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魔法と魔導具

「ふぅ……。こんなもんか?」


 額の汗を手の甲で拭い、眼前の光景を眺めながら、カイルは一つ満足げな息を吐き出した。


 地面に掘った穴の中には、一つ残らず何かが入れられている。

 とりあえず必ず入っているのが人の骨であり、あとは家具や食器の残骸などだ。

 村の外れに作った、墓であった。


 ただ、その残骸が骨となってしまった人が使っていたものかは分からないが、元より穴に入っている骨が全て同一人物のものだという確証もないのである。

 逆に別の穴に入っているが、同一人物のものだという可能性もあるだろうし……そこら辺は勘弁してもらうしかあるまい。


 そもそも村中に散らばっていた骨を、場所ごとに大雑把に分類しただけなのだ。

 どうしたって無理が生じてくるのは仕方のないことである。


 それでも、個別に弔いたいからこそ、こんなことをしたのだ。

 出来ればちゃんとなっていて欲しいと思いつつ、ざっと確認し、問題がないことを確かめる。


「よし、じゃあティナ、後は任せた」

「は、はい……精一杯頑張ります……!」


 そう言って握りこぶしを作ったティナに、苦笑を浮かべた。

 気持ちは分からないでもないが、そこまで気合を入れるようなことでもない。


「いや、そんな肩肘張らなくていいからな? 仮に失敗したところで、他にも方法はあるし」

『そうですね。その時にはカイル様が頑張って埋めるだけですから』

「それは確かにそうなんだが、お前に言われると釈然としないのは何故だろうな?」

『何故でしょう……不思議ですね?』

「やかましい」


 そんなくだらないやり取りをナナと交わすも、どうやらそれを聞いてティナもいい感じに肩の力が抜けたようだ。

 くすりと笑みを漏らすと、一つ息を吐き出してから、両手を地面につける。


 そして。


「……いきます」


 言った直後であった。


 まるで生き物であるが如く地面が蠢きだすと、あっという間に全ての穴が埋まってしまったのだ。

 しかも、そこに穴を掘った痕跡は欠片も残されていない。

 周囲の地面と何の違いもなく、ここを一旦離れてしまえば、もう何処に穴を掘ったのかも分からなくなってしまうだろうと思えるようなものであった。


「こりゃまた予想以上に見事なもんだ……まさに魔法、だな」


 ――魔法。

 それは今ティナが使ってみせたものであり、しかし本来であれば有り得ざるものであった。

 もう六年以上前になるが、リディアと魔法は既に現存していない、という話をしたことは記憶にしっかりと残っている。


 だが現にこうして、魔法でもなければ不可能なことが起こっている。

 試しにそこらを歩き、地面を軽く蹴ってみても、やはり穴が掘った痕跡などは残っていない。

 人の手ではどれだけ隠蔽しようとしたところで、ここまで見事な結果にはならないだろう。


「ふむ……問題なさそうだな」

「それはよかったのですが……本当によかったんですか? これでは、すぐに何処に埋めたのかすらも分からなくなってしまうと思いますが……」

「それが目的なんだから、いいんだよ。下手に痕跡が残ってると、それが原因で興味を持たれて掘り返されるかもしれないからな」


 今は何故かこの近くに魔物が近寄らないが、それがずっと続くいう保証はない。

 また、魔王とかが気まぐれで訪れる可能性だってないわけではないのだ。


 その時ここに穴を掘ったという証が残されていたら、掘り返され死者の安寧が破られてしまうかもしれない。

 それでは折角弔ったというのに、意味がないだろう。


 そもそもその場で弔わず、村の外れにわざわざ墓を作ったのも、そういう理由からなのだ。

 村の中では何らかの理由により掘り返されてしまうかもしれないが、村の外れならばその可能性は低いはずである。


 もっとも、ここまで完璧に埋める事が出来るとは、さすがに思ってもいなかったが――


「ま、とりあえず、二重の意味で助かった。俺ではここまですることは出来なかっただろうし、穴を埋める作業をしなくても済んだしな」

「いえ、どういたしましてです。わたしも死者を弔うのに役立てたのでしたら、よかったですし」

『そしてこれで、ティナ様が魔法を使えるということも信じていただけましたね?』

「というか、それに関しては最初から疑ってなかったんだがな」


 実際カイルは、ティナが魔法を使えるということに関しての言及を、何も行っていない。

 カイルはただ、ナナがティナが使ったのは魔法だと言ったことに対して、そうかと頷いただけだ。

 驚くことすらしなかったのである。


『……疑っていなかったにしては、随分と反応が薄かったように思えましたが?』

「疑ってなかったからこそ、反応が薄かったんだよ。というか、予測できてたからな。それでもなければ不可解だったことが多すぎた」


 そう、カイルが驚かなかったのは、単に予想出来ていたからなのだ。

 ティナ達が何者であるのかということを予測出来ている以上は、別に難しいことではない。


「え、そんなわたし変なことやってましたか?」

「変ではなかったが、普通じゃなかったのは確かだな。例えば、さっきの飯はスープもそうなんだが、火はどうやって点けた、とかな。しかも、火に関しては飯作ってるときずっとだっただろ?」

「……あ。言われてみれば、その通りですね……」


 火打石のようなものを使っている様子もなく、料理の準備を進めていると、気が付けば火が点いているのだ。

 どう考えてもおかしいだろう。


『ですがそれは、他の可能性も有り得るのでは?』

「まあな。だからそれだけで確信を得たわけじゃない。言っただろ。不可解だったことが多すぎた、ってな。あと分かりやすいのは……そうだな、服か」

「服、ですか……?」


 自らの服を見下ろし、おかしなところを探そうとするティナだが、見つからないらしく首を傾げていた。


 実際のところ、その点はカイルも同感だ。

 ティナの纏っているローブには、変なところは一つもない。

 まるで新品のように真っ白(・・・・・・・・・)なのだから、当然である。


『なるほど……一月も旅をしてきたにしては、確かに綺麗過ぎますね』

「ああ。そもそもそれ、渡した時はもっと汚れてたはずだしな。最初はローブが特別なのかと思ってたんだが、なんか気がつけば俺の方も同じようになってたからな」

「……そういえば、寝ているカイルさんを見ている時、服が汚れているのを発見したので綺麗にしようとしたことが何回かありますね」

「多少汚れが落ちてるのとかならともかく、俺のも新品同然になってたからな。さすがに他の可能性は考えづらいだろ?」


 むしろ誰にでも出来るそんな方法があるならば、その情報を売れば大金持ちになれそうだ。

 魔法だったのだろうから、不可能だろうが。


「あとは、水もそうだな」

「水、ですか? スープに使ったもの以外で、ですよね?」

「水に関しては、どっちかと言えばおかしいと思わなかったことがおかしいんだがな」

「え……どういうことですか?」

「ここまで俺達は、一度も川とかの水源を一度も見つけてないし、雨も降ってない。なのに、一度も水不足に陥ってないんだぞ?」


 以前にも少し触れたが、カイル達が水を補給する手段は、カイルの持つ水袋からだけである。

 腰に括りつけられるぐらいだから当然のようにそれほど大きいものではなく、満タンにしていたとしても二人では一日も持つまい。


 それが、ここ一月の間ずっとなくなっていないのである。

 普通はおかしいと思うはずだ。


『それは……カイル様の持つその袋が特別なのではないのですか?』

「いや? 水が漏れないように多少特殊な細工はしてあるものの、これは普通の革製の袋だぞ?」

「……では、どうしてなくなっていないのですか?」

「決まってるだろ。俺が補充してるからだ」

『……それは、どういう意味でしょう?』

「そのままの意味なんだが……まあ、これに関しては見た方が早いか」


 念のためにその場から少し離れ、人差し指を立てると、地面へと向ける。

 ほんの少しだけ右手の籠手と人差し指の先とに意識を向け――


「――『清浄なる水よ、我が意に応え、汝の本分を示せ』」


 呟いた瞬間、人差し指の先から、蛇口を少し捻ったような感じで唐突に水が流れ出た。

 それはすぐに止まるが、流れた水は消えることなく、足元に小さな水溜りを作りだす。


「それは……」

『なるほど……魔導具、ですか』

「正解だ。まあ、俺達はこれを魔術とか呼んでもいるけどな」

「魔術、ですか……?」

『初めて聞く言葉ですね……そうして大仰な名を付けられるということは、魔導具は珍しいものなのでしょうか?』


 その言葉に、カイルはやはりかと心の中で呟いた。

 魔法が使えるという時点でほぼ明らかではあったし、その前から推測出来てもいたが、これでほぼ確実である。


 魔法が何らかの形で失伝していなかったという可能性はあっても、魔導具の存在を知っているくせにそれが希少であることを知らないなど普通は有り得まい。

 それが有り得る可能性は、一つだけだ。


 しかしカイルは一先ずその結論を胸に仕舞いこむと、彼女達の疑問に答えることにした。


「まあ、古代遺跡って呼ばれてるただでさえ珍しい場所からさらに稀にしか発掘されないものだからな。全世界で合わせても、百あるかないか程度だろう。だからこれ、割と珍しいことなんだぞ? まあ、色々な意味でティナには及びもつかないがな」


 尚、カイルが魔導具を持っているのは、龍から渡された装備がそうだったからである。

 さらにはカイルにはそれを使える才能があったらしく、こうして重宝させてもらっていた。


 というか、魔王城を後にした時、そのまま旅に出ることにしたのは、これを持っていたからという理由が大きい。

 普通であれば、水不足に陥る危険が高かったからだ。


 しかしこれがあればその限りではなく、旅をする上での主な懸念が食料だけだったのも、そういう理由だったのである。


「ちなみに、基本的には俺が水を供給してたわけだが、たまにティナが供給してた時もあったからな?」

「……確かに、水が少なくなっていた時には、補給が必要だと考えていたような気もします」

『……なるほど。こうして並べられますと、確かに不可解なことが多いですね』

「そういうことだ。予測も立てられるってもんだろ? ああ、ところでついでってわけじゃないんだが、魔導具が珍しいのかを聞くってことは、お前らにしてみれば魔導具ってのは珍しくもないものってことでいいんだよな?」

「そうですね……特に珍しいとは感じませんので、少なくともわたしにとってはそれほど珍しくもないものだったようです」

『……肯定します。私達にとって魔導具とは、日常的に触れるようなものでしたから。それと、既にカイル様は気付かれてしまわれたようですので、この際ついでに開示してしまいますが……お気づきの通り、私達は今から約千年前の時を生きていた者達です』

「ふむ……そうだろうと思ってはいたが、いいのか? それを俺に教えてしまって」


 それは確かに、カイルの推測していた通りのことではある。

 だがほぼ確証を持っていたとはいえ、それを自ら肯定してしまうとなればまた別の話だ。


 何せ千年前の人間など、どれだけの価値があるか分からないのである。

 しかも、ティナなどは今では失われてしまった魔法が使えるし、ナナもナナで十分アレだ。

 しかるべきところに連絡をすれば、きっと一生金に不自由することはないに違いない。


 もちろんカイルはそんなことをするつもりはないが、具体的に言葉にしてしまうということは、それだけのリスクを孕んでいるということだ。 

 それが理解出来ないナナではあるまいに――


『もちろんリスクは承知の上です。ですが私は……私達は、それでも貴方のことを信じると決めたのです』

「それは光栄だが……って、達?」

「はい。わたしも、ですよ?」

「……いつの間にそんな話してたんだ?」

「遺品を捜し、料理の準備をしている間に、です。もっとも、具体的に何を話すのか、ということはわたしも今初めて知ったのですが」

「いや、そこはちゃんと話し合って、大丈夫か確認しとけよ」

「大丈夫です。わたしはナナさんのことを信頼していますし……カイルさんのことも、同じぐらい信頼していますから」


 そう言ってジッと向けられた瞳に、思わずカイルは視線を逸らした。

 ここまで信頼されるようなことをした記憶はないのだが……まあ、悪い気はしない。


 そうして、一つ息を吐き出し……カイルは自身へと問いかける。

 まだこの二人に付き合う気があるのか、ということをだ。


 ティナを目覚めさせてしまった責任は取るつもりだった。

 しかしその分の責任はきっと、この大陸を抜け、別の大陸へと無事に渡る事が出来たらそこで果たしたと言ってしまっていいものだ。

 その先まで付き合う必要はない。


 だが、カイルには予感があった。

 この先の話を聞いてしまえば、おそらくそれでは済まない、と。


 しかもそれはずっと前から抱いていたものだ。

 というか、だからこそカイルは彼女達の正体を予測出来ていながらも今の今まで触れなかったのである。


 下手をすれば、二人の目的が果たされるまで付き合うことになるだろう。

 ついでに言えば、その内容に関しても何となく予測は付いている。


 故にカイルは、己に問いかけたのだ。

 そのつもりはあるのか……その覚悟があるのかを。


 答えはすぐに返ってきた。

 是、である。


 それはおそらく、冒険と呼ぶべきような日々となる。

 そんな確信にも似た予感があった。


 ならばこそ。

 それに乗らない理由こそがなかった。


「そうか……なら、精々その信頼に応えるようにしますかね」


 その言葉だけで、二人はこちらの言いたい事が分かったのだろう。

 ティナは笑みを浮かべ、ナナは分からないが、それでも少しだけ軽くなったような声で――


『そうですか……では私も信頼の深さを示すために、さらなる情報を開示すると致しましょう。それは、ティナ様の記憶に関してです。故あってこの時代にまで眠り続けることとなったティナ様ですが、本来ティナ様が目覚めるのは、あと二年は後のことだったのです。それが、目覚めてしまった。ティナ様の記憶に障害が発生しているのは、そのためなのです』


 そんな、やはり予想通りの言葉を口にしたのであった。

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