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目覚め

 ふと、目が覚めた。


 瞬間視界に映し出されたのは、木目の広がった天井だ。

 見慣れた天井であり、いつも通りの天井でもあったが、そこでカイルの脳裏に疑問が過ったのは、何故寝ていたのかが分からなかったからである。

 少なくともカイルに、寝たという記憶はなかったのだ。


 さてどういうことなのかと思いながら、とりあえずその場を軽く見渡し――こちらを見ていた三対の瞳と目が合った。


「――あっ」


 その呟きを漏らしたのは、そのうちの一人だ。

 扉に身体を隠し、窺うようにこちらを見ていたその顔が、怯んだように反射的に隠れる。


 だが残り二人の反応は違っていた。


「カイにーちゃんおきたー!」

「……おきたー!」


 そう騒ぎながら扉の影から飛び出してくると、二つの小さな人影がそのまま飛びかかってくる。

 それを避けることは可能ではあったが、さすがにやるわけにはいくまい。

 大人しく二人分の体重を受け止め、潰された。


「ぐえー!」

「あははっ、にーちゃんねぼうだぞー!」

「……ねぼうだよー!」

「寝坊……ああ、なるほど、そういうことか」


 腹の上で飛び跳ねている二人の相手をしながら、カイルはようやく自分が寝ていた理由に思い至った。

 ついでに言うならば、未だ扉のところに隠れている人物――クレアが、何故気まずそうにしているのかも、だ。


 ふと思い返すのは、視界を埋め尽くすほどの眩い光。

 どうやらカイルはあの直後に気絶してしまい、今の今まで寝続けていた、ということらしかった。


 そしてクレアの様子を見るに、クレアは自分のせいでカイルが気絶したと思っているのだろう。

 しかしそれは勘違いだ。

 単にカイルが既に限界だったのと、もう大丈夫だろうと気を抜いてしまったために、両手の傷などのことも合わさり気を失ってしまっただけなのである。


 とはいえ、おそらく今はその事実をクレアに伝えたところで無駄だ。

 仮に伝えたところで、慰めのために言ったのだと判断されるだろうことは目に見えているからである。

 せめて少しは時間を置く必要がありそうであった。


 ただ、それはそれとして――


「って、お前らはいつまで飛び跳ねてるかー!」

「わー!」

「……きゃー!」


 飛び跳ね続けていた二人の身体を掴み、地面に転がすと、二人は楽しげな声を上げながら転がっていった。

 その姿に口元を緩めながらクレアの方へと視線を向け、今度は苦笑を浮かべる。

 恐る恐るといった様子でこちらを窺っているその姿は、どう見てもただの子供にしか見えなかったからだ。


 いや、カイルとクレアは同じ歳なので間違いなく子供ではあるのだが、ただの子供に魔物は倒せない。

 角ウサギは最弱の魔物とまで呼ばれている存在ではあるが、それ一匹が出ただけでも、下手をすれば村一つが滅んでしまうほどなのである。

 魔物とはそれほどの存在であり、戦うすべを持った者でなければ、大の大人が何人でかかっても一方的に殺されるだけだ。


 そういった存在をこの少女が倒したというのだから、本当にここは異世界なのだなと、改めて実感する。


「で、ディックやナタリアは俺を起こしにきたっていうか様子を見に来たんだろうってのは分かるんだが、クレアは何しに来たんだ? まさか俺のことが心配になって二人と一緒に見に来たわけじゃないだろ?」

「なっ……なっ、ばっ……!」


 そんなことを考えながら、立ち上がりつつその言葉をクレアにぶつけてやれば、今までどことなく弱々しげだったクレアの様子が一変した。

 頬が僅かに朱へと染まり、まなじりが持ち上がる。

 両脇で括られた金色の髪が揺れ、同じ色をした瞳が細められれば、あっという間にいつものクレアの雰囲気に戻った。


「ばっかじゃないの……!? 当然でしょ、アンタの心配なんてしてないわよ……! 単にアタシは用事があったから来ただけで――」

「えーっ、ねーちゃんさっきまでしんぱいそうににーちゃんのことをみてたじゃんかー!」

「……うん、みてたー!」

「なっ、あっ、うっ……み、見てないわよっ」


 だが二人――ディックとナタリアにそう言われると、さすがに強気なままではいられないのか若干勢いが弱まり、頬の朱が増した。

 その様子にくつくつと笑みを漏らすとクレアから睨まれたので、肩をすくめて返す。


「……なによ」

「いや、別に何でもないぞ?」


 それは嘘ではない。

 ただ、狙い通りに雰囲気が戻ってくれたことに安堵したのと、三人のやり取りが微笑ましかったから、つい笑みが漏れてしまっただけで。


 当然と言うべきか、カイルは本当にクレアが自分のことを心配していなかったと思っているわけではない。

 しかしクレアは天邪鬼と不器用さが合わさったような性格をした少女だ。

 気にするなと言ったところで気にしてしまうだろうし、気にしてしまうせいでギクシャクした態度を取るだろうことは分かりきっていた。

 だからそれを防ぐために、敢えて反発するようなことを言ったのだ。


 多少自分でも性格が悪いというか、大人気ないとも思うが、沈んだ顔をされるよりはマシだろうと開き直る。


「それよりも、用事って何だ? まあ、大体想像はつくが」

「……なんか気に入らないけど……まあいいわ。用事に関しては、多分想像通りよ。母さんが話があるって」

「まあだろうな。あの件だろう?」

「でしょうね。アタシも詳しいことは聞いてないけど、昨日アンタが目覚ましたら一緒に話すって言ってたから間違いないでしょうね」

「……昨日?」


 その言葉に反応し呟くも、同時にカイルは納得を覚える。

 道理で妙に陽が高いと思っていたら、どうやら日を跨いでいたらしい。

 それは余計に心配をかけるというものだ。


 もっとも、自分でどうにか出来る範囲を超えているが……それでも色々と含めて後で何らかの詫びをしておいた方がよさそうである。


「ふむ……とりあえずそれは了解したが、今からか?」

「一応アンタが起きたらすぐって言われてるけど?」

「こいつらはどうするんだ?」


 おりゃー、とか言いながら足元にまとわりついてきている二人を、適当に頭を撫で回して相手しながら、首を傾げる。

 カイル達は昨日八歳になったばかりだが、この二人はまだ二歳だ。

 二人だけで放っておくのは危険すぎるし、かといって一緒に連れて行ったら、話を聞いている暇があるか疑問である。


 だがそれに関しては問題なかったらしい。


「大丈夫よ、リンダさん呼ぶって言ってたから」

「そうか……なら確かに問題はなさそうだな」


 恰幅のいい女性の姿を思い浮かべながら、頷く。


「じゃあ、とりあえずこの二人と一緒に行くってことか」

「そうね。いつになるか分からないから、後で呼ぶって言ってたもの」

「ふむ……んじゃとっとと行くとしますかね。ほれ、二人とも、母さんのとこに行くぞー」


 分かったー、と言いつつも、二人は足から離れようとはしなかった。

 そんな二人の頭を見下ろし、何となくクレアと顔を見合わせると、苦笑を浮かべ合う。

 それから仕方なく二人を引きずるようにして、カイルは移動を開始するのであった。









 カイル達の住んでいるこの家は、木造立ての建造物だ。

 それなりに新しいようには見えるのだが、構造上の問題か歩くたびに音が鳴る。

 ぎしぎしぎしぎしと、まるでそのまま踏み抜いてしまいそうな、あるいは自分達以外にも誰かがいそうな音が、周囲に鳴り響く。


 まあ、最初の頃はどことなく不気味にも思えたものだが、慣れてしまえばどうということもない。

 クレアはまだ慣れきっていないのか、少しだけ恐る恐るといった様子だが、ディック達は逆に楽しそうに足音を踏み鳴らしながら、廊下を先へと進んでいく。


 そうして先ほどの部屋から少しだけ歩いた突き当たりに、その扉はあった。

 適当にノックをした後で、無造作に中へと入る。


「母さん、話があるって聞いたから来たけど、なに?」


 部屋の中にいたのは、一人の女性だ。

 何か作業中だったのか、机の上で動いていた手がピタリと止まり、俯いていた顔が上がると目が合った。


「あら……起きたのね、カイル。そう、なら……クレア、リンダさんのところに行って、呼んできてくれないかしら?」

「用件は既に伝えてあるのよね?」

「ええ。声をかけるだけで分かってくれるはずよ」

「分かったわ」


 そう言って最後尾にいたクレアが踵を返し、リンダを呼びにいく。

 何となくそれを見送った後で視線を戻せば、女性が椅子から立ち上がるところであった。


 黒髪黒瞳。

 歳は一見二十代半ば程度に見えるが、実際にはそれよりも若いようにも、もっと歳を取っているようにも思える。

 子供を前にしても笑みを見せないこともあり、鋭利さと冷徹さを併せ持ったような印象を与える人物だ。

 カイル達とはまるで似ていないが、それは当然であるし、むしろ似ている方が驚きだろう。


 名を、ルイーズ・ハーグリーヴズ。

 名前以前に、カイル達の呼び方で分かるだろうが、カイル達の母――否、母代わりである。


 そう、彼女はカイル達の本当の母親ではなかった。

 というか、そもそもカイル達は本当の母親が誰であるのかも知らない。

 顔も名前も、何もかもをだ。

 もちろんと言うべきか、父親もである。


 ついでに言うならば、カイル達の間にも血の繋がりは一切ない。

 カイル達は孤児であり、ここは孤児院なのであった。


 そんな今更のことを考えながら、ふと先ほどまで騒がしかったディック達のことを眺める。

 二人は不自然なまでに静かであったが、見てみれば二人して両手で口を押さえ喋らないようにしていた。

 ここはルイーズの私室と孤児院長室とを兼ねた場所であり、確かにここで遊んでは駄目だと以前に言われてはいたが、どうやらそのことを覚えていたらしい。


 ただ、あくまでも禁止されたのは遊ぶことであり、喋ること自体は禁止されていないのだが、そこら辺は子供らしいといったところか。

 その格好も含めて。


 と、そんな風に二人に癒され微笑ましく思っていると、ルイーズから話しかけられた。


「ところでカイル、身体は大丈夫かしら?」

「ん? ああ、まあ、おかげさまでな」


 無事なのをアピールするように両手を開閉をしてみせるが、実際何の痛みも残っていない。

 結構な深手だったはずだが、傷一つ残っていないあたり、さすがは異世界といったところか。


 とはいえ、異世界だから放っておいても治ったというわけではなく、治療そのものはルイーズがやってくれたはずだ。

 それを可能とすることに対して、さすがと言ったに過ぎない。


 尚、カイルが一見無謀にも見えるあんな真似をしたのは、それあってのことである。

 さすがに治る見込みがなければあんなことは出来なかったに違いない。


 そしてそんなことを話している間に、クレアが一人の女性を連れて戻って来た。

 先ほど思い浮かべた通り、その女性は恰幅のいい姿をしており、おばちゃんなどと呼ぶとしっくりきそうな感じである。


 しかし厳密に言うならば、クレアが連れて来たのはその女性だけではなかった。

 その腕には一人の赤ん坊が抱えられていたからである。


 心地良さそうに寝ているようであったが、それは女性――リンダの子供ではない。

 何故ならば、その子供はローラといい、その子もまたこの孤児院の子だったからだ。

 先ほどの部屋にいなかったから何処にいるのかと思ってはいたものの、どうやら先にリンダが預かってくれていたらしい。


 カイル達の住んでいるこの孤児院があるのは、小さな村の中である。

 互いに助け合わなければ生きていくことは出来ないような村であるため、こうしたことは割とよくあることなのだ。


「それじゃあ、しばらくお願いね」

「はっは、任せときなって!」


 そう言って頼もしさを感じる笑みを浮かべると、リンダはディック達を連れて部屋を出て行った。

 自然とカイルにクレア、それとルイーズが部屋に残る形になり、三人分の足音が聞こえなくなったあたりでルイーズが口を開いた。


「さて……何故二人をわざわざ呼んだのかは理解しているわね? もちろん昨日のことなのだけれど、煩わしいことは抜きで先に結論を言ってしまうわ。あなた達にはまだ(・・)魔物と戦わせないという方針に変更はない。異論はあるかしら?」


 話の内容が予想通りであるならば、結論もまた予想通りであった。


 だが異論がないかと言われれば、もちろんある。

 そもそも昨日カイル達が角ウサギと戦うことになったのは、その結論を覆させるためだったからだ。


 カイル達は孤児であるが、幸いにして様々なものを学ぶ機会というものは存在していた。

 目の前にいるルイーズが、それを教えてくれたからである。

 算術に歴史、この世界の常識だと思われることや、他にも様々なことを毎日教えてくれ、その中には戦闘の仕方というものもあった。


 ここは魔物がいるような世界であり、力はあるに越したことはないのだ。

 カイルの夢からすればそこに異論などあるわけもなく……しかしそれはあくまでも護身術の範疇を出ないものでもあった。

 単純に言えば、物足りなかったのだ。


 だがルイーズにそれ以上のことを教わろうにも、それは不可能と言われていた。

 ルイーズにはその技能がないから、と。


 だからカイルは、魔物と戦うことを望んだのだ。

 教わる事が出来ないのであれば、実践の中で鍛えるしかなく、またそれは必要なことでもあったからである。


 魔物が危険だということは、散々教えられたから知ってはいた。

 しかし冒険に出ることを考えれば、いつまでもそんなことは言ってはいられない。

 すぐに冒険に出るつもりはなかったが、準備は早いうちからしておくに越したことはないのだ。


 そして理由は定かではないものの、クレアも魔物と戦いと思っていたのは同じだったようで、結果揃ってルイーズにそれを申し出ることとなったのだが……結論は今述べられた通り。

 カイル達に魔物と戦わせることは出来ないというものであった。

 実力が明らかに不足しているから、と。


 だがそこでカイル達はゴネ、何とか一度だけ、且つ二人一緒でいいからという条件で受け入れさせることに成功したのだが……結果はご覧の有様であった。

 何とか勝利は掴めたものの、本当に勝ったと言えるのかは疑問である。

 ほんの少しでも何かが狂っていれば命を落としていてもおかしくはなかったし、むしろそれが起こらなかったことの方が不思議なぐらいの状況だったのだから。


 というか、未だに何故出来たのかがよく分かっていない、『アレ』をカイルが出来ていなければ、少なくともカイルは命を落としていたことだろう。

 それを考えれば、確かにルイーズの言葉は正しかったと言える。


 カイル達は魔物と戦うには力不足過ぎて、本心では反論したくとも受け入れなければならないとも分かっており――


「……あれ? まだ(・・)?」


 と、そこでふと気付いた。

 前回言われた時には、力不足だから戦わせないということだけであり、その単語が含まれてはいなかったのだ。


「あっ、そういえば……」


 クレアも気付いたらしく、悔しげに俯いていた顔が、反射的に上げられた。

 二人してルイーズのことを眺めれば、何処となく仕方なさそうに息が吐き出される。


「……あなた達が力不足なのは変わらないけれど、角ウサギを倒してみせたのは事実だもの。それに――」


 そこで言葉を区切ると、ルイーズはジッとカイルのことを見つめてきた。

 意味が分からずにカイルは首を傾げるも、ルイーズは何かを見通すように目を細め――


「さすがに『加護』を持っている者を放っておくわけにはいかないわ」


 そんなことを言ってきたのであった。

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