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日常と食事

 とりあえず話は以上ということで、カイル達はルイーズの部屋を後にした。

 孤児院長ということでルイーズにはやることが色々とあるようで、用もないのに長居してしまっては邪魔にしかならないのである。


 そうして廊下に出たカイルは、何となく外を見上げた。

 視線の先にあった太陽は未だ中天には達していないが、そろそろ昼といったところだろう。

 それを認識した瞬間、カイルの腹が空腹を主張してきた。


「……そういえば、丸一日何も食ってないんだったな。あまり実感がないから半ば忘れてたが、身体は覚えてたか……」

「忘れんじゃないわよ……倒れても知らないわよ?」

「いや、ずっと寝てたこともあってか、実際にはそこまでじゃないしな。夜までってなるとさすがに厳しいかもしれんが、多少遅くなっても大丈夫なぐらいではあると思うぞ?」


 この世界の一般的な食事がどうなのかは不明だが、少なくとも孤児院では朝昼晩の三食を食べることになっている。

 まあ孤児院でわざわざ贅沢をすることもないだろうから、おそらくは一般的にも三食なのだろう。

 そういうわけで、少し待っていれば空腹は満たされることになるわけだが――


「……まったくしょうがないわね。アンタが腹を空かせ続けてるってのも可哀想だから、少し早くご飯にしてあげるわよ」


 クレアがそんなことを言ってきたのは、まだ多少の責任感と罪悪感を覚えているせいだろうか。

 何となくその横顔からは、そういったものが垣間見える。


 ただ、そればかりではなく、純粋にこちらのことを心配してくれてもいるようだ。

 相変わらずの不器用っぷりに口元を緩めると、目敏くそれに気付いたらしく軽く睨まれたので、肩をすくめておく。


「それじゃあお言葉に甘えさせていただきますかね。まあ真面目な話、そうしてくれると確かに助かるしな」

「……ふんっ。じゃあそうしてあげるから、ありがたく待ってなさいよ」


 そう言って足早に歩き出した姿は、どう見ても照れ隠しであった。

 苦笑を口元に刻みながらその背を見送り、さて自分はどうしたものかと思う。

 手持ち無沙汰となってしまったからであった。


「ふーむ……そういえば、完全に暇になったのって随分久しぶりな気がするな。さて、何をしたもんかね……」


 クレアがああ言った以上は、おそらくすぐに食事になるのだろう。

 となれば実際にはあまり時間はなく、ボーっとしていたらすぐに過ぎてしまうに違いない。


 だがそれは少々勿体無い気がするのだ。

 どうせならば何かをしたかった。


「とはいえ……んー……こういう隙間時間が出来るってことはほぼないからな。基本的にはあいつらの面倒を見てるわけだし」


 この孤児院は狭いというわけではないのだが、ここで暮らしている者は今のところ六人しかいない。

 ルイーズを含めての話であり、子供は五人だけだ。


 そう、実はこの孤児院ではカイル達が年長なのである。

 そのせいもあって、カイルは普段大半の時間をディック達の面倒を見ることで過ごしていた。


 クレアがご飯を作るような物言いをしていたのも、そのせいである。

 ようなというか、実際にクレアが孤児院での食事作りを担当しているのだ。


 ディック達に食事の準備が出来るわけもなく、ルイーズは孤児院長として色々やることがある。

 話し合って決めたのではなく、いつしか自然と出来上がっていた役割分担であった。


 そしてそんなカイルの役目は、今のところリンダに取って代わられてしまっているのだ。

 戻って来る様子はないし、おそらくしばらく世話をしてもらうことになっているのだと思われる。

 ちょうどいいということで、きっと授業(・・)の時間が終わるまで頼んでいたに違いない。


 子供の世話というものは言うまでもなく年中無休の代物であり、リンダにディック達の世話を頼むことはちょくちょくあった。

 しかしそれは基本的にカイルに他の用事があって面倒を見る事が出来ない時なのである。

 こうして本当に何もすることがないというのは非常に珍しい……というか、ここ最近ではまったくないことなのだ。

 そのせいでカイルは、何をして暇を潰すかということが思い浮かばなかったのである。


 さてどうしたものかと思いながら、カイルはとりあえず適当に廊下を進むのであった。









 結局のところ、暇を潰す手段を思いつくことはなく、適当にぶらついている間に昼食の時間となってしまった。

 暇潰しに悩む八歳児ってどうなんだろうな、などとは思いつつも、どうでもいいといえばどうでもいい思考である。

 それ自体を暇潰しのように弄びながら、カイルは席に着いた。


 そこは一応食堂と呼んでいる場所だ。

 単純にテーブルと椅子が並べられている場所ではあるものの、それらしくはなっている。

 ルイーズも既に呼んでおり、先に席に座っていた。


 いつもと比べると少々早い時間だが、事情を何となく察しているのか、あまり気にしていないだけなのか、ルイーズからは特に何も言われてはいない。

 いちいち言うまでもないようなことだと言われてしまえば、それまでなのかもしれないが。


 ともあれ。


「それにしても、本当に早かったな」

「べ、別に急いだわけじゃないわよ!? あの時点で大体終わってたってだけだし、いつも通り簡単なものしか用意してないもの……!」

「いや、確かに簡単なものって言えば簡単なものではあるが、十分だろ」

「そうね……そもそも用意してもらえているというだけで十分よ」

「っ……い、いいからさっさと食べるわよ! 折角早く用意したのに、食べるのが遅くなったら意味ないじゃない!」


 それはあからさまな照れ隠しであったが、特にそれ自体に異論はない。

 そうだなと頷くと、両手を合わせいただきますと呟いた。


 尚、そのやり方はこの世界での食事の挨拶というわけではなく、単に前世からの癖である。

 まあ、今日初めてというか改めて気付いたわけではあるが、どうやら自然とやっていたらしい。


 ただ、止められた記憶がないあたり、おそらくは決まったやり方というものがあるわけではないのだろう。

 ルイーズとクレアは両手を組んで祈りの言葉のようなものを呟いているものの、よく聞いてみると二人の言っていることは微妙に異なっている。

 食事を摂れることに対しての感謝を述べるのであれば、何でもいいようだ。


 そうして二人の祈りっぽいものが終わったのを見計らってから、視線をテーブルの上へと移動させる。

 クレアが言っていた通り、そこに並んでいたのはいつも通りのものであり、簡素なものだ。

 どちらかと言えば粗食と言うべきなのかもしれないが、別に不満があるわけではない。

 いや、まったくないと言ってしまうと嘘になるだろうが、仕方ないと分かってもいるからだ。


 具材が豆だけのスープに、硬い黒パン。

 パンは本当に固くてスープに浸しながらでないと食べられたものではないし、そのスープはもの凄く薄い塩味でしかないため、ほぼそのためにあるようなものである。

 三食ほぼ変わらないメニューであり、三日に一度ぐらいは夜に肉が少しだけ追加されたりするが、基本的にここでの食事は楽しむものではなくただ腹を満たすためのものなのだ。


 かつては不満を覚えていたりもしたものの、さすがにもう慣れている。

 そもそもこれは単純に食材がないせいなので、クレアのせいではないし、どうにかしようもないのだ。

 改善しようにも、前世ではろくに自炊すらしなかったカイルに何かが浮かぶわけもない。

 そのうち肉の頻度ぐらいはせめて増やしたいものだと思っているが、それもまだ先の話でしかなかった。


「……そういえば、三人だけで飯食うのって大分久しぶりだな」


 と、そんなことを考えながらポツリと呟いたのは、妙に静かだなと思ったからだ。

 スープにパンを浸しふやけるのを待ちながらの思考であったが、普段ならばそんなことをしている暇はない。

 ディック達の言動を見張っていなければならないため、パンをスープに浸しておいたらいつの間にかふやけているといった感じなのだ。

 こんな風に手持ち無沙汰気味になることはなく、そこからそういえば今はディック達がいないんだったかと、今更のように気付いたのである。


「そう言われてみれば、そうね……というか、ディック達が来てからは初めてじゃないの?」

「そうかもしれんな……かつてはこっちの方が普通だったのに、今では微妙に違和感すら覚えるんだから、随分とあいつらがいる生活に慣れたもんだ」

「そんなものよ。それを言ってしまえば、私はあなた達と一緒でなかった時の方が長いもの」

「そうなのよね……当然のことなんでしょうけど、そう言われるとちょっと不思議な感じがするわ。って、そういえば今更っていうか念のために聞くんだけど、ディック達のご飯ってどうなってるの?」

「本当に今更じゃないか、それ……? というか、用意する前に聞かんと意味ないだろ」

「も、戻って来る様子がないから、リンダさんにそこまでお世話になってるんだろうなって考えてたのよ……! だから念のためって言ったでしょ……!」

「まあ俺もそうなんだろうなと思ってはいたが……で、正解は?」

「リンダさんに任せている、で正解よ。一応お昼寝まで世話してもらうように頼んでいるわ」

「ふむ……じゃあ飯が終わったらそのまま授業(・・)ってことか?」

「そのつもりで考えているわね」


 基本的に年中無休な子供の世話だが、子供だからこそ昼寝の時間というものは必要だ。

 しかしそうなるとカイルは手持ち無沙汰となるわけで、その時間を有効に活用するためにも、カイル達はそこでルイーズから様々なことを教わっていた。

 以前にも少し触れたことではあるが、それが授業である。


 始まったのは三歳の頃からであった。

 もちろんその頃はまだディック達はいなかったのだが、ルイーズはルイーズでやることがある。

 そのためその頃も一定の時間しか授業は行われておらず、結果的には今も大差ない状況であった。


 ちなみにその授業は勉強部屋と呼ばれている一室で行われている。

 簡素な机が二つに、椅子が三つあるだけの場所ではあるが、三日に二日は使っている馴染みの部屋だ。


 尚、残りの一日は外で戦闘の仕方を習ったり鍛錬をしている。

 といっても基礎的なものではあるのだが、基礎とはいえ身体を動かす以上は外でやるしかないのだ。


 だが昼寝をさせているとはいえ、子供達が不意に起きてしまわないとは言い切れない。

 別の部屋にいる程度ならば多少は何とかなるが、外では万が一ということも有り得る。

 なのでその時にはリンダに見てもらっており、ディック達がリンダに慣れているのはそういう理由からであった。


「ちなみに、今日は何についてやるんだ?」


 昨日魔物と戦っていたのも、この時間を使ってのことだ。

 つまり昨日は外の日ということでもあり、必然的に今日は座学である。


 まあ何をやるのかについては何となく予想はついているのだが――


「そうね、さっきの話の続きをしようかと思っているわ」

「それってつまり、加護ってことよね……?」

「そういうことね」


 それは予想通りではあったが、クレアが少しだけ嫌そうな顔をしたのは、おそらく既にクレアはある程度のことを知っているからなのだろう。

 別にそれは不思議でもない。


 カイルが基本子供達の世話で手が埋まっている分、クレアは食事だけではなく家事全般を担当している。

 とはいえ常にやることがあるわけではないだろうし、やることがない時間帯にルイーズからそういったことを教わっていたとしてもおかしくはなかった。


 クレアにだけそのことを教えていたのは、ルイーズの性格を考えればこれまた納得出来ることだ。

 ルイーズは極端な合理主義というか、無駄を出来るだけ省く傾向にある。

 加護を授かる人というのは本当に稀なようだし、加護のない人に加護のことを教えても無駄だと考えたならばそんなことがあってもおかしくないのだ。


 まあ実際のところ、授業をやれる時間は限られているし、カイル達の知らないことは山ほどある。

 関係のないことでも興味を覚えるものはいくらでもあると思うが、仕方のないことでもあるのだ。

 それこそ合理的に考えるのであれば、それは当然の選択でもあった。


「多少退屈に感じるかもしれないけれど、あなたにもちゃんと意味のある話よ?」

「……分かってるわよ。母さんが無意味な話をしないなんてこと分かっているもの」

「まあ母さんだしな」

「何か含みを感じる気がするけれど……まあいいわ。そういうわけで、今日の授業は加護の詳しい話をする予定よ」


 しかし何はともあれ、今回その話をしてくれるというのであれば、否やなどあるわけもない。


 加護。

 神々の祝福。

 言葉からして、そして実際に自分が体験したことからしても、それが自分の夢にとって有用な代物となりそうなのはほぼ確実だ。


 別段特別な力というものを求めていたわけではないのだが、あるに越したことはないし、単純に興味もある。

 ふやけきったパンを口の中へと放り込みながら、さてどんな話がされるのだろうかと、カイルは口元を緩めるのであった。

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