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少女の目覚め

 意識ははっきりとせず、ただ暖かいものに包まれている、という感覚だけがあった。

 何か大事な、やらなければならないことがあったような気がするものの、眠気という名の誘惑に抗えずその暖かさに身を委ねる。

 それに何となくではあるが、もう少しだけこうしていてもいいような気がしていたのだ。


 しかし唐突にそれが、消え失せた。

 まるでいつまでも寝ているなと言わんばかりに、取り上げられてしまったのだ。


 もう少しだけ、せめてあと五分だけ、と言いたいところであったが、すぐにその必要はなくなった。

 先ほどのものとは違うけれど、再び暖かい何かに包まれたからだ。


 今度は全身というわけにはいかなったものの、不満はない。

 まだ寝ていていいと言われたような気がしたし、何よりもこちらの方が心地よかったからだ。

 まるで、ずっと忘れていた何かを与えられたような気分であった。


 だが安堵出来たのは短い時間だけだ。

 それもまたすぐに取り上げられてしまったのである。

 冷たい床の上に置き去りにされたような寒気が全身を襲い、さすがにこれはもう起きてしまおうか、という気分になった。


 それでも起きることがなかったのは、その前にまた暖かいものに包まれたからである。

 しかもそれは先ほどと同じもののようで、思わず安堵の息を吐き出す。


 しかし安堵したのも束の間、今度は再び眠るような気分ではなくなってしまった。

 暖かなものに包まれ……何だか適度な揺れによって心は落ち着くものの、眠気は去ってしまったのだ。


 起きてしまおうかどうしようか、迷う。

 もう起きてしまってもいいような気もするし、まだこのまどろみの中でたゆたっていたいような気もする。


 それにこれは言い訳とかではなくて、まだ目覚めてはいけないような気もするのだ。

 何故だか頭の中に、まだ早い、という言葉が聞こえてくるようで。


 だがそんな時のことであった。

 迷っている間に、時間切れとばかりに暖かい何かが去っていってしまうのを感じたのだ。


 いつの間にか背中には冷たい感覚があり、それは悪寒となって全身を伝う。

 その暖かいものは、ここで逃してしまったらもう二度と手に入らないような気がしたのだ。


 未だ頭の中には、目覚めるべきではない、という声が響いていたけれど、迷いは刹那の時もなかった。

 ただ必死に、すがりつくように手を伸ばし――目が覚めた。


「……へ?」


 気が付くと、目の前には見知らぬ人物の顔があった。

 青年……というよりは、未だ少年と呼ぶべき年齢だろう人物だ。

 その顔に浮かんでいるのは驚いたような、意表を突かれたような表情である。


 その中にあって、黒い、まるで夜の闇のように真っ黒な瞳が印象的であった。

 驚いているのは確かなのに、そこには強い意志が含まれているのだということが不思議と分かる。

 映りこんでいる自分の紅の瞳が、その意志によってそのまま吸い込まれていってしまいそうだ。

 何故かその瞳から目が離せず……そしてそこで、ようやく気付く。


 顔が、物凄い近くにあった。


 ほんの少しだけ顔を前に突き出すだけで、触れ合ってしまいそうなほどの近さだ。

 それを何故と思って、そこでもう一つの事実にも気付く。


 それは、自分の右手だ。

 それが、少年の服をしっかりと掴んでいたのである。


 何故も何も、完全に自分のせいだった。


「ご、ごめんなさいっ……!」

「い、いや、こっちこそ……!」


 慌てて離せば、少年も慌てるように離れた。


 それを一瞬、何故だか名残惜しく思ってしまうも、その疑問に気付くよりも先に再度の謝罪が口に出る。


「そ、そのっ……今のはわざとではなくてですねっ……!」

「あ、ああ……俺も今のは別にやましいことをしようとしてたわけじゃなくだなっ……!」

『ですが今のは傍から見ますと、完全に何かをヤろうとしてたところでしたね』

「ややこしくなるから黙ってろ……! というか、さっきから思ってたんだが、お前最初の頃とキャラ違わないか……!?」

『いえ、こちらの方が素ですから、お気になさらず。最初の頃は猫を被っていましたが、もういいかな、と思いまして』

「もう一回被り直しとけ……!」


 不意に響いた第三者の声と少年が言い合いを始めたが、そのことに少女は疑問を覚えることはなかった。

 頭の中に声が響くという現象のことを不思議に思うことはなく、当たり前のことのように受け入れていたのだ。


 それに驚かなかった、という事実にすら気付かぬまま、少女は首を傾げる。

 先ほどの衝撃が二人のやり取りを聞いているうちに抜けていくと、至極当然の疑問を覚えたのだ。


「あ、あの……すみません、聞きたいことがあるのですが……」

「ん? あー……まあ、そうなるだろうな。だがその前に、とりあえずそれを着てもらっていいか?」

「それ、ですか……?」


 何のことだろうと思うも、何故だか少年は明後日の方向を向いたままであった。

 それを不思議に思い……瞬間、僅かに身体を襲った寒気に、身を震わせる。


 と、それで気付いた。

 自分が何も身に纏っていなかったということに、だ。

 視線を下ろしてみれば、下腹部を覆うように布のようなものが置かれている。


 それが何なのか分かったのは、持ち上げてみてからのことだ。

 どうやらローブのようである。

 なるほどこれを着るということかと少女はようやく納得した。


 そうしてその場を見渡し、何となく状況を把握する。

 周囲は薄暗く、おそらくはここは何処かの部屋か何かだ。

 半身を起こしている状態であるから、先ほどまでは寝かされていたのだろう。


 このローブはその時身体の上に被せられていたものだと思われる。

 しかしそこで自分が寝ぼけて起き上がってしまったため、ローブが下腹部を覆うような形になったのだろう。


 ざっと眺めた限りではその程度のことしか把握できないものの、とりあえずは十分だ。

 そして少年を安心させるためにも、なるべく早くこれを着るべきである。

 裸身を晒したままでいる趣味も、少女にはない。

 これは関しては、多分、でしかないが。


 幸いにもと言うべきか、ローブの着方で迷うことはなかった。

 さすがにその程度のことは分かるようだ。

 寝起きでぼやけていた意識がはっきりしてくるのと共に、少しずつ自分のことも理解していく。


 状況を考えれば間違いなく少年には裸を、それも上半身だけではなく全身を見られてしまっただろうが、それに関しては気にしていなかった。

 というよりは、仕方のないことなのだろう、と思っているというところだろうか。

 厳密には気にしていないわけではないのだが、それはきっと緊急避難的な、気にしても仕方がないだろうことなのだ。

 具体的なことは何も分からなかったが、不思議とそういうことなのだということだけは分かった。


 だから頬が熱くなってしまうのも気にしないフリをして、さっさと着替え終えてしまう。

 上から被るようにし、両手を出せば、あっという間に終わった。


 ざっと全身を眺めて、問題がないのを確認してから、彼に声をかける。


「着替え終わりましたから、もうこちらを見ても大丈夫ですよ」

「あ、ああ……えっとその、とりあえず、すまんと言っておく。色々な意味で」

「必要ないとは思うのですが……分かりました。とりあえず、謝罪は受け取っておきます。それで、なのですが……」

「ああ、聞きたいことがあるんだよな? 当然だとは思うし、俺も似たような立場になれば色々知りたいと思うだろう。ただ、正直俺にも分かってないことは多いからな。だから全部には答えられないだろうが、それでも分かってる限りのことは話すつもりだ。で……まずは何から知りたい? こっちから話すよりも、そっちの知りたいことから話す方がよさそうだしな。何から話せばいいのか分からんとも言うが」

「そうですね……」


 少し考える素振りを見せてみたものの、聞きたいことは決まっていた。

 だからそれはポーズのようなものであり、同時に自らへの確認でもある。


 最初の質問はそれで問題ないか。


 ないと結論が出たので、一つ息を吐き出し――


「では、まず、あなたは何者なのですか? それと――わたしは誰なのでしょう?」


 最重要だと思われる質問を、口にしたのであった。

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