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信じる心

 眼前の光景を眺めながら、セシリアはそれと分からぬ程度に眉を潜めた。

 有り得ない光景がそこには存在していたからだ。


 そこにあるのは一台の馬車である。

 一見すると行商人が使うような馬車だが、至るところに走る際の衝撃を吸収するための工夫が施されており、さらにはそもそもの素材が高級品だ。

 それとは分からないように偽装が施されてはいるが、だからこそ余計に金額がかかっている。

 正直金持ちの道楽としか言えないような一品だ。


 さらにはそれを引く二頭の馬は、この国の中でさえ上から数えた方がいいだろう駿馬である。

 これ一台にかかっている総額を王都で使うことを考えれば、一等地とまではいかないが、そこそこの場所でそれなりの家が建つに違いない。


 ともあれそんな馬車が、そこには新品の状態であった。

 否……新品と見間違うほどの状態で、だ。

 少なくともセシリアにはそうとしか見えなかった。


 これが僅か十分ほど前には、基礎となる部分が折れ、幌には穴が空き、車輪が粉々になっていたなどと、信じられるものはおそらくいまい。

 セシリアですら、自分の目で見ていなかったら信じられなかっただろう。

 というか、正直自分の目で見た今ですら信じられない。


 だが。


「えっと……これで全て問題ないと思うんですが、いかがでしょう?」

「ふむ……確かに。一通り確かめてみましたが、全て・・元の通りになっていますな。いやはや、驚きです。まさかこんなことが可能だとは……」


 そう言ってヨーゼフが見せている驚きの顔は、真実心の底からのものなのだろう。

 全て、と言った瞬間こちらに視線を向けたことから、その意図は分かっている。


 先ほど述べた、衝撃を吸収するための工夫。

 それまでもが完璧に元通りになっている、ということだ。


 カイルが何やら見て回っていた際にこっそり確認したのだが、ヨーゼフが見た限りではその大半の機構は駄目になっていたそうである。

 しかもそれは一流の職人が一つ一つ手ずから手がけたものだ。

 例え見た目だけをそれらしくしたところで再現出来るものではない。


 つまりあれは全てを文字通り、元に戻した。

 壊れる前……どころか、この様子では完成した直後にまでかもしれない。


 しかしそれは、有り得ないことであった。

 ティナと名乗ったカイルの連れだという少女が使ったのは、一見魔術のように見える。

 だが魔術にはそこまでの効果はないし、そんな汎用的なものでもないのだ。


 そもそも魔術とは魔導具を使うことであり、魔導具とは魔導を再現するための道具の総称だ。

 さらには魔導とは魔法の別名であり、つまり魔導具とは古代人が失われつつある魔法を一般の人々でも使えるようにしたものだとされている。


 だが幾ら魔法を再現しようとし、それに成功したところで、所詮道具は道具だ。

 弓で敵を斬り裂くことは出来ないように、包丁で魚を釣ることは出来ないように、魔導具はそれと決められた目的でしか使えない。

 炎を出すや水を出す、あるいは光を灯すなどならばともかく、さすがに壊れた馬車を直すことは出来ないのである。


 そういった意味では、カイルの行った傷の治癒というのも破格だ。

 ただしそれに関しては聖女という前例があるし、幾つかは似たようなことを出来るものも知っている。

 複数の魔導具を、魔術を組み合わせることで、本来有り得ない結果を引き起こす、という方法があることも知ってはいるが……やはり馬車を直すということは無理だろう。


 とはいえじゃあアレは何のかと問われると、セシリアには答えようがなかった。

 もっともだからこそ、眉を潜めてはいるのだが。


 そんなことを考えながら、ホッと安堵したような表情を浮かべている少女のことを見やる。

 白い髪に赤い瞳。

 ただでさえ珍しい容姿をしているというのに、顔立ちも非常に整っているのだから尚更目立つ。

 さらにはこんなことが出来るとなれば、噂にならないはずがないだろう。


 しかしセシリアはそんなことを聞いたことがなかった。

 百歩譲って、ティナのアレは魔術だということで納得してもいい。

 だが名がまったく知られないということは有り得ず、それはカイルにしてもそうである。


 魔術の使い手や魔導具がどれだけ希少であるのかは、その大半が国に属しているということからも分かる通りだ。

 そしてセシリアは他国の者まで含めてその全てを把握しているし、それは在野にいるものに関しても同様である。

 魔術を使えるような者は自然と有名になってしまうので、それを把握するのは難しくもないのだ。


 しかし再度繰り返すが、セシリアは二人の名も顔も知らなかった。

 このことから導き出される答えは――


「……ねえ、ちょっといいかな?」

「ん? どうした?」


 一通り馬車とティナのことを眺めた後でカイルに話しかけると、カイルは首を傾げた。


 その様子に不審さはない。

 だがその目を見た瞬間に、セシリアは悟っていた。

 ああ、これは全てばれてるな、と。


 それと分からないように注意はしたつもりだったのだが、どうやら探っていたのはバレバレだったようだ。

 いや、あるいは、探るだろうことは予測済みだったのかもしれない。

 まさか自分達が怪しくないなどとは思っていないだろうし。


 しかしばれているということが分かったことで、逆に気楽になった。

 直前までどうしようか悩んでいた思考を放り投げ、開き直る。


「うん、どうも全部ばれてるっぽいから言っちゃうけど、助けてくれたのはありがたいし、馬車を直してくれたのもとても感謝してるんだけど……ぶっちゃけとても怪しい」

「まあ、そりゃそうだわな」

「ですね。むしろまったく疑われなかったらどうしようかと思っていました」


 そう言って二人して苦笑を浮かべるあたり、やはり分かってやっていたようだ。

 どころか――


「……これはもしや、私達は試されていましたかな?」

「いや、別にヨーゼフさん達を試してたわけではないんだが……それでも試してたって意味なら間違ってないか?」

「……そうですね。そして考えてみたら大分失礼なことをしていたような気もします」

「いやいや、それ言うなら、ボク達なんか命の恩人を疑ってたわけだしね」

「ですな。失礼というのならば、それは私達の方でしょう。一方、あなた方からすれば、助けてはみたものの、私達がどんな人間かは分からんわけですからな。試すのも当然かと」

「いや、だからそういうのとはまた違ったことなんだが……うーむ、だが確かに失礼ではあったか。これはちと俺も軽率すぎたかもしれん……」


 うむむ、と呻くようにして呟くカイルのことを眺めながら、セシリアはそっと息を吐き出していた。

 思い切って聞いてみてよかったと思ったからだ。


 かなり怪しかったのは事実だし、疑おうと思えばそれこそ幾らでも疑えた。

 隣国のスパイだとか、魔王軍の者だとか、候補は幾らでもある。


 ここは人類の最前線を任されている国で、その王都の近くだ。

 それは決して有り得ないことではないのである。


 むしろ本来ならば、それぐらい疑ってしかるべきだったのかもしれない。

 セシリアには、それをする理由と義務がある。


 でもそうやって疑い続けていたらキリがないし、疑うしか出来ないというのはきっと悲しいことだ。

 そしてその時にはきっと、こうして穏やかな気分ではいられなかっただろう。


 あるいは誰かを傷つけ、傷つけられていたかもしれない。

 そうならないで済んだことは、きっと喜ぶべきことだ。


 まあ正直二人の疑いが晴れたわけではないのだけれど、こうして唸っているカイルとそれを苦笑交じりの笑みで眺めているティナの姿を見れば、どうしたって悪い人には見えない。

 ならば、それでいいと思うのだ。


 戦闘の日々が続いているからといって、心まで暗くなる必要はない。


 ――やっぱりまずは、信じてみることが大切だよね。


 父の姿を思い描きながら、セシリアは心の中だけでそんなことを呟くのであった。

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