試練終了
場違いなまでに軽やかな音が響く中、さすがのカイルも現状を把握するのに数瞬を費やした。
「は……? 試練……? 合格……?」
「ええ、忘れたのかしら? これはそもそも、試練よ?」
「試練、って……え? 今のも、ですか……?」
「というか、あなた達が試練の間に入ってきてから、今の今までが全て試練だったけれど? まあ、さすがに空間を壊して侵入してくるとは予想外だったけれど。本当は途中でここに呼び寄せるつもりだったのよね。彼女に外で待っていてもらったのも、そのためだもの」
その言葉に、カイルは自然と自身の右ポケットを見下ろした。
ああ言うということは――
「……お前もグルだったってことか?」
『完全な冤罪です。私は知りませんでしたし、先ほど語った言葉は全て事実です。……もっとも、微塵もその可能性を考えていなかったと言ってしまえば、嘘になりますが』
「なら最初からそう言っとけ」
『申し訳ありません。次からはそう致します』
溜息を吐き出した後で視線を上げると、目が合った。
軽く微笑まれ、思わず視線を逸らす。
やはりと言うべきか、非常にやりづらかった。
「……で、結局どういうことなんだ? ティナは命を捧げることを拒否し、俺もそれに同意を示した。ティナの様子とかから考えると、人類を救うのにティナが死ぬ必要があるってのは事実なんだろう。それでどうして試練を合格したことになる?」
「決まっているでしょう? 少女の命を犠牲にすることを肯定する者が、人類を……世界を救うことなんて出来るわけがないもの。少女の一人も救えないで、世界を救えるわけがないでしょう?」
「……俺は世界を救うつもりなんかないが?」
「同じことよ。その娘は自分では何だかんだ言うかもしれないけれど、おそらくは結局人類を見捨てることも出来ないわ。だから結局あなたも、人類のためにではなく、その娘のためにこそ、人類を救わなければならなくなる。そしてこの試練は、元々そこら辺のことを確認するための試練なのだもの」
「……心のあり方を問うための試練だとか俺は聞いた覚えがあるんだが?」
『少なくとも私はそう聞いていたのは確かですので、嘘は言っていませんが?』
「というか、何も間違っていないでしょう? 人類を救うに値するか、その心のあり方を問う。そしてあなたは、それを証明してみせた。何も間違っていないわよね?」
確かに言葉の上でだけは間違っていないような気がする。
だが、そこはかとなく釈然としないのは何故だろうか。
「……カイルさんはそうかもしれませんが、わたしはどうなのですか? わたしがそれに当てはまるとは思えないのですが……それに、わたしは未来とも言われた気がするのですが」
「そんなことないわよ? あなたが全ての中心で鍵なのは変わらないもの。あなたが失われてしまえば、その時こそ本当に人類は滅亡を回避する手段がない。そしてあなたは、変わらない想いを持ちながらも、今を選んでみせた。即ち、確定した死ではなく、その先の生を――未来を。あなた達は確かに、人類を救う事が出来るのかもしれない、という未来を感じさせてくれたわ」
だから、試練は合格。
そういうことらしい。
「正直釈然とはしないが……まあそれはいい。で、つまりは、お前達の計画は最終的に何か変更があったってことなのか?」
「ないわよ? あるわけないじゃないの。そんなことが出来るのならば、最初からその娘を犠牲にするような選択など選んでいないわ」
『……まあ、そうですね。当時色々な方法を検討してみましたが、その全てが効果なし、と出ました。ですが……では、どういうつもり、いえ、どうするつもりなのですか?』
「どうもしないわよ? 少なくとも私には何も思い浮かぶものがない。だから、あなた達がティナの命を犠牲にする道を選ぶのならば、それはそれで私は試練の合格とみなしたでしょうね」
「それは、つまり……カイルさんがどうにかしてくれるのを期待する、というところでしょうか?」
「そうなるでしょうね」
「酷い無茶振りをみたんだが?」
だがやりがいがあると言えば、そうなのかもしれない。
そう思わなければやっていられない、とも言うが。
『……それは、あなた方全員の結論なのですか?』
「まさか。皆がどう判断するかは分からないけれど、少なくともこれは私だけが出した結論よ。でも問題はないでしょう? そもそも人類を救える保証なんてなかったし、最終的に人類が救えるのであれば、方法なんてどうでもいいもの」
『それはそうかもしれませんが……少し、変わりましたか? 私の知っているあなたでしたら、そんなことは言わなかったと思いますが』
「かもしれないわね。でも変わらない人間なんていないでしょう? それこそティナが昔のままだったならば、あのままあの言葉に同意していたでしょうし。まあともあれ、まだ時間はあるわ。ゆっくり考え、そして色々と試しなさい。今この時代だからしかできないということもあるでしょうし」
「ああ、そういえば、少なくとも二年は猶予があるんだったか? ならそう急ぐこともないか」
ティナ達が目覚めるのが本来は二年後だったことを考えれば、最低でもそこまでは人類は滅亡しないということだ。
もちろん、滅亡していないというだけで、どんな状態になっているのかは分からないが――
「……二年という話は、その娘達から聞いたのだろうけれど、それに関してはあまり考慮に入れない方がいいと思うわよ?」
『……それはどういう意味ですか? もしや、私達が眠った後に何か新情報でも?』
「口では説明出来ない、というか、しきれないわ。それに、おそらくは理解もしきれない。どうせ試練を巡るためにも、世界を巡ることになるのでしょう? ならばその目で見て、確かめてみるといいわ。私から言えるのは、そうね……さすがに千年もあれば誤差一つでまったくの別物になってしまう、ということかしら」
「何とも不吉で意味深な言葉だな……というか、俺達は世界を巡る必要はあるのか? まあ、何となくそんな気はしてたが、どうやら試練は世界中に散らばってるようではあるも……そもそも、もう試練を受ける必要はなくないか?」
「えっと……確かにカイルさんは試練を辞退しようとしていましたが、結局合格したのですから、他の試練も受ける必要はあるのでは?」
「いや、そもそも試練って、ティナが人類を救うために必要なものなんだろ? 最終的に死ぬために。それをやらないってことになったんだから、必要はないんじゃないかと思ってな」
「そうね……必要か否かで言えば確かに必要はないけれど、意味はあるわよ?」
『一部の記憶や、魔法に関しても今のままでは封印されたままですしね』
「ああ、そうか、記憶があったか……あと魔法もそうなのか? まあ別に魔法はいい気がするが……」
記憶に関しては、確かに戻せるのであれば戻した方がいいだろう。
だが魔法の方は、何とも言えないところだ。
その内容次第な気もするが、それによって便利になるならばともかく、ティナが危険な目に遭う確率が上がるというのならばそのままの方がいいのかもしれない。
「魔法は、そうね……あるならばあるで越したことにはないでしょうけれど、なくても困らないと言えば困らないわね。あと正直、記憶に関してもそうだと思うわ」
「ん? そうなのか? ティナが困らないか?」
「……少なくとも現状わたしは困っていませんので、確かに問題はない気もします。自覚がないだけかもしれませんが。それでも、おそらく封印されているのだろうわたしの過去はよく思い出せないのですが、実感も薄いので積極的に思い出したいとはあまり思えませんし、やはり問題はないと思います。一部だけ、思い出したいものもあるのですが」
『……そうですね、ティナ様の記憶に関しては、そのままでも問題はないでしょう。ただし、試練を受ける必要はなくとも、意味はあると思います。現状では情報も封印されてしまっているため、方法を考えるにも難しくなってしまっているので』
「ああ、そうか、そのためには……って、いや、そいつに聞けばいいんじゃないか? なんか色々知ってそうだし」
「……私かしら? 確かにあなたに比べれば知っているでしょうけれど、私が全て教えるのは不可能よ?」
「そうなのか?」
『私達は互いに得意とするものが異なりましたからね。これは魔法が、という意味ですが、それに応じて私達はそれぞれ異なることを研究していました。ある程度は共有していましたが、それぞれの専門分野はやはり本人に聞かなければ分からないでしょう』
「ふむ……というか、その話を聞く限りでは、他のとこにもコレと同じようなのがいるのか?」
また厄介そうだな、などと思っていると、それが顔に出ていたのだろうか。
苦笑を浮かべながらフォローじみた言葉を受けた。
「自分で言うのもアレだけれど、他のところは私ほど厄介じゃないと思うわよ?」
「自分で言ってりゃ世話ないな。そういえば、アンタが知ってる情報ってのは、具体的には何なんだ?」
「そうね……私が知っているのは、かなり漠然としたものよ。人類を滅亡させる敵についてのもの」
「敵、ねえ……それってやっぱ魔王のことなんだよな」
「ええ、さすがにそれは分かるわよね。厳密には魔王を頂点とした魔王軍と言うべきだけれど、まあ大差はないかしら」
「魔王、か……ということは、またあそこに行くことになるんかね」
「あら、その言い方からすると、一度行った事があるのかしら?」
「一度行ったっていうか、割と最近だな」
「わたし達がカイルさんと初めて会った場所ですからね。しかも、一月前です」
『はい……アレはきっと運命の出会いでした』
「勝手に美化すんのはいいが、せめて自分の頭の中だけでやってくれ」
「……あなた達、どうやら予想以上のことをしてくれているみたいね。まあいいわ。では折角だから、私の知っている情報の中で、あなた達の役に立ちそうなものを教えてあげましょう」
そう言ってそれが語りだしたのは、主にどうして魔王達によって人類が滅亡させられてしまうのか、ということであった。
ティナの存在が必要で、且つ命を犠牲にする必要もある、という時点で単純な戦力の問題ではないとは思っていたものの、中々厄介そうな代物だ。
何でも、魔王やその側近、所謂魔王軍の幹部などと呼ばれている者達は、普通の手段では傷一つ付けることは出来ないらしい。
何故ならば、魔王達は全て別の世界の別の次元の存在だからだ。
本来はこの世界よりも上位の世界にいるはずの、こっちの人間達よりも神に近い存在である。
人間に倒せるわけがないのは道理だ。
だが今の時代になくなっていて、千年前には存在していたある可能性が一つだけあった。
それが、魔法である。
魔法とは、理から外れすぎているが故に、人の手に余ると神から判断され、廃れさせられたものだ。
使い方次第では、魔王すら討てる可能性があった。
しかし同時に、それはティナでは不可能である。
ティナの才能は全て魔法に寄ってしまっているからだ。
ある程度の相手とならばともかく、魔王なんてものとは戦いにすらなるわけがない。
そもそも、千年前だろうと今だろうと、魔王などというものと戦えるのなんて勇者ぐらいのものだ。
勇者とは、そのために神から選ばれた存在なのだから。
だが神ですら、既に地上にいない以上はそれほどの力は振るえない。
勇者を魔王と戦うことの出来るぐらいに強化することは出来ても、上位世界の存在を傷つけるようには出来なかったのだ。
故に、勇者がいるというのに、人類は滅亡してしまう。
そしてそれを防ぐために必要なのが、やはり魔法だ。
勇者に魔法を教えることが、必要なのだ。
けれど、それでも足りない。
勇者は確かに天才ではあるが、その才能は戦闘に特化しすぎているのだ。
魔法を使いこなすための才は、既に残されていない。
しかしないのであれば、補えばいい。
あるところから持ってくればいい。
例えば、魔法に関しては天賦の才を持っていた少女の命と魂とか、である。
そうしてそれが、それしかないと判断し計画した、彼女達の計画であった。
そこまでを聞き、カイルは唸る。
果たして自分がそこにいたならばどんな結論を出していただろうかと考え、肩をすくめた。
考えたところで分かるわけがないと思ったからだ。
とりあえず今分かっていることは、一つである。
「……こりゃまた大変そうだな」
「頑張りなさい。その娘を死なせないのでしょう?」
「……本当に魔法以外では手段がないんですよね?」
「というか、そもそも魔法ですら可能性がある、というだけだもの。それ以外となれば、現代ではお手上げでしょうね。あるいは、神が直接降りてくるとか、魔王達と同じように上位世界から誰かがやってきてくれるのであれば可能性はなくもないけれど……後者の場合は最悪敵が増えるだけだもの。期待するだけ無駄でしょう」
『やはり、カイル様に全ては託されている、ということですね』
「あまり重いもんを背負わせようとしないでくれ。逃げたくまっちまうからな」
そんなことを言って溜息を吐き出すと、ふとティナが笑みを零した。
どうしたのかと思って視線を向けてみると、笑みを携えたまま、言葉を口にする。
「いえ、口ではそういうことを言いながらも、カイルさんの顔は全然そんなことを言っていないようですから」
「……そうか?」
言って、首を傾げてみたものの、割と自覚はあった。
確かに大変だとは思いはしても、実際には逃げようとは思わないだろう。
そう思ってから、その思考がティナに筒抜けだったことにくすぐったさのようなものを覚え、カイルは代わりとばかりに苦笑を浮かべたのであった。




