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血肉舞う夜風  作者: 鈴木トモカズ
3/8

赤と黒

 刀のメンテナンス━━とでも言えばいいのだろうか。夜風の霞矩に限らず、対魍魎の武器として役立てるためには、それに籠められた霊力が必要になる。戦闘で魍魎を相手にした場合、相手に傷を負わせることと引き換えに、その霊力は少なからず消耗するものなのだ。

 わずかにでも霊力が残っていれば、どうにか戦うことはできる。しかし万全を期するためにはマメな補給はかかせなかった。


 葉御風神社の最下層は、そのための施設でもある。

 姿を消した大僧正や、元は拝み屋として生計を立てていた者など、その手の能力者が集められた異様な空間。

 彼らは朝も夜もなく、体力のある限りはナイフ一本から弾丸の一つ一つまでをも祓い清め、魍魎に効果を及ぼす力を付与してゆく。

 あるいは最も過酷な仕事であると、誰もが口を揃えて言う。ただ、そこまでの強制力がある仕事ではない。ある者などは酒瓶片手に気の向いた時だけ銃やその弾丸を清め、飽きるとすぐに寝てしまう。そんな人間でも、けして追放されることがないのは、それだけ必要とされている重要な役割であるからに他ならない。

 彼らの働きがなければ、通常兵器では魍魎を倒すことができないのだから。


 何機かあるエレベーターの一つから夜風が出ていくと、目の前に聳え立ったむくつけき巨木のような大男が見下ろして、舌舐めずりなど見せてくる。


「おぅ、嬢ちゃん……二万でどうだぁ?」


 下品そのものの仕草で股間にあてがった手を動かしながら、顔を近づけてくる大男。

 夜風はそれをさらりとかわすと、目もくれずに進んでいく。去り際に「なにが?」とだけ告げて。


 大男━━岸田(きしだ)義僧(ぎそう)も拝み屋だった。ただし、悪徳商法ギリギリのやり口で金を荒稼ぎしていたような輩なので、人間性には問題点も多い。それでもここに集められた理由は、その能力が本物だったから。ただ、それだけの理由だった。


 なにを言われたのかは夜風もわかっている。けれどわからないフリをして、あしらうことが最善だと思っていた。まともに相手をしてもトラブルにしかならないのは目に見えている。そうであれば、周りに迷惑をかけないためにも、わからないフリはちょうどいい。

 実際に経験もなかったので、難しい話ではなかった。


 各種配管などが剥き出しの天井が見えるような無骨な空間ではあるが、それぞれの能力者がいる場所は区切られていて、最低限のプライバシーは保護された作りになっている。ある者の居場所などは座敷わらしでも住んでいるのかと思わせるほど大量の縫いぐるみが置かれていたりと、その人間によって個性的な仕事場になっていることも少なくない。


 そんな中で、夜風が向かった先は畳五枚分のスペースに布団と卓袱台だけしかないような、質素な空間だった。この人物は特別な能力者で、たとえば銃の弾丸などは任せないよう暗に決められていた。重要な武器━━それこそ、夜風の愛刀のようなものしか頼めない。そのように、組織として取り決めてあるのだった。


 習得資格の名称としてではなく、呼び名として阿闍梨(あじゃり)と呼ばれる特に能力の高い僧で、元は関東の寺社にいたところを、このために呼び寄せた人物であった。


「阿闍梨、お願いします」

 夜風の差し出した刀を鞘から抜くと、阿闍梨と呼ばれた僧は目の前の台にそれを置き、ゆっくりとした口調で魔祓いの効果もある祝詞(のりと)を唱える。

 延々と長時間行うわけではないが、すぐに終わるというものでもない。

 その間、夜風は正座の姿勢で身動(みじろ)ぎもせず黙して待つ。


 この儀式で付与されるものは、あくまでも魍魎にダメージを与えることを可能とする効果でしかない。武器そのものの強度を上げるようなものではなく、たとえば刃こぼれなどの修復は、別途刀鍛冶に依頼する必要がある。別のフロアではあるが、その刀鍛冶も常駐しており、必要に応じて事前に修復をお願いすることはあった。


 ━━今はまだ大丈夫。


 そもそも名刀と呼ぶに相応しい霞矩の切れ味や強度は物凄く、魍魎の一体や二体を葬り去ったところで刃こぼれひとつすることがない。ほんのわずかな手応えの変化を感じた時などに、夜風の判断で加治職人のところまで持っていくのだ。


「どれ……よろしいでしょう。できましたよ」


 儀式を終えた霞矩には言霊の祝福がある。魔を祓う神々しいまでの力を、夜風はなんとなくだが感じていた。力は見えないし、実際にどのようなものが付与されたのかなど、わかりはしない。それでも手に持った瞬間は、まるで高熱の炎で焼かれでもしたかのような、幻の感覚があった。これがきっと、魍魎に傷を負わせる要因なのだろうと理解する。


「ありがとうございます」礼を言い、しかしそれだけで去る。無駄話などほとんどしない。たまに会話をすることもあるが、二三言葉を交わすくらいがせいぜいだ。阿闍梨も口数の多い人間ではない。


 それでも去り際には、夜風の背中に向かって「悪いものに負けませぬよう」と囁いてくれるのだった。


 悪徳霊能者の姿が見えなくなっていたので、心なしかいい気分のまま、上階へのエレベーターへと乗り込む。そこで、夜風のスマホに着信があった。あの貝塚に「えっ、夜風ちんってそーゆー音楽設定してんの?」と言わしめた着信音を遮って、通話ボタンをタップする。


「はい、鹿守です」相手は主に連絡係としての仕事をしている瀬戸(せと)クロエという、夜風と同年代の女性である。父親が外国人で、とても大人びた風貌の少女だ。


「夜風さん、出動要請が入りました。可能な限り急いで、ヘリポートへ向かってください。よろしくお願いします」


 了解と返事をして、通話を終える。そのタイミングで扉が開き、同時に夜風は夜に吹いた一陣の風のように、出口を目指して駆け抜けた。


 神社の裏手に切り開かれたスペースは、ヘリポートのためだけに作られた場所である。魍魎対策課設立以前には、このようなものは存在していなかった。

 すでにメインローターを回して待機していたヘリに飛び乗ると、待っていたのは三上だった。他にも竹藤(たけふじ)という男も乗っている。それだけで、使う予定の武器もわかった。コンピュータを使用して、狙った場所へ確実に着弾させるグレネードランチャーだ。竹藤はそのためのオペレーターだった。


 現場はF県の湖。

 到着までの時間を、夜風な誰とも話さないで過ごす。三上もあまり話しかけてこない。思えばうるさく構ってくる人間というのは、貝塚くらいなものかもしれない。だからといって、それを有難いと思う気持ちも希薄ではあったが。


 すでに確保されていたヘリの着地点に到着するや、今回のメンバーとなった三人が素早く外へ出る。

 すでに魍魎の姿は上空からも確認できていた。湖の中に生えた、一本の木のような魍魎。あるはずのない場所にある物体は、それだけで異質な存在だった。


 目撃者によると、ゆっくりと歩いたまま湖に入って行った女性が、その後しばらくして魍魎となったのではないか、という話だった。他に原因となりそうな人物がなく、その女性も見つかっていないことから、ほぼ間違いないだろうと断定された。

 水屑(みくず)となるはずだった女性が、なんらかの原因で魍魎と化した。そして、そのなんらかの原因を、人類はまだ解明できていない。


「静かなもんだな━━動かなければ、ただの木だ。だが、魍魎である限りは放っておくわけにもいかない」夜風に言ったのか、独り言か、判然としない喋り方で三上が告げる。


「では鹿守さん、準備ができましたので核の場所を示してください」


 竹藤に言われ、夜風はパソコン画面上の魍魎の、その核がある場所を指で示した。その位置が記録され、間違いないことを報せるために、夜風はこくりと頷いた。

 三上がグレネードランチャーを構え━━撃つ。夜のしじまを破る音がして━━魍魎の核がある場所に、寸分違わず着弾する。


 炸裂する擲弾と、飛び散る黒い液体。魍魎の躰そのものは煙となって消え失せはするが、この液体だけは残して逝く。本来のそれとは違うものに変化しているという話だが、それは、魍魎と化した人物の血液であるとされている。


 だから、消えずに残るのだと。これもまた、科学的になにも解明できていない現象で、なぜ肉も骨も残らないのに、血液だけが残るのかと誰もが頭を悩ませている。


 ライトが消され、闇と同化した黒髪の夜風が見つめる先で、魍魎の消え去った湖のその場所だけが、赤黒い液体を浮かべて揺らめいていた。

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