もちろん、右左右ときちんと道路を確認してから横断歩道を歩いた。あるいは、それは油断だったのかもしれない。
「後ろを通ります!」
「えっ、ぎゃあああ」
突然、目の前の家屋の塀を突き破って飛び出したのは、軽トラックだった。いきなりの出来事に俺は避ける暇もなく、トラックに跳ね飛ばされてしまった。肋骨損傷。骨が折れた、痛い。息が出来ない。そんな感覚と共に、俺の意識は虚空へと消えた。
***
「唐突だが言おう。君は死亡した。何者かによって暗殺されたのだ」
「マジですか。何この白い空間。また神様転生かよ。もう飽きたぜこの展開」
俺が目を覚ますとまさかの、あの某ウェブ小説サイトでありきたりな神様転生という奴が待っていた。なんの因果だろうか。やはり、そういう小説を読んでいるとこういうことになるのか。
「待て。君は勘違いしているようだ。転生などそんな生温いものはない」
壮年の燕尾服の男は懐中時計を見ながらそう言った。こちらの方は一瞥もしない。失礼な奴だ。彼は、その長い髭をしきりに触りながら、再び口を開いた。
「現在、君は輪廻転生の理から外れてしまっている。君の死はこちらとしても予想外、想定外だった。本来ならば、君の未来はまだ続くものだった」
「な、どういうことだよ、おい!」
俺が死ぬはずじゃなかっただって。また神様の手違いとかなんかなんだろ。で、結局、俺は異世界転生をするわけだ。早くしてくれ。
「残念だが、これは我々の不手際ではない。我々ではない、君個人に恨みを持つ何者かが時空に干渉し、君を殺害した。それが真実だ。よって転生などはない」
じゃあ、なんで俺はここに来たんだ。死んだんなら、さっさと地獄・天国・極楽浄土、何でもいいから送ってしまえばいいのに。この会話はただの時間の無駄だろう。
相変わらず懐中時計から視線を外さず、男は言う。
「待て、そう早まるな。転生はないが、時空軸の乱れにより、深刻な時間障害が発生する可能性がある。それを阻止するために、我々は君を君自身の死因を突き止め、それを阻止するために現世へ送り返すことにした」
お、おう。つまり早い話、俺を生き返らせてくれるってことだろう。それはなによりだ。ありがたい。あんな突拍子もない所からのトラック飛び出しで轢殺なんてひどい話だからな。やり直せるってんならやり直させてもらう。
俺はうんうんと頷いて、この場から立ち去ろうとした。不思議なことにこの場を離れたいと念じれば、幽体離脱でもするかのように、俺の姿が透けていき、この空間から掻き消えていく。まるで俺の肉体がここにはないみたいだ。
「そう、君は現在魂だけの存在だ。そして魂があり続ける限り、君は何度でも生き返り、何度でも君の死因について探ることが出来るだろう。だが、気を付けたまえ。その魂がなくなったとき、君は初めて存在としての死を迎え、
この宇宙が場合によっては終焉する」
ごくり。
スケールのデカい話だ。俺の命が宇宙の命と同義だなんて。そりゃ、ますます簡単には死ねないな。俺の手には余るんじゃないか。あんたたちがやってくれればいいだろうに。
「我々は乱れ行く時間軸を制御するので手一杯だ。だが、君の言うことにも一理ある。今回のことは一般人である君にとっては認識も解決も困難だろう。そこで、こちらで助っ人を用意した。だから安心して逝ってくれたまえ」
「待て、今のいってくれたまえのニュアンスがおかしかったぞ。おい、どうにか言えよ。ちょ、待てよ!」
俺の体が急速に消え出し、この場から離脱しようとしている。この男の力だ、と反射的に分かった。何か得体の知れない力で現実にこの俺を押し戻している。必死にそれに抵抗し、最後に一つ、質問を絞り出す。
「助っ人って誰なんだよ!?」
「君の最も良く知り、最も良く知らない人間だ。ま、すぐに分かると思うがね」
そう言って、最後の最後に男は懐中時計から目を離し、俺のことを真っ直ぐと見据えた。そして、その瞳の中には謎の力に対してもがき続ける俺の姿が映っていた。
***
目を覚ますと、俺は運命の交差点へと続く一本道の道路の上で倒れていた。
「やっほー、目は覚めたかい、ナローシュ君。みんな大好き奴隷ちゃんの登場だよ! 元気してた?」
「お、お前は誰だ? どうして俺の名前を知っている!?」
俺は咄嗟に後ろに後退って、見様見真似でボクシングの構えをとった。こいつが、俺を殺した犯人かもしれない。その時は、自分で自分の身を守らなければいけない。
「全く、人見知りが激しいなあ。僕は助っ人だよ。助っ人」
なんだ、あの男が用意すると言っていた助っ人か。そうならそうと早くいってくれればいいのに。心臓に悪い。
「そうか。助っ人か。君の名前は?」
「人は僕のことを奴隷ちゃんと呼ぶ!」
「ど、奴隷ちゃん?」
そのインパクトフルな名前に俺は困惑した。役職が名前なのか。職業が名前なのか。どちらにしても非人道的な名前だ。俺には許容できない。それに何が俺が最も良く知る人間だ。全然知らねえよ。適当な事言うな。
俺はあの謎の男への愚痴を零す。そうでもしないとやってられない。
奴隷ちゃんと名乗る中性的なスカートを履いているから辛うじて女性だと判別できる少女に向き直って、俺は遠慮がちに口を開いた。
「なんかあだ名ってある?」
「うーん。あだ名かぁ。じゃあ、ドゥーレイ。ドゥーレイちゃんって呼んでね、ナローシュ!」
一気に詰め寄ってくるドゥーレイ。なんだなんだ十八禁な展開か? されるがままに押し倒される俺。そのままドゥーレイは俺に抱き着いてくる。
「今のは、危なかったよ。弓矢で狙われてた。コンポジットボウ、複合弓だったか合成弓だったか…… まあ、いいや。相手からは死角になったから安心していいよ。そこの塀が丁度射線を遮ってくれている」
唐突にドゥーレイは俺の耳元で囁いた。それにしても、この密着してる状態はどうにかならないのか。興奮してしまう。
俺が必死に雑念を抑えつけている間にも、ドゥーレイは辺りを見渡して警戒を続ける。
「行こうか。敵は次の狙撃ポイントに向かったみたいだ。ね、ご主人様?」
「ぶふぉ。ご、ご主人様って、俺のことはナローシュでいい!」
「じゃあ、ナローシュ様って呼ばせてもらうよ。これは僕の奴隷ちゃんとしての性だから、気にしないでね?」
気にもするわ。まさか俺が、あのなろしゅ(なろう主人公)たちみたいに奴隷(自称)にご主人様と呼ばれる日がこようとは。予想だにしていなかった。超非現実的ィ! 頭が沸騰して、耳の先まで真っ赤になった俺はパクパク口を動揺に開きながら、
何とか言葉をひねり出した。
「わ、分かった。それで、どこに行くんだ?」
「まずは、食事にしようよ。腹が減っては戦は出来ぬってね?」
にこっと、ピースサインを掲げるドゥーレイの姿に、俺は感激のあまり、鼻血を噴き出して昇天した。
***
俺は空を見上げていた。生憎、曇天で青空なんてものはない。雨が降り出しそうだ。俺は鼻を押さえながら、血を零さないようにいしていた。
「ねえ、ナローシュ様? 鼻血はそうしてると気管に詰まっちゃうから、むしろ上は向かない方がいいよ。はい、ティッシュ」
機敏な手慣れた動作で白いティッシュを取り出すドゥーレイのその姿はメイドを彷彿とさせる。
「ぐはあああああっ」
「ど、どうしたの? 大丈夫、僕、何か変なことしちゃった」
「いや、ただの独りよがりだ…… 俺は問題ないよ」
これでドゥーレイには奴隷という一大属性に加えてメイドというあまりに有名な属性も付加されてしまった。このままでは俺はあの伝説の彼らのように読者に妬まれ、恨まれることになってしまう。どうにかしてそんな未来を回避しなければ。
俺があまり回らない頭を回転させている様子をドゥーレイは不思議そうに見つめていた。その頭をかしげる動作はあまりに自然で天然で、可愛い。あざとさではない、自然の恵みというものがそこにはあった。まあ、天は人に二物を与えず、
豊穣の女神はその胸のサイズについては祝福してくれなかったようだ。つまり釣り合いが取れている。完璧。
「ナローシュ様。今、僕について何か失礼なこと考えたでしょ」
「はい、すいません」
きっと睨まれた。だが、それは俺にとってはご褒美だ。その眉根を寄せて頬を少しばかり膨らませる仕草は正に天使だった。踏まれたい一心で俺は土下座する。
「な、ナローシュ様。なにやってんの!? ほら、頭を上げて。往来の人に変な目で見られるから!」
はっと、顔を上げて周りに目を走らせれば周囲の人々が汚物を見るような目で俺を見つめてきていた。違うんです。俺は何も悪いことなんてしていないんです。勘弁してくださいよ、その視線。俺は羞恥プレイはしたくない。
あくまでその柔らかい足で踏まれたいだけなんです。あわよくば下着がチラリと見えないかとかそんな下衆で邪な考え持ってないんです。許してください。
「はい。早く立ち上がりましょうね! ほら、ご飯食べに行くんでしょ、ナローシュ様」
「なに、あの子。女の子に様付けで呼ばせているわよ」
「お金をたかっているのかしら。それとも浮気? 最低ね」
「くっ、うらやま、いやけしからん! 周囲からのヘイトを一心に集めて羞恥プレイとは、許さん!」
次々と浴びせかけられる罵倒。頭に冷や水を浴びせかけられるような感覚に、新しい性癖を開発してしまいそうだ。それと、最後のサラリーマン。同志じゃないか?
俺はそのままお店の中に、引きずられて連行されていった。
***
「はい、ナローシュ様。お帰りなさいませ。お風呂にする、ご飯にする? それとも僕・が・い・い?」
「なんだこのプレイ。俺は頼んでないぞ。ってか何で厨房にお前が出入りしているんだよ」
「お借りしてるのさ。ちょっとの間ね……」
ドゥーレイの視線の先にはカウンターに突っ伏して寝ている白いコック帽のおじさんが。なんか白目をむいている。一体何をやったんだ……
ともかく、ドゥーレイが持ってきたのはミートボールスパゲッティ。手作りだ。旨そうなトマトの香ばしい匂いが漂い、降りかけられたバジルの特有の匂いがそれを引き立てている。味は食べてみるまで分からないが…… 食べてみるまでも無いだろう。
絶対美味しい。
俺はテーブル席に座り、フォークを手に取ってパスタを絡めとる。と、同時にドゥーレイも座って、フォークを??
「あれ、お前も食べんのか? 一緒の皿で?」
「そうだよ、いけない?」
一緒の皿でお食事だと、そんな展開読んだことねえよ。いちゃらぶ、いちゃらぶなのかぁ!? 俺は混乱し、動揺した。こんなシチュエーション、映画でしか見たことねえぞ。スパゲッティをお互いに絡めとって、
最終的に残り一本となったパスタを二人で分け合う。そんな光景、夢にも見たことない。心臓がバクバクとする、強烈な緊張感、銃弾の飛び交う戦場にいるような危機感。食べていいのか、食べていいのか。
「もう、何固まってるの。はい、あーん??」
「前を通ります!」
突っ込んできた、まただ。
軽トラックが店内に突入。
避けられない。
「ああ、もう。危ないなぁ!」
ゴン。
鈍い音と共にトラックの全面がひしゃげた。拳で。
「うひょおおお!?」
俺は頭を抱えて守り、咄嗟の判断でテーブルの下に身を投げ出した。
爆音。
轟々と旋風が巻き起こり、店内には鉄クズの嵐が吹き荒れる。内装がめちゃくちゃだ。
テーブルの下に隠れていなかったら危なかったに違いない。
ゆっくりと立ち上がって、辺りを見回す。ドゥーレイはどこだろう。今の爆発に巻き込まれたなら無事では済まないはずだ。俺は瓦礫を必死にまさぐり、人の姿を探す。彼女はどこにいった。死んだのか。生きてるのか。怪我をしたのか。
「おーい、こっちだよ、ナローシュ様」
外から声が聞こえた。俺は慌てて駆け出し、すっかり破損して使いものにならなくなった玄関を潜る。カウンターが盾になって、店主は無事のようだった。無関係の人間を巻き込むのは本意ではないから無事でよかった。だが、まだドゥーレイが見つかっていない。
「あっ、こっちこっち。犯人を取り押さえたよ」
その肝心のドゥーレイはあちこち千切れて、服と言い張るには限界のぼろ切れを纏って、そこに立っていた。犯人と思しきトラック運転手の股間を踏んで、取り押さえている。痛そう。だが、俺を殺そうとしたんだ。容赦はされなくて当然だろう。
俺はほんの少しだけ犯人に同情したが、それだけだった。さすがに殺されそうに、というか一回殺されて黙っているほどお人よしじゃない。
「こいつは一体誰なんだ」
「分からないよ、ナローシュ様。マスクにサングラスの不審者ご用達の服装してるから。顔が分からないんだ。今、剥ぎ取るね」
と、俺が犯人の傍に近寄る間もなく、ドゥーレイは、その覆面を取った。そして、そこにあったのは……
「……俺?」
「そうだぜ、俺。俺だよ」
そこにいたのは、俺だった。どういうことだ。ドッペルゲンガー、いやまさか。この世界に同じ人物が二人存在しているなど…… 有り得ない。可笑しい。
俺が俺を殺そうとしていた。
衝撃的な事実だ。憂鬱。陰鬱。俺はそんな状態に陥っていた。何よりも大きいのは困惑。俺が俺を殺そうとする状況ってどんな状況だ。
「見覚えがあります、ナローシュ様?」
「滅茶苦茶あるよ! 俺そのものじゃないか!」
「全く、相変わらずの減らず口だな。少しは大人しくなったらどうだ?」
拘束された状況でも軽口を叩く俺。はっきり言わせてもらおう。こいつは異常事態だ。俺はとても混乱している。
「どうして俺を殺そうとした。いや、現に殺した!」
「時間軸を乱し、新たな未来の可能性を生み出すためだ。俺たちは未来を変えなければならない。運命に抗うんだ」
運命の改変。それが俺の目的なのか。
待て。今、俺たちって言ったよな。
「ナローシュ様、危ないよ!」
ドゥーレイに引っ張られる。
瞬間、俺の頬の横を矢が貫いた。危ない。動いていなければ眉間に刺さっていた。背筋を寒気が襲う。何か、来る。
「“俺”だよ、俺自身よ」
行き交う人々がわめき、悲鳴を上げ、阿鼻叫喚の中、走り回る。
地面が震えて、電柱が倒れる。
それは怪獣か、果たして怪物か。
違う、巨大な俺だった。
目算で身長五メートルはある巨人。鎧兜を身につけて、長大な刀を引っさげている彼は、蜘蛛の子を散らすように人を追い回して、人払いをしていた。
そして、わらわらと集まってきたのは無数の“俺”。
同じ顔、同じところのほくろ、同じ身長、同じ体型の量産型だ。
俺巨人が重々しく口を開いた。
「俺よ。俺たちの為に死んではくれまいか?」
馬鹿げた質問をしてくる俺巨人に対して俺は答えた。
「おとといきやがれ!」
「ならば死ね!」
ぶんっと振り回される刀。その圧倒的な大きさをもって逃げ場を無くす必殺の一撃。
死を予感して俺は眼を瞑った。
「殺させは、しないよ! ナローシュ様は僕が守る!」
その双腕が白刃を取って、押しとどめる。
横薙ぎの攻撃を真剣白刃取りで止めやがったよ、この少女。俺はそんな歴史的奇跡を目の当たりにして安堵と感動に腰を抜かした。
「さすがドゥーレイ。やはり、その腕は衰えていない」
「然り」
「やはり手練れじゃ」
なんか口調のおかしい俺の群れ。量産型は全く同じ声で口々に評価を下した。
「だが、なぜお前は奴を庇う」
「本来ならお前も我らと同じ側のはずだ」
「そうだろ、ドゥーレイ。いや、俺よ。男の体に女の心を持って生まれたお前は未来が欲しくないのか? 有り得たかもしれない未来が?」
どぅ、ドゥーレイが俺?
なんの冗談だ。ドゥーレイは女の子だろ。男である俺のはずがない。いや、まさかな。男の娘、だというのか。また属性が一つ増えてしまった。男の娘メイド奴隷って誰得だ。俺得だ。ま、まさか俺の欲望が具現化した存在、それが?-
「そう。それがボク。ドゥーレイさ。ナローシュ様の願望の具現。理想の自分そのものだ」
そうだ。俺は男でなく、女の子になりたかった。だが親はそれを許さなかった。ゆえに女性。
誰かに心から仕えて、支えてあげたいと思っていた。だがそんな勇気はなかった。ゆえにメイド。
誰かに束縛されて、一所に落ち着きたかった。だがそんな余地、この社会にはなかった。ゆえに奴隷。
俺の願望の何もかもが具現化した最強の三属性天使、それがドゥーレイ。
「なんてこった。まるで夢を見ているみたいだぜ」
俺は途方に暮れて、突っ伏した。
「だが有り得ない。そんな可能性はないと分かっているだろう」
「この世界では俺の夢は実現できない」
「ならば世界線を変える。そうするしかあるまいて。良かれと思って俺たちは俺の為に輪廻を乱したのだ」
俺が俺に弁明する。もう訳が分からないよ。
俺は頭を抱えて座り込んだ。
そう、これは夢、そうさ夢に違いない。
ならば寝よう。
そして、また目覚めよう。
俺はゆっくりと目を閉じ、その場にうずくまった。