辿り着いた先
大陸間の転移を無事に果たしたはずのカイル達であったが、淡い光が止んでみると、そこに広がっていたのは緑多き森であった。
一瞬あの入り口にまで戻されたのかと思ったが、すぐに違うと気付く。
森に溢れている雰囲気とでも言うべきか、そういったものがまるで違ったのだ。
あそこのは緑が多いと言ってもそこら中に木漏れ日が差し込む、どことなく優しい雰囲気であった。
だがこちらは光が遮られてしまうほどに木々が成長し、薄暗い雰囲気となっている。
大分深い森であり、どちらかと言えば、こちらの方が死の大陸にあるのに相応しいとすら思えるような森であった。
だが何にせよそれはつまり、転移には成功したということだ。
グルリとその場を見渡し、そのことを確認すると、カイルは溜息は吐き出した。
「無事成功したみたいだな……それは何よりなんだが、こっちにあるとかいう魔導具は何処にあるんだ?」
「……確かに。それらしい物は見当たりませんね」
ふと確認のために呟いたカイルの言葉に、同じように周囲を見渡していたティナが、それらしい物が見当たらないことに首を傾げる。
カイルももう一度地面と念のために木の枝などにも視線を向けてみるが、やはりそれらしい物はない。
本当になければ転移は成功しないはずなので、何処かしらかにはあるはずなのだが――
『……おかしいですね、見つかりません。もしかしたら土の中にでも埋められているのでしょうか……?』
「ん? それって地中一キロ以上先ってことか? それはさすがに……」
『いえ、さすがに一キロ先にあるとは考え辛いので、今回は五百メートル程度先までしか調べていません。ですが、そもそも私は確かに周囲に対してならば一キロ程度先の魂を感じ取ることは出来ますが、地面に対しては十メートル程度しか分からないのです。どうにもその辺りから上手く感じ取る事が出来なくなってしまって』
「ふむ……そうなのか。だがどちらにせよ地中にあるとして、こうやってちゃんと地面の上に転移出来るものなのか?」
『出来た以上、問題はなかったということなのでしょう。あくまでもこちら側のものは目印のようなものでしかなかったのかもしれません。ティナ様は何か感じませんでしたか?』
「そうですね……確かに何かに引っ張られるような感じがしたような気がします。初めての感覚だったので、少し自信はありませんが」
「まあ、上手くいったんだから良いって言えば良いんだが……具体的な位置が分からないとなると、掘るのは無理そうだな。ちっ……折角だから壊しておこうと思ってたんだが……」
「……え? 壊すって……何故ですか?」
「いや、だってこれ悪用されたら大変だろ? というか、既にされてないとも限らない。登録されてるやつにしか使えないとはいえ、魔王達がそこをどうにかしてる可能性だって有り得るんだからな」
「……あ。確かに、そうですよね……森があったことから、てっきり見つかっていないんだと思っていましたが……」
だが壊せそうにないのならば仕方がない。
一先ずは悪用されないことを願うしかないだろう。
「ま、何とかするにしても後でだな。まずはここが何処なのかってことを知らなきゃ話にならんし」
『そうですね。確か転移先は、海を挟んで向こう側の大陸だったと思いますが……カイル様、それだけで何か分かりますか?』
「死の大陸の向かい側ってことは、確かアルディア王国だったか? そこにあるのはそんな名前の国だったはずだ。ただ、ぶっちゃけ分かることは少ないな。というか、そこが人類と魔王軍との最前線って言われてることぐらいしか分からん」
「まあそれは仕方ないのではないかと思います。国名が分かるだけでも十分ではないでしょうか?」
「ま、あとはどっかで人を捕まえて聞くしかないな。ちなみにナナ、周囲に人の気配は?」
『……少々お待ちください』
一応聞いてはみたものの、実はカイルはまあいないだろうなと思っていた。
転移元のことを考えれば、ここも人が訪れないような場所となっていたところで不思議はない。
というか、転移先で即座に人に会えるなど都合がいいにも――
『――いました。知覚範囲ギリギリではありましたが、二人ほどいるようです』
「え、マジで? また随分と都合のいい展開があったもんだな」
『ですが、どうやら状況的に魔物に追われているようですね。二人の百メートルほど後方を魔物が付かず離れずで移動しています』
「……しかもまたベタだな」
「言ってる場合じゃありませんよ……!? カイルさん……!」
「分かってるって」
見捨てるつもりはない。
寝覚めが悪いし貴重な情報源だ。
何としても助けよう。
「で、ナナ。どっちだ?」
『そうですね。あちらになりますが……カイル様の移動に必要な時間も計算に含みますと、大体こちらの方角に一直線に進めばちょうどいいタイミングで辿り着けるかと』
「了解。じゃ、ちょっと行ってくる」
『あ、お待ちください、カイル様』
「ん? どうした?」
首を傾げたカイルに、ナナが一つの事柄を告げる。
それに感心したように頷いた後で、カイルはナナの指し示した先へと、急いで駆け抜けていった。
差し出された手を眺めながら、さてこれはどうしたものかとカイルは思っていた。
何とか魔物に襲われているところには間に合ったものの、こちらが不審がられているのは明らかだからだ。
厳密には目に見えてそういう態度をしているわけではない。
助けられた直後と、カイルが魔術を使った直後。
その目に不審と警戒が浮かんだのはその二回ぐらいだ。
だがそれをすぐに消したことこそが、逆にこちらを不審がっていることの証左である。
不審がっている人間が、馬鹿正直にそれを表に出すわけがないのだ。
とはいえ、カイルからしてみても随分と都合のいい展開だと思ったほどだったのである。
向こうからすれば尚更なのかもしれない。
まあ正直に言ってしまえば、カイルとしては不審なのはそっちだろうと言いたいのだが。
「じゃあ、こっちとしてはどういたしまして、か? まあ、大したことはしてないと思うが。俺はカイル。あーっと……元村人ってとこか?」
それでもとりあえずとばかりに自己紹介を返し、手を握るとそのまま立ち上がらせる。
尚、最後のはそれ以外に自分の肩書きとして使えそうなものがなかったからそう言ったのだが、当然と言うべきか苦笑と呆れが混ざったような顔をされた。
「なにさそれ」
「いや、本当にそれ以外に言いようがなくてな」
「ふーん……見た目からすると冒険者か傭兵かと思ったんだけど、違ったんだ?」
「どっちかと言えば冒険者の方が近くはあるな。一応これからなろうかと思ってたとこだし。ああ、冒険者志願とでも言えばよかったか?」
これは嘘ではない。
ティナ達と今後のことを話した際、一先ず冒険者になるのが一番手っ取り早いだろうということになったからだ。
冒険者とは、冒険者組合に所属している者達のことであり、言ってしまえば何でも屋である。
なるのに制限はなく、なったところでやらねばならないことはない。
具体的なやることも決まっておらず、それでも金を稼ぐ必要があるカイル達にはもってこいなのだ。
何せ今のカイル達は、完全な無一文なのだから。
死の大陸では自給自足が出来たものの、さすがに文明が存在している場所でそんなことを続けていたら不審な目で見られてしまいそうだ。
今のように、である。
「へー……冒険者志願、ね。つまりはボクの後輩になるってわけだ」
「そういうことだな。よろしくな、先輩」
「ふふん、精進するんだね、後輩」
中々ノリのいい人物のようだが、先ほど三度その目に浮かんだ不審の光をカイルは見逃していない。
理由は分からないが、今の会話の中に不審に思うような何かが含まれていたのだろう。
出来れば何を不審に思ったのかを直接尋ねてしまうのが手っ取り早いのだが……その場合、さすがにこちらの事情をまったく説明しないということにはいかないはずだ。
最低でも迷子であることと、そこに至った経緯について多少は話す必要がある。
とはいえ、まだそれを話していいかを判別するには早いだろう。
それに繰り返すことになるが、確かにカイルは自分でも自分のことを割と怪しいとは思うものの、目の前の人物も相当だ。
何せ、顔の上半分を隠すような仮面を被っているのだから。
これから仮面舞踏会にでも行くのか、と思わず言ってしまいたくなるが、そこは我慢する。
それは彼女が、自らのことを冒険者と名乗ったからだ。
冒険者は誰にでもなれるがために、荒くれ者も多いが事情持ちも多いと聞く。
そのため、冒険者同士は細かい事情は詮索し合わないのが暗黙の了解となっているのだという。
カイルは冒険者ではないが、冒険者志願と名乗った以上はそれに則る必要がある。
それに、詮索しないということは、詮索されないということでもあるのだ。
カイルが冒険者志願を名乗ったのはそのためでもあるし、彼女が詳しいことを聞こうとしないのもそれが理由だろう。
あるいは、もっと別のことを考えている可能性もあるが。
ちなみに、カイルが目の前のことを『彼女』だと分かったのは、全体の雰囲気や体格に服装、それに名前と声だ。
それらのことを組み合わせて考えれば、顔の上半分が見えなかったとしても性別と大体の年齢ぐらいは判別可能なのである。
ともあれ。
「えーっと、それでだね、後輩のカイル君」
「なんだ、先輩のリア」
「……普通に呼び捨てにするんだね」
「ん? お望みならリアちゃんリアさんリア様、どれでもお好きなように呼ぶぞ? それとも、言葉遣いから直しますか?」
「あ、ううん、別に問題はないんだけど、ボクの周りではあまり呼び捨てにしてくれる人っていなかったからさ。ちょっと驚いただけ。あと、言葉遣いも普通にしてくれていいからね?」
「そうか、了解。で、何か用件があるんじゃなかったのか?」
「あ、そうだった! えっと、助けてくれたってのにちゃんとしたお礼も出来ないままで心苦しいんだけど、ちょっと手を貸してもらってもいいかな?」
「別に礼はさっきもらった言葉だけで十分なんだが……手を貸すって、もしかして御者台の方にいる人のことか?」
そっちにも人がいるということは分かっていた。
なのにすぐに話題に出さなかったのは、生きてるどころか怪我すらもしていないだろうことが分かっていたからだ。
「え? 分かるんだ?」
「ああ、そのぐらいのことならな」
それは何気ないことのつもりだったし、カイル自身は少なくともそう思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
四度目の不審を捉えた瞬間、カイルはもう余計なことを口にするのは止めようと思った。
まずは現状の正確な把握と、あとは多分常識というものも知っておく必要がありそうだ。
母代わりから聞いていたことはともかく、どうにも龍のところで仕入れた知識には若干の隔たりがありそうである。
あそこで得た知識によれば、気配の察知は出来て当たり前、ぐらいになっていたからだ。
さすがに一般人に出来ると思ってはいなかったものの、身のこなしからリアがそれなりに出来るというのは分かる。
それでもこちらを不審に思うぐらいなのだから、きっと普通は出来ることではないのだろう。
「ふーん……ま、じゃあとりあえずその人を助けるのに手を貸してもらっていいかな? その後で、ちょっとこっちの方も何とかしてもらうかもしれないけど」
「ああ、馬車か。確かに、もう使えなそうではあるが、かといってここに捨てていくわけにもいかないしな」
「そーいうこと」
そう言って頷くや否、歩き出したリアの背中を眺めながら、カイルはそっと息を吐き出す。
何やら新大陸に到着早々に面倒なことになってしまっている気がするが……まあ、仕方があるまい。
あそこで見捨てるという選択肢はどちらにせよなかったのだ。
これもまた自業自得というのだろうか、などと思いながら、カイルもリアの後を追うように歩き出した。




