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10万と59回の果て

 甲高い音が響いた瞬間、カイルはその場から飛び退いていた。

 先ほどカイルが弾き飛ばした腕とは逆の腕が直前までカイルのいた空間を薙ぎ払うも、カイルは既にその攻撃の有効圏外へと逃れている。


 だが一息吐く暇もない。


 ――至高天の加護・異界の理・熟練戦闘・体術特級:神速。


 そのまま再び龍へと突っ込むと、腕を振り抜く。

 硬質な手応えと共に、甲高い音が響き渡った。


 こんな一見無茶のようなことが出来るのも、全ては龍の攻撃がパターンとなっているため――ここまでの流れを既に経験済みだからである。

 先が分かっているがために先行して動けるのであり、そうでなければ呆気なく殺されるだけだろう。


 ……いや、今のは正確ではないか。

 既に殺されているのだから。


 経験する前に、厳密には経験したその瞬間に、初見の攻撃が来る度に、カイルは相変わらず殺され続けているのだ。

 ここまで対抗出来ているのは、既に一度食らって死んで経験しているからでしかないのである。


 とはいえ、同時にそれだけでもここまで抵抗する事は出来なかっただろう。

 この経験だけを五年前の自分に伝えたところで、やはり呆気なく殺されていたに違いない。


 身体能力は当時からすれば五年分伸びてはいる。

 しかしそれがこんなことが出来ている理由ではない。

 龍と戦うなど、やはり凡人でしかないカイルには本来不可能なのだ。


 では何故こんなことができているのかと言えば……理由など一つしかあるまい。

 不可能なことを可能にする方法など、カイルの知る限り一つだけだ。


 ――加護であった。


 そう、カイルはついに加護を使えるようになったのである。


 とはいえ、読んでいた書物のおかげと言えるかは何とも言えないところだ。

 役に立たなかったとまでは言わないまでも、結局カイルが加護の使い方を理解したのは龍との戦いの中でだからである。


 否、より正確に言うならば、龍に殺され続ける中で、か。

 何故ならば、カイルの加護は自身に死の危険が迫った時にのみ使えるもののようだからだ。


 リディア達の話によれば、加護を使用するのに条件などは基本的に存在しないとのことだったが……この条件を発見し、ある程度自在に発現出来るようになってからもう三年は経つ。

 色々と分からないことも多いとも言ってはいたし、カイルの加護はそういうものだった、と納得するしかないのだろう。


 尚、ある程度自在に発現出来るようになったというのは、そのままの意味だ。

 確かに発動の条件は死に瀕するような状況というもののようなのだが、その時の感覚を正確に思い浮かべることでもどうやら加護は発動するようなのである。


 そして自慢にもならないが、カイルは死の間際に覚える感覚についてならば、誰よりも詳しい自信があった。

 何せ、10万と39回も死を迎えたのだ。

 その程度のことを思い浮かべるのであれば朝飯前である。


 まあ本当に、何の自慢にもならないのだが。


 ともあれ、そういったことによりカイルは今ではある程度自在に加護を使えるようになっており、そのおかげでこうしてまがりなりにも龍と相対することが出来ているのであった。


 ちなみに、カイルの加護の力というのは、やはりと言うべきか前世の頃に遊んでいたとあるゲームのスキルが再現出来るというものではあったが、それがこの世界に存在しているというスキルと同じなのかは未だ不明なままだ。

 しかし何にせよそれが使えるということは事実であり、それが現状を可能としている大きな要因となっていることも確かだ。


 だが同時に、それが全ての要因というわけでもなかった。

 加護によって自分の思う通り以上に身体を動かせるようになり、自身の死を代償として龍の攻撃のパターンを覚え……それでも、きっと龍が本気になれば一たまりもないに違いない。


 そう、龍はおそらく……というよりもほぼ間違いなく、加減をしていた。

 カイルが今身につけているものを見れば、それがよく分かる。


 両手に籠手と、胸当てにブーツ、さらには一振りの剣だ。

 全てあの村にいた頃には持っていなかったものである。

 ここに来て龍と戦闘を繰り返すたびに少しずつ与えられたものだ。


 籠手をもらったのは、龍の攻撃を初めて捌けた日のことである。

 捌けたはしたのだが、その衝撃だけで腕がボロボロになってしまったのだ。


 それを見てこのままではどうしようもないと思ったのだろう。

 寝る前に籠手が与えられた。


 拒否する事がなかったのは、どうしようもなかったのは事実だからだ。

 才がないのであれば、利用できるものは全て利用する必要がある。

 ありがたく受け取り、そのおかげで何とか一撃では死なずに済むようになった。


 胸当てとブーツを貰ったのは、初めて龍に一歩踏み込めた日のことだ。

 龍の攻撃を捌きつつ踏み込み、次の一撃を捌いた瞬間、全身がバラバラになった。

 近付いたことで威力の増した龍の一撃の余波に、身体が耐え切れなかったのだ。

 それに耐えるための胸当て等ということである。


 そして剣を貰ったのは、初めて龍に一撃を叩きこんだ時のことだ。

 叩き付けた拳が、次の瞬間吹き飛んだのである。

 人の身で龍を傷つけることが出来るわけもないので、妥当であった。


 尚、素手で挑んでいたのは、単にそれ以外の手段がなかったからである。

 気がつけばここに連れてこられてしまっていたため、カイルは身につけている以外のものを持ってくることが出来なかったのだ。


 気を失う時に剣を握っていれば持ってこれたのかもしれないが、そうでなかった以上は言っても意味のないことである。

 それに、仮に持って来ることが出来たところで、龍に通用していたかと言われれば、否であろう。


 ともあれ、こうしてカイルが龍と戦えているということは、半分以上は龍の手引きによるものなのだ。

 龍の攻撃に対応出来ていること自体はカイルの努力の成果でも、全てがカイルの成果によって果たせていることではない。


 だが。

 それがどうしたというのか。


 先に述べた通りだ。

 利用出来るものは全て利用する。

 その果てに勝利があるというのであれば、望むところであった。


 龍の力を使ってでも何でも……この手で以て、龍に勝利する。

 それは他の誰でもない、カイルが望み、決めたことなのだから。


「はあぁぁぁぁあああああ!」


 その心が言葉になったように、声が口から漏れた。

 力が込められた腕が振り抜かれ、それでも動きに淀みはない。

 的確に適切に動き、一歩ずつ勝利への糸を手繰り寄せていく。


 高揚していないと言ってしまえば、嘘になるだろう。

 望んでここに来たわけではなかったが、龍と戦っていることに違いはないのだ。


 龍と戦っている。

 龍と戦えている。

 その事実に、心が高ぶらないわけがないのだ。


 正直に言ってしまえば、他の全てがどうでもよくなってしまうような瞬間は、確かにある。

 こんな時間をずっと続けたいという気持ちがあるのは否定出来ないことだ。


 しかしそれでも、カイルは決めたのである。

 龍に一撃を決め、勝ってみせる、と。


 故にこそ、どれだけこの時間が楽しく得がたいものであったとしても、カイルの身体はそれを終わらせるために動くのだ。


 そんな思考に同調するかの如く、一歩、今までよりも深く身体が踏み込み、腕を振り抜いた。

 とはいえ力が入りすぎたわけではない。

 こうしなければ丸焦げとなっていたからだ。


 瞬間、後頭部の真後ろを獄炎が走る。

 龍が放ったブレスだ。


 しかしそれは五回前に食らったものである。

 今更食らうわけもない。


 さらに一歩を踏み込み、腕を振るう代わりにもう一歩。

 真横を龍の爪が迫っていたが、それはそのまま身体をすり抜けていった。


 幻術だ。

 四回前に引っかかったものであり、ついでに三回前に食らったブレスが眼前を通り過ぎ、それが消え去る前にそこへと飛び込む。


 後方で轟音が響き、二回前に受けた尻尾の一撃が不発に終わったのを悟る。

 残っていた炎が軽く身体を焼くが、この程度は耐え切れるものであり、多少焦げ臭い匂いがした直後に、視界が晴れた。


 迫っていたのは、振り下ろされた龍の腕。

 だが。


「それは、前回見た……!」


 ――至高天の加護・異界の理・熟練戦闘・体術特級・一意専心・精神集中:金剛不壊・極。


 叫ぶと同時、左腕を叩き込んだ。


 龍から驚くような気配を感じたが、カイルはそこで口角を吊り上げる。

 なるほど確かに、龍と正面からやりあえば、こちらが一方的に吹き飛ぶだけだろう。


 ――しかし、一度だけならば耐えられるというのは、既に実証済みだ。


 左腕から嫌な音が聞こえるも、何の問題もない。

 そのまま、最後の一歩を踏み込む。


 そこにはもう、何の障害もなかった。

 そしてカイルが見つめるのは、ただの一点のみ。


 書物で読み、また実際に龍にも尋ねたことだ。

 逆鱗の位置が言い伝え通りなのかと、それが龍の唯一の弱点だというのは本当なのかと。

 返答は、双方共に是。


 視線の先、あごの下にある一枚だけ逆さに生えている鱗がそれだ。


 一瞬の逡巡すらもなく飛び込み――


「――っ!?」


 驚いたのは、剣を突き出そうとした瞬間、そこに炎の壁が現れたからであった。


 先ほどの残り火などとは比べ物にならないということを、即座に理解する。

 このままいけば、間違いなくカイルは焼き尽くされるだろう。


 だが、迷ったのは刹那の間もなかった。

 確かにカイルは焼き尽くされるかもしれないが、龍から渡されたこの剣だけならば、そこを超えることが出来るかもしれない。

 ならば、それで十分であった。


 ようやくここに辿り着くことが出来たのだ。

 ここを逃せば次があるかすらも分からない上に、これはこの五年だけの積み重ねではなかった。


 ルイーズやリディアから与えられた知恵に武、それにクレアと切磋琢磨しあった日々。

 そういったことの積み重ねの結果だ。


 その果てにこそ、今の自分はいる。

 ――ならば。


「……っ!」


 ――至高天の加護・異界の理・熟練戦闘・剣術特級・一意専心・リミットブレイク・オーバードライブ:決戦奥義――


 覚悟と共に渾身の力で以て腕を突き出し――


「――なっ!?」


 だが、その勢いのままにカイルの全身が焼き尽くされるということはなかった。


 そして、突き出した剣が逆鱗に突き刺さるということもまたない。

 眼前の炎の壁が消え、それと同時にカイルの手の中の剣も消えていたのだ。


 呆然としながらカイルは着地し、だがすぐさま見上げると、睨みつける。


「どういうつもりだ……!? まさか――」


 直前で臆したわけじゃないだろうな、と続けようとしたが、それよりも先に龍が言葉を発した。

 それも、呆れたようなそれを、だ。


『どういうことも何も……やはり貴様気付いていなかったのか』

「……気付いていなかった? どういうことだ?」

『ふんっ……東の空を見てみるが良い』

「東の……?」


 眉を潜めながらも、言われた通りそちらへと視線を向ける。

 自然と視界に映った光景に目を細め――直後に、見開いた。


「…………あ」


 それは、日の出(・・・)であった。

 その意味するところを理解し、呆然とした声を漏らす。

 

『ようやく気付いたか。そうだ、日の出と共に我と戦い続けた貴様は、ついに日の出が再び訪れるまで我と戦い続けることに成功した。つまり貴様は、我と戦って一日を(・・・)生き延びることが出来た、ということだ』


 それは完全に予想していなかった結果であった。

 カイルはひたすらに、龍に一撃を加えることだけを考え続けていただけなのだ。


 それなのに、まさか――


『故に、貴様にこう告げよう。――おめでとう、貴様の勝ちだ、とな』


 呆然としながら、昇り始めたばかりの陽を眺めつつ、カイルは龍のそんな言葉を耳にしたのであった。

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