導かれた先
「導くってなるほど……こういうことか」
眼前に広がった光景を眺めながら、カイルは溜息を吐き出した。
全身の感覚が戻り、視界も戻った瞬間に周囲を素早く警戒したのだが、その時はもうそこにいたのだ。
周囲にあるのは、むき出しの岩肌。
上下左右だけではなく、軽く飛び上がれば触れそうな位置にある天井もまた、同じような岩だ。
どうやら洞窟の中のようであった。
ただし、前方の先には、一つだけ明らかに材質の異なるものが存在している。
白亜のように一面真っ白なそれは、扉だろうか。
つまりは、ここがティナの記憶の封印を解くための場所の一つであり、試練とやらを受けるための場所のようであった。
「っ……ここ、は……?」
と、足元で軽く目を回していたティナも、気が付いたようだ。
周囲を眺め、呆然としながら目を見開いている。
当然の反応だろう。
『どうやら、お二人ともご無事なようですね。何よりです』
「何よりじゃねえよ。転移するってんならちゃんと事前に報せておけ」
空間転移。
即ち、あの村のあった場所から、一瞬でここへ移動してきたのである。
そういった魔導具が存在しているらしいという話は聞いたことはあったが、まさか自分で体験するとは思わなかった。
良い体験か否かで言えば、確かに得がたい経験ではあるのだろうが、せめて心の準備ぐらいはさせて欲しいものだ。
さすがのカイルもアレは焦る。
『申し訳ありません。私もあの瞬間に思い出したもので。カイル様がおっしゃられていたような鍵もあるのですが、そういえば転移用の魔導具の実験を兼ねていた鍵もあり、それは確か銀色をしていましたね、と』
「あー……まあそれならば仕方なくはある、か。確かにさっきも先に謝ってたしな。ただ、何だよ実験って……怖すぎるんだが?」
『あ、いえ、あくまでも当時はそういう扱いだった、というだけであり、結果的には問題ないと判明していたはずです』
「ふーむ……まあ、それならばいい、か?」
若干の不安はあるが、どうせ既に終わってしまったことなのだ。
それよりは、これから先のことを考えるべきだろう。
「ティナ、大丈夫か?」
「あ、はい、ようやく立ち直れて来ました。……それにしても、ここが目的の場所、ということでいいんでしょうか?」
「俺はいいんじゃないかと思ってるが……ナナは何か知ってたりするか?」
『そうですね……見覚えがあるような気がしますので、おそらくは間違いないかと。ただ……』
「ただ、なんだ? 何か気になる事でもあるのか?」
『はい。私の予想が正しければ、ここの試練は彼女のものなはず。最初に持ってくるのは……いえ、あるいは最初からいいのでしょうか……?』
「おーい、意味深なことを言われてもこっちには分からんのだが?」
『……いえ、申し訳ありません。気になる事があるのは事実ですが、おそらくは今考えていても仕方のないことかと。一先ず進んでみるしかないでしょう』
そういう言い方をされると逆に気になってしまうのだが、これ以上口を開くつもりはなさそうなので仕方があるまい。
ティナも気にしているような顔をしていたものの、頷き合うと一先ずナナの言葉に従うことにした。
とはいえ――
「先に進むと言っても、どうすんだこれ?」
最初は扉かと思ったのだが、取っ手などがないし、そもそも中央に切れ目がない。
扉というよりは、壁の方が近そうだ。
軽く叩いていると、思ったよりも硬質そうな音が返ってくる。
白亜のようにも見えたものの、実際には何らかの金属出来ているのか、あるいは培養槽がそうだったように未知のもので出来ているのかもしれない。
「ここ以外には、変わったところはありませんよね? それとも、ここは入り口ではなく、入り口の先、ということでしょうか?」
「ああ、本来はここから入ってきて、この奥に進むってことか? いやでも、転移する以上は本来もクソもない気がするな」
「あ、言われてみればその通りですね」
「で、正解はどうなんだ?」
『私に聞かずにもう少し考えて欲しいのですが……まあ、いいでしょう。こんなところで時間を使っても意味はありませんし。ティナ様、先ほどの鍵は持っていますね? それをはめ込む場所がそこにあるはずです』
「はめ込む場所、ですか? えっと……あ、確かにそれっぽいところがありますね」
確かによくよく眺めてみれば、下の方に僅かな窪みがある。
大きさからしてピッタリ嵌まりそうだ。
だがそこに鍵をはめ込もうとしたティナを、カイルは直前で止めた。
「ティナ、待った」
「はい? どうかしましたか?」
「いや、さっきみたいなことがまた起こられても困るからな。せめて何が起こるのかぐらいは知っておきたい」
「あ、確かにそうですね」
『いえ、さすがに今回はあんなことは起こりませんよ? 鍵をそこに嵌めればその壁が消えるだけです』
「開くんじゃなくて消えるのか……というか、やっぱりこれって扉ってよりは壁なんだな」
『鍵を嵌めれば開くことを考えれば扉とも言えますが、どちらかと言えばそれは本当の扉を隠すための蓋ですから』
「隠すって、めちゃくちゃ目立ってるが?」
『本当の扉は鍵を使ってしか現れないようになっているのです。例え強引に破壊したところで、その先にあるのはただの岩壁です』
「ふむ……なるほどな」
封印がセーフティであることを考えれば、そのぐらいのことをしても当然か。
この場所といい、ちょっと冒険っぽくなってきたな、などと心の中でわくわくしていると、視線を感じる。
見ればティナが、手元の鍵と鍵穴、それとカイルの顔を交互に眺め、何事か悩んでいるようであった。
「どうした?」
「あ、いえ……流れでこのまま向かう感じになっていましたが、ここで一度休むべきかと思いまして」
「ああ、確かに遺品探しや、穴の中に遺品を入れたりしてたしな。慣れない事をすれば疲れるのも当然か」
「いえ、わたしは大丈夫なのですが……カイルさん、今日はまだ休んでいませんよね?」
「ん? あー……そういやそうだな」
当たり前のことではあるが、人里などなく、さらには魔物が徘徊しているような場所を旅するとあれば、夜もおちおち眠ってはいられない。
誰かが常に見張りを行っている必要があるのだ。
二人での旅となれば、交互に見張りを変わるのが基本だが、さすがにティナにやらせるわけにはいくまい。
戦闘能力に関してもそうだが、ティナは旅に慣れていないらしく、夜は体力を回復させるので精一杯なのだ。
特に最初の頃は日中に歩くのが限界で、日が沈んだら飯を食べ横になると、そのまま日の出までぐっすりなほどであった。
しかもそれですら疲労は完全には抜け切れてはいなかったのだ。
ちょくちょく休憩を挟んではいたが、三日に一度は少し早めに休ませる必要があった。
今ではそれもなくなり、休憩の回数も減ってはきたものの、やはり夜は変わらない。
旅を続けるためにも、夜はカイルが見張りを行う必要があるのだ。
だがそんなことをずっと続けていては、さすがにカイルとて持たない。
そもそも旅に慣れていないのはカイルも同じなのだ。
どうやら龍とのやり取りの中で体力も大分ついたらしく、一日中ですら歩き続けられそうだが、要するにそれは体力でごり押ししているだけである。
そしてそれも、無限ではない。
二、三日程度ならば不眠不休でいけそうだが、やがて限界は訪れる。
何よりも、常に余裕を残しておかなければ、いざという時に危険だ。
そのため、カイルは日中に休みことにしたのであった。
遮るものがあり、身を隠せそうな場所を見つけられれば、そこでカイルは横になり二、三時間ほど眠る。
その間の見張りはティナ、というよりはナナが行う。
日中であれば危険は見つけやすいし、それが迫ってくるようならばカイルを起こす。
幸いにもそういうことはそうそうなかったが、そうしてカイル達はこれまで旅を続けてきたのだ。
そして今日は朝早くに村を発見し、そのまま埋葬のために動き回っていたため、休んでいない。
場所を考えれば危険は少なそうだし、ここは休んでおくべきなのかもしれないが――
「……いや、俺も大丈夫だ。昨日は魔物の気配すら感じなかったから、見張りというよりは半分休んでたようなものだったしな」
「そういえば、朝食を確保するのに少し遠くにまで移動した、と言っていましたね」
「ああ。それで何かあるのかもしれないと思い、探した結果あの村だった場所を発見したわけだが……もしかして、あそこに魔物が近寄ってこなかったのは、その鍵となんか関係があったりするのか?」
『……その可能性はありますね。あそこには結界が張ってあったわけでもありませんし、私も不思議に思っていたのですが、その鍵にはそういった効果もあったはずです。魔物に奪われてしまったりしたら大変ですから』
「それなら何であの村は……いや、さすがに完璧に防ぐのは無理か」
魔物が近寄らないのであれば、人が殺され村が壊されることはないのではないかと思ったものの、考えてみればあくまでも近寄れないだけなのだ。
物理的に魔物からの攻撃を防げるわけではない。
『そうですね、あくまでも近寄らせないためのものですから、例えば遠距離から攻撃をされたりしてしまえばどうしようもありません』
「ですが近寄れなかった結果、あそこまで色々なものが残されていた、ということですか」
「ふむ……理屈には合うな。ちなみにあの村に鍵があった理由とかは分かるのか?」
『おそらくは、ここはあそこからそう遠くない場所にあるのでしょう。鍵は最寄の人里に残しておくと決められていましたから』
「んー……ここから近いんなら、ここの試練とやらが終わった時にはあそこに鍵を戻すのもありか?」
「そうですね……ですが大半の物は埋めてしまいましたし、残っているのは家の残骸などです。下手に興味を覚えられてしまわないように、戻さないのも手かとは思いますが……」
『まあ、その辺は試練が終わってから考えればよろしいのではないでしょうか?』
「それもそうだな」
じゃあそういうことで、とティナに視線を向けると、頷きが返ってくる。
そうして今度こそ鍵が嵌められ――瞬間、壁が光った。
しかしまた光るのか、と思ったのも束の間、ゆっくりとその壁が消えていく。
まるで向こう側へと吸い込まれていくようであり、やがてそこには壁の代わりに大きな穴がポッカリと空いていた。
それを眺めながら、カイルは溜息を吐き出す。
「また随分と凝った演出だな……というか、これ奥見えないけど大丈夫なのか?」
『奥が見えないのはその先は別の空間に繋がっているせいですね。鍵を使わなければならない理由も、そこにあります』
「なるほどな……つまりある意味では、また空間を移動することになるのか」
この短時間の間に二度もとは、幸先がいいのか何なのか。
だが、それでこそだ、とも思う。
「ま、んじゃ行くか」
「はい」
そしてティナと一つ頷き合うと、カイルはその先へと向けて、一歩を踏み出すのであった。




